水割り3杯の雑談

毎日、夕方6時を過ぎる頃、台所のテーブルで書いていたエッセイをブログに。足元にはエサをねだる愛猫が。私は68歳。

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飲み物

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戦争で食料がなくなる前は、夏になると氷屋さんが来るのが楽しみだった。 当時の冷蔵庫は外側が木製で、その上段部に大きな氷塊が置かれ、午後になるとそれをアイスピックで砕いて飲み物を作った。 1ツはカルピスで、もう1ツがコーヒーシロップと呼ばれるもので、コーヒーの方がずっと旨かった。 子供が飲むのだからカフェインなどは入っていない。ただ、そういう香りのする甘味料なのだろうが、それでも今でも懐かしい味だ。  昭和30年代の中ごろだったか、粉ジュースなるものが世に出てきた。 壜入りの本物のジュースは1本30円。粉ジュースを氷水に溶かして飲めば1杯5円ぐらいだっただろうから、私と家人が銭湯から帰って喉を潤すのは当然に粉モノだった。  20歳ぐらいまでは冷たい牛乳が飲めた。普通壜が1本10円のとき、15円の角壜があって、それが(クリームを足しているのか)旨かった。 冷えた牛乳を胃腸が受け付けなくなってまもなく、コーヒーもダメ(心臓がバクバクする)になった。交替して登場したのが豆乳で、毎朝1カップ、もう30数年続けていて、たまにココア粉と混ぜたりするが、たいていは冷えたままのストレート。 この1杯が健康の大きな因になっている気がする。 子供が生まれる前の夏冬は、その頃家人が勤めていた証券会社の協同組合の熱海の保養所で過ごした。 保養所といっても高台にあり、眺望は絶佳、食事だって悪くなかった。夏の夕方、風呂からあがって家人とテラスで風にあたった。「これ、サービスですって」と家人が飲み物を渡してくれ、それが梅ジュースだった。 近くに来宮の梅林があって、そこの梅で作られたものなのか、爽やかな味だった。 やがて周囲の宿や商店の灯りがともり始め、正面に岡本旅館のネオンがあった。 その岡本旅館に、今日、出資法違反の疑いで捜査の手が入った。
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