ウィリアムのいたずらの開発?日記

ウィリアムのいたずらがコンピューター関係(本家廃止後はその他も)について思ったことを好き勝手に書いているブログです。

ベートーヴェンの第九、やっと意味わかったかも?

2020-02-24 16:59:27 | そのほか
第15回 東京セラフィックオーケストラ 記念定期演奏会
行ってきた!ベートーヴェンの第九とシベリウスのフィンランディア
だったんだけど、指揮者の横島勝人氏の指揮がわかりやすい!!何をどう表現したいか、一目瞭然!
 おかげで、もしかしたら、自分、第九、理解したかも?

多分、こんなかんじ?(少なくとも、指揮を見て、こう理解した)

 第一楽章は人生のつらさ・不条理さを表現している。そこに

 第二楽章では、いや、人生いいこともあるぜみたいな高音部がでてきて、
   最後、対決体制になって、「結果はいかに・・・」というところで

 第三楽章はCMで、対決はさておき、いいことあるぜのアピールでハッピー感を
   増したところで、「CMはおわりだぜ」となって

 第四楽章で、また対決がもどる。ここで(どうも、低音部が「人生つらい」の
   悪役らしい)低音部のほうが、ふと魔法の言葉を唱えてしまう。
 (魔法の言葉→音階だと、たしかシシドレレドシラソソラシシドレ
  だったと思った。小学校のころ暗譜して、いまだに覚えている。
  これがどういう意味か、今日までわからなかった!)
  そうすると、「ほらね、幸せでしょ」というように、
  周囲の楽器が魔法の言葉(→これが「喜びの歌」と小学校で習った)
  を奏で出す。
  それが、フラッシュモブのように、どんどんいろんなパートが演奏して
  伝搬していって、みんな幸せ!

  になったところで、答え合わせ。

  元に戻って、人生の不条理をもう一度はじめるけど
 (これが、独唱がはいるちょっと前の、急に曲が変わるところ)、
  もう大丈夫、みんなで、最後は喜びの歌を歌って、ハッピーに。
  ここまでの変化を独唱&合唱で伝える感じ・・・

  で、これで終わりでいいんだけど、さすがエンターティナーのベートーヴェン
  終わらせ方をお決まりの形で終わりにさせて、盛り上げる(なんで、ここで
  喜びの歌から離れて一気にフィナーレへ!)

 つらいどん底にいる人間が、ふとした言葉をとらえることで、幸せな人生に
 変わっていく、それを支える周囲が、はじめは小さく、かし(フラッシュモブ
 みたいに)だんだんと大きくなり、最後は宝塚のエンディングのように
 みんなハッピーエンドで終わっていく

 ・・・交響曲って、ひょっとして、エンターテイメントだった?
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