水割り3杯の雑談

毎日、夕方6時を過ぎる頃、台所のテーブルで書いていたエッセイをブログに。足元にはエサをねだる愛猫が。私は68歳。

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間接効果

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暗い性格の部長が人事異動で別のところに移り、代わりに来た新部長が明るい人柄で、部屋の空気が一気に変わり、みんながイキイキと仕事をするようになって、社内で最も雰囲気がいいといわれるようになった・・・。このような例はサラリーマンなら誰でも2度や3度は経験されているだろう(むろん、反対の、明→暗のケースもある)。 これを「直接効果」とすれば、一方に「間接効果」というものもある。14年前に、脳梗塞で半月間入院したとき、1週間をすぎたころから、私は、病棟にいる同病の患者(10人余)の中で、自分の症状が最も軽いことを理解した。まさか医師には言えぬから、話しやすい看護婦さんにそのことを話してみると、「その通り。珍しいぐらいに軽症」と言われ、途端に元気がでて、それまで怖かった歩行(私の症状は右脚のマヒ)が出来るようになった。 例えのレベルが異なってしまうが、27日の大阪府知事選の「橋下氏大勝」の因の何割かは、「東国原効果」だと思う。 「東国原がすでに宮崎で成功している。ここは橋下にやらせてみようか」が、大阪府民にあったのだと思う。東国原氏と橋下氏のキャラクター(持ち味)は異なるが、2人とも「いかにも骨身を惜しまずに頑張りそう」の印象がある。 投票日直前に東国原氏が応援に来てくれたことも大きかった。これは「直接効果」だったが、橋下知事は、宮崎県の方に足を向けて寝てはいけない。
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興業大成功

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GⅠ馬『ブルードラゴン』は、この夏、厩舎から牧場に戻され(競馬用語で、放牧と言う)、100日ほどのリフレッシュ期間を経て、再び厩舎に帰って調教が行われ、年明けのレースに出走してきた(これを鉄鉤使いと言う)。 「鉄砲が利く馬」と「休み明けは凡走する馬」がいて、果たして『ブルードラゴン』はどちらのタイプか。とにかく、この馬は、それまで休養の経験がないのだ。 私は相撲のことがよくわからないので競馬に例えたが、この『ブルードラゴン』が『朝青龍』である。 「相撲に詳しかった弟の声は、クンロク(9勝6敗)と言っているようだ」と前に書いたが、とんんでもない、『朝青龍』は「鉄砲の利く力士」だった。 大関、関脇陣のふがいなさも目立つが、何はともあれ、日本相撲協会としては、興業的には大成功だった。千秋楽の結びの決戦も見ごたえがあったし、多くの人達が「そうなってほしい」と思っていた通りの結果になった。ラストシーンで悪役が負けたのだから、その日の夜は旨い酒を呑んだ方も多いだろうし、中でも、横審委員の内館まき子さんは格別の美酒だっただろう(横審の委員であるのに、「私の中では、朝青龍は、もう引退した人」と言っているのだ)。 話が外れるが、内館まき子さんの顔相は、何か人間とは別の生物か、あるいは何かの仏像に似ているのではないかと思っているのだが、その何かが浮かんで来ない。 
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性善説

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「私の仕事は、性善説を前提にすることはできません。これまでにも何度か騙されました」と、K氏が言った。 K氏とは同人誌の会で知り合い、そのうちに月に一度ほど我が家で将棋を指すようになった。そんときも2局ほど指した後で、ビールを呑みながらの雑談だった。K氏の勤務先はY市役所で、福祉課というのか、生活保護の申請者を審査するのが主たる業務のようだった。上記の言は、「よく調べないと(働けるのに働かず)生活保護費を騙し取ろうとする人間が多い」という意味だ。これはもう20余年も前のことなので、正確に記憶していないが、印象としては、「生活保護を受け取る条件」は、私の常識よりは、はるかに厳しいものだった。またK氏は、同人誌の作品を読んでも、将棋の棋風も、いかにもお役人的な「小さな枠の中で思考する」漢字があったから(将棋敵としてはラクだが)、Y市の市民の中には、彼を恨んでいた人間もナンボかはいただろう。 いま、社保庁の「年金相談所」で、似たようなことがおきているのではないか。 窓口で応対する役人の多くは、「性善説を前提にしたら、不正受給者が増えるだけ」と、上の方から教えられているのではないか。「年金問題」が騒がれるようになって、私が最初に思い出したのがK氏だった。 私と同年齢だったが、10年前に世を去った。個人的には、善意いっぱいの好人物であり、今頃は天国で、升田孝三さんに将棋を教わっているかもしれぬ。
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悪語は良語を~

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タレントの辺見えみりさんがテレビでタモリ氏と話していて、「ヤツ」を連発するのが気になった。彼女に限らず、土曜日の朝の旅番組に出ている竹内都子さんも「ヤツ」が好きだ。それを使うことに何か意味があるのならともかく、ただ下品になるだけだ。たとえば、「碁石には白いのと黒いのとがある」を、「白いヤツと黒いヤツがある」と言うのは、自分の品のランクをわざわざ落としていることでしかない。「出れない、食べれない、見れない、起きれない・・・」の「ら抜き言葉」は「パンツのゴムが伸びきった感じがする」と前に書いたが、この「ら抜き」が国会議員にまで広まってきて、「収入格差は大きく、正月に、お餅を満足に食べれない人がいる」となる。 これも以前に福田首相の言葉「国民のメセン(目線)に立って」を「中学生なら“メセン”でいいが、一国のリーダーなら“シセン”ではないか」というようなことを書いたが、最近は、舛添厚生労働大臣も「国民のメセン」と言い出した。首相と厚生労働大臣は、そのうち「一政治家としての視点に立って」を「メセンに立って」と言い出すかもしれぬ。 『グレッシャムの法則』を真似れば、「悪語は良語を駆逐する」のだろうか。小うるさい老人的な書き方になったが、何はともあれ、「言葉遣いは、人それぞれの損得」であり、その損得は、決して小さくないものだと思う。
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ほうれん草鍋

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①豚ばら肉の薄切り ②ほうれん草 ③もめん豆腐 ④ 大根おろし ⑤にんにく、しょうがの薄切り。  土鍋に湯を沸かし2分の1カップの日本酒を注ぎ、⑤を入れ、醤油で(お吸い物より少し薄いぐらいに)味をつけ、以下①②③を順次(食べる速度にあわせて)加え、大根おろしと一所に食べる。そのとき好みでポン酢醤油を混ぜてもいい。 これが、映画監督の山本嘉次郎さん考案の「ほうれん草鍋」であって、新婚時代によく食べた(最近は真冬時に2,3度か)。 案外知られていないが、ぜひ試していただきたき。 この鍋を食べながら、テレビを観ていると、よく、北朝鮮へ渡る船が映った。昭和36,7年頃、その船は「地上の楽園に向けて出発」と銘打たれたものだ。「そうかなぁ?」と私は頚をかしげた。北朝鮮のことはわからぬが、日本の景気がよくなりつつあることが、バイト先の小さな会社を見ていても実感できた。 『神武景気』(昭和30年)『岩戸景気』(昭和33年)という言葉もあったし、池田勇人蔵相が『所得倍増論』をブチ上げていた時代である。 何を好んで共産主義の国へ行きたがるのかがわからなかった。 いま北朝鮮で苦労している「日本人妻」と呼ばれる人達は、日本の未来を信じなかったのだろうか。 変な話になったが、私の中では、「ほうれん草鍋」と「希望の船」が妙に重なるのだ。
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サンドイッチ

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寒さのこともあって、昼食は、たいてい熱い麺類を食べるが、たまに家人にサンドイッチを作ってもらう。 ハム、コンビーフ、チーズ、タマゴに野菜を組み合わせた定番モノだが、たとえば茹でタマゴなどは、他に食べる機会がないから、ちょっと懐かしい味になる。サンドイッチ用のパンは、「普通の(トースト用の)ものを薄切りにして耳をとっただけ」と家人は言うが、私はトースト用よりはキメが細かく、ちょっと上等なような気がする。  高校生の頃、嫂(叔父の妻)のK子さんに、よく弁当を作ってもらっていらが、いつもサンドイッチだった。弁当を持って行くのは祖父からもらう昼食代を浮かす(麻雀、喫茶店、映画、デートの費用に充てる)ための工夫だった。K子さんのサンドイッチは、耳のついたままのパンを使ったワイルドなものだった。その頃は、まだおいしいハムやチーズが高価だったのか、いつも鶏カツサンドだったが、それが旨かった。 特にチキンカツの周囲のキャベツが絶品で、繊切りのキャベツをバター炒めして甘味のあるソースで和えたような味であり、かの有名な「まい泉のカツサンド」を食べるとき、K子さんのチキンサンドを思い出す。
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町名

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「ペンネームはおこがましいので本名で書いているが、一度だけ“長谷佐助”という名を使ったことがある」と、山口瞳先生が語っておられたが、「長谷」も「佐助」も鎌倉の町名で、江分利満氏は一時期、長谷の住人だった。鎌倉には、西御門、雪の下、極楽寺など、古都らしい町名がある。義妹(家人の妹)夫婦は「梶原」に住んでいるが、これも幕府の重役だった人物の姓からきているのだろう。 もう20年も前のことだが、ある酒席で、「地名」が話題になった。「私は自由が丘ってのが大好き」と40歳代のA子さんがいい、同じ年頃の女性達も同調した。私はこの種の地名が好きではない。「美しが丘」「ひばりが丘」「百合ヶ丘」なんてのも、どこか「1個300円のケーキ」の感じがしてしまう。 私が気に入っているのが、「三鷹市下連雀」で、友人、知人がそこに居るのではなく、ただ新聞などで時々目にするだけなのだが、「連雀」というのが気になるし、字面もいい。でも、「自由が丘」が人気になっている場で、「シモレンジャク」は言い出しにくかった。町名が最も優れているのは京都ではないだろうか。 これまた好みの問題ではあるが、たとえば、「京都市右京区○○北上ル」の「○○」の部分に、ちょっと気の利いた文字が入るとすぐに「平安文化のカッコイイ言葉」になるし、この「上ル」というのが絶妙だ。「鎌倉市雪ノ下1-2-3」と「京都市右京区堀川北上ル」と並べて、どちらがお好みだろうか。いや、それよりも、「東京都目黒区自由が丘1-2-3」の方が、古臭くなく、都会的なのだろうか。
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器用不器用

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昭和20年代の初めごろは(理由はよくわからぬが)電気のヒューズが切れることが多かった。当時の我が家のメンバーは70歳を過ぎた祖父、私より14年上の叔父のN雄、8年上の叔母と私であったが、誰もどうしていいのかわからず、隣家の高校生の兄ちゃんを呼んで来て、なおしてもらっていた。祖父は花作りの名人であり、叔母も家事はテキパキとこなす女性だったが、電気のヒューズ(今のようなブレーカー型でなく、針金をつなぐようなものなので)はムリだった。 N雄叔父は、読書とクラシック音楽を愛し、猫顔の小柄な男なのだが、異性には人気があるという不思議な人物で、もちろんヒューズどころか、豆腐を切ることも苦手だった。 そのN雄の2ツ下のT雄は、ウチの家系では抜群の器用人だった。我が家に残っている古い写真(写真館で撮ったもの以外)はすべてT雄のシャッターによる。5,6歳ごろの私の愉しい遊びのひとつに「鉄道玩具(模型)」があった。 6畳間の大半を占めるような円形のレールがあり、その上を電車が走り、それを別の器具で操作する電動式で、それは私の父の幼い日の遊具で、以来、20年も放置されていたのをT雄が修復したのである。 「器用、不器用」とは何か? 指先の運動神経のようなものなのか。前記のように、兄と弟に大差があるのは、「器用、不器用」には遺伝がないからなのだろうか。
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メッセージ

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米国の景気後退懸念が拡がり、18日の夜(日本時間)ブッシュ大統領は政策総動員の一環として、15兆円の減税を発表した。「それだけでは先行きが不透明」とニューヨーク株は上昇しなかったが、とにかく米国政府(FRBも)はメッセージを発したのだ。その10時間ほど前、日本では福田首相の施政報市演説が行われたが、ほとんどメッセージらしいものは出なかった。太田弘子大臣にいたっては、「今の日本経済は残念ながら世界の中で一流とは言えません」ときた。 国民が聞きたいのは、「だったら、どないするねん?」である。  娘が音頭をとった16日の『明石家さんちゃんねる~さんまの企業訪問~』が当たって、放映後は我が家に、会社の幹部達からの電話やメールが相次いだ。 私も翌日に観たが、なるほどテレビ画面の右上隅に社名(店名)が30分ほど映りっぱなしになっているから、その広告効果を金銭に換算すれば、何億円かに相当するだろうし、誰もがそのことを最初に考えるようだ。娘はさんまさんの人柄を褒め、社内の協力や、番組制作技術(特に編集などの)巧さに感心していたが、私はもうひとつ、別のことを思った。「企業訪問」とは、企業にとってこれ以上のメッセージの伝え場所はない。娘の勤務先は百貨店なので、売場の紹介などは比較的容易だろうが、成功したのが、その売場の人達のキャラクターだった。 つまり、私が思ったのは、この番組を観て、「明るい職場じゃん、みんな愉しそうじゃん。俺(アタシ)、入社テストを受けてみよう」と、希望就職先リストに挙げた若者が、たとえ5人でも10人でもいれば、それはデパ地下宣伝に勝る値打ちがあるだろう。
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一條の光

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長きに亘った「薬害訴訟」も、議員立法による救済で、1つの解決を見た。この報道で私がよくわからなかったのが患者の方々の体調である。原告団代表の数人の女性が何度か記者会見をされていたが、それほどつらそうな様子も見えなかった。 私はアルコール性肝炎を断酒と週1回の注射で克服した某先輩の話を思い出した。 C型肝炎と症状が同じではないだろうが、「とにかく体がだるくて横になっていてもだるい」というのが先輩の説明であり、「注射を打ったときだけ、少しラクになる」のだそうだ。今回の患者さんの1人が、1か月の治療費が9万円だと話されたとき、1日3,000円の治療費は倦怠感を和らげるための注射や点滴のためだろうと思った。 原告団の中に(昔風に言うと)お人形さんみたいな可愛い顔の福田由利子さんがいた。なぜか彼女だけがとびぬけて若く、どこか原告団のシンボルのように見えた。その福田嬢がいかにも安心したような、そして「これまで闘って来てよかった」という笑顔を見せた。 「舛添さんに、『幸せになってください、あなたが素晴らしい家族を作るのを見守っています』といわれたけれど、よくわかりません」と笑った。美しい表情だった。「まだ外は寒いけど、ガラス戸越しに、春を告げる一條の光が射し込んできた」と書いたら、キザか・・・。
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