東南アジア・ヴァーチャル・トラヴェル

空想旅行、つまり、旅行記や探検記、フィールド・ワーカーの本、歴史本、その他いろいろの感想・紹介・書評です。

藤原貞朗,『オリエンタリストの憂鬱』,めこん,2008 その3

2009-06-20 22:11:17 | 通史はむずかしい
以上のような、極東学院とメトロポール、対立しながらも一定の方向へ進んだアンコール研究を、著者は非難しているわけではない。
無駄なイベント、国威発揚、人種偏見、すべて学問の発展にかかわったと捉える。そんななかで、現在なら激しい批判を浴びるだろうスキャンダルが、美術品の売却である。

ジョルジュ・グロリエとアンリ・マルシャルが主導し、新しい学院長であるセデスも容認、いや推進したようだ。

念のために書いておくと、これは違法行為ではない。合法的な売買である。
最初は、観光客向けに、それこそレンガの破片のようなものを、土産物として売った。
次に小金持ちの観光客のため、二流・三流の石像を売り始める。オークションも開く。
そして、ニューヨーク・メトロポリタン美術館などへ、高額の一級品を売るまでになる。

このことは、学院の資金調達のための苦肉の策でもあるが、同時にアンコールの美を世界に発信することにもなる。
野次馬気分の観光客であれ、ニューヨークの美術館であれ、本物を提供しないことにはアンコールをアピールできない。
さらに、パリの美術館にこそ世界最高のクメール美術が様式順に揃っている、というステイタスをアピールすることになる。

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ちなみに、ジョルジュ・グロリエという人物は、本書に登場する中では珍しく芸術家肌の人間である。つまり考古学者や建築家でもなく、歴史家でもなく、冒険家でもない。
植民地官吏の息子としてプノンペンに生まれ。もちろん教育はパリで受け、第一次大戦にも従軍するが、そのほかの大部分はカンボジアで暮らす。1945年憲兵隊の手に落ち、獄中で死去。
カンボジア美術学校校長としてでカンボジア人の指導をし、クメール美術の復興をめざす。伝統文化の「ルネサンス」を推進したのだ!当然、〈現地人〉を指導するのは〈フランス人〉のグロリエであるのだが……
さらに、カンボジア美術館のブティックで、隣の美術学校で制作したレプリカを販売する、という新機軸も彼が始めたのも彼である。それが、本物販売にエスカレートする……

このジョルジュ・グロリエには息子がいて、その息子もクメール研究者になる。
現在では息子ベルナール = フィリップ・グロリエのほうが有名だろう。〈水利都市〉論のグロリエです。
わたしは混乱していて、グロリエという名の人物が二人いて、父子とは知らなかった。

うるさいケチをつけるわけではないが、本書の索引も混乱している。
ベルナール = フィリップ・グロリエ という息子のほうの項目しかないが、この項目にあるページは大部分は父・ジョルジュの話である。


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