気まぐれな神社・仏閣めぐりぶらり旅の備忘録

神社・仏閣、史跡などぶらり散歩・旅めぐりでの写真、珍散文を載せている。(自分の備忘録)

渋谷区神宮前 東郷神社を参拝 2

2018-11-06 | 東京
➡➡➡  「渋谷区神宮前 東郷神社を参拝 1」から続く

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社格     府社・別表神社
社号     東郷神社
正式名称   東郷神社     「勝利の神」の神社としても名高い。「勝運の神社」
御祭神    東郷平八郎命
コメント   偉大な海の英雄・東郷平八郎「勝って兜の緒を締めよ」、日本を救った軍神として国民的英雄になった東郷平八郎は、神格化され、亡くなった後に東郷神社に祀られることになった。
---------------------------------------------------------参拝日2018/11/03
東郷神社(とうごうじんじゃ)は、
渋谷区神宮前一丁目に鎮座する神社、東郷平八郎元帥を祀る、竹下通りのすぐ隣に鎮座する神社、日露戦争中に行われた日本海海戦の総合司令官として連合艦隊を指揮し、日本を勝利に導いた英雄、東郷平八郎が祀られる神社です。(日清戦争、日露戦争を勝利に導いた東郷平八郎の武運から、勝利の神様として信仰が厚い神社です。)

東郷神社のご朱印

手水舎
ひょうたんからお水が出ていました。

神門正面と石灯籠

神門から覗く社殿、今日は祝日と七五三祝い、結婚式などが行われていたためでしょうか!!!。

神門の扉にある社紋、門の扉には立派な紋章。上は皇族の菊、下は東郷家の蔦の葉(つたのは)の家紋とのこと。

狛犬、筋肉隆々で逞しい狛犬さんです。

背中からの狛犬(ちょっと変わった光景)

社殿(拝殿+本殿)

拝殿

境内広場からの拝殿の外観

社殿の外観

社殿側からの神門の眺め、広場の光景

海と深いつながりがある神社ならではの「霊社・海の宮

授与所と表札の書体見本例(東郷平八郎)
本殿・右横の授与所にて、御朱印とお守りを授かることができます。

境内の様子
手水舎脇に安置されている。(!!!)

潜水艦勇士に捧ぐ」と言う碑がありました。狛犬がいます。

搭載用の魚雷模型が前にあります。

海軍特年兵之碑」の石碑、海軍史上最年少、14歳で兵隊になられた方々の碑です。

以上
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渋谷区神宮前 東郷神社を参拝 1

2018-11-06 | 東京
おはよう、
今日(181103)は、中央区日本橋に用事があり、家を早めに出て、「渋谷区神宮前 東郷神社」、「渋谷区千駄ヶ谷 鳩森八幡神社」、「港区愛宕 愛宕神社」を巡ってきました。
順不同でしてゆきます。
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社格     府社・別表神社
社号     東郷神社
正式名称   東郷神社     「勝利の神」の神社としても名高い。「勝運の神社」
御祭神    東郷平八郎命
コメント   偉大な海の英雄・東郷平八郎「勝って兜の緒を締めよ」、日本を救った軍神として国民的英雄になった東郷平八郎は、神格化され、亡くなった後に東郷神社に祀られることになった。
---------------------------------------------------------参拝日2018/11/03
東郷神社(とうごうじんじゃ)は、
渋谷区神宮前一丁目に鎮座する神社、東郷平八郎元帥を祀る、竹下通りのすぐ隣に鎮座する神社、日露戦争中に行われた日本海海戦の総合司令官として連合艦隊を指揮し、日本を勝利に導いた英雄、東郷平八郎が祀られる神社です。(日清戦争、日露戦争を勝利に導いた東郷平八郎の武運から、勝利の神様として信仰が厚い神社です。)

東郷神社のご朱印

ご朱印と東郷神社のパンフレット

表参道、西参道、北参道の3つの参道があります。
表参道正面の案内看板(両サイドのビル)、大きなビル谷間に神社があります。

表参道口
鳥居と石灯籠、社号の名の石柱標

緑が多く気持ち良い参道です。          左:第一駆逐隊     右:神風などが刻まれている

狛犬(今までのスタイルと少し現代風にアレンジ!!!)、一風変わった狛犬。

神橋(神池に架かる橋)、社殿に繋がる参道です。

西参道口

鳥居

石階段、旗についているカラフルなマークは、船同士の意思疎通のために用いられる信号旗の中の「Z旗」です。

北参道口の鳥居(結構大きい木造鳥居)

季節の花が咲き乱れる庭園(東郷記念会館と神池)

➡➡➡  「渋谷区神宮前 東郷神社を参拝 2」へ続く
以上
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東郷平八郎ってどんな人?
東郷平八郎は、幕末から昭和初期まで日本を背負い、海で大役を果たした軍人です。元薩摩藩士で明治維新後に海軍士官となった東郷は、明治時代に自ら留学を志願し、イギリスにて国際法を学びます。その経験から、日清戦争(1894年)では、日本海軍の防護巡洋艦「浪速(なにわ)」の艦長に任命されました。
任期中に停泊の警告に応じないイギリス商戦を撃沈した際にも「この行為は国際法に違反しない行為だ!」と冷静かつ正確な判断を下すことができたことで、のちの日露戦争でも重職に人選されることになります。日清戦争で勝利を遂げた日本が次に挑んだ日露戦争(1894年)では、旗艦「三笠」に座乗し海軍全般の指揮をとるようになり、その成果が称えれられ海軍軍人の最高位である大将に任命されます。そして当時世界最強の戦艦とよばれていたロシアのバルチック艦隊を撃破し、小さな島国・日本が世界に名を知らしめるような大きな功績を残しました。(出典元:ネット情報)
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