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『とめはねっ! 鈴里高校書道部』第九巻/河合克敏

2012-01-12 | 青年漫画
 
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三浦先生の"「書」を楽しめ"って言葉は
そうやって好奇心を持って
「書」のことをいろいろ調べたりすることも含めて
楽しめということなんじゃないかな?
机に向かって書くことだけじゃないような気がするんだ。

(大江縁から大江英子へ)


 熱い。一般的な意味で評価されることが少ない「前衛書(ぜんえいしょ)」で挑もうとする島奏恵が入部してから、「勝つ」ために書を学ぼうとする者と「楽しむ」ために書を学ぼうとする者との違いが、面白い形で具体化した。そして両者とも、「認められたい」という思いを強く抱いている。だから、熱い。

 言ってみればこの熱さは、学生が部活動に於いて、「絶対評価」と「相対評価」との間で揺れて抱くジレンマに近い。書道部を一軍と二軍に分けている鵠沼(くげぬま)の日野よしみが、姉のひろみに言った、「ひとつのクラブの中に書道科のある大学に行きたい子と、手書きの字をもうちょっと上手に書きたい子がいて…… 双方が同じ練習時間ってのは、おかしいでしょ?」という言葉は、とても的を射ている面もある。
 明確な勝ち負けが存在するスポーツに於いても、文化部の活動と同じように、各々の取り組み方の違いはあると思う。「走る」ことが一途に好きで、前回より0.1秒短く、0.5秒短く、1秒短く…と、自己のタイムを縮めていくことに無上の喜びを見出す選手もいれば、絶対に負けたくないライバルに勝つことを最大の目標に努力する選手もいるかもしれない。前者は「絶対評価」に、後者は「相対評価」に重きを置いているとも言える。

 そしてこの巻の最大の見所は、温和な大江英子先生が、悔しさから「書道展で賞を獲りたい」という意味のことを言ってしまった鈴里高校の書道部員に対して、初めて本気で怒る所だ。その日の晩、祖母が孫のユカリに女学生時代のことを話しながら、五十年近く前に始まった、大江(神林)英子と笠置亜紀子と三浦清風との関わり合いが描かれる。

 「認められたい」という熱さと、「楽しみたい」というひたむきさ。そこには優劣や、どちらが正しいという区別はなく、両方とも意味は違えどかけがえのない情熱だ。



お薦め度:★★★★☆


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【検索用】とめはねっ! 河合克敏 9


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