おもしろニュース拾遺

 BC級ニュースが織り成す可笑しくも愛しい『人間喜劇』。おもしろうてやがて悲しき・・・

BSEよりも交通事故の方が危険だ:米高官

2006-01-28 19:14:08 | 迷言・妄言
 「コラ日本人、お前らアメリカの牛肉に背骨が入ったくらいで騒ぎ立てるな。牛肉買いに行く途中に車にはねられて死ぬのと、買った米牛肉がBSEで死ぬのと、どっちが可能性が高いか考えても見ろ。」と逆切れしているのは、来日したペン米農務省次官。日本に謝りに来たんだと思っていたら記者会見で日本人にお説教を始めた。

 発言は1月24日。<BSEの危険性を「車でスーパーに買い物に行って事故に遭う確率の方がよほど高い。その事実を日本の消費者に伝えたい」(ペン農務次官)と指摘。厳しい日本の輸入基準へ不満をあらわにしたが、背骨混入を見逃した原因について明確な説明はなかった。>(朝日新聞1月25日)というから、やはり謝罪でなく「啓蒙」に来たのだ。ただ次官がこれに先立つ局長級会議でもこの持論を展開したのかは分からない。
(ちなみにこの発言、在日アメリカ大使館のWebに原文が載っているので、その部分を最後に資料として掲げた。さすがに日本人に反感を買ってもと思ったのか?英文だけなので、日本語訳をつけた。)

 武部幹事長、麻生外務大臣などは日本では”失言居士”として有名だ。この記事だけ読むとペン次官、つい感情的になって「居士」の仲間入りと思いがちだが、全く違うのだ。昨年6月24日のことだが、ジョハンズ米農務長官が記者会見で全く同じ「交通事故理論」を展開しているのだ。つまりこの「理論」は、米国産牛肉の「安全性」を訴えるために米国の農務省が編み出した”戦略兵器”なのだ。

 何しろ会見のおしまいでイタチの最後っ屁みたいに言われたので、日本の記者から「その理屈はおかしい」という指摘はなかった。しかし米農務省が英知を結集して磨き上げた理論である。その場の記者の”常識的な”質問はかえって恰好の餌食になったはずだ。「いいだろう、じゃ君、米国産牛肉を食ってBSEで死んだ日本人は何人いる?・・そう0だ。そして”さあ今日はカレーにしましょ”と牛肉を買いに出かけて交通事故で死んだ日本人は何人だ?一人や二人ではあるまい。君たちがBSEよりも交通事故を心配しなければならないというのは、統計が証明しているのだ」と勝ち誇るに違いない。

 面白いのは「2ちゃんねる」なんかを見ると、昨年この「交通事故理論」が発表されたときに、「まったくアメリカの言うことは論理的だ。」と賛同する日本人も珍しくなかったことだ。もちろん米農務省の”エージェント”が日本人を装って書き込みしていることも考えられないではないが、内容から判断する限り、単なるお人好しの素人だ。詐欺師が滅びないのも無理のないことだ。

◆『統計でウソをつく法』

 19世紀の大英帝国の保守政治家ディズレーリ(1804~1881)は「ウソには3種類ある。ウソ、みえすいたウソ、そして統計だ」と言ったそうだ。これを紹介しているのがその題名もズバリ『統計でウソをつく法―数式を使わない統計学入門』(ダレル・ハフ 著,講談社ブルーバックス)だ。
 「統計」というのは正確な数字で事実を証明するものだと思っている人が多いが、それは全くの誤りで、詐欺師ほど統計の好きなものはいない。その詐欺の手法を学ぶことで、統計学の概念を学ばせるという手法だ。
 書店に行くと統計学の入門書というのは、日本人の書いたものや翻訳物が無数に並んでいる。手法の解説は大きな違いはないが、翻訳物と国産の違いは練習問題の内容の違いだ。アメリカ人の本の例題はその中味が現実に起こったことから作られており、それを読むだけで興味深い。日本人のものは著者が頭の中でこしらえた数字で全く無味乾燥だ。ハフの本は実際の”統計詐欺”が縦横に使われていて、それを読むだけでも笑ってしまう。

 最後のペン次官の発言をお読みになれば分かるとおり、「probability確率」なる言葉を乱発している。日本人記者を前にして、畜産学でなく「確率・統計学」を講義しているわけだ。よろしいペン次官、それならお尋ねしますが、あなたは何と何の「確率」を比較しているのですか。
 そもそも病気と事故の「確率」を比べるのが無意味なのだ。あるホテルではスキー事故でこれまで10人亡くなったが、食中毒では4人だ。このホテルはかなり安全な食事を提供していると思う人がいるだろうか?
 例えばハフの本では、列車事故と飛行機事故の件数を根拠に安全性を論じることや、海兵隊の方が一般市民よりも死亡率が低いので海兵隊は安全という主張が統計的に意味がないことを指摘している(その理由が分からない方はこの本を見てください)。どちらも全く違う母集団を比較してしまっているからだ。「交通事故理論」は母集団どころか概念の異なるものを強引に「確率論」でくっつけている。数字や統計に弱い人の目をくらますためだが、端的に言えば日本人をなめているということだ。間違っても謝罪する側の持ち出す論理ではない(が、何とも言えぬ可笑しみはある。例えば「雨降って地固まる」という諺を持ち出した米軍の司令官の不愉快さと比較せよ)。

 『統計でウソをつく法』は原著は半世紀以上前に書かれている。日本ではまだ刊行されているのだから超超ロングセラーだ。実はその統計というのは大部分は二十世紀前半の事実なのだからむしろ歴史書だ。もう著者は鬼籍に入られていると思うのだが、健在であればこのペン次官の発言を教えてあげたかった。喜んで「ウソ」の見本として書き加えただろう。

 ペン時間はこの会見でまともなことも言っているのだが、最後に「統計のウソ」が混入した。ちょうど米牛肉に「特定危険部位」が混入したように。日本人も論理の偽装を見破れるように「検査体制」を強化する訓練と教育が必要だ。

【付録-ペン発言該当部分原文】

As I said, no more than about 150 people have ever contracted the human variant of this disease and died. If you look at all of the other possibilities of having something bad happen to you, the probabilities are much higher. In fact, probably, getting out of your automobile and walking into the store to buy beef has a higher probability that you will be hit by an automobile than it does from the probability of any harm coming to you from eating the beef.

 以前に申しましたように、狂牛病にかかって死んだ人の数は150人もないくらいです。それ以外の色々な悪いことが皆さんの身に降りかかる確率というものの方がずっと高いのです。実際にですね、恐らく、牛肉を買おうとして車を降りて店に歩いて入っていくとしましょう。その時に車にはねられる確率というのは、牛肉を食べて何らかの害がある確率よりも高いのです。


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19 コメント

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はじめまして (ray)
2006-01-29 01:28:05
rayと申します。



病気と事故の「確率」を比べるのが無意味。確かにそうだと思います。

ベン次官の言っていることに僕は疑問を持ちました。事故と食品問題、それを同一平面状で扱う、ということは、食卓で「事故が起こるかも・・・・」という危機感を抱かなくてはならないことだと思います。

本来安心すべき場所で危機感を持つ。これは明らかにおかしいです。ベン次官の言う論理はこれを意味してしまいます。

人の口に入るものを管理している立場なのだから、万が一も起こらないように配慮するのが当たり前だと僕は思います。その視点からベン次官は明らかに間違っていると思います。





稚拙な文章ですが、僕なりの意見でした。
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こんにちは (いぬ)
2006-01-29 01:34:13
TBありがとうございました。



さて、この問題なんですが、私はこの交通事故と比べることに意味がないとは考えていません。

母集団(というか分母)が違うことは確かにそうなんですが、でも、「どちらがより死にやすいか」を比べることにおいては、とても意味のあることです。全く別の単位の数字を比べているわけではありません。分母が違っても、分数の大きさは比較できます。

より死にたくない人は、車と牛肉、どちらを諦めるべきかと言われたら、車を諦めるべきなのです。

(実際は、毎年数千人も死ぬ交通事故の確率もとっても低いのですが)

さらに、ここで米高官の言いたかったことは、「実際にどれくらい危険なのか知るべきだ」ということで、彼の言いたいことは間違っていないことも確かです。





それと、スキーと食中毒の危険度を比べるのは意味があります。スキーより食中毒のほうがより死ぬ確率は低い、という結果を導くためならばなんの問題もないし、不自然でもありません。これは牛肉と車の関係に例えられます。死者数や、死ぬ確率を比べるってそういうことでしょう?



そして、「そのホテルの食事」が安全かどうかを比べるには、別のホテルの食事と比べるべきですね。つまり牛肉の話にたとえるなら、豚肉とか鶏肉とかを食べてそれらの動物の病気に感染して死ぬ確率と狂牛病のそれとを比べることになります。そこで得られる解は、「どちらの肉がより危険か」についてになりますが、こっちは車と牛肉の死ぬ確率の差ほどの有意差はないでしょう。



比べる対象とその前提はなんなのかをよく考えて、たとえを選択して欲しいと思います。確かに同じ統計でも受け取り方によっていろんな意味を見いだして、それをだましに使うことって可能なんですが、この話題に関してはちょっとそのご指摘は的外れだと思います。
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米農務省の「想定外」のわけ (管理人)
2006-01-29 09:53:40
 この次官発言に賛同する日本人がいるであろうことは完全に想定の範囲内です。

そもそもこれは失言でなく、米農務省のプロパガンダなのですから。

 ただ、昨日5,60のこのテーマを扱った日本人のBlogを見て回った限り、圧

倒的にブーイングです。これほどの反感は農務省としては想定の範囲外でしょう。



 彼らはどこで読み誤ったのか?農務省の役人が日本の政治家や官僚としか会っ

てないことが間違いなのです。日本流の卑屈な笑いを浮かべて、「ああ大丈夫日

本人も理解してます」なんて間違ったメッセージを伝えたからです。



 牛肉の輸入再開は昨年11月京都での小泉-ブッシュ会談での、日本側の「逆

手土産」から始まっていることは周知でしょう。「上様、いいお話が。(ヒソヒ

ソヒソ)」、「でかしたぞ小泉。苦しゅうない。苦しゅうないぞ」と食肉業界の

利益代表でもあるブッシュを喜ばそうというそれだけの配慮から決定された。



 政治レベルではそれでもいいのでしょうが、自分たちの安全よりも「外交」を

優先されたという屈辱が日本人の中にくすぶっていて、それが今回の「混入」し

かも、検査官が「そんなこと聞いてないよ」という日本人をなめきった対応だっ

たことが明らかになって、火がついた。だから日本人の関心は安全性よりも、む

しろプライドの問題に移行していることに農務省は気付いていなかったのです。

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はじめまして (貧乏パパ)
2006-01-29 10:23:08
TBありがとうございました。



以前牛肉の安全基準の問題を輸入問題に

すりかえたアメリカのやり方は、"横暴"の

一言につきるでしょう。



国民は騙されてはいけませんね。

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Unknown (ray)
2006-01-29 11:02:32
遅くなりましたが、トラックバックありがとうございます。こういったことは初めてだったので・・・

こちらからもトラックバック張らせて頂きました。
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アメリカは友人ではないんですよねぇ・・・ (ミジンコ)
2006-01-29 11:20:52
こんな「交通事故発生率」と比較するような馬鹿げたことを言うくらいなら、まだ正直に「アメリカの食肉産業からのロビー活動を受けた議員の圧力がきっついねん!」と言ってくれた方が米国を信用できます。



結局のところ、アメリカは日本のことを友好国とは見ておらず、どこか下に見ていることが露呈したと思います。

こんなことは判ってはいたんですが、実際に米国と日本を行ったり来たりの生活なもので、非常に憤懣やる方ないと言いますか・・・。



今アメリカがやろうとしていることはまるで不良がいじめられっ子に無理矢理に買いたくないものを売りつけているようなものです。

いじめられっ子はいつかは毅然な態度を取って「No!」と主張しないと、このヒドイ関係はいつまでも続くと思います。
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ん? (いぬ)
2006-01-29 15:34:26
ブーイングが多いのは、単に「謝罪しにきたくせに言い逃れている」と取れるような、場の雰囲気を無視した発言に受け取れるからと、あとは実際に狂牛病が人に感染すると誤解している人ばかりだと私は認識しています。



まあ、あの場で言わずに別の場で言うか、テレビCMでも流せばいいと思いますよ。狂牛病は人に感染しません、という事実をね。

あの発言に同意している人は、そういった儀礼上の問題ではなく、実際は危なくもなんともないという部分のみに同意しているんでしょう。それと、それがなかなか報道されないという不思議さに違和感を持つ人とかね。

反米的な意識を持っている人の論点は、そういった科学的、論理的な部分になく、米国人の態度が気に入らないという論調が目立っていますね。





さて、管理人さんがどう印象を持たれるかは別として、「交通事故死者と比べる」ことは、人がある事柄の危険性をどの程度認識しているかの指標になるのは事実です。

車はわりと危険なのにありふれてるから気にならないけど、狂牛病は目新しいしショッキングだから気になる、それは実際の危険性とは別である、という話は、米高官が謝罪の場で減らず口をたたいた間抜けさとは別に存在している「事実」です。「事実」を知って欲しいというのはプロパガンダとは言いませんよ。



それと、食の安全についてですが、今回輸入された牛肉は、アメリカ人が普通に食べているものです。これを日本人に掴まされたからといってむかつくとか危険とかいうのはアメリカに失礼です。確かに米国が事前に決めたルールを破ったことは悪いことですし、外交問題にあえて発展させようとしているのは日本側だというのは同意ですけどね。



以上、訂正か反論をお願いしたいところです。

もしお答えが困難ならば、私もコメントごと削除してください。こちらもTB削除させて頂きますので。
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Re:ん? (管理人)
2006-01-29 16:59:58
いぬ様



 再度のご意見ありがとうございます。

 一つの出来事に対して「見解色々」というのは当然ですが、Blogはその性格上

公共放送と違って「両論併記」しなければならないというものではありません。

自分の意見と言うか敢えて言えば「偏見」を書きっぱなしにしておけばいいのです。

 今回この次官の発言を長々と引用したのは必ずしも「公平性」のためではなかっ

たのですが、Blogとしてはいささか譲歩しすぎかと思っているくらいです。



 さて、いただいたご意見の中には事実に関する部分と意見(価値判断)に関す

るものが含まれています。前者については議論の対象となりますが、後者につい

ては議論して決着をつける問題ではありません。



【事実部分】

> どう印象を持たれるかは別として、「交通事故死者と比べる」ことは、人があ

> る事柄の危険性をどの程度認識しているかの指標になるのは事実です。

とおっしゃっていますが、これは印象の問題でなく、客観的に不適切なことです。

そもそも事故と病気の"probability"比較を論じる専門家はいません。例えば脳

卒中の死亡率と階段から転落して亡くなる率を比べても何の意味もありません。

「危険性をどの程度認識しているかの指標」とおっしゃいますが、それは主観の

問題になり、次官の言う「確率」とは別次元の問題です。



【価値判断】

 アメリカ人が食べているものを”怖い”などというのは「アメリカに失礼」と

言われますが、個人的にはそう思いません。そもそも「食」に対する考えという

のは文化によって異なります。郷に入れば郷に従えで、日本人に売ろうというの

だから、日本人に合わせないといけない。米農務省は「お客様は神様です」とい

う三波春夫思想を知らないのでしょうか。

 「食」というのはイメージですから、いったん悪いイメージが固定すると数字

を上げて説明しても無力です。米側が安全キャンペーンをやるのは自由ですが、

そのためには日本人の気持ちを理解しないとダメです。そしてなぜ米側が謙虚に

ならないかというと、彼らが接する日本人が卑屈だからです。



 コメントトラバの削除に関しては、当方の方針は、商業的なもの、純粋にイヤ

ガラセ目的のものは削除するが、それ以外はそのままにしておきます。反対の意

見や批判もあったほうが、訪れてくださった人は喜ぶと思うのです。



 そういうわけですが、もし「いぬ」様が、こんな意見の違うBlogに自分のコメ

ントが載っているのがイヤとおっしゃるなら、削除しますので、お知らせくださ

い。

 今回は、二度も意見を頂戴したことを感謝いたしております。妄言多謝。

返信する
BSE危険性の確率 (くれちゃんマン)
2006-01-29 20:50:58
「アメリカに失礼」というコメントについて。

アメリカではBSEの問題はあまり広く知られていません。BSEの検査はほとんど行われていませんから、BSEの牛が発見される事もありません。

食肉加工の労働組合が検査の問題点を告発しましたが、それも大きな話題にはなっていません。そのため

今でも肉骨粉の使用が禁止されていません。

日本と違ってアメリカの牛は自然交配ですので、生後何ヶ月なんてことは解りようがないのです。



またBSEの危険率はまだ全く予想もつかないものです。食べたものがどうしてBSE発言物質に変わるのか、どうして牛の脳や脊髄に届くのか、そして人間の発病にどのようなメカニズム、確率でいくのか全く不明なのです。

食品添加物には、摂取量の基準がありますがBSEにはそれすらありません。交通事故より小さいとすら断定できないのが現状ではないでしょうか。
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BSEは感染しませんが (osamu)
2006-01-29 21:57:08
BSEの肉を食べ、BSEに感染したら、その人の人間の人生が台無しになるのには変わらないのでは?

いぬさんが、感染性うんぬんに言及している意味がまったくわからないのです。

また、アメリカ人が食べているから、害をなす食材を摂してもいいというのも、不思議なな説ですよね。

車と牛肉の比較にしても、危険性という一面にのみのあまりにも薄っぺらい比較なのは間違いないと思います。その効用・代替可能性など、考えれば危険性だけで使用をやめるうんぬんするのは無駄ですよね。



個人的には米国牛の輸入については反対ではないのですが、あまりにずさんな検査とそれに伴うペン次官の無神経な発言は、感情的に米国牛を食べたくなさせますね。
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