東南アジア・ヴァーチャル・トラヴェル

空想旅行、つまり、旅行記や探検記、フィールド・ワーカーの本、歴史本、その他いろいろの感想・紹介・書評です。

ジャイルズ・ミルトン,松浦伶 訳,『スパイス戦争』,朝日新聞社,2000

2007-02-03 22:13:43 | ブリティッシュ
副題;大航海時代の冒険者たち
Milton, Giles "Nathaniel's Nutmeg" 1999.

イギリス東インド会社(以下EIC とする)とオランダ東インド会社(VOC)の抗争を描いた歴史読み物。
ふたつのインド会社の経歴、北東航路探検や北西航路探検、レヴァント会社やハドソン会社の変遷でわきを堅め、メイン・テーマである東インド諸島の香料交易にはいる。
中心人物はナサニエル・コートホープというEICのキャプテン。(ほんとに無名な人物だ。わたしの虎の巻である、増田義郎,「年表」,『大航海時代叢書第1期別巻 大航海時代 概説 年表 索引』所収,1970.にも記載がない。)
1611年東インドに到着、以後、バンダ諸島におもむき、ルン島というほんとに小さい島の領有を主張するEICを代表してVOC側(ヤン・ピータースゾーン・クーン)と闘う。

いまどき珍しく、英蘭を中心とした時代小説的な著述である。
すでにわたしのブログでも何冊も紹介しているように、この時代は明朝とオスマン帝国を中心に廻っている世界であり、東インド諸島、つまり現在のインドネシア・マルク諸島も、チャイニーズの商人を中心に、インドの商品が廻り、イスラームの思想がおしよせ、ムラユー世界の航海者や商人がかけめぐり、ジャワやバリの米・塩が港市に運ばれる世界だった。
ポルトガル、スペインもこの大きな流れの構成要素の一つである。
1600年代のEICやVOCは、さらに泡沫勢力である。。

その端役のEICとVOCのこぜりあいなど、論じるに足りない、もっと他に重要なことがいっぱいあったんだ、というのが、最近50年の歴史研究の流れだろう。
本書でどぎつく描写される、残酷な刑罰、陰惨な戦闘なども、もう、必要ない話題になっていたのではないか。
必要ない、というのは、EICやVOCがいかに残忍非道だったとしても、そのことを理由にヨーロッパを断罪してもしょうがない、という態度である。
歴史をすすめたモーメントとして、冷静に論じようではないか、というのが、ここ数十年のアジア史研究の立場ではないんでしょうか。

そうした歴史叙述の変化、歴史観の変化にさからうように、大時代的にイングランドとネーデルランドの闘技場としてのアジア海域を描いた、アナクロな一冊である。

内容は別に悪くない。
というか、こんな古臭いテーマで本を書くような人は日本人にいないから、逆に新鮮な衝撃?!

『自由海論』のグロティウスがオランダ側代表団の団長として、イングランド側と会合した、(なんと、EICはVOC側に合併を提案する、17世紀版M&Aである!)なんて、わたしの知らないエピソードもたくさんあるが、ともかく国民国家の成立以前の話で、愛国心も忠誠心も実態のない時代なので、そのつもりで読むように!

著者が強調する、意外な歴史というのは、本書の中心地バンダ諸島のルン島が、ブレダ条約(1667年、第二次オランダ=イングランド戦争の終戦処理)の結果、マンハッタン島と交換された、というエピソード。
はは、意外だなあ。ちっとも知らなかったよ。
だって、このころ、オランダは、クラサオ島、バイーア、南アフリカ北東部(今のスリナムやギネアのあたり)、西アフリアのエル・ミナ、などいたるところでこぜりあいをしている。
インド洋方面でもゴアやディウで戦闘行為多発、東アジアでもマカオ、澎湖島、台湾南西部と、戦線を拡大している。
マルク海域でも、テルナテとアンボイナに要塞を築き、本書のグレートバンダ島・バンダネイラ・アイ島に築城、補給線がとだえがち、人員欠乏、という状態である。
ほんとにマイナーな地域で、こんなところに注目した著者はさすがだが、どうにもこうにも、センスが古いのだよ。


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