水割り3杯の雑談

毎日、夕方6時を過ぎる頃、台所のテーブルで書いていたエッセイをブログに。足元にはエサをねだる愛猫が。私は68歳。

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3月30日

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フジテレビ朝8時の『ボクらの時代』は、岸恵子さん、藤原正彦さん、鳥越俊太郎さんの顔ぶれで面白かった。 藤原さんによると、「今の大学性は丹羽文雄、石川達三の名を知らないのが、10人に3人はいる」そうだ。 自分のことを棚に上げていえば、私は、若いうちの読書は、その人の人間性を左右すると思っている。読書は、別の世界を見ることであり、それを見るのは面白いことである。 8時半からの『報道2001』は竹村健一さんの卒業式で、中曽根元首相、中川昭一さん、小池百合子さんが竹村さんの業績を讃えていた。 私が好きなのは、竹村さんは、多くの論者が悲観論を唱えるときに、1人だけ楽観的な見方を披露することだ。 悲観は感情であり、楽観は意思であるというのは、誰の言葉だったかぁ。 『サンデープロジェクト』は観ない。 今の民主党は姑で、ヨメの自民党をイビッているようで醜い。 山岡国対委員長なんて、イビリを愉しんでいる顔だ。 センバツ高校野球で、私の推した学校で残っているのは智弁和歌山だけ。 昔、『フランシーヌの場合』という歌を新谷のり子さんが歌って、その中に「3月30日の朝、パリに消えた命ひとつ~」という詞があったような気がするが、違うかな?  G1高松宮記念レースは、大本命のスズカフェニックスは内枠不利と見て買わなかったのは正解だったが、連軸に据えたスーパーホーネットが直線伸びず完敗。 いやぁ、1日拾い集めて書くってシンドイねぇ。この他にも巨人3連敗、阪神3連勝もあるし。
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謝罪

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大臣が謝る。国会議員が謝る。知事が、社長が、校長が、院長が、署長が謝る。 とにかく、謝罪の図をテレビで観るのが珍しくなくなった。20年、30年前はどうだったか、今ほどではなかったように思えるが、このごろは不祥事が増えたのか、それとも謝罪文化が根付いてきたのか。  始末書なるものを一度だけ書いたことがある。 次女が中学生のとき、授業中に友達とキャンディを食べたのが教師にバレたのだ。時次女は母親に言えば叱られるが、父親なら大丈夫だと踏んだようだが、正解である。 家人は子供のころから、教室でアメを口にすることは決してしないタイプであり、私は隣席の女性からアメをもられば、「Thank you」と頂戴する人間である。私が子供達を叱ったのは、主として「約束を守らない」「他人を傷つける行動」「その場を不愉快にすること」であって、教室のキャンディなんか、娘の将来に何の関係もない。 リンゼイさんというNOVAの講師だった若い女性が、市橋 某という男に殺害されて満1年、つい先日、リンゼイさんのお父さんや妹さん達が、「早く犯人を捕まえて」と訴えるために二度目の来日をされた。 この事件、市橋宅に事情聴取に出向いた複数の警官が、目の前の市橋に逃げられてしまうという大失態である。訪日されたリンゼイさんのご遺族に警察の幹部が謝罪したという報道はないが、なぜなのか。いや、警察よりも内閣官房長官が、ご遺族の前で頭をさげてもいいのではないか。どうだろう、町村信孝さん。
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まさか

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センバツ高校野球。26日の慶應 対 華陵 戦の1回の表裏(表に華陵が1点をとり、慶應は好機を逃した)が終わった時点で、「この1点は問題ではない。たぶん、6対2から5対1ぐらいで慶應が勝つだろう」と私は予想したし、甲子園のスタンドの半分と、テレビ観戦の多くのファンも同様に思われたのではないか。 そして、実際に慶應は毎回チャンスを作り、すぐにも逆転できそうな雰囲気が続く。 しかし、肝腎のあと1歩が出ず、加えて華陵が好守を連発する。6回を終えて、私の頭に「すみイチ」の文字が浮かぶ。「すみイチ」とは、隅の1、つまり1回の表に入った1点がスコアボードの隅に光るという意味で、それが決勝点になってしまうことが(特に有力なチームが負けるときに)時々あるのだ。 試合のあと、上田監督が「つくづく甲子園は怖いと思いました」と語ったが、その通りであり、選手達も呆然たる思いだったろう。そして、27日は横浜が北大津に敗退した。こちらは完敗である。横浜の渡辺監督の名言に「優勝候補が強いのではなく、勝ったチームが強いのだ」というのがあるが、その言葉通りになってしまった。 今年の神奈川の2校は、もしかすると決勝でぶつかるかも知れぬと期待する報道も、地元ではあった。 私は、まさか、そううまくはいかないだろうと思っていたが、準々決勝までは両校が残るだろうとみていた。そして、慶應も横浜も、第1戦で「まさか」の3文字がぴったりと似合う負け方をした。
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ハラスメント

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「え?散歩に何の影ですって?」「ドアホ!散歩やないで、3歩下がって師の影を踏まずや!そないなことも知らんのか、アホが!」「あ、そういう俳句があるのね」「こら!どこまでアホなんや、俳句やのうて、教えや。礼の教えや!」。 数年前まであったニッポン放送の夕方の番組の中の笑福亭鶴光さんと、アシスタントの田中美和子さんの抱腹絶倒の会話であるが、このやりとりをセクハラ(あるいはパワハラ)だと怒る聴取者はいいないだろう。つまりハラスメント(いやがらせ)は、相手と自分の人間関係が基本にある。 美和子さんが鶴光さんの暴言を笑って過ごせるのは、決して仕事上の演技ではないのだ。 反対の例を言うと、或る日、OLが新しいコートを着てきたとして、私が「A子ちゃん、そのコート似合うよ。スリムだから紺色もピッタリだ」と言ったとする。もちろんA子の機嫌をとりたいのではなく、正直な感想である。しかし、そのときA子が、実は、自分が細身であることに劣等感をもっていたらどうだろう。 スリムだからという私の言葉を、ヒヤカシと受け取る虞れも充分にあるし、もしかするとセクハラになってしまうかも知れぬ。 セクハラであれ何であれ、とにかく、いやがらせは、どの時代にも永久不滅であるだろう。 せめて自分が住む社会の中だけでも、それが無いようにと願う人達が多いのではないか。いや、話が暗くなった、申し訳ない。
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『幸福の黄色いハンカチ』という映画を観たとき、「黄色で正解だ!」と思った。 映画の筋立てから言えばハンカチの色は赤でも青でもよかった筈だが、やはり黄色の方が幸福感で勝る。 会社勤めをしていて、或る年、東京・蒲田から藤沢に転勤になり、近くに旨い食堂もなく社員食堂も不味いので、家人に弁当を作ってもらっていた。 毎日のように卵焼きが入っていた。 私は卵焼きが大好きというわけではないが、塩鮭、焼肉、トンカツあたりが日替わりのの主役、煮物や佃煮があって、そこに黄色いタマゴ焼があると、大袈裟に言えば、幸福感が広がった。  オレンジ色が好きだ。しかし、オレンジ色のスーツやシャツは(サンドイッチマンではないので)もっていないし、ネクタイも似合いそうにない。 つまり、好きな色を着衣に取り入れられない場合が男にはあって、そこのところが全く自由である女性と異なる。 マンガ家の楳図かずおさんが、赤と白の壁面の家を建てたら、近所の人達が、「景観を損なう」と言って怒り、裁判沙汰になっているが、テレビで観る限り、景観を損なうほどのものかなぁと頚をかしげる。 たとえば、墓地の横であるとか、病院の前であれ話は別だが、ごく普通の住宅地のことであるようで、私なら、自分の家の場所を教えるときの目印になっていいと考えるだろう。 人生いろいろ、色の好みもいろいろであり、色の数は無限である。
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運と災難

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『いつまでもあると思うな 親と金、 無いと思うな 運と災難』の前半部分は中学生のころから知っていたかと思うが、後半部分は20歳を過ぎてから何かの本で知った。 するとまもなく、その災難がやって来た。 昭和34年9月の伊勢湾台風であり、世田谷にあった我が家っも床上浸水の被害に遭った。 昭和20年8月(終戦の僅か前)の某日、私は、いつもと同じように、その場所(部屋)へ行っていれば間違いなく死んでいたところを(守護霊の手におyって)引き止められ、以後、今日まで生き続けているのは、将に運であるだろう。58歳のときの脳梗塞や現在の腰痛は災難ではなく自業自得である。  上の孫が平成8年に小児ガンなりや否やの大ピンチのときに、陰性(大丈夫)という答えが出たのも、ひとつの運だという気がする。  「誰でもいいから殺したかった」という狂気の通り魔に何人かの人が刺された23日の土浦の事件の被害者の方々は、将に災難である。 1人の方が亡くなられているが、「今朝、出かけていった息子が、その数時間後に、見も知らぬ人間の手によって~」というご遺族の哀しみは想像に余るが、「もし、これが我が家のことであったら」と考えた人も多いのではないか。
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センバツ開幕

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「高校野球の開会式は、春のセンバツより夏の選手権の方がいい。ボーイスカウトの皆さんには申し訳ないが、入場行進の先導は、やはり女子高生の方がいい」と、20年も前に、或る同人誌に書いたら、多くの賛同を頂いた。それが(主催)の毎日新聞社にも伝わったのか、今年の開会式では、ボーイスカウトの皆さんではなく、地元の女子高生達が出場校のプラカードを掲げていた。 司会進行のマイクも、国歌斉唱も女子高生で清々しかった。 選手宣誓は、なぜ、あれほどに言葉を区切るのか。 少なくとも、「我々!選手!一同は!」は、一息で言ってほしいし、そこを区切って絶叫すると、昔の軍隊の点呼になってしまうから、その辺は同級の女生徒が教えてやればいいのになぁと思う。 センバツの思い出はいくつもあるが、それを書くと日が暮れてしまうどころか、夜が明けてしまう。 楽しみは神奈川の2校(慶應と横浜)、常葉菊川、智弁和歌山、大垣日大で、私は「センバツ大会は、監督の腕」と思っているので、大垣(阪口慶三さん)、横浜(渡辺元智さん)、智弁(高嶋 仁さん)の腕比べになるような気がしている。 吾らの慶應は、力道山の孫(田村 圭君)と只野君の2枚看板の投手陣だが、どこまでいけるか・・・。
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長寿番組

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3月20日号の『週刊文春』に、「もう観たくない長寿番組」のランキングが載っていて、第1位が『笑っていいとも!』である。この番組について、私は前に「ネタ切れ」だと書いた。 「ネタ切れ」とは、鮨屋のカウンターにあるガラスケースが空っぽということで、客が来ても、お茶をだすだけだから、つまり商売にならない。 第3位にある『徹子の部屋』は、その日のゲスト次第で面白い場合もあろうが、この番組は、どこか「徹子の部屋での面接テスト」のような雰囲気になってしまうことがマイナスに作用している気がする。 『水戸黄門』(6位)、『渡る世間は鬼ばかり』(8位)は一種の敬老番組だと思っているが、私は、あの種のモノを面白いと思わない。 この世でいちばんツマラナイものは、結果が見えているドラマである。私が毎週愉しみにしている『新婚さんいらっしゃい!』は、もちろん「観たくない番組」のランクには入っていない。 これは黄門様と違って、型にハマった筋立てはなく、出たとこ勝負的な面白さがあっていい。ところで、最長寿である『NHKのど自慢』がランクされていないのはなぜか。 我が家では観ることもないが、あれも敬老(老人に人気のある)番組として生きながらえているのだろうか。
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体内時計

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人の体内時計は24時間10分で1周するそうで、つまり1日に10分、6日間で1時間のズレが生じるわけで、放っておくと時差ボケのような症状が出ると言う。 リセット(時計の針を巻き戻す)の方法は、朝の陽光を浴びること、よい睡眠をとること等で、私の場合は後者のことがよくわかる。 よい睡眠とは、すなわち、目覚めがすっきりしていることである。 私は毎晩8~9時間眠るから、睡眠量は充分だが、それでも、快い目覚めとドンヨリとした目覚めの日に分かれる。 早寝だから、9時間眠っても午前5時で、床を離れるまでに2時間あるから、家人の寝息に気をつけながら、電動式マッサージ器で脚、頚、肩、腕を(低音のテレビを観ながら)手入れする。 朝の光はないが、その2時間で私の体内時計はリセットされるようだ。 腹時計もまた体内時計の1ツだろうが、これはもう時計の針を7より先に進まないようにしておくことだ。 腹八分と言うが、50歳を過ぎたら7分でいい。私はときどき昼食を抜くが、その夜の酒は格別に旨い。 そして、恒に腹7分を心がけていると、或る日の昼食を抜くなんて、簡単に出来るようになる。
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体内時計

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人の体内時計は24時間10分で1周するそうで、つまり1日に10分、6日間で1時間のズレが生じるわけで、放っておくと時差ボケのような症状が出ると言う。 リセット(時計の針を巻き戻す)の方法は、朝の陽光を浴びること、よい睡眠をとること等で、私の場合は後者のことがよくわかる。 よい睡眠とは、すなわち、目覚めがすっきりしていることである。 私は毎晩8~9時間眠るから、睡眠量は充分だが、それでも、快い目覚めとドンヨリとした目覚めの日に分かれる。 早寝だから、9時間眠っても午前5時で、床を離れるまでに2時間あるから、家人の寝息に気をつけながら、電動式マッサージ器で脚、頚、肩、腕を(低音のテレビを観ながら)手入れする。 朝の光はないが、その2時間で私の体内時計はリセットされるようだ。 腹時計もまた体内時計の1ツだろうが、これはもう時計の針を7より先に進まないようにしておくことだ。 腹八分と言うが、50歳を過ぎたら7分でいい。私はときどき昼食を抜くが、その夜の酒は格別に旨い。 そして、恒に腹7分を心がけていると、或る日の昼食を抜くなんて、簡単に出来るようになる。
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