水割り3杯の雑談

毎日、夕方6時を過ぎる頃、台所のテーブルで書いていたエッセイをブログに。足元にはエサをねだる愛猫が。私は68歳。

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ひらがな

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竹久夢二の描く女性は、ひらがなを連想させる・・・と、ある同人誌に書いたら、数人の方が賛同してくださった。 それから20年ほど経って、この前、あるテレビで「夢二はS字曲線で女性を描いた。そこが美しい」と解説していた。私は女性の立ち姿は「す」に、少し腰を折ると「る」の感じになると思っていたが、そうか、あれは、ひらがなではなくS字曲線であったかと頷いた。 「ひらがなは女文字ですから、もっと優しく書きなさい」と、祖母が叔母に教えていた。その頃、叔母はまだ女学生で、子供部屋に貼ってある紙に書かれた文字には、多くの赤丸がつけられていて、つまりは優秀作なのだろうが、母親である祖母の目には優とは見えなかったのだろう。祖母の戸籍名は「せい」である。やさしいひらがなの名である。それなのに、祖母は自分で勝手に清子と名乗り、公的書類以外はすべて清子で通していた。祖母は「せい」を古臭い名前だと思ったのだろうか。清子の方がカッコイイじゃんと思ったのだろうか。 義弟(家人の弟)に最初の子が生まれ、その子の母親が信州の出身で、かの地を流れる梓川からとって、AZUSAと命名されることは予定されていた。義弟の姓は漢字3ツだから、下は漢字の梓でまとまりが好いのだが、昭和40年代、この文字が人名漢字表になかった。正しいカナ使いに従えば「あずさ」だが、義弟は「あづさ」を主張した。いま、「あづさ」は漢字2ツの姓の男性に嫁いでいる。彼女の顔を見るたびに、ああ、やっぱり梓でなくてよかった。「あずさ」よりも「あづさ」でよかったと思ったりするが、人名とはそういうものであり、ひらがなの味というもの、そういうもの(馴染んでゆく)だと思う。
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失恋

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「失恋の経験がありますか?」と訊かれたら「ありません」と答え、「失恋するほどの恋愛の数がありません」と付け加える。いや、それ以前に私は失恋とはどういうことをいうのかがよくわからない。 たとえばニキビ時代に、ある女性に恋文らしきものを3回書いたのに返事をもらえなかったとする。これは失恋だろうか。ラブレターを無視されたのはNOの意思表示であるかもしれぬが、とにかく恋そのものが始まっていないのだから、始まっていない(存在しない)ものを失うという理屈は成り立つまい。 深く付き合った男女の、いずれか片方が相手に嫌気がさして、「今まで付き合ってくれてありがろう。でも、これ以上あなたと付き合うのに私は疲れた。明日からは~」といった別離の宣言のようなものがあって、そのとき、宣告された側に未練があれば、それはホントの失恋だろう。確たる証拠があるわけではないが、たいていの男女の別れは自然消滅ではないかと思うし、それでいいと思っている。この自然消滅の常識が守られないのがストーカー犯罪だろう。失恋の解釈は人それぞれであるだろう(華厳の滝の藤村操の例もある)。しかし、多くの男女の仲が、去る者日々に疎しではないが、日々少しずつ冷めていくことで、世の中、平和なのだと思う。逆を考えてみればわあるが、この世の男女の仲がすべて熱中的直線愛だったら、殺人が増えるだけだ。 想い想われ散ってゆく 恋は真っ赤なゼラニウム。 あの人もこの人も流れゆく淡い白雲 ああ、若い日の丘は花盛り(丘は花盛り  の第3章)。
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甲子園への切符

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高校野球は準々決勝がいちばん面白い・・・と、よく言われるが、これは甲子園出場校のベスト8の戦いだから、時として決勝戦より好ゲームがあって当然だ。 それよりも面白いのが、県予選決勝である。勝てば甲子園、負ければ(3年生は)オワリ、の将に天国か地獄なのだ。29日は、関東地方でその天か地かのゲームが3つ行われた。昼食を済ませテレビ2チャンネルの埼玉栄 対 聖望の音だけを聴きながら蒲団の中でウトウトする。野球放送(ラジオの方がいい)は、夏の昼寝のBGMとしてベストである。まぁ、埼玉代表はどちらでもよく、40分ほど眠った。1時からは1チャンネルで常総学院 対 水戸桜の牧。 3チャンネルで桐蔭 対 横浜隼人がh時真理、つまりテレビのリモコンの1,2,3を押しかえながらの観戦となった。こういう場合、どれかはワンサイドゲームになるものなのだが、3県とも接戦。そのうちに神奈川代表も、慶應に勝った桐蔭、横浜に勝った隼人のどっちでもいいと思えてきて、茨城大会に集注した。 カムバックした老雄、常総学院の木内幸雄氏の四季振りを甲子園で見たかった。9回に1点差まで詰め寄られてヒヤヒヤしたが、木内常総は甲子園への切符を手にした。 甲子園で応援するのは、この常総と、センバツ準優勝の花巻東で、私は小学校5年から高校1年までを茨城で育っているし、母方の祖父母は岩手の出身だから、今夏の甲子園はフルサトを応援することになる。
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昭和34年

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日曜日に録画してもらったテレビドラマ『官僚たちの夏』を観た。ミスター通産省と呼ばれた佐藤滋氏をモデルに、城山三郎氏が小説にしたもので、きょうは昭和34年の日米繊維交渉→繊維業界大不況の場面。佐藤役の佐藤浩市さんと、池田勇人役の北大路欣也さんの激論、池田通産相と佐藤栄作蔵相(演じるのは長塚京三さん)の腹の探りあいなども面白い。  昭和34年は、皇太子殿下と美智子様御成婚のあった、そして秋には伊勢湾台風によって我が家が床上浸水の被害を受けた年である。 私は大学を途中で辞めて、今日で言う非正規社員としてアチコチで働いていた。勉学よりは労働の方が私の体質に合っていた。イマはバイト(非正規)は給料が安いと国会でもモンダイになっているが、その頃は必ずしもそうではなく、現金収入のことだけ(福利厚生がない)を言えば、バイト生活の方が上だった(日曜日も仕事がある。臨時雇いだから給料の上乗せがある。仕事のカケモチが可能である・・・など)。繊維不況のことは、よくわからなかった。  私の父方の血統はすべてが官僚であると言えた。晩年の祖父は民間の樟脳会社の長になるが、これも典型的な天下りである。父のことは全くわからないが、私がサラリーマンになって、そこの社長が私の父を知っていて、「君のお父さんはカタい人だったけど、君は違うなぁ」と言われたことがある。
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語呂合わせ

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毎月23日は文(フミ)の日、29日は肉(ニク)の日だそうで、29日にはスーパーなどで肉の特売があるそうだが、23日の方には何かあるのだろうか。他にも○○の日は語呂合わせモノが多いようで、11月22日(いい夫婦)の日なんてのがあって、何組かの有名人夫妻が表彰されたりしている。語呂合わせついでに母の日を8月8日、父の日を7月7日にしたらどうか。 父の日は七夕と重なるが、それもいいだろう。 語呂合わせが多いのがテレビコマーシャルで、保険会社の117・117(いいな・いいな)、383838(ミツバチミツバチ)などを記憶しているが、巧いなぁと思えるものはない。私が拍手するテレビコマーシャルの1ツに、「カステラ1番、電話は2番、3時のおやつは文明堂」があって、これは社長さんの作詞だそうで、このリズム感は語呂合わせと同じおもしろさ(快さ9がある。 サラリーマン時代、仕事でも遊びでも親しかった下請会社の若社長が3396というナンバーの車に乗っていたので、「ほう!サザンクロスですね」と言うと、「いえいえ、とんでもない。さんざん苦労する、です」と答えた。この人は、どこへ行っても、このナンバーの読み方を社交に使っているな、と思った。  この前も書いたが、私と家人の合成ナンバーは、2-3-9である。2-3-9(不作)、3-2-9(醜い)もある。でも三福とも読める。私の三福の1は家族である。母の遺言(私に向けた)の第1条第1項は「T(私のこと)は家族に恵まれているので、心配していない」であった。
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7月26日

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ワンマン社長が社員相手に下手な冗談を交えた話(たとえば朝礼でもいい)をしたとする。社員は、下手な冗談でも笑ってくれる。つまり、お追従笑いである。では、その社長が他社の社員に同じ話をしたらどうなるか。当然のことに誰も笑わない。他社の人間にはお追従も愛想も必要ないからだ。そこのところが、麻生太郎という人物はわかっていない。 「高齢者は働くことしか才能が無い」「80を過ぎて遊びをおぼえても遅い」は、秘書官ならムリに笑ってくれるが、その他の人は笑わない。高齢者も働く以外の才能はナンボでもあるし、80過ぎ手遊びをおぼえるのではなく、昔から知っている遊びを続けるだけのことだろう。 昼寝をしているうちに、横浜高校が缶側大会のベスト8までで敗退した。野球放送(テレビの声)を聴きながら眠るのは快い。競馬は長岡ステークスだが、どういうわけかテレビ放映はなく、それでもいつも通りスポニチ小田記者の本命アグネススターチからやや堅い流し買いで、まぁ安心的中というか、配当は10.9倍。大相撲で白鵬が優勝したが、安定感があるなぁと頷く。 娘がグアムから帰って来た。10連休を、ソウル5日、グアム4日と遊べるのは、羨ましいというより、想像外の世界、時代の差を思う。夕食は、娘の帰還を祝って羽床のマグロのヅケ(これは旨い)で、ソウル土産のマッコリ(ドブロクの一種)を1杯。
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酒飲み同士

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家人は私の酒の量と腰や脚の痛みとが密接に関係していると確信しているが、私も73歳、飲みすぎることはない。但し、体調の良不良は、日によって異なる(飴の日や、雨の降る前日は悪い)から晩酌のあとに痛みが出ることは多々ある。家人は或る日、ペインクリニックの院長(カモカのおっちゃん)に、そのこと(私が呑みすぎないように注意してほしい)を頼んだそうだが、院長の答えは「アハハ」という笑いだったという。この笑いの意味は、麻酔薬の効果とアルコールは関係ないということであり、もう1つは、もうトシなのだから、酒ぐらい好きに飲ませてあげたらどうかということだろう。我田引水ではない。仮に私がドクターであって、w足しと同様の患者がいたとしても、やはり同じ答え方をすると思うのだ。 ゴールデンウィークの少し前、「連休は御旅行ですか?」と院長に訊いたら、「とんでもない」との返事だった。ついでに「先生の御趣味は?」と追いかけたら、「まぁ、酒ぐらいですかね」となって、すぐに私は同志を思った。医師と患者が酒飲み同士であるのは、とてもいいことだと思う。 もし医師が下戸だったら、酒は悪という方工に傾きやすいはずで、家人と同じように、アルコール犯人説を唱えるかもしれぬ。いろいろな場面でである酒飲み同士。 どこか理解し合えるものである。
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2-3-9

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家人は宝くじ購入用のマークシートカードを2枚持っていて、1枚はロト6で、これは時々1千円が当たる。もう1枚はナンバーズ3で、これは家人の誕生日(3月29日)、私の誕生日(12月23日)から1を消して、2-3-9のストレート(競馬の3連単と同じ)とセットボックス(同、3連複と同じ)を選んでいる。そのナンバーズ3で、9-2-3が出た。ストレートではないが、ボックスが当たって配当は1万2、600円だが家人は大喜びだ。 前にも書いたが、すべての事々物々はには相場があって、たとえば株の売却益が1万2千円だったら「なーんだ」であり、競馬なら(5千円を投じて1万7千円的中)「よしよし」となるが、宝くじは400円投資でしかないことと、ハズレが当たり前の世界だから、押せ押せでサマージャンボでも買ってくるだろう。そうそう1万2千円といえば、若者の定額給付金と同額である。 そして、それ以上に、ツキがまわってきたのでは?と感じるのがありがたい。私の好きな四文字熟語の第一は行雲流水だが、その次は不労所得。腰痛老人が社会の役に立つとすれば、税金を人並みに支払うことであり、私は2K(株と競馬)で、その義務を果たしているし、家人の宝くじ(5割が税である)も、浪人の1燈であり、たまに当たるのは神の配慮だろう。
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介護施設

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朝のテレビで小泉元首相の秘書だった飯島勲氏が「いま小泉が総理だったら、作業服を着て山口県に行っている」と話していたが、なるほどと思った。 山口県防府市で土石流が介護施設を遅い、入居している老人の9人が志望、10人が行方不明になっている。その現場を首相が菜っ葉服に長靴姿で視察(見舞い)したら選挙目当てのパフォーマンスだと言われても、とにかく絵にはなる。麻生氏の周りには、参謀不在か。  同じ番組でバリアアリー介護を紹介していた。その介護施設では、ほとんどが自助であって、介護士の助けは(他の施設に較べると)うんと少なく、たとえば右手が(後遺症で)不自由な人が左手で野菜を切って料理を作り、左手で米を研ぐ。そうするうちに、作業が愉しくなり、リハビリにも役立つという寸法だ。 施設にはルーレットや花札、カードゲームといったギャンブル用具もあり、ある種のマネー(施設内だけで通用する)が賭けられるが、施設のリーダーは「賭けることで脳が若返る」と言い、これは私が以前から言っていることと同じである。いや、私も家族という介護士のおかげで賭けのできる境遇にあるから、まぁ、あまり頭はボケ邸内か・・・。
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スーツの色

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「ササガワさんって、いつも変な色のスーツを着てるけど、誰も何も言わないのかしら?」と家人がテレビを観ながら言った。ササガワさんとは、自民党の笹川総務会長のことで、確かにこの人、いつも中間色のものを着ていて、周囲の大半の議員はダークスーツだから目立つ。家人が言うのは、その色選びの趣味が悪いということだが、この意見に賛成の方は多いのではないか。 先日のG8サミットの初日の集合写真撮影のとき、麻生首相だけがホワイトグレーのスーツ姿で、それを恰好いいとする声と、場違いだとする声があった。オシャレの分母はTPOであるだろうから、後者はそういうことに詳しい人の眼によるのだろう。しかし、そうであるあらば、首相に「ソレ、ちょっとまずいんじゃないですか?」と耳打ちする人間が周囲にいないのだろうか。 私は若い頃、長身(180センチ)、太め(76キログラム)という、極めて東洋人的日本人的体型だった。すなわち、最も目立つのが短足であり、それを着衣でカバーする(ごまかす)必要があった。もう1ツは、私の顔が端正でないどころか、その反対(端正の対義語は何だろうか)の造作であることだった。それらをすべて合算すると、まず(昔の背広の基本である)濃紺が似合わないし、その頃は、いま流行の黒のスーツは喪服以外には考えにくかった。結局、私はほとんどの背広をグレーを(濃淡とも)頼るしかなかった。笹川氏のような中間色を着れば、詐欺師風に見えただろうし、麻生氏のようなホワイト系を着れば誰かあらの借り物に見えただろう。そういえば、暫くセビロを着ていないなぁ。
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