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vol 292 ヤーコンで出会った人々(その2) 農水省(旧四国農試) 中西先生との出会い

2017年03月14日 | Weblog
私がヤーコンジュースの生産を本格的に開始したのは平成8年秋でした。
その後生産量が増えるにつれて、ヤーコンのひび割れが重要な課題となりました。
明らかにアンデス産の種芋が日本の風土に適さない証でした。
収穫後もパリパリと音を立ててひび割れし、皮をむくと歩留まり50%となりました。

困り果てていた頃、四国農試で品種改良が進んでいるとの情報が入りました。
すぐに中西先生のおられる香川県善通寺市に出かけました。その後中西先生とは
いろいろな場所でお会いしましたが、先生が各地で講演をされる中で
「これほどひび割れのひどいヤーコンでは日本に根づかない。それどころか
壊滅すらしてしまう」と危機感をもって品種改良に努めたとのことでした。

先生が定年退職され小豆島にお住まいの時も、小豆島へ出かけたことも思い出します。
加工用に栽培するとき、開発された3品種のどれか1つに絞り込む必要がありました。
先生の助言を得て”アンデスの雪”に決めたのが小豆島でのことでした。
その後、多くの農家の皆さんに喜ばれ、加工もし易く歩留まりも95%となりました。

ヤーコンが今日あるのは先生とその仲間の皆さんの品種改良のお陰です。
先生退職の後は杉浦さんが引き継がれ、その杉浦さんも昨年配置換えとなりました。
後継者はゼロとなりましたが、これも時代の流れ国の役割の終わりかと思われます。
本当にありがとうございました。感謝の気持ちでいっぱいです。
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救世主「アンデスの雪」 (ヤーコンおやじ)
2017-03-16 07:57:17
ヤーコンおやじ 三宅和豊 です。
偉大なる中西先生のお陰で今のヤーコンがある、小生もそう思います。
ペルーA群時代は、当店のお客様に芋を差し上げても、調理しにくいからと、2回目からは遠慮される方がけっこう多かったです。
それが「アンデスの雪」の登場により、うんと調理しやすくなり、助かっています。
その後、何年かして「アンデスの乙女」の登場、これはきっと杉浦さんの手によるものでしょうね。
小生は、これのほうが形も良く、気に入っています。ただし、収穫後数日すると、表皮の赤紫色がどす黒くなり見た目が悪いですが。
ここ2年、半々に作り、皆さんに種芋や苗を差し上げるとき、両方を差し上げ、気に入ったほうを翌年以降栽培していただくよう、お話しているところです。
少しずつヤーコンの輪が広がっているようです。今年も岐阜県内で新たに1地区がグループで栽培されるようで、お手伝いすることにしています。
農試での品種改良はもう終わりなんですね。少々寂しいです。
ネット検索すると、若い人は「黄色の甘味のあるヤーコンをサラダで食べる」嗜好がけっこうある感がします。となると、ペルーA群なり「サラダおかめ」を形の良いものに品種改良していただけるといいのですが。
もっとも、今はまだまだ普及期にありますから、「甘味のない白色の肉質」で通したほうが混乱せず、無難でしょうね。
今月下旬に、ブログを通じて全国から要望が来ている15人の方々に種芋を発送し、また、苗を1000株差し上げるために苗床作りをすることにしています。
ヤーコンの輪が今年も広がるのを願っています。
末筆ながら、渡辺様のご活躍をお祈りいたしております。
アンデスの乙女のこと (渡邉最昭)
2017-03-24 15:28:00
お言葉の通りヤーコン事業を継続できたのは中西先生のおかげです。アンデスの乙女は杉浦さんから紹介されましたが、アンデスの雪を多くの農家の皆さんに作ってもらっていましたので、混乱を避け導入をあきらめた次第です。杉浦さんも職場を変わられ、現在農水省に種芋があるかどうかを確認中ですが、ないようでしたら三宅さんにアンデスの乙女の種芋をお願いしたいものです。その節は宜しくお願いいたします。

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