東南アジア・ヴァーチャル・トラヴェル

空想旅行、つまり、旅行記や探検記、フィールド・ワーカーの本、歴史本、その他いろいろの感想・紹介・書評です。

杉山正明,『モンゴル帝国と長いその後』,講談社,2008

2008-12-30 18:52:55 | 移動するモノ・ヒト・アイディア
あいかわらずの杉山節がさえる。
もう、この方にあっては、ブローデルの地中海は、ちまちました空間だし、漢族の正史はコンプレックスとルサンチマンのかたまりだし、ロシアはモンゴルによって文明化した未開の僻地。
マルコ・ポーロもイブン・バットゥータも形無し。
本書では、フレグ・ウルスはイスラーム王朝か?という点まですすむ。
当然ながら、ユーラシア東南沿岸や日本列島、あるいはデカン高原やベンガル・デルタなんぞは、周縁のちまちました辺境である。

この著者の本をはじめて読んだ時は、異端の説も大胆に書きなぐる少壮の学者という印象であったが、そんな傍系の学者ではない。学界の重鎮、高校教科書も執筆するし、岩波講座世界歴史の監修者であるし、本シリーズ「興亡の世界史」の編集委員でもある。
もはや、すすむところ敵なしのモンゴル軍のような勢いである。

年寄り世代の読者にとっては、まったく土地勘のない地域を多言語固有名詞を並べて縦横に描きまくるので、はなはだ理解しにくいかもしれない。
わたしも、何度も同じような内容を書く著者の本を読みつづけて、やっとなんとか頭にはいるようになった。

若い読者にとっては反対にかえってわかりやすいかも。
モンゴル帝国のその後の世界の構図を理解するには、最適の視点である。地名・人名も最初から〈現地音主義〉で覚えたら問題ないでしょうし。

以下、わたしのかってな感想、駄文。

著者はスケールの大きな空間というが、このユーラシアの草原地帯というのは、のっぺりしてイメージがつかみにくい。山も川もなく、どこからどこまでが、フレグ・ウルスやらチャガタイ・ウルスやら。
こうしてみると、モンゴル帝国が進入できなかった地域、阻まれた地域というのは、その後の人口稠密な地域、農業生産力が高く水と樹木が豊富な地域、細菌や寄生虫がうじゃうじゃしている地域、ごちゃごちゃ人が溢れ窮屈な礼節や身分差別がある地域ではないか。

こうした湿った地域、ごみごみした地域から見ると、モンゴルの草原というのは、さぞかし清涼で爽快な地域だろうな、と想像できる。
しかし、その後の世界に影響を与えるさまざまなもの、農産物加工品も学芸も工業技術も汚いごみごみした地域から生まれた。
こう言うと、モンゴル帝国ファンからは文句が出るだろうが、モンゴル帝国の支配できなかった地域こそは、次代の主役となる地域であった、といえないだろうか。

*****

鄭和の航海に関しては、著者の評価に賛成する。
つまり後世に残る史料があまりにも乏しく、航海を再構成できない。
数万の軍勢による航海など不可能である。

あのですね、2万も3万もの軍勢が、パレンバンやマラッカにやって来たら、飲み水がないのですよ。
ポリタンクで水を持って行くわけにはいかないのだから。


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