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仲春如月九日(水)3月24日 彼岸明 日本(にほむからにっぽん)という国

2010年03月24日 | 勝負は時の運!果報は寝て待て

仲春如月八日(火)3月23日 心の師となれ

今日は彼岸の明けです。まだ、しとしと寒いです。

さて、日本という国名の由来だが、日本のことをさすことばに、古くは「大八州」(おおやしま)、「秋津島」(あきつしま)「豊葦原端穂島」(とよあしはらのみっずほほくに)、「葦原中国」(あしはらなかつくに)「大和」(やまと)などがあり、中国では、「倭}(わ)と読んでいた。

それが、「日本」と定められたのは、大宝元年(701)に制定された大宝律令でだ。

大宝律令は、日本最古の完成された成文法で(それ以前にも近江令、飛鳥浄御原令などの試作品はああった)、日本という国は、生まれたときから「日本」であったといてよいだろう。

大宝律令のころは「日本」と書いて、「やまと」とか「ひのもと」と読んでいたが、奈良時代になると漢字の知識が広がり、訓ではなく音読みするようになった。「にほむ」と発音していたようだ。

これが、時代が下がって、室町時代になると、東国の発言で読まれるようになり、「にほん」あるいは「にっぽん」となったのだ。

現在では、「にほん」でも「にっぽん」でもどちらの読み方でもかまわないが、昭和9年の文部省臨時国語調査会では、「にっぽん」に統一され、一時期この呼び方が強制されたことがああります。

このとき、東京の日本橋と『日本書紀』だけは例外に「にほん」と読んだというから、考えてみたらずいぶんおかしな話だ。

英語のジャパンという呼び名は、マルコポーロの『東方見聞録』に載っていた「ジパング」(黄金の島)かあらきている。

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