東南アジア・ヴァーチャル・トラヴェル

空想旅行、つまり、旅行記や探検記、フィールド・ワーカーの本、歴史本、その他いろいろの感想・紹介・書評です。

小松左京,『歴史と文明の旅』,文藝春秋、1973

2006-06-24 00:05:00 | 旅行記100冊レヴュー(予定)
初出『文藝春秋』1972年1月号~12月号。文庫は講談社文庫(上下)1976。
今回見たのは、『小松左京コレクション 1』,ジャストシステム、1995.

まず、タイの章から引用する。

見えもしない山のむこうをのぞこうとのび上がったのは、前々から、一度でいいから、ビルマ、タイ、ラオスの国境から、雲南方面の上をとんでみたいと思っていたからだった。━ほんとうに、生涯で一度でいいから、雲南方面からチベット高原の上空をとんでみたい。専門の探検家でも学者でもない私は、その地をふみたいなどと大それた考えはもたないが、せめて旅客機の窓からのぞくだけでいいから、この眼で見てみたい気がする。━六千万年前、オーストラリアとはなれて北上したインド亜大陸地塊が、アジア大陸にぶつかっておし上げたヒマラヤ大褶曲は、雲南・チベットの境あたりでほとんど直角に南におれまがり、緬印国境のアラカン山脈、泰緬国境をつくりながらマライ半島までつづくインドシナ中央山脈、トンキン高地からラオス、ベトナムの境を形成する安南山脈となって、インドシナ半島になだれおちる。雲南の地には、揚子江、北ベトナムのソンコイ、メコン、ビルマのサルウィンなど大河の源流が集っており、それぞれの河口部では、千数百キロから三千数百キロもはなれているこれらの流れも、雲南省の中のもっとも接近している所では、わずか十キロから三、四十キロしかはなれていない。

引用終わり。
世界をまたにかけ、並のパイロットより滞空時間が長いなどといわれた小松左京にしても、当時、雲南・チベットへの道は遠かった。
本書は、『日本沈没』出版と同時期の旅行記。『文藝春秋』編集部に取材費の余裕があったのか(まさか自前の取材ではないですよね)、一ヶ月に一回の旅行で、一年間で12回の連載、その12回分をまとめたもの。

上記のように中華人民共和国は当時日本と国交なし。冷戦が永遠に続くかと思われるような時代であった。本書刊行後に石油ショック、西側の敵は共産主義だけではなかったのだ!とあわてたのだ。

選ばれた目的地は、ロシア・タイ・スイス・ヴァチカン・オーストリア・オランダ・カナダ・エジプト・タンザニア・ブラジル・チリ。
取材当時、著者は『日本沈没』をほぼ完成させていたはず。(出版は、本書単行本の半年前)
これは、書かれなかった『日本沈没第2部』のための取材、というより、読者各自が第2部を空想するためのヒント集だ。

今回読みかえしてみると、内容がかなり記憶に残っていた。
そうとう影響を受けているんだなあ。
方法としては、まず、地図を見て、地勢・山脈・河川・植生・気候を見る。歴史をしらべる。現在の統計資料を見る。GDP(当時はGNP)や工業生産、軍事力、輸出入、人口、の数字を見る。
そして、現地にでむいて感じるのは、統計資料との微妙なズレ、政治力学と民衆の実感のズレ、しかしやっぱり圧倒的な影響をあたえている歴史の層だ。
そして、当時の平均的読者(つまりわたしのようなもの)の固定観念と常識をうちやぶるコメントが続出する。

それから、今読みかえして感じるのは、当時の冷戦、ソ連とUSAの圧倒的な力、それに影響される中小国と中大国である。
オーストリアもカナダもエジプトもチリも、みんな社会主義の魅力と怖さを真剣に考えていたのだ。
さらに、現在からみて、へえ、と思うのは、小松左京でさえ、(小松左京だからこそ)ヤングパワー(死語)とウーマンパワー(死語)の問題を真剣に考えていること。
ヤングパワーはともかく、女性のこと、つまり男女平等、男女の役割分担、政治参加、経済力、教育について、文明論的に関心をもっていたんだなあ。
今じゃ、男が女のことに口出しするな、というコワイ雰囲気が蔓延して、空想的、文明的な意見を述べるには覚悟がいるが、当時はわりと気楽にみんな書いたりしゃべったりしていたんだ。

旅行記として、対象国にひじょうに好意的で肯定的。
(まあ最初から、ひどいところ、入国できない国には行かないから)全体として、のんびりしていて、堂々としている、上品な国が選ばれている。
民衆や知識人の上品さ、おだやかな物腰、堂々とした態度に注目するのも、当時からアメリカばかりごきげんうかがいしていた日本との対比だとおもわれます。
オランダ、ヴァチカン、スイス、オーストリアという4つの意外な国がヨーロッパから選ばれているが(トルコもヨーロッパだ!と文句がくる、そうです、このことも強調されている。)、それ以外は、国土に余裕のある、のんびりした国が選ばれている。(と思ったら取材後、政変が続出!)


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