そらはなないろ

俳句にしか語れないことがあるはずだ。

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旬の一句鑑賞①

2007-09-30 08:14:05 | Weblog
髑髏みな舌うしなへり秋の風

一読、忘れがたい印象を与える句。目の前にあって、やや黄色がかった白の硬い髑髏と、やわらかく真っ赤で、なにより今はもう失われたものとしての舌。その鮮やかな対比。

舌は言葉を発する。ものを味わう。ときに、性愛の道具となる。あでやかに人の生に関わり続ける。

髑髏は、まさに死の象徴だ。死んで初めて目に映るもの。やわらかな生の中に内包されている硬い死。

「髑髏みな舌うしなへり」で十分魅力的なフレーズではあるが、やはりこれだけだと一般論という感じが強い。髑髏の目を吹きぬけていく一陣の秋の風があってこそ、眼前にリアリティーをもって髑髏が描き出されるのである。

リアリティー。それは、季語の重要な要素の一つであろう。言い換えれば皮膚感覚とも言うべきもので、秋風に髑髏が吹かれている情景が実在するかどうかということを問うものではない。

古くは、人でも何でも、生きているものは野ざらしになって死ぬものだった。はずだ。

ちなみに、作者は高橋睦郎(1937-)
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新作五句② 断絶

2007-09-28 22:44:44 | Weblog
流れ弾つぎつぎ曼珠沙華になる
ゑのころや弾は肝臓より心臓へ
ほぼ即死秋天へ指伸ばしつつ
秋風や兵士は顔を見せず去る
映像で男幾度も死ぬ夜長
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後生畏るべし

2007-09-26 00:49:49 | Weblog
秋暑し武蔵武蔵と駅続く 三村凌霄

武蔵境、武蔵小山、武蔵小金井、etc・・・。「武蔵○○」という駅名は結構多い。「武蔵」の字のイメージやM音の暑苦しさが、「秋暑し」という季語にぴったりはまっている。

この句の作者、三村氏は現在中学三年生。この句は、開成高校俳句部が出している「紫雁」第五号に掲載されている。

開成の俳句部は、紫雁会という別名を持っている。これの由来は、正岡子規の母校ということで子規に関係の深い「糸瓜」を音読みし、それに新たに文字をあてたものである。

先週末、開成高校では文化祭が催された。OBの僕も顔を出し、そこでもらったのが、「紫雁」第五号。表紙に大きくタイトルの書かれた、簡明な黄色い冊子。コンパクトなサイズだが、全部で92ページある。

総勢18名の部員が7句あるいは16句ずつ自作の俳句を載せている。これが、なかなかどうして、読み応えがある。

作文に父は出て来ずきりぎりす 森田(高三)
標本のごとく七種売られおり 羽鳥(高三)
終電の強き光や蟇 小野(中三)
扇風機辺り見回すことやめず 石崎(中三)

俳句の背骨をしっかり立てて作っている。さらに、

砂日傘広げ記憶のなかにゐる 石崎

この句に込められた切なさや波音や潮の香りやニヒリズムはどうであろう。海辺の強烈な光を遮る日傘の下の物憂さ。熱い砂。濃厚な物語性。

僕の注目作は以下の二句。一つは、

我思ふ故にバナナはあのかたち 村越(高二)

本人は否定しているようだが、これはれっきとしたペニスの句だ。「我思うゆえに我あり」をもじった句は五万とあるが、「我思ふ」自意識を経由して、鬱勃とした青春のペニスを詠み込んだ句には初めて出会った。「あのかたち」とは、おそらく勃起のことを指しているのであろう。すばらしい。賞賛に値する句である。

さらにもう一句。

我の名に獣偏あり寒の水 平井(高三)

名前に秘められた獣性、静かに澄み切った寒の水。これ以上ないほど張り詰めた二つの世界がカンカン響きあっている。いい世界観だ。惚れる。

開成高校は、毎年俳句甲子園に出場し、実績を上げている。しかし、俳句甲子園の強豪であることと、自分の好きな俳句を作り続けていくこととは必ずしもイコールにはならない。

そのジレンマに、いつもいつも「紫雁」はうめいているように思う。これからもきっとそうであろう。ここには挙げなかった作品の多くに、その傾向が見える。

僕としては、それも含めて愛していきたい。だって、後輩だし。
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新作五句① さびしい海

2007-09-21 23:09:46 | Weblog
秋遍路朝日真っ赤に濡れてをり
沖に風見ゆる昼なり渡り鳥
死ねば秋刀魚の目にいろいろのものが映り
波音は古ぶことなし絵燈篭
貝殻の中の星月夜を聞かむ
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新鋭俳人競詠雑感

2007-09-20 13:10:04 | Weblog
いまさら、俳句研究7月号「新鋭俳人競詠」について書く。
もうすでにユースケや澤田さんのブログ、週刊俳句の記事などで何度も取り上げられているが、そんなに大仰でなく、さくっと感想を。

全体から20句選んで、一言ずつ付けた。

山百合や壁のむかうは他人の死 東文津子
見えないものを感じる句は好き。

ザリガニを触れなくても男の子 内田麻衣子
たぶん違うだろうに、新人俳句競詠の中で一番吾子俳句っぽい。母親の視線。

其処此処に燕の巣あと夏館 内田麻衣子
夏の緑を見せてくれている。

人形を抱く子を抱きて夏の旅 大高翔
母も子も鋭い目をして熱風に吹かれているようだ。

囀りやサラダのお代わりは自由 越智友亮
気持ちのいい風の吹き抜けるテラスへ。

滝の夜少女のような和室かな 小野裕三
和室そのものに少女を感じる感覚はほのかにグロテスクだ。

船上のひとと目の合う氷菓かな 神野紗希
手を振りもせず、その人は過ぎてゆく。

明るみを鳥の歩める皐月かな 佐藤文香
細い脚の動きをつぶさに感じられたら、初夏の空気になる。

筆箱に人のペンあり夏の風邪 篠崎央子
些事に人とのつながり、物語とも言えない物語へと。

夏草やあまねく錆びし象の檻 庄田宏文
象の匂いがする。

口中に薄荷の冷やかたつむり 高柳克弘
かたつむりのやわらかな感触を思う。これでこそ取り合わせ。

さみだれや擬音ひしめくコミックス 高柳克弘
音が文字になってあふれかえる世界。奇妙。

水貝やもののふにして首細し 高柳克弘
すっくと立っている。人も句も。

まつしろに花のごとくに蛆湧ける 高柳克弘
恍惚と。

和稲(にぎしね)の星 ちりばめて 性交す 高山れおな
この文体で「性交す」と言われたら好きになってしまう。

夏の暮とは清盛のものならむ 谷雄介
京都、涼風、優雅、武家、熱病。

囀のいづれも胸を張つてゐし 津川絵理子
聴覚から視覚への、そして実景の描写から慣用句への鮮やかさ。

木の影のまじはらずあり更衣 中村夕衣
ほの暗いお屋敷の庭から、木が見えている。

矢印に沿うて曲がらむ蝉の殻 益永涼子
山道の空気を肌に感じる。

飼はれゐて魚の匂ひのなき金魚 三角尚子
そんなことを言いながらやっぱり飼っている、本当は冷めた視線。

いまさらなぜ「新鋭俳人競詠」なのかと言うと、自分が選ばれなかったことのなまあたたかい悔しさを清算するためである。
いつまでもひっかかっているこのうざったさを、ひっそりと捨てに来たのである。

自分に自信を持つために、素敵なものは素敵だと言おうと決めた。
ただし、上にあげた以外のほとんどの句には心惹かれなかったことも、意地悪く付しておく。
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ユースケにそそのかされて

2007-09-19 23:33:54 | Weblog
結局、ブログを開設した。
日記のようなものはミクシィに書いているので、書くことは基本的に俳句関連にしぼる。

どういう内容になるかは、記事を見てもらうまでのお楽しみだ。試験的にいろいろ上げてみて、かたまったら、指針を記事に上げるつもり。
僕は慎重派なのである。

とりあえず、今決まっていることは、昨日の犬の会で出した
月の夜の抗鬱剤のありかかな
は、
虫の夜の抗鬱剤のありかかな
に直すということが一つ。

そうして、始めた以上は走り続けたいということだ。
コメント (2)
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