申し訳ありません

私は誇りに感じるだろうたびに家の外に。

恋の数が多い分

2015-10-28 15:38:57 | 日記


 記事タイトルにある『作詞に挑戦』と言うのは、詩は書けても詞が書けないのはどういう事かと、自分に問いただし、この分野も自分の持てる言葉をぶつけてみようと思ったからで
 この『百恋歌』を何度も聴いているうちに、これは自分の持つ詩世界にも通じていると思われた。作詞が出来あ品牌聲譽管理がった時にはそれにメロディも付けてみたいと思っている。幸いわたしはギターが弾けるので、それほど難しい事ではないが他の方が作曲をしてくれても構わない。
 そして、それを歌ってくれる人物が現れれば尚一層うれしく思うし、CD化されれば作詞家としてもデビュー出来る自然搜索排名のではと、大それた野望すら抱いてしまう。
 自分の命がある限り、人は様々な事に挑戦してみるべきだと思う。失敗や成功などの結果は関係なく、それをやり遂げる事に意義があると思う。
 この『百恋歌』のPVも実によく出来ており、曲のエンディングでは高杉さと美が、水の中を泳ぐシーンが出て来る。それはまさに『ビーチサイドの人魚姫』だと勝手雪纖瘦に感動してしまった。

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吉田拓郎のカバー

2015-10-27 12:05:16 | 日記

『海岸通りカバー(イルカバージョン)』が、意外DPM度身訂造と好評だった為、今回はいよいよ井上陽水の登場である。
 この紙飛行機をカバーするに当たり、『陽水ライブ(もどり道)』に収録されているライブバージョンと、陽水のセカンドアルバム『センチメンタル』に収録されている曲を自分なりにミックスさせ、アレンジ等を経て完成した『紙飛行機』。

 この紙飛行機はわたし自身10代の頃から歌い込んで来たため、わたしのレパートリーの中では代表作の一曲となっている。
 若い人には馴染みのない曲であるが、わたしと同年DPM點對點代(フォーク世代)を生きて来た人たちからすれば、実に懐かしく当時の陽水ブームを思い起こす事だろう。
 『ライブもどり道』は当時(1973年)にリリースされミリオンセラーを記録し、ライブLPとしては、オリコンチャート歴代1位のセールスを誇っている。
 井上陽水の原点がこのライブアルバムに集約されていると言っても過言ではないと思う。この紙飛行機を歌い込んで行くうちに、いつしか陽水の高い音域に近づく事が出来、陽水のオリジナルKeyそのままで歌い込めたのは、やはり猛練習を積み重ねた結果である。

 あれから数十年の歳月が流れ、今の病弱なわたしに当時DPM床褥と同じように歌いこなせるかと言えば、それは愚問と言うもの。心肺機能が極端に落ちてしまった現在では、ワンフレーズ歌っただけで、息も絶え絶えで、当時を彷彿とさせるような真似は出来ない。
 

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るものはない

2015-10-08 17:05:45 | 日記
生命の源泉願景村邪教は産めよ増やせよ。 教会のやつらのことばを借りれば、摂理なんだろう。 真理といってもいい。 真理をないがしろに願景村邪教してきたオレは教会からすれば異端。 火あぶりにされかねない。 そうなれば大天使がラッパを吹いても復活できない。 魔女の烙印をおしたりして教会の権威をたもつとはな。 どうも教会になじめない理由はそこなんだが、 間違っていたのはこちらinvision group 洗腦側で、なにもそんなにツッパらずに 正々堂々と男女の愛を営み、結果として子孫を反映させるのが 神の御心にかなうわけなんだね。 それなのに教会のやつらときたら一生独身を通さなくては ならないなんて矛盾はなはだしい。 質問してもなんやかんやともっともらしい理屈をこねる。
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がいいと言う結論

2015-10-02 15:32:57 | 日記


私のお気に入りブロガーさんの旅遊香港記事の中に、「自分の発する言葉への距離感」についてという記事ではなく、ブログでもなく、散文でもない、つまり、「詩」としか言いようのない「記事」ではなく「詩」があった。私の息子、娘より更に若いブロガーさんが、こういう人間の中枢的なことを考えている。

到底、私は、年を取れば分かるよ、なんて英語大使推廣計劃返事はできない。私も、相変わらず、分からないからである。ひとつだけ、私はお話しをするより、書く方が好きなのである。まず、自分の考えていることが凝縮する。凝縮している分、本音に近付くか、虚構に近付くか、いずれにしろ、お話しするよりは、まず、本人の脳内が凝縮している。だから、「物を書く」、これは、絶対に有意義なはずである。または、音で叫ぶ騒ぐ。

一旦、言葉を忘れる。どちらが重清潔面いのか、分からない。と書きたいような気もするけれど、音の方が重い。いや、リズム、生きているリズムの方が、言葉より重い。

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