lizardbrain

だらだらぼちぼち

九段会館はお祭り騒ぎで無礼講

2009年12月03日 16時50分46秒 | 音楽

全く予期していなかったことに、11月27日の服部克久50周年コンサートのチケットが当たったために急遽東京行きとなったのだが、このチケットプレゼントの当選者が何人いたのか?

WOWOWサイトで調べてみたら、50組合計100人だったそうだ。
タダで入場したヤツが100人もいたとは、全く持って厚かましい限り。

元々、11月29日は、大阪サンケイホールでのコンサートを観戦する予定で、ずいぶん早くから前売りチケットを入手していたのだが、27日に文京シビックホールに招待されたため、その間に挟まれた28日の予定がポッカリと空白になってしまった。
この空白の11月28日に、今からチケットが手に入る、めぼしい出し物は無いだろうか? と、チケットサイトで検索してみると、あった
1件だけ。
九段会館でのエレック唄の市というコンサートの入場券が、まだ手に入りそうだ。
ただし、2階席。

何で今頃、エレックのイベントがあるのかについての事情は全くわからないが、わかっていたとしても、そのためだけに上京することは無かったはず。
これもなんかの縁かもと思い、滑り込みセーフでチケット購入。

そういやあ、神田川がヒットする前のかぐや姫のライヴアルバムは、この九段会館での実況盤だったはずだ。
ワタクシがまだ純情な中学生の頃、乏しい小遣いで買ったかぐや姫の九段会館ライヴだったが、貧窮のため、売り飛ばしてしまったという悲しい思い出がある。



出演者は、泉谷しげる、加奈崎芳太郎(EX古井戸)、生田敬太郎、それになんと、ケメ(佐藤公彦)。
ゲストにチャー、中西康晴(EX上田正樹とサウス・トゥ・サウス)、漫画家(今はコミック作家と呼ばなければ失礼に当たるのだろうか?)の浦沢直樹、、、、、、
出演者全員の中で浦沢直樹が一番のお金持ちなのは間違いない。
さぞかし高級なギターを手に出てくるのだろう。

どうしてエレック所属アーティストでないチャーがゲストに出るのかについては、なんとなく理解できる。
あの頃、チャーは、エレックのフォーク物だとか他レーベルでも例えばNSPのレコーディングやステージに参加しているからだ。
もちろん、まだ、ギターアイドルに仕立て上げられる前のことで、レコーディングに参加したとしても、チャーの名前がクレジットされることは少なかったはず。

中西康晴は、1975年発売の『ライブ泉谷 王様たちの夜』で、既に泉谷御大の伴奏を担当しているし、この頃上田正樹と泉谷御大の交流もあったようで、確か、泉谷御大の曲を上田正樹がレコーディングしている。

和久井光司バンドというのと、アウトローズっちゅうのは全然知らない。
泉谷御大と加奈崎芳太郎がプロデュースしているらしい。
ポスターから読み取れる事前情報は以上。

土曜日とはいえ、開演時刻が16:00というのが、どうにも気になったので、ご多忙中申し訳ありませんとひたすらペコペコ謝りながらホールの方に終演予定時刻を電話で問い合わせてみると、20:00頃終演の予定との回答があった。
晩メシの都合を考えての行動だったが、はなっから4時間という公演時間を予定しているとは、とんでもない長丁場になることは必至。

九段会館のレストランで遅めの昼飯をたっぷり摂取して、長丁場に備える。


見るからに、九段会館って、ずいぶん歴史のある建物らしい。

                               

ロビーには、懐かしのレコードジャケット達が展示されている。
ずうとるびや村八分、エレックが一部でキワモノ扱いされた証拠品も。
何度も言うが乏しい小遣いの中、レコード店でどのレコードを買おうかとジャケットとにらめっこしたあの頃。
ワタクシは、主に泉谷御大の作品を集めようとしていたが、全部集めることは到底かなわず、、、、、
今なら、クレジットカードで一気に大人買いできるのに、、、、、、、

     
こちらは、当時のアーティスト達の写真。
ロビーで撮った写真は、近くにいた会場スタッフに撮影可能かを確認済み。


前半の第1部だけで、1時間50分くらいかかった。

以下、泉谷御大の動きを中心にしてレポートする。

第2部の終盤、泉谷御大の出番では、
「今日は無礼講だ~、お前らみんな、写真撮れ~」
と、泉谷御大に観客達が脅される中、ホントに撮影していいのかどうかどうしようかとオロオロしているワタクシをよそに、1階席の観客達は遠慮なくケータイやカメラを取り出して撮っている様子が、2階席からはよ~くわかった。

ご丁寧にも客席照明が点灯されたので、ワタクシも遠慮なく、ホール入り口で預けずになぜかバッグの中にあったカメラを取り出す事にする。
泉谷御大は、弾き語ると言うよりも、ドンドン、ボコボコとギターを叩き(笑)語っている。


チャーとか加奈崎芳太郎とか泉谷御大とかケメとか生田敬太郎がどんどん出てくる。
モジャモジャ頭の浦沢直樹もギター持参。



やっと正面を向いたケメの撮影に成功。
ビジュアル面での変化は大きくても、その唄声はかつての姿をほうふつさせる。


泉谷御大に、2階席はどうしたんだ~、立ち上がれ~、とか脅されて立ち上がったものの、2階席で立ち上がると、正直なところおっかない、、、、、


観客席に乱入する泉谷御大。
トシを食っても、まだまだ動きは素早いので、ブレてしまった。

和久井光司という人のバンドが、この日のハウスバンドを勤めた。
体形といい話し方といい、ワタクシの知り合いのカーディーラーの営業マンに似ている。
後列では、黒いTシャツを着たキーボード担当者までもがステージ上からケータイで撮影していた。

泉谷御大の唄を初めてナマ聴きしたのは、2006年1月のNHKホールの木村充揮コンサートだった。
あの時は、広大な大阪NHKホールの1階席のず~っと後ろのほうだったが、2階席とはいえ、今回の九段会館の方が、う~んと近くで観賞できた。
今年は、泉谷御大にとって、つらい年だったと思う。
キヨシローが亡くなって、その上、2枚目のアルバム『春夏秋冬』をプロデュースしてくれた加藤和彦までも天に召されてしまったのだから。

それから、アウトロウズというバンドは、エレックの新人らしい。
大阪出身で、この日はETCで大阪から¥1,000でやってきました~、と挨拶していた。
2~3曲演奏したが、込み入ったアレンジをやらないストレートな4人組で、特にベースのヤツがメッチャ上手い。
「シアワセなら手をたたこう」と連呼する曲、気に入った。

もひとつ、2階席から見ると良~くわかったのだが、1階席に一人だけ飛びぬけてテンションの高い観客がいて、
「あの人の後ろの席でなくて、ホントに良かった。」
と思わずにいられなかった。

          
          
第2部が終わったのは、20:30頃。
終演後のロビー。
やはり、年齢層が高い。