東南アジア・ヴァーチャル・トラヴェル

空想旅行、つまり、旅行記や探検記、フィールド・ワーカーの本、歴史本、その他いろいろの感想・紹介・書評です。

関口晃一,『カブトガニの不思議』,岩波新書、1991

2006-05-10 18:02:54 | 自然・生態・風土
節足動物門、鋏角亜門、剣尾目,カブトガニ亜目の動物、タイの屋台やシーフードレストランに並べられている、あのカブトガニの話である。
著者は、クモの研究からカブトガニにも足をつっこみ、以後おもに日本国内でカブトガニの生態、生殖、発生、生理、系統を研究してきた。

ウェブ上で、カブトガニ、horseshoecrab,Tachypleus,などのキーワードで検索しても、本書以上の情報はあまりない。(医学の分野で、カブトガニの血球抽出物がグラム陰性菌の毒素に反応するため、試薬として用いられている、といった方面の情報はあるようだが、むずかしすぎてよくわからない。)

それで、動物として生物としてのカブトガニであるが、3億ないし4億年くらい形態をかえず生きのびてきた生物である。
しかも、現存する種は4種のみ。系統的に近縁のクモやダニの種数が膨大なのに対し、この沿海にひっそり生きるカブトガニは4種である。

この事実について、著者は、カブトガニは完璧に近いくらい環境に適応してしまい、それ以後、天敵のいない環境で進化しないで生存してきた、ととらえる。

生殖・発生・孵化が特殊な動物である。
ええと、まず、このカブトガニは海の中でくらす動物である。
ところが、産卵・受精(対外受精)は夏の大潮の満潮線近くの砂地である。
満月の夜つがいでやってきた雄と雌のカブトガニが、砂をほって、干潮のときには陸地になってしまうところに産卵し、放精する。これは、海中で生活する動物としては、例外的な産卵場所である。

卵は50日くらいで孵化する。
その50日の間に卵の中で脱皮を4回する。この発生の過程の研究が著者の一番の業績であろう。本書の中でも力がはいっている。
内卵膜の浸透圧に関するところなど、各自お楽しみください。

こうして孵化したカブトガニがその後何回脱皮し、何年くらいで成体になるのかは、なんと不明、(本書が書かれてから研究が進展しているので、現在はわかっているのかもしれない。)カブトガニの飼育はとても難しいようだ。(ウェブ上でいろんな団体・学校のサイトあり。)

という、独特の生殖・発生を戦略化し、ひっそりと生きるカブトガニであるが、一番興味をひくのは、この分布である。
アメリカカブトガニというのが北米の東海岸に分布(腐るほどいるらしい)。
ほかの3種、カブトガニ、ミナミカブトガニ、マルオカブトガニはベンガル湾からインドネシア、南シナ海、東シナ海、上海あたりまでと、日本の瀬戸内海あたりまで分布している。
ところが、化石はヨーロッパにたくさん分布している。(ただし、化石に関しては、今後、どこでみつかるかわからない)

この独特の分布に関して、著者は大陸移動から説明している。
カブトガニの祖先は二畳紀のテーチス海に出現し、テーチス海が閉じられると、大西洋側とインド洋側の両方で別々に進化した。
そして、なぜかヨーロッパでは絶滅し、北アメリカでのみ生き残る。
そしてインド洋側の子孫は、東南アジアから東シナ海方面に分布をひろめた。

ふうむ。それにしても、なぜ、ベンガル湾からなのだ?
インドネシア方面はジャワやスラウェシまで、フィリピンにも台湾にも棲息する。
ところが、アンボンやチモールにはいない。
日本に棲息するカブトガニはスマトラ西岸にもいるのに、その中間のマレー半島やタイ湾にはいない。
(まあ、こまかいことは、今後いろいろ明らかになるだろう。なんせ、マダガスカル沖にしかいないと思われていたシーラカンスがスラウェシ沖で捕獲されたんだから)

著者は、この分布の謎の解説は読者に委ねている。
新生代にはいってからの気候変動、海面の上昇、ユーラシア東部の大河の形成を考えあわせると、おもしろそうですね。

カブトガニは、東南アジア、東シナ海で個体数が減少している。(つまり現存4種のうち3種があぶないということだ。)
マングローブの減少と関連して、保護運動もおきている。
日本では絶滅寸前であるが、環境庁の絶滅危惧種には指定されていない。
まあ、東南アジアはまだまだだいじょうぶだから、そんな心配することもないか。
もともと漁業のじゃまもの扱いで、卵を食うのも珍味として賞味されていた程度であるから、生態の研究もほとんどやられていなかった生物である。
医薬品として注目されはじめてから、生理や生態について研究されるようになったようである。