昨今のプラッター会長(スイス・ウルリッヒェン出身)、FIFA危機問題・・・我々が知り得る報道内容は、文面の一部が編集過程でカット等され、真相とはかなり違う可能性があります、2015年10月31日タス通信の文です。ゼップ・ブラッター国際サッカー連盟(FIFA)会長は10月8日に、FIFAの倫理委員会により90日間の活動禁止処分を科せられ、実質的に解任の形となりました。以下の文は会見等の内容です。
2012年から既に、欧州サッカー連盟(UEFA)は、私がFIFA会長の職にとどまることを望んでいませんでした。これはFIFA会長に向けられた計画的行動でしたが、にもかかわらず、すべての連盟は私を支持しております。UEFAだけが私を追い落とそうと試みていましたがそれは不成功に終わり、この情報の津波の後でさえ、私は会長に再選されました。
このアンチキャンペーンに誰が加わっていたかを思い出してほしいです。
欧州連合(EU)の政治家達です。欧州議会は二度にわたり、ブラッターを再選すべからずとの勧告決議を採択しました。これはもう政治のスポーツへの直接介入です。
最初の攻撃目標は私でした・・・全ては、ミシェル・プラティニUEFA会長の画策でした。(プラティニ氏も同じく、一時的に活動禁止処分となっています。)
これが政争に発展したのは後のことで、FIFAワールドカップ開催権を得られなかった国が、FIFA潰しキャンペーンに加わった時です。
2010年FIFA実行委員会において、ロシアは、2018年W杯の開催権をイングランドと争い、またカタールは、2022年W杯開催権をアメリカと争い、それぞれ獲得しています。
FIFAは潰せません!これはスイスの銀行や普通の会社とは訳が違うから、こんな方法では乗っ取ることなどできません。
それらの国は、スイス政府と一緒になって、FIFAとその会長に攻撃をしかけてきました。その結果、W杯とFIFA会長が、二大国際政治勢力の対立する震源地となりました。
当時FIFA内部では、W杯の一つはロシアで開催されるという確信がありました。東ヨーロッパではこれまで行われたことがなかったからです。
一方、2022年W杯の開催地と目されていたのは米国でした。そうなれば、世界の二大政治勢力がそれぞれW杯開催を獲得することになった訳で万事うまくいっていました。ニコラ・サルコジ仏大統領が、カタールの太子(現在は首長のタミーム・ビン・ハマド・アール=サーニー)と会見するまでは・・・この会見の後でサルコジ大統領は、2022年W杯をカタールでやるのは悪くないのでは、とプラティニ氏に言っています。W杯はカタールで開催すべしということになりました。これが、すべてのカードをごちゃ混ぜにすることになり、欧州の4票は、米国からカタールに流れました。こんなことがなければ、米国は12対10で、開催権を手にしていたでしょう。
我々は2つの素晴らしいW杯、つまり2018年のロシア大会と2022年のアメリカ大会に向けて準備していく計画でした・・・ところが、そのかわりに我々はFIFAの危機について語る羽目となりました。とはいえ、今はもう何かを残念がるような時期ではありません。いまさら何も変えられないのだから・・・私は2014年のブラジル大会の後、勇気をふるって辞任せねばならなかったが、5つの連盟のうち4つが会長職にとどまるよう説得されました。
これらの連盟は、欧州の人間が会長になってUEFAが世界のサッカーを、その金も選手も牛耳ることを恐れました。こういう状況では、私には選択の余地はなく、残ることにした次第です。
ロシアがW杯を失うことはありません。FIFAはこの国を開催地としてはっきり定めており、いかなる変更もありません。
イングランドは、劣等生さながらに振舞いました。彼らはこの素晴らしいスポーツを考案し、フェアプレイの原則も創ったが、早くも第1回投票で、わずかに2票を得たのみで去ってしまいました。誰もイングランドで開催したいとは思わなかった訳ですが、彼らは私に罪をなすりつけようとしています。
あるとき私は、W杯のロシア開催のことで、プーチン大統領と会ったことがあります。彼はロシアが開催権を獲得することを切望しており、それは可能かと私に尋ねました。私は可能だと答えました。それは、各大陸での開催のローテーションというコンセプトにも適合していました。
困難な状況では、私はいつもプーチン大統領の全面的な支援を得ました。それは私には大いに助けになりました。私もまた、それに関して議論が生じた場合はいつも、彼を支持しました。
1973年、私はモスクワで開催されたユニバーシアードを訪れました。その次にモスクワを訪問したのは、1980年の夏季五輪の時です。以来、私には当地にまつわる思い出が沢山あります。クレムリンでブレジネフにも会いましたが、やっと動ける状態で、ローラースケートで滑ってるみたいでした。ゴルバチョフ時代の禁酒法も覚えています。ロシアサッカー連合会長だったヴャチェスラフ・コロスコフ氏とバーニャ(蒸し風呂)に入ったのも覚えています。私はロシア語の勉強を始めたが、残念ながら、私は外国語は聞いたり話したりするより、読まねばならない場合が多いもので・・・スペイン語、ポルトガル語、ドイツ語、フランス語は問題ありませんが。私はなまりながらロシア語を話すことはできるけれど、キリル文字を読むなんて不可能だよ!でも、2018年のW杯までにはマスターすると約束します・・・
以下の文は参考まで・・・
スイス警察は5月27日、アメリカの要請にもとづいて、ジェフリー・ウェブ副会長およびエウヘニオ・フィゲレド副会長を含むFIFAの幹部7人を、チューリッヒで逮捕しました。アメリカの司法当局はFIFAの幹部が1991年から24年間に渡り、恐喝、詐欺、資金洗浄を行ってきた疑いがあるとしています。
スポーツ系のマスメディアやスポーツ振興グループの関係者にも、総額1億ドル(約120億円)以上の賄賂をFIFAの幹部に渡した疑いがかけられています。捜査関係者の情報によると、見返りとして、中南米大会のマーケティング権やスポンサー権を得ていたと言われています。すべての犯罪はアメリカで用意、実行され、支払いはアメリカの銀行を経由して行われたようです。
逮捕がFIFAの会長選挙(5月29日)直前に行われたことは興味深です。逮捕者のリストに、5期目を目指していたジョセフ・ブラッター会長(79)の名はありませんでした。ブラッター会長は誰もが認める有力候補で、大手ブックメーカー(賭け業者)では、ブラッター氏の再選とヨルダンのアリ・フセイン王子(39)の初当選の係数が1.11vs6.00でありました。予想通り、再選しました。
ロシアのサッカーの一流専門家で、ロシア・サッカー連盟の会長候補であるアリシェル・アミノフ氏は、今回の事件がブラッター会長の地位を脅かすと考えています。
強固なブラッター体制の基盤は、第三世界の多くの国々への思いやりにあると言われています。
増え続けるスポンサーからの収入を地域の連盟(協会)に再配分しており、そのような施しを受けた人々が選挙で応援
汚職は第三世界を動揺させるものではないし、ブラッター会長はアメリカ人の圧力に抵抗できる間は、アフリカが気持ち的に応援してくれていると自信を持てるのではないか、現時点ではマリなどの国からの投票はイングランドからの投票に相当するようです。
アミノフ氏によると、スポンサーがFIFAとの提携をやめた場合に、大きな影響がおよぶ可能性があると言われています。大手スポンサーが離れ始めたら、状況は大きく変わります。資金の再配分がなくなると、ブラッター会長を支持するアフリカの気持ちが弱まる可能性があります。アフリカの支持がなくなると、ブラッター会長は以前から会長に批判的だったアメリカやヨーロッパと大きな問題を抱えることになります。すべてが従来のままで変わることはないと皆に証明できる時間が残り少ないことを、会長自身理解していると思います。
ブラッター会長には欧州サッカー連盟(UEFA)も圧力をかけています。ミシェル・プラティニUEFA会長は、FIFAの活動のペレザグルースカ(再起動)とブラッター会長の辞任を求めています。
多くの高官やサッカー関係者は、今回の容疑者リストに開催国であるロシアやカタールの関係者がいなかったことに不満を述べています。
捜査すべきだと主張しているのは、イギリスのデビッド・キャメロン首相や、UEFAのレナート・ヨハンソン元会長、ウクライナ・サッカー連盟のアンドリー・パヴェルコ新会長などです。
FIFAの広報責任者であるワルター・デグレゴリオ氏は、現時点で2018年ロシア大会、2022年カタール大会の開催に変わりはないと述べています。
このスキャンダルについては、ウラジーミル・プーチン大統領も見解を述べた。FIFAの逮捕騒動はロシアとは無関係であり、アメリカはこのような形でブラッター会長の再選を阻止しようとしていると指摘しています。これに対して、アメリカ国務省のジェフ・ラスキー報道官は、アメリカ市民を含むFIFA関係者の告発があくまでも犯罪に向けられたものであると反論しました。
FIFAモスクワ事務所のヴァレリー・チュフリー元所長によると、ロシアは脅威にさらされていないという。FIFAの汚職捜査は、この手の初の試みではない。アメリカでは、ソルトレイクシティ五輪(2002)とアトランタ五輪(1996)の主催者も収賄の容疑で立件されていますが、どの件も裁判までは進みませんでした。
FIFAは今回の汚職スキャンダルをいかなる混乱もなしに乗り越えるでしょう。大きな大会の開催権がはく奪された例はありません。今回もそうなるのでは、FIFAの人員構成に小さな変化はあるでしょうが、ブラッター会長はそのポストを維持し、ロシアとカタールは粛々とW杯の準備を進めて行きます。(プラッター会長辞任前の文です。)
2012年から既に、欧州サッカー連盟(UEFA)は、私がFIFA会長の職にとどまることを望んでいませんでした。これはFIFA会長に向けられた計画的行動でしたが、にもかかわらず、すべての連盟は私を支持しております。UEFAだけが私を追い落とそうと試みていましたがそれは不成功に終わり、この情報の津波の後でさえ、私は会長に再選されました。
このアンチキャンペーンに誰が加わっていたかを思い出してほしいです。
欧州連合(EU)の政治家達です。欧州議会は二度にわたり、ブラッターを再選すべからずとの勧告決議を採択しました。これはもう政治のスポーツへの直接介入です。
最初の攻撃目標は私でした・・・全ては、ミシェル・プラティニUEFA会長の画策でした。(プラティニ氏も同じく、一時的に活動禁止処分となっています。)
これが政争に発展したのは後のことで、FIFAワールドカップ開催権を得られなかった国が、FIFA潰しキャンペーンに加わった時です。
2010年FIFA実行委員会において、ロシアは、2018年W杯の開催権をイングランドと争い、またカタールは、2022年W杯開催権をアメリカと争い、それぞれ獲得しています。
FIFAは潰せません!これはスイスの銀行や普通の会社とは訳が違うから、こんな方法では乗っ取ることなどできません。
それらの国は、スイス政府と一緒になって、FIFAとその会長に攻撃をしかけてきました。その結果、W杯とFIFA会長が、二大国際政治勢力の対立する震源地となりました。
当時FIFA内部では、W杯の一つはロシアで開催されるという確信がありました。東ヨーロッパではこれまで行われたことがなかったからです。
一方、2022年W杯の開催地と目されていたのは米国でした。そうなれば、世界の二大政治勢力がそれぞれW杯開催を獲得することになった訳で万事うまくいっていました。ニコラ・サルコジ仏大統領が、カタールの太子(現在は首長のタミーム・ビン・ハマド・アール=サーニー)と会見するまでは・・・この会見の後でサルコジ大統領は、2022年W杯をカタールでやるのは悪くないのでは、とプラティニ氏に言っています。W杯はカタールで開催すべしということになりました。これが、すべてのカードをごちゃ混ぜにすることになり、欧州の4票は、米国からカタールに流れました。こんなことがなければ、米国は12対10で、開催権を手にしていたでしょう。
我々は2つの素晴らしいW杯、つまり2018年のロシア大会と2022年のアメリカ大会に向けて準備していく計画でした・・・ところが、そのかわりに我々はFIFAの危機について語る羽目となりました。とはいえ、今はもう何かを残念がるような時期ではありません。いまさら何も変えられないのだから・・・私は2014年のブラジル大会の後、勇気をふるって辞任せねばならなかったが、5つの連盟のうち4つが会長職にとどまるよう説得されました。
これらの連盟は、欧州の人間が会長になってUEFAが世界のサッカーを、その金も選手も牛耳ることを恐れました。こういう状況では、私には選択の余地はなく、残ることにした次第です。
ロシアがW杯を失うことはありません。FIFAはこの国を開催地としてはっきり定めており、いかなる変更もありません。
イングランドは、劣等生さながらに振舞いました。彼らはこの素晴らしいスポーツを考案し、フェアプレイの原則も創ったが、早くも第1回投票で、わずかに2票を得たのみで去ってしまいました。誰もイングランドで開催したいとは思わなかった訳ですが、彼らは私に罪をなすりつけようとしています。
あるとき私は、W杯のロシア開催のことで、プーチン大統領と会ったことがあります。彼はロシアが開催権を獲得することを切望しており、それは可能かと私に尋ねました。私は可能だと答えました。それは、各大陸での開催のローテーションというコンセプトにも適合していました。
困難な状況では、私はいつもプーチン大統領の全面的な支援を得ました。それは私には大いに助けになりました。私もまた、それに関して議論が生じた場合はいつも、彼を支持しました。
1973年、私はモスクワで開催されたユニバーシアードを訪れました。その次にモスクワを訪問したのは、1980年の夏季五輪の時です。以来、私には当地にまつわる思い出が沢山あります。クレムリンでブレジネフにも会いましたが、やっと動ける状態で、ローラースケートで滑ってるみたいでした。ゴルバチョフ時代の禁酒法も覚えています。ロシアサッカー連合会長だったヴャチェスラフ・コロスコフ氏とバーニャ(蒸し風呂)に入ったのも覚えています。私はロシア語の勉強を始めたが、残念ながら、私は外国語は聞いたり話したりするより、読まねばならない場合が多いもので・・・スペイン語、ポルトガル語、ドイツ語、フランス語は問題ありませんが。私はなまりながらロシア語を話すことはできるけれど、キリル文字を読むなんて不可能だよ!でも、2018年のW杯までにはマスターすると約束します・・・
以下の文は参考まで・・・
スイス警察は5月27日、アメリカの要請にもとづいて、ジェフリー・ウェブ副会長およびエウヘニオ・フィゲレド副会長を含むFIFAの幹部7人を、チューリッヒで逮捕しました。アメリカの司法当局はFIFAの幹部が1991年から24年間に渡り、恐喝、詐欺、資金洗浄を行ってきた疑いがあるとしています。
スポーツ系のマスメディアやスポーツ振興グループの関係者にも、総額1億ドル(約120億円)以上の賄賂をFIFAの幹部に渡した疑いがかけられています。捜査関係者の情報によると、見返りとして、中南米大会のマーケティング権やスポンサー権を得ていたと言われています。すべての犯罪はアメリカで用意、実行され、支払いはアメリカの銀行を経由して行われたようです。
逮捕がFIFAの会長選挙(5月29日)直前に行われたことは興味深です。逮捕者のリストに、5期目を目指していたジョセフ・ブラッター会長(79)の名はありませんでした。ブラッター会長は誰もが認める有力候補で、大手ブックメーカー(賭け業者)では、ブラッター氏の再選とヨルダンのアリ・フセイン王子(39)の初当選の係数が1.11vs6.00でありました。予想通り、再選しました。
ロシアのサッカーの一流専門家で、ロシア・サッカー連盟の会長候補であるアリシェル・アミノフ氏は、今回の事件がブラッター会長の地位を脅かすと考えています。
強固なブラッター体制の基盤は、第三世界の多くの国々への思いやりにあると言われています。
増え続けるスポンサーからの収入を地域の連盟(協会)に再配分しており、そのような施しを受けた人々が選挙で応援
汚職は第三世界を動揺させるものではないし、ブラッター会長はアメリカ人の圧力に抵抗できる間は、アフリカが気持ち的に応援してくれていると自信を持てるのではないか、現時点ではマリなどの国からの投票はイングランドからの投票に相当するようです。
アミノフ氏によると、スポンサーがFIFAとの提携をやめた場合に、大きな影響がおよぶ可能性があると言われています。大手スポンサーが離れ始めたら、状況は大きく変わります。資金の再配分がなくなると、ブラッター会長を支持するアフリカの気持ちが弱まる可能性があります。アフリカの支持がなくなると、ブラッター会長は以前から会長に批判的だったアメリカやヨーロッパと大きな問題を抱えることになります。すべてが従来のままで変わることはないと皆に証明できる時間が残り少ないことを、会長自身理解していると思います。
ブラッター会長には欧州サッカー連盟(UEFA)も圧力をかけています。ミシェル・プラティニUEFA会長は、FIFAの活動のペレザグルースカ(再起動)とブラッター会長の辞任を求めています。
多くの高官やサッカー関係者は、今回の容疑者リストに開催国であるロシアやカタールの関係者がいなかったことに不満を述べています。
捜査すべきだと主張しているのは、イギリスのデビッド・キャメロン首相や、UEFAのレナート・ヨハンソン元会長、ウクライナ・サッカー連盟のアンドリー・パヴェルコ新会長などです。
FIFAの広報責任者であるワルター・デグレゴリオ氏は、現時点で2018年ロシア大会、2022年カタール大会の開催に変わりはないと述べています。
このスキャンダルについては、ウラジーミル・プーチン大統領も見解を述べた。FIFAの逮捕騒動はロシアとは無関係であり、アメリカはこのような形でブラッター会長の再選を阻止しようとしていると指摘しています。これに対して、アメリカ国務省のジェフ・ラスキー報道官は、アメリカ市民を含むFIFA関係者の告発があくまでも犯罪に向けられたものであると反論しました。
FIFAモスクワ事務所のヴァレリー・チュフリー元所長によると、ロシアは脅威にさらされていないという。FIFAの汚職捜査は、この手の初の試みではない。アメリカでは、ソルトレイクシティ五輪(2002)とアトランタ五輪(1996)の主催者も収賄の容疑で立件されていますが、どの件も裁判までは進みませんでした。
FIFAは今回の汚職スキャンダルをいかなる混乱もなしに乗り越えるでしょう。大きな大会の開催権がはく奪された例はありません。今回もそうなるのでは、FIFAの人員構成に小さな変化はあるでしょうが、ブラッター会長はそのポストを維持し、ロシアとカタールは粛々とW杯の準備を進めて行きます。(プラッター会長辞任前の文です。)