水割り3杯の雑談

毎日、夕方6時を過ぎる頃、台所のテーブルで書いていたエッセイをブログに。足元にはエサをねだる愛猫が。私は68歳。

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おいど

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「ヤボ、オイドさ、いがねえか?」「野球か?」「んだねぇ、ウイノかアサクサでよ、イイガでも観っぺ」。 茨城の中学2年生頃の会話で、ヤボは私の呼び名。オイドはお江戸(東京)、イイガは映画である。 当時、田舎町の中学生が自分達だけで東京へ遊びに行くことはひとつの冒険だった。 映画なんか観なくてもよく、とにかく2時間近くかけて東京へ行くことに憧れがあった。私はクラスの仲間よりは少し、お江戸を知っていた。その頃の我が家は食料を買うために祖母の遺品(和服、帯、帯止めなど)を売らねばならず、その役目を8歳上の叔母が務めていて、売り先は「ウイノ(上野)の古物商」で、叔母は私を連れて遺品の売却に行くのが恒だった。 帰りには、手にしたキャッシュで、「オイドのカレーうどん」を食べた。  中2の学級担任だったA師が、後楽園の巨人対南海 戦に連れて行ってくれた。前にも書いたが、それが有名な木塚落球のゲームだっ。プロ野球史上で、落球が記憶となるのは、日本シリーズでの寺田落球とこのゲームだけだろう。 A師とは現在でも年賀状や電話での付き合いをさせていただいているが、やはり懐かしいのは後楽園の日の思い出だ。  若いうちに一度は田舎生活を経験せよ、と言ったのは誰だっただろうか。そして、この場合の田舎とは何だろうか。 私は、前記のような中学時代を思い出しながら(現在は違うのだろうが)どうしても、娯楽の差を第一に思ってしまう。 娯楽のレベルの差を思ってしまう。 私もあの頃は、とにかく「オイドにはおもしろいものがあるはず」と考えていたし、その5年後に上京して、それがホントだとも確認した。
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