2005/05/23
朝日新聞社説
認知症予防 思い出で心いきいき
思い出は、誰にとってもかけがえがない。愛知県師勝(しかつ)町では
高齢者同士が思い出を語り合うことで、認知症(痴呆(ちほう)症)の
予防に効果をあげている。まちぐるみで取り組む「回想法」だ。
どんな活動なのか。週に1回開かれる回想法スクールを見せてもらった。
10人ほどのお年寄りたちが昔話をするために町の総合福祉センターに
集まっていた。ボランティアの進行役が3人、その輪に加わっている。
この日の話題は「学校」だ。「手製の布のかばんで通った」「筆箱は筆筒と
言いよったな」
傘、成績、お弁当。次から次へと話が移って、とぎれることがない。
記憶力の確かさに驚かされる。進行役は発言する人が偏らないよう気を配る。
回想法は高齢者の心理的な安定を高める心理療法だ。認知症を患っても、
昔のことは比較的よく覚えている。記憶をかき集めて生きてきた道のりをたどる。
脳を活性化させるとともに、過去の自分の姿から今の状況に向かう勇気をもらう。
回想法スクールを始めたのは4年前だ。町の歴史民俗資料館の存在が大きい。
たらい、ちゃぶ台、かまど……。昭和時代の生活用具やおもちゃなど10万点が
所狭しと並ぶ。ここを訪れた高齢者が生き生きするのがヒントだった。
福祉や医療の専門家と行政、住民たちで運営委員会をつくり、学習を重ねてきた。
週1回で計8回とする。毎回、少人数で話し合う。資料館の品々は記憶を呼び
覚ます重要な小道具として利用する。そんなことを決めた。
こんなことが認知症の予防や進行を遅らせることに役立つのだろうか。
当初は担当者でさえ半信半疑だった。意外にも効果はすぐに表れた。
本人の表情が豊かになったうえ、「スクールに参加した日は一日中おだやかです」。
家族からこんな報告が相次いだ。
愛知県大府市にある国立長寿医療センターの遠藤英俊・包括診療部長らが
いくつかの指標を使って、参加者の症状がどうなったかを調べたところ、
効果が数値でも裏づけられた。
2年前からは健康なお年寄りも対象にして、喜ばれている。心身の衰えを
予防するには、楽しんで外出することが欠かせない。
スクールの卒業後にはボランティアとして運営にかかわってもらう。
回想法は他の自治体にも広がっている。思い出が介護予防に役立つなら、
こんないいことはない。費用がさほどかからず、研修を受ければ住民も運営に
参加できる。生きがいにもつながる。
岐阜県恵那市明智町の中心部は、大正時代の面影を宿し、「日本大正村」
と名付けられている。
古くからある木造の産婦人科病棟を改装して、今月、回想法センターが
オープンした。まちの高齢化率は4割に届く。住民の介護予防に活用する
だけでなく、全国から参加者を受け入れる計画だ。「運営も自分たちで」と、
地元の高齢者たちは張り切っている。