東南アジア・ヴァーチャル・トラヴェル

空想旅行、つまり、旅行記や探検記、フィールド・ワーカーの本、歴史本、その他いろいろの感想・紹介・書評です。

大江志乃夫,『日本植民地探訪』,新潮社,1998

2006-12-14 09:36:55 | 旅行記100冊レヴュー(予定)
ある意味これはスゴイ旅行記。
どうすごいかというと、あまりにも普通の旅行記であることだ。

どんな経緯で旅行したのかが、すべて明記されている。

サハリンは、1996年「鉄道ジャーナル」主催の鉄道マニア向けのツアー。
南洋群島は、1995年「ピースボート南太平洋の船旅」のツイン・ルーム。
旅順、大連は、1996年、旅行社をつうじての手配旅行。
台湾は、1995年、JTB主催の団体旅行。
韓国は、劇団「わらび座」の1995年ソウル公演に後援会員として便乗。
北朝鮮は、1997年、チャーター便による「友好交流会議訪朝団」に便乗。

いずれも、観光客としての普通の旅行であり、日本出発から、帰国までこまかく書かれている。
まるで、はじめて海外旅行に行った中年夫婦(著者は夫人を同伴している)の旅のよう。

著者は茨城大学名誉教授であり、大日本帝国の植民地研究の第一人者。
「岩波講座 近代日本と植民地」全8巻の編集委員である。(このシリーズについては、いいたいこと、書きたいこと、文句があるが、今その点をうんぬんしている余裕はない。)

当然、旅行した地域のバックグラウンドに精通しており、資料探索も職業として専門である。

しかし、本書は普通の旅行者として、実にこまかく旅行を楽しみ、交通手段から食事まで解説されている。
そういう意味で、ほんとは旅行代理店にまかせきりで見物しただけなのに、さも、現地の人と交流したように書いている旅行記より信頼できる。
著者のバックグラウンドからして、過去の日本を告発する内容が濃いと予想したが、その点は偏りがない。
むしろ、あまりに旅の細部がくわしすぎてかったるい部分がある。

日本の過去の植民地政策を肯定的にみる立場の人たちも、もし、旅行記を書くのなら、これぐらい正直に書いてほしいもんだ。
単に旅行代理店(コーディネイターなんて呼ばれるのか?)の用意した人物と会っただけで、たいそうな事を書いている旅行記は、読んでいてつまらないので。