博客 金烏工房

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漢情研夏季講座 「版面権」とは何か

2007年07月31日 | 学術
というわけで7月30日に花園大学で開催された漢情研セミナー「『版面権』とは何か」の報告です。講師は慶應義塾大学産業研究所の石岡克俊准教授です。例によってまた漢情研の会報の方でもレポートが掲載される予定なので、会員諸氏はそちらの方もご参照下さい。

版面権は書籍の版面(はんづら)やレイアウトを不正な複製・使用から守るための権利であり、出版者側が創設を要望してきたものです。著作権をめぐる議論でこの版面権という言葉がしばしば用いられますが、少なくとも現在の段階ではこの版面権は法律上では認められていません。(ただし外国の場合、英国などいくつかの国で版面権が法的に認められているとのこと。)

また、この版面権という言葉は版権と呼ばれることもあり、しばしば出版権や著作権の同義語として用いられ、それが議論の混乱の一因となっています。

この発表はまず法律上で版面権の確立を求める議論の推移を確認し、ついで版面権に関わる判例を見ていくという構成となっていました。

(1)版面権を巡る議論の経緯

版面権の創設が検討され始めたのは昭和45(1970)年の著作権法全面改正の前後ですが、この時改正された現行の著作権法では結局版面権は出版者の権利として認められず、不正競争防止法の枠内で出版者の権利を保護していくという考え方が示されました。すなわち、ベストセラー・ロングセラー書籍の類似品を不正競争防止法で規定される誤認惹起行為(先行する商品と紛らわしい商品を生産・販売して顧客を奪う行為)として取り締まることを認めようということです。

その後、複製機の進歩や複製の容易化に伴って出版者側の働きかけが活発化し、著作隣接権(自ら著作行為をするわけではないが、著作物の伝達に投資する人を保護する権利)の対象として出版者も加えていこうという動きがおこり、版面権創設が本格的に検討されますが、その議論は平成2(1990)年の著作権審議会第八小委員会答申をもって現在までストップしたままです。これはこの頃からの国際的に規制緩和を求めていく動きが影響したからで、また出版者側もこの頃から議論され始めた著作物再販制度撤廃の反対運動に忙殺されたためです。

(2)版面権を巡る判例の展開

版面権に関わる判例として、『用字苑』のコピー商品をめぐる裁判、永禄建設事件、知恵蔵事件などが取り上げられました。いずれの判例も字典・事典やパンフレットのようなものでも著作権法で規定される編集著作物(素材の選択・配列に創作性が認められ、権利保護の対象となるもの)として認められるか、そして書籍やパンフのレイアウトが権利保護の対象となるかがポイントでした。

これらの裁判では字典なども編集著作物として保護される権利が認められ、レイアウトに関しては収録語句の選定などと抱き合わせという形では問題なく保護の対象となりますが、レイアウト単体では扱いが微妙となり、特に段組や文字の割り付けなどを定めるレイアウト・フォーマットに関しては単体では創作性が認められず、権利保護の対象として認められなかったとのことです。

(3)まとめ

現行の法律で書籍の版面やレイアウトの保護を求めるとすれば、司法の場で不正競争防止法の適用を求めるか、あるいは編集著作物としての認定を求めるのが現実的な対処法となるということです。最近問題しなっている『インド式計算ドリル』の類似品についても、裁判で出版差し止めを請求するとすれば不正競争防止法の違反という形で訴えることになるであろうとのこと。

(4)質疑応答

「版面権」という言葉の定義の曖昧さを問題とする質問や指摘が多かったです。特に版面権という言葉が版木や活字組版・写植によるフィルム版といった「版」の所有権に由来していのではないかという指摘から、版は出版者と印刷業者のどちらが所有しているのか、あるいは「版」の所有をめぐる出版者と印刷業者との力関係、そして「版」がテキストデータに置き換わってしまった現在の状況にまで話が及び、興味深かったです。

ウェブ上で書籍の表紙画像をアップする際に出版者に許諾を得る必要はあるのかという質問も出ましたが、書評の中でアップする際には引用という形になり、公正な利用ということで特に問題が無いのではないかということでした。大手出版社の編集者なんかも特にこのことを問題視していない人が多いようです。ただ、某有名出版社の場合はそのような行為が発見されたら即刻訴訟する用意があると息巻いているという噂があるそうです(^^;)

そもそも版面権という言葉は、校訂権と同じく古典のデータベース作成を巡る議論の中で盛んに使われるようになったということで、これからの課題としては学術系のコンテンツを握る出版者に対して規制緩和・撤廃をどのように求めていくかということになるでしょうか。

(5)その後……

懇親会では時節柄、中国のダンボール肉まんに関する話題で盛り上がりました(^^;) 当然というか何というか、「まあ、あってもおかしくないよね」という反応が多かったわけですが。
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