法事に行ってきた。
このお寺の和尚さんには、お経は一緒に大きな声で読むようにしっかりと叩き込まれた。
ある時、うまく読めないまま小声でたどたどしく読んでいたら、「声が小さい!やっぱり意味がわからないと読めませんかね?」
と言われ、それから般若心経の一節ごとにどんな意味なのか、どう読むべきか、しっかりと講義を受けたのだ。
それからというもの、またあの講義を受けてはたまらない!と、お経をあげて頂く時の般若心経は大きな声でしっかりと読むようになった。
その和尚さんはもう亡くなられてしまったが、このお寺に来ると、先祖の顔だけでなく和尚さんの顔も懐かしく思い出すのだ。
不思議と般若心経を読むと、心が素直になる。
邪念ばかりの毎日から少し気持ちが引き締まるようでもある。
般若心経に特別の興味と関心を抱かせてくれた和尚さんには、とても感謝している。