東南アジア・ヴァーチャル・トラヴェル

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新井和広,「ハドラミー・ネットワーク」,2000

2006-06-10 00:09:18 | 移動するモノ・ヒト・アイディア
家島彦一 ほか編,『モンスーン文化圏 海のアジア 2』,岩波書店,2000,所収

現在のイエメン共和国、南アラビアのハドラマウト地方の人々をハドラミーという。(歴史的には隣のオマーンの一部も含む)
実は、このハドラミーというのが、東南アジアで「アラブ人」と呼ばれる人々の実体であり、もっとも強力な共同体である、そうだ(知ってた?)。

このハドラミーたちはイスラーム以前からインド洋に進出していたようだが、東南アジアへの移民がふえ、おおきな影響を持つのは、19世紀から20世紀、ヨーロッパ列強の進出と同時期なのである(知ってた?)。

イエメン共和国の一地方としてのハドラマウトは、『旅行人』2005年冬号(No.146)をみると、他の地域、サナアやアデン、紅海沿岸ティハーマ地方、中南部ジブラと比較してわかりやすいので、どうぞ。(ちなみにソコトラ島もイエメン共和国です)

もともと研究者の間では、ハドラミーの宗教学者、インド洋各地へのイスラームの伝播はよく知られていた事実であるそうで、18世紀のシアクやポンティアナ(ポンティアナック)のスルタンがハドラミーだったり、19世紀クダー王朝のスルタンもハドラミーなんだそうだ。
しかし移民全体や移住先の社会へ与えたインパクトが全体的に研究の対象になったのは、つい最近らしく、今後研究がすすむ分野である。

ハドラミーの東南アジアへの移民が活発になり、コミュニティーが形成された(史料でも確かめられる)のは19世紀半ばからで、オランダ領東インド、英領マレー半島にコミュニティーができた。
これは、ハドラマウト側の事情も大きく影響していて、内乱や覇権争いのため、移民が促進されたようだ。
また、ヨーロッパ勢力の支配は、中間層としてのアラブ人を必要とし、その需要に応えたという理由もある。
さらに、各地のイスラーム化運動がハドラミーの学問体系を必要とした、という要素もある。
ハドラミーの移民はヨーロッパが開発した航路や船便で移住し、ヨーロッパの銀行ネットワークで送金した。
いわば、ハドラミーはヨーロッパの進出とともに東南アジアに向かったわけである。
交易・不動産投資・金融などの事業で成功したハドラミー資金はハドラマウトに還流し、故郷の経済やインフラ整備を促進した。

ヨーロッパ勢、ブリテンとオランダにとって、ハドラミーはやっかいな存在となった。各地のイスラーム覚醒運動の中核になり、ハドラマウトに改革思想を逆輸入し、資金を送り込む危険な要素とみられた。
その一方で、ハドラミー商人の故郷への送金は、現地社会のインフラ、経済安定のためにも必要であった。

第二次世界大戦中の日本によるマレー半島・オランダ領東インドの占領は、ハドラミー・ネットワークに甚大な影響を与えた。
アラブ方面への送金が停止されたことで、ハドラマウト社会は深刻な不況になり、飢餓も発生する。
さらに戦後、インドネシア政府による海外送金の制限が打撃をあたえる。
東南アジア方面からの資金がとだえたのと同時に、インドのコミュニティーからの送金もインド独立により困難になった。(ハイダラバードに大きなコミュニティーがあった。)
また、東アフリカ諸国の独立も、この方面のネットワークをつぶした。

こういうわけで、東南アジア・インド・東アフリカのハドラマウト・ネットワークは1960年代で完全に崩壊、ハドラミーの移住・投資はアラビア半島に限定されることになった。
というわけだが、東南アジアには、当然ながら彼らの子孫が暮らし、事業を成功させている者も多い。また、故郷ハドラマウトへの里帰りや留学もあるようで、文化的な相互影響は続いているようだ。

ともかく、最近になって注目された、(華人ネットワークやインド人ネットワークほどには目立たないけれど)もうひとつの東南アジア内ネットワークであるからして、今後いろいろわかってくるだろう。
本書全体の編者である家島彦一さんにも、ハドラミー・ネットワークについての小論があったが、まず、この新井さんの小論で輪郭がつかめた。

ようするに、東南アジアで成功したアラブの富豪とか、近代の東南アジアで影響力をもったイスラーム学者といえば、このハドラミーだと思ってよいようだ。(移民はハドラマウト社会のすべての階層から出ており、さまざまな移民がいたと思われるが)
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