松江市のゼロ磁場

役行者の山伏です。千日行をして松江の西方の陣賀山に新しくゼロ磁場を発見しました。
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ゼロ磁場 修験道 祈りになぜ両手を合わすか

2009年01月14日 | Weblog

ゼロ磁場は役行者尊が示された聖地です。大日如来の化身です。1300年前からの教えは「この世で悩んでいる方で私を信じる人を救うためまた豊かな生活ができるようにするため遣わされた」です。信じましょう。信じることは人間だけに与えられた崇高な行為です。祈りもまた人間だけに与えられた行為です。<o:p></o:p>

 陣賀山のゼロ磁場には雪で歩くのが大変にもかかわらず、毎日お参りする方がおいでになります。私は毎日10時ごろから毎日お参りして「般若心経」「真言」をあげています。そしてお祈りをしています。 <o:p></o:p>

 今日ご夫婦の方がお出でになりました。人からゼロ磁場の話を聞いて大体11時ごろまでは私がいるとのことで会いたくておいでになったようです。寒い雪の降る中を興味があって来たとのことでした。その方が私に挨拶されるとき<o:p></o:p>

「合掌」されました。私はびっくりしました。合掌された私がびっくりしました。<o:p></o:p>

 信仰心の強い方であることが分かりました。両手を合わす合掌は僧侶でない限りあまり挨拶で一般にはしませんね、それがゼロ磁場でされたときびっくりしました。普通私たちはお祈りするときに両手を合わせて合掌しますね。<o:p></o:p>

 なぜお祈りするときに合掌するのでしょうか、考えれば私たちはご飯をいただくときとか食べ終わったときに合掌しますね、また仏壇にも合掌しますね、皆親がそのように仕向けた習慣が残っているためだろうと思いますが、両手を開くより、両手を合わせるほうが心が落ち着きます。集中できるようになるようです。不思議と世界中どこの国でも形こそ違いますが両手を合わせることは例外なくしています。人間に与えられた自然体でしょうね。<o:p></o:p>

 修験道で合掌とは次のように意味付けています。合掌とは、手の先にわが心をむけて、祈りが神仏(大日如来)に届きますようにと、指先を天に向けて祈ることです。合掌は、拝む心を形にしたものです。<o:p></o:p>

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 人間がもっとも美しい姿は合掌礼拝している姿です。世界中の絵画の中で絶唱されている有名な絵画はほとんど合掌礼拝している姿です。 子供が切れたりするのは親が合掌礼拝している姿を子供に見せていないからです。<o:p></o:p>

 子供に礼拝合掌する姿を見せましょう。ゼロ磁場では簡単にできます。<o:p></o:p>

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