東南アジア・ヴァーチャル・トラヴェル

空想旅行、つまり、旅行記や探検記、フィールド・ワーカーの本、歴史本、その他いろいろの感想・紹介・書評です。

福井捷朗,「エコロジーと技術」,1987

2006-08-02 14:46:19 | 自然・生態・風土
渡部忠世 ほか著,『稲のアジア史 第1巻 アジア稲作文化の生態基盤』,1987.所収。

全地球的視野で、東アジア~東南アジアで稲作が卓越した要因をさぐる。

気候からみる。
有名なケッペンの気候区分では、東アジア~東南アジアで、稲作地帯を特徴づける気候はみえてこない。
稲作地帯には、温帯多雨気候~温帯夏雨気候~熱帯サバンナ気候~熱帯多雨林気候が含まれるが、どれも稲作地帯に特有な気候ではない。
一方、アフリカ~南アメリカにも熱帯サバンナ気候は広く分布するし、温帯多雨気候も北アメリカからヨーロッパ、南半球の東海岸に分布する。

そこで、著者は、この気候図に、地形区分図を重ねる。
すると、アルプス造山帯と、熱帯多雨林~サバンナ~温帯多雨気候~温帯夏雨気候が重なる地域が稲作卓越地帯としてみえてくる。

アルプス造山帯とは、もっとも新しい造山運動で、現在進行中の活動である。
山がそびえたち、川が流れる地域、扇状地やデルタがつくられる地域である。
扇状地とデルタを沖積平野という。
この沖積平野を有効に利用したのが稲作である、というわけだ。

畑作物を前提とした農耕では利用価値が低いこの沖積平野を、湛水条件に耐える作物である稲を選ぶことにより、農耕に好適な土地とした。

というわけで、稲作にとってもっとも重要な環境要因は、水文要因、水の供給ということになる。
相対的に土壌の肥沃度は、重要性が低い。
また、過去の人類の営みによる熱帯~温帯への適用により、稲作は、東南アジア~東アジアの熱帯から亜寒帯まで、切れ目なく続くことになる。

この切れ目なく、という点が重要。
東南アジア~東アジアは、全地球上において唯一、熱帯多雨気候から温帯多雨気候まで、切れ目なく森林帯が続く地域である。
アフリカや南北アメリカでは、熱帯多雨林と温帯林の間に沙漠が存在する。
ところが、ユーラシア東部においてのみ、沙漠が存在しない。
ヒマラヤ山脈~チベット高原の存在が、モンスーン~夏雨をもたらし、ここに熱帯から温帯まで稲作に好条件の気候をつくりだした。

こうして、熱帯から温帯、例外的に亜寒帯までの気候で、山地~扇状地~盆地~平原~デルタで稲作が展開する。

他の著者も書いているが、水田稲作は、山地の山間盆地が最初(井堰灌漑)、次にデルタ、最後に平原の天水田が開発された。

デルタの開発にかんしては、有名な「農学的適応」と「工学的適応」がある。
「農学的適応」というのは、水制御がむずかしいデルタにおいて、品種改良から深い水に耐える稲を開発した「浮稲」に代表される、生育条件・感光性の制御による適応である。
一方、工学的適応というのは、土木工事により治水を基本とした適応である。
堤防や輪中の工事が工学的適応であるが、もっとも大規模な工学的適応は、メコン・デルタやチャオプラヤー・デルタの運河網の開発である。
これら大プロジェクトにより、デルタ地帯は商品米の大生産地となった。

残る開発は、平原の「天水田」地帯である。
この「天水田」というのが、おかしなことばだ。
もともと、なんらかの水の流れがあるところ、集水域があるところにつくられるのが水田である。
この「天水田」は、稲作に不適な土地である集水域のない台地・平原の開発から生まれた、最後の稲作地帯である。(面積からみると、この天水田の割合は大きい。しかし、これを生産量の大きい地域とみるのも、伝統的稲作地帯とみるのも誤りである。)

さて、20世紀後半の適応は、農学的適応と工学的適応の後、単位面積当り収量の増加である。
高収量米の開発で、20世紀後半、世界全体の米の増産が可能になったわけであるが、この数字(増加率)を今後とも維持するのは不可能であろう。


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