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古装劇場 別館

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「水滸伝」がオペラになったら

2012年03月25日 20時18分23秒 | その他
新版「水滸伝」を見ながら、もしオペラだったら、
宋江はバリトンかな、晁蓋はテノールかな、呉用はバリトンがいいよね、
などとたわいもないことを考えてしまった。

林冲や武松はテノールだな。

魯智深はぜひ巨漢のバス歌手に……そうだ、マッティ・サルミネンだ!
(サルミネンって今でも現役でいらっしゃるんでしょうか。大好きだったんですけど)
なんと言っても、あの破壊的な声。
魯智深は素手で柳の木を引っこ抜いたけれど、
サルミネンなら声で柳の木をなぎ倒しそうだ。
そして、一見コワモテだけど、意外に愛嬌があって可愛げがあるところとか、ぴったり!

そうだ! 魯智深は(全盛時代の)サルミネンが似合う!

……という思いつきを誰かに言ってみたかっただけなんですが、
賛同してくれる方はいませんか。
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エフゲニー・ニキーチン

2012年03月23日 23時06分38秒 | オペラ
 新国立劇場のワーグナーの歌劇「さまよえるオランダ人」公演が無事に千秋楽を迎えたようで、まずはめでたい。実は私も3月8日の初日に聴きに行った。オケがしょぼくて序曲で萎えた。しかし、歌手陣にはおおむね満足。他にもいろいろと言いたいこともあるが、初日だったし、たぶん回を重ねるごとによい舞台になっていったに違いない。

 それはともかく、私が語りたいのは、タイトルロールを歌ったエフゲニー・ニキーチンのことである。そもそも10年ほどオペラ断ちをしていた私が、ついに禁を破って生の舞台を聴きに行ったのは、ニキーチンを聴きたいがためだったのだ。

 なお、新国では「ニキティン」と表記しているが、私がファンになった時には「ニキーチン」だったので、私はニキーチンで通す。ロシア語の発音は知らない。(確認すると、2000年のキーロフ・オペラ来日公演のプログラムでは「ニキーティン」となっていました…。4月1日追記)

 私が初めてニキーチンを聴いたのは、2000年のキーロフ・オペラ来日公演での「さまよえるオランダ人」だった。オランダ人役はダブルかトリプルのキャストで、私はニコライ・プチーリンを聴いてみたかったのだが、当日東京文化会館に行ってみると、残念ながらハズレ。うーんガッカリ。エフゲニー・ニキーチン? 知らないなあ。といっても知らない歌手のほうが多いんだし、有名じゃないからってよくないとは全然限らないし、まあいいか。しかし、舞台に登場したのを見て聴いて、びっくり。ずいぶん若い。

 まだ声も姿もほっそりしていて、「これがオランダ人? ちょっとちょっと大丈夫なの?」と最初はかなり不安に思った。オランダ人は押し出しのよいベテラン歌手が堂々と悲壮感に満ちて歌うイメージがあったし、いくらなんでも貫禄不足なのではと。しかしニキーチンは、そんな私の思い込みを覆してくれたのだった。まず、何よりもワーグナーの主役らしからぬリリックな声。しかも実につややかで、磨きぬかれたような美しさ。声量があるほうではないので、そのせいもあってか冒頭のモノローグでは、苦悩を大きく訴えるというのではなく、もっと内省的に、自分の中に向かって語るという感じ。(これは私の妄想かもしれない。)それからも始終丁寧で品のよい歌唱で、オランダ人が不気味な幽霊船の船長というより、ひとりの不幸と悩みを抱えた人間として感じられてくる。(記憶が美化されているかも。)しかも美男。いや、倍率の悪いオペラグラスでは顔立ちなど全くわからなかったが、背が高くてすらりとした立ち姿がなかなか美しかった。若い女の子が恋をする(といっていいのか、違うような気もするが、ここで作品の内容には立ち入らない)相手なのだから、不気味な中年男よりこのほうが説得力あるかも。

 聴いているうちに不安は消え、1幕が終わる頃には「この人いいかも(はあと)」と思うようになり、2幕のゼンタとの二重唱を聴くうちにすっかり虜になった。しかし、ここまでくると、3幕のオランダ人の出番はもうわずか……。
 
 ああ、最初からもう一度聴きたい! こんな若造にオランダ人が歌えるのかなんて思ってごめんなさい!! ヘルマン・プライ亡き後、私の心の隙間を埋める男声歌手が現れた!!! もう私、この人について行く!!!!

 というわけで、2003年のキーロフ・オペラ来日公演では、ニキーチン主演の「ボリス・ゴドゥノフ」を当然聴きに行った。オランダ人にも驚いたが、この若さでボリスというのにもまた驚いた。ただ、記憶はあんまりない……悪くなかったと思うけれど、初めて聴いた時ほどの衝撃はなかったな。ただし、たぶんニキーチンが悪いのではなく、集中力に欠けた私が悪い。この時は「音○の友」がどうして主役アップの舞台写真を載せてくれないのかと恨んだ。

 この後、私はオペラと次第に縁を切り、たまーーーにテレビやDVDやyoutubeで見るだけという状態が昨年末まで続いていた。それでも時々ニキーチンを思い出しては、ネット検索してみたり、youtubeで映像を探したりしていたのだが、結果は思わしくなかった。というわけで、ファンを名乗ってはいても、私がニキーチンを聴いたのは、二度の舞台と「ボリス」のCD(脇役)とyoutubeでちょびっと、がほぼすべてだったのだ。ただただオランダ人の思い出を胸に、ああまた聴きたい、早くブレイクしないかな~と思い続けていただけなんである。

 そして先日、新国「さまよえるオランダ人」の新聞広告を目にしたのだった。ずっと海外オペラハウスの来日公演情報はシャットアウトし、新国のサイトも見ないようにしていたのに、新聞広告も正視しないようにしていたはずなのに、なぜかこの時だけは、出演者のトップの名がしっかり目に飛び込んできたのだった。「E・ニキティン」。(よくニキーチンのことだとピンときたな、私。)これも運命だったのだろうと信じている。

 10年ぶりのニキーチンは、声も姿も以前より豊かになっていたが、つややかな美声と丁寧な歌いぶりは健在だった。おそらくこの日のニキーチンは万全の出来ではなかったが、それでも私は満足だった。(ニキーチンの歌唱について、冷静に批評できる精神状態にはない。そもそも、ニキーチンのどこがどういいのか説明しろといわれてもできない。)これまでにも日本で聴く機会はあったにもかかわらず逃していたのは大の不覚だったが、ニキーチンとの再会が、初めて聴いたのと同じオランダ人だったのは、やっぱり運命だと思う!!

 最後列の席のため、以前より倍率のよいオペラグラスを持っていたけれど、細かい演技や表情などを確認する余裕もあまりなく、見逃してしまった場面などもあり、できれば全公演を聴きに行きたかった。しかし、薄給の田舎の勤め人にそんな芸当ができるわけもなく。しかし、今年の夏はバイロイト・デビューもするし、聴く機会は今後増えるだろう。10年待った甲斐があった。情報も増えてきそうなので、これからはちゃんと動向をチェックして応援していこうと思う。
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新版「水滸伝」

2012年03月21日 22時12分33秒 | 中国ドラマ
 新版「水滸伝」を一月半かけてようやく見終わった。サイトにアップした感想には書かなかったが、気になる点はまだまだある。そのうち、どうしても言いたくて仕方がないこと。

・宋江、実は李逵のこと嫌いでしょ?
・(行者姿になってからの)武松、髪を梳かせ。
・第一話から108の魔星の話をふれ回っていた公孫勝、梁山泊を去る場面がなしとは手抜きだ。

 本作の名誉のために言っておくが、良いところももちろんある。それでも満足度がそれほどでもなかったのは、たぶん私の期待が大きすぎたせいだと思いたい。
 それにしても、もともとあまり期待していない「三国」全95話を見る勇気がなくなった。どうしようか。
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METライブビューイング「エルナーニ」

2012年03月20日 21時40分49秒 | オペラ
 METライブビューイングにて、ヴェルディの歌劇「エルナーニ」を鑑賞。このオペラを通して聴くのは初めてだ。敬遠していた理由はただ一つ、あらすじを読んだだけで頭がウニになるから。

 これが実に楽しかった。めちゃくちゃの台本をゆっくり理解する暇も与えてくれないまま、次々と繰り出されるヴェルディ節。太目のヒーロー、ヒロインという視覚上の欠点を軽々とねじ伏せる歌の力。合唱の出番も多く、まさに音のスペクタクル。ああ、これぞオペラ! ヴェルディ万歳!

 伝統的な舞台セットと衣装も、時代劇好きには嬉しい。王様のキンキラ衣装などは特に。

 歌手ではやはりホロストフスキー(いつの間にホヴォロストフスキーになったの?)とフルラネットが好きだ。ヒロインのアンジェラ・ミードは期待の若手だそうだが、確かに歌は素晴らしく、また今度は別の役で聴いてみたいと思った。

 以下、ストーリーでよく分からなかった箇所のメモ。
・貴族の御曹司だったらしいエルナーニがなぜ山賊になっているのか。国王が親の仇とはいかなる理由か。説明が簡単すぎて分からない。こんな頼りない男に山賊の親分が務まっていることがさらに不思議だ。
・エルナーニとエルヴィーラはどこでどう出会ったの?
・カルロのエルヴィーラへのプロポーズはマジ? 遊んでいるだけだよね?
・1幕でカルロはなぜエルナーニを逃がしたのか?
・1幕と2幕の間にはどれほどの日数が? 1幕では「翌日に結婚式」と言ってたけれど、たぶん延期になったんですね?
・「エルナーニは死んだ」との噂の元は、何があったのか?
・カルロはスペインのカルロス1世=神聖ローマ皇帝カール5世という理解で合っているのか? (違う気もする)
・反逆者どもが国王暗殺の相談するのに、カルロ大帝(誰だ…)の墓に集まる理由。
・くじ引きをして暗殺者を一人選ぶ理由が不明。みんなでやれば?
・神聖ローマ皇帝の選挙はいったいどこで行われているのか? この場面、時空を超えて展開してませんか。
・カルロはなぜ皇帝になったとたん、エルナーニとエルヴィーラの結婚を許したのか。直前のアリアから察するに、寛大な君主になろうとした?
・そのとたんに親の仇はどうでもよくなったのか、エルナーニ!
・4幕の結婚式の場所はどこ?

 オペラにはすっかり満足したつもりだったが、やはり理解できなかったストーリーが気になってきた。そのうちユゴーの原作を読んでみるか。

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エルナーニ:マルチェッロ・ジョルダーニ
エルヴィーラ:アンジェラ・ミード
国王ドン・カルロ:ディミトリ・ホヴォロストフスキー
シルヴァ公爵:フェルッチオ・フルラネット

指揮:マルコ・アルミリアート
演出:ピエール・ルイジ・サマリターニ
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オペラ映画「魔弾の射手」

2012年03月15日 21時45分19秒 | オペラ
 ウェーバーの歌劇「魔弾の射手」は、音楽は好きだけれど、なんだか今ひとつよく分からないオペラだ。素朴な勧善懲悪の昔話のようで、何かそれだけではなさそうな、もしかするとドイツ人にしか理解できないのかもしれないと思わせられる、そんな何かがある。しかし今回、この映画を見てすっかり感動してしまった。特に第3幕。

 私は、第3幕冒頭でアガーテが歌うアリアが好きだ。「黒雲が空を覆っても、太陽はその上に輝いている」。まっすぐに神とこの世の摂理への信頼を静かにしかし力強く歌い上げるこのアリアは、聴くたびに胸に迫ってくる。今回、映画を見ていても、ここでいっぺんに涙腺が緩んでしまった。あとはもう自分でも何故だか分からないが、ラストまで泣きっぱなし。まさか「狩人の合唱」にこれほど感激して涙が止まらないとは。そして隠者登場からフィナーレまで、ただただ感激しっぱなしだった。

 なぜこれほど感激したのか、自分の精神状態にも問題があるような気がするが、たぶん映画がオペラの精神をきちんと伝えてくれていたのだと思う。映画は正統派ともいうべき作りだ。演出もカメラワークも実にまっとうで、どっしりと構えている。普通、映画化といえば、舞台では出来ない趣向をこらすものだと思うが、ヘンテコ(前衛的ともいう)演出の舞台ばかりの昨今、もはや逆だ。映画でこそ、舞台にはない深い森や昔の風俗(第1幕でのけっこう小汚い村の様子などリアルでいい)つまり「魔弾の射手」というオペラに対して抱く一般的イメージの具現化を見ることができ、自然への畏敬の念を感じることができ、善良な人々による心地よい大団円に浸ることができるのだ。そしてアガーテの歌にも示されていた世界観や、善良な登場人物たち(カスパールを除く)の在り方、シンプルで力強い合唱には素直に感動した。「魔弾の射手」ってこんなに素晴らしいオペラだったのか!!と、涙とともに目からウロコが落ちた気分だった。作品そのものの持つ力を初めてはっきりと感じることができたように思う。

 舞台をナポレオン時代に設定した意味や是非など私にはわからないし、正直、意味のわからなかったショットなどもあり(私がぼんやりしていただけか)、さらには私の知識不足のせいで理解しきれていない箇所がある。個人的に作品について不明な点は相変わらず残っている。しかしそんなことはどうでもいい。「魔弾の射手」をこれまで以上に好きにさせてくれたこの映画に感謝したい。

 ルネ・パーペの隠者登場のシーンでは、待ってましたパーペ!という空気が一瞬劇場内に流れた。気のせいではないと思う。想像通り、最後の最後に出てきて場をさらってしまった。あまり書きたくはなかったが、往年の美声の見る影もないオラフ・ベーアにショックを受けたことを告白しておく。何しろこの人の歌を聴いたのは、20年以上ぶりだ。マックス役のテノールは、高音域がフニャフニャしているのがずっと不満だったが、ラストで迷いから覚めたマックスが急に声まで明るくさわやかになっているのを聴いて、すべてを許す気になった。もう感動しすぎて、幸せな気分になっていたので。

映画の公式サイトはこちら。
http://www.cetera.co.jp/madan/
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