〈川俳会〉ブログ

俳句を愛する人、この指とまれ。
四季の変遷を俳句で楽しんでいます。「吟行」もしていますよ。

拾い読み備忘録(64)

2016年03月10日 20時09分35秒 | エッセイ
 その類推は触媒作用に関するものであった。前に言った二つのガスを白金の線条の前で混合すると硫酸ができる。この化合はただ白金がある場合にだけ起こるが、それにもかかわらず新しくできた液体は白金の跡をとどめていないし、白金そのものも外から見たところなんの影響も受けていないで、もとのとおり少しも動かずどちらへもころげずちっとも変わっていない。詩人の精神は白金の小片である。詩人の精神は詩人自身の経験に対してその一部分かもっぱらそれだけに作用を及ぼすかも知れない、けれども芸術家が完成しているにしたがって働きかけられる人間と創造する精神とは芸術家の心の中でまったく分離していて、精神はその素材となるいろいろな情熱をいっそう完全に同化しその性質を変えてしまう。
 ここでわかるだろうが、経験は変化をひき起こす触媒のところへはいってくる元素といってよいもので、それには情緒と感情との二つの種類がある。芸術作品がそれを享受する人に与える効果は、芸術以外の経験とは種類を異にした経験である。…・・
(「伝統と個人の才能」より)
「文芸批評論」T.S.エリオット著 矢本貞幹訳 岩波文庫 1938年
                            富翁
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