どだい、われわれアメリカ人は非常にゲルマン民族的だ――ということは、つまり、大ばかだということだ。これまで誤って解釈されてきたあらゆる観念が、彼らの頭にしみついている。正義という観念も、むろんそうだが、ほかにも、たとえば清潔という徳目もある。彼らは清潔を保つために大変な努力を重ねている。だが内面には臭気が充満しているのである。彼らは心のドアを決して開こうとしない。決して冒険を試みようとはしない。食事がすむと、すぐ皿を洗って戸棚に入れ、新聞を読み終えると、きちんとたたんで棚にあげ、衣服は洗濯してから、ていねいにアイロンをかけて、たんすにしまう。すべて明日のためなのだが、しかし、その明日は決してやってこない。現在は一つの橋にすぎず、彼らは、その橋の上で、世界じゅうの人々が苦悶しているかのような調子で、苦悶しつづける。どんな酔狂者も、その橋を吹き飛ばしてしまうことを考えつかないのだ。
「南回帰線」ヘンリ・ミラー著 大久保康雄訳 新潮文庫 昭和44年
富翁
「南回帰線」ヘンリ・ミラー著 大久保康雄訳 新潮文庫 昭和44年
富翁