のり巻き のりのり

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武士の料理帖

2016年02月12日 | 読書
武士の料理帖
        柏田道夫 マイコミ新書

江戸時代の料理本はたくさんあります。
今私たちが食べている料理のほとんどは江戸時代に工夫され、今に伝わっているものが多いのではないでしょうか。

新しい味もいいけれど、ふだんの食べ慣れたものの中に、日本人の味の記憶があるようです。
作者は「武士の家計簿」を映画化したシナリオライターです。

20編の短編小説とエッセイで構成されています。その一つ「稲荷寿司」

吉左は15歳になったばかり。料理屋の追廻いという下働きの身である。
5年前、みなしごだった吉左は、飢饉で行き倒れになってしまった。

その時下級武士の娘お篠が「卯の花稲荷」(油揚げにおからをつめたもの)を食べさせてくれた。そのうまさが忘れられない。
5年後、お篠が重い病になり、もう虫の息だと聞く。

吉左はどうしても、お篠に心をこめたものを食べさせたい。そんな思いで、店のまかないから五目稲荷寿司の食材をだまって持ち出す。
包丁を持つどころか、雑用しかさせてもらえない身分の吉左にとって、店には二度と戻れない覚悟の上である。

初めて自分で作った「稲荷寿司」を持ってお篠の家に行き、食べてもらう。
「おいしい」と言って息を引き取るお篠。

これからのことを考え、途方にくれる吉左。捕まることを覚悟する。

そこへ店の上司に当たる怖い板頭が現れる。
板頭は怖い顔のまま吉左の作った「稲荷寿司」を1個つまむ。

「新しい出しもんを考えているところだ。俺についてくるか?」


この言葉に「稲荷寿司」の味を感じることができます。
涙とともに、ふわりと広がるやさしい甘さが。

板頭は知っていたのです。吉左のことを。
心をこめて作った食べ物は生きる力となり、かけがえのない記憶になっていくのです。

狐の好物が油揚げというのは俗説ですが、文化の頃から天保の改革で質素倹約に相まって広がったそうです。
飢饉の時の「卯の花稲荷」はどんな味だったのでしょうね。

20のメニューには、どれもみな深い味わいがあります。人間愛という味が。