天から届く愛のメッセージ・Love Messages from Father

伝統、宗教に中立で、生命の真実を知ることが出来ます。「はじめに」をご参照ください。

138.病気が引き起こされる次の段階について述べましょう

2016-01-29 10:03:18 | スピリチャル チャネリングメッセージ

 

こんにちは。ようこそいらっしゃいました。

今日は病気についての説明の続きです。

イエスの父はこちらからお願いしますといろいろな説明をしてくださいます。
が、黙っておりますと、大抵「愛とは」という説明内容になります。
「またまた…愛についてなんといろいろなお話ができることよ…」と思います。

しかし実際に毎日雑事に追われておりますと、もう少し現実的、生活感情に密着した困りごとについて解決方法を教えていただけると有難いな、と思います。このブログのアクセス状況からも、読者の皆様が実際的な内容についてご興味を持たれているのが伺えます。

その中でも病気は皆様の関心の的でもあります。
天からの観点では、病気の原因は何なのか、意味はあるのか、解決方法は何なのか、です。

医学は日進月歩のようです。しかし、病気の原因についてはよく分からないところもあるようです。また、これまでの視点や立ち位置からは明かされない部分もまだまだあるように思われます。


そういうことで、前回に引き続き、天の存在から見た病気はどういうことなのか、をお尋ねしてみました。


皆様と分かち合えるのを大変光栄と存じます。

願わくは、ごゆっくりお時間をかけて何度もお読みいただけますように。

また、次回もお目にかかれますように。
ありがとうございます。

 

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どうして病気になるのか、を前回お話しました。
今回はその次の段階、病気が引き起こされる次の段階について述べましょう。

病気が引き起こされるプロセスにはいろいろあり、今回のみで言及するのは難しいので何回かに分けて述べましょう。

 

病気はそもそもエネルギーバランスが少しずつ欠けていくことだと申しました。

エネルギーは元来安定して、各波動領域に留まりながら変化したり、点滅をしたり、揺れ動いたりと波動としての活動を絶え間なく行っています。

その時に、ある要因、例えば寒さによってその波動領域にない、重い冷たい波動が一時的に起生し、勢力を持ち、席巻します。するとその領域に新しい幅がつけ加えられるようになります。上にせよ、下にせよ、横にせよ、波が今までと違った動きを付け加えるのです。

それがそもそもの起生点になります。

つまり、ゆれが今までと異なったものになるのです。

そのゆれはすべての状況の大元となります。ゆれることで、すべての現象を創りだします。そのゆれこそ…すべての起生点となるのがこの世の仕組みですが、そのようなゆれが元々はどこかしこにもあり、それが個体としての活動を形創ります。

さて、その起生点となるゆれが通常のものから少しだけ逸脱し、ゆれが普段と少しだけ違ったものとなります。すると他の所、例えば隣接した波動エリアがまず影響を受けます。そして、それから次の層、次のまた次の層へとわずかになりながら微細な影響を伝え始めるのです。

それがついに肉体レベルの一番遅い、遅い段階へと波及して…病気というアンバランスな状態となりえるのです。そして、肉体は一番重いゆっくりとした波、ゆれを常に保ちながら成長、変化を常に続けております。変化は時には種々な現象となり顕現します。つまり、喉の痛さや皮膚のかゆさや頭の痛さだったりです。

ゆれの仕方、特徴により、出て来方が異なるのです。

そもそもの起生点から伝播がいくつかの層を通して行われ、肉体という重い層まで伝わり、その重い、ゆっくりとした、常軌性を欠いた動きが常でない状態になり、病という形で感じさせるのです。

感じる仕組みはもちろん五感を通してです。
痛い、かゆい、固い、重いなどという肉体の現象は、徐々にその肉体の持ち主の感性に届きます。感性はどなたにも存在し、多少の違いや差こそあれ、ほとんど同じような反応を生じるのです。

 


従いまして、病気を癒すのはどうしたら良いか、というご質問にはこうお答えしましょう。
常なる波のゆれに戻しましょうと。

 

そのそもそもの、一石を投じられたように拡大していった初めの振動…そして、それが伝わるパターンがそれ相応の複数なものになり、多層に広がり、肉体レベルに伝播するというわけです。

その伝播したものを如何に鎮めていくのか、元の通常のパターンに戻していくのか、静まらせるのか、落ち着かせるのか…がつまり、病気が癒されていくのか…と同義となります。

 

では具体的にはどうすれば良いのか、について言及しましょう。

一番シンプルな、一つの点から始まるものを挙げましょう。

ある一点で起生して、多層…つまり、下方に向かう…あるいは上方に向かうと起生点の位置に依り、上へ、下へ、横へ、斜めに、などと不定の動きをしている、また点滅したり、ビリビリとした荒い動きを沈める方法はいくつかあります。

まず、一に身体を静止させる方法です。
身体から起生する波動を、出来るだけシンプルで、単純で、少ないものにします。
すると多重、多層、複雑な現象が、一方で静止点に依り、徐々にそちら側から静まっていく、動きがゆるやかになっていく…という風になっていきます。

動いているばかりの立体的空間の中に、徐々に静止点が広がり、影響を与え、全体に少しずつ広がって、それまで動き、乱高下していたものが静まるプロセス、そしていつもの動きに戻っていく・・・それが一つのパターンです。片方の端から動きが止まり、他がそれに影響され、静まっていくということです。

 

さて、一石が投じられる…のはどうしてなのか、について述べましょう。

一石…は外からでも内からでもあり得ます。
一個の個体のエネルギー体へ、外からボン投じられ、エネルギーに傷がつく…こともあれば…エネルギー体の内部から、ポンと普段と異なるゆれの組み合わせによって波及が、内から他の部分に広がっていくこともあります。

外部からの要因もあれば、内部からの要因もありえます。

つまり、本来の穏やかで、一つのパターンを保持する動きに異常な動きが発生したことで波に変化が起き、それが伝播し、現象として顕現する…という説明になります。

その原因は外部からのなんらかの力である場合と、内部に起きる何らかの動き、組み合わせ、影響の仕合、重ね合いでもありえます。

それを如何に通常に戻すか…が、どうしたら病を治せるかということです。

その一つの最も基本的なものが、一本のひもが大きくゆれていたり、乱高下している一方の端を停止させれば、徐々にゆれが小さくなって治まっていく…という風な…治まるプロセス、パターンになり、そのやりかたも、端を静止させるか、あるいはひもの途中を静かに止まらせるかに依っても静かになるプロセスも異なりますし、どこをどう静止させるかによって全体が静まるパターンに異なりがあるという風な説明になりましょうか。

おわかりでしょうか?

今日の説明がわかりにくようでしたら、また別の方法でトライしてみましょう。

それでは、今日はこの程度にしておきましょう。

(後略)

 

 

 

 

 

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137.病気はそもそもいかにして起こるのかについてです。

2016-01-23 11:24:39 | スピリチャル チャネリングメッセージ

 

 

こんにちは。今日もようこそお出でくださいました。ありがとうございます。

大分以前から、私は時折、意識的存在とお話しします。
始めは、イエスの父からの一方的はお話でした。講義を聞くだけ、ノートにうつすだけだったのが、少しは質問をしたりすることも出来るようになりましたし、講義の内容をリクエストすることも可能になりました。

また、先日は天界の医師会の医師からご連絡をいただきました。
何せ、朝早くが多いものですから、しっかり書き下ろさない限り、よく理解も憶えてもいないのが申し訳ないのですが、大体のお話としましては、人間の病気をエネルギー体の見地から、医師会の医師たちも常に研究しているとのことでした。

近い将来、あちらのお医者様にいろいろ教えていただけるようお願いしてみようかと思っております。

今日は、イエスの父からの病気の基本的なところをお話しいただきました。

ご参考にしていただければ幸いです。

どうぞ、次回もお越しいただけますようお待ちしております。

ありがとうございました。

 

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私達(発信者、イエスの父はご自分自身、読者と筆者を別にせず、私達と表する)はどうして病気になるのかについて、まず言及しましょう。病気はそもそもいかにして起こるのかについてです。

以前申したことがあります。病とはエネルギーバランスが欠けたことにより生じると。

その通りですが、この点について詳しく見ていきましょう。

 

私達がここで生きているというのは、毎日種々のことを体験し、そしてその中からエネルギーとしての純化を目指しています。

純化とは、私と同質になるということです。

そもそも美しきもの、混じりけの無い、美しい波から出て、その波が種々多様なものに接することでその波の複雑化、細分化、多層化、細かさを更に細かくするプロセスを通り…

そしてまた、私と同化します。

 

そのプロセスは永い永久の旅であります。

その旅は本来歓びと面白さに満ちた…わくわくするようなものですが、その途中では種々の刺激やチャレンジが待っています。ある種の冒険のようなチャレンジがその途中には数限りなくあり、その中で種々なエネルギーの分荷が起こってきます。

さて、その長い旅の中でその細分化が生じるエネルギーですが、病とはその細分化のプロセスの中で生じる泡のような、アクのようなもので、必然的に誰にでも生じえる体験となります。
そのアク、ごみを少しずつ減らすことで純化が進んでまいります。

この大きなプロセスをしっかり捉えておきましょう。

さて、大分抽象的なお話となりました。

 

では、これからあなたのリクエストである具体的なアクの取り方…などについて言及いたしましょう。

あなたの一番知りたいこと、読者の望むこと…如何にしたら病気にならず、よしんば病気になってもなるべく早く、なるべく苦しむことなく癒すことが可能か…その方法をお知りになりたい…そうですね?
それが知りたいと望まれているのですね…。

 

これは…先ほどお話したようなマクロ的見地を背景にしたところから論じると分かりやすいでしょう。

つまり、あなたは本来エネルギーとしての存在形態でありながら、現在は身体という一時的な体験様式の中におられます。この身体のコンディションを如何に本来の目的にかなったものに保ち、生きるプロセスを進み、自然にその形式を終了させ得るかという話です。

それも一回でなく、何回も何回も種々な様式、つまり身体に入ってみて、その身体の独自性をも含めた複雑な使い方を通して、このエネルギーのの純化を図る…それをやっているのがあなたであり、他のすべての人々であるわけです。

おわかりでしょうか?

毎日毎日…あそこが痛い…ここが調子が悪い…とおっしゃっているでしょう。

そうです。寒い時期には身体を縮ませて、喉が痛い…咳が出る…とつぶやいて不安そうな表情を浮かべておられます。

しかし…それは、その体験を通してこそ分かるもの…を会得しているプロセスに他なりません。

そのプロセスを何度か通るうちに…「あっ、前回はここで無理をした…今度は早いうちに休みましょう」…という考えが出て…早くのうちにその病のようなアンバランスを正すことが可能になります。

そのような繰り返しによって…あなたは少しずつ身体の限界や可能性、そして泡のすくい方、アクの取り方を心得ていきます。

他の病気についても同様です。

その種々は何千、何万…それ以上あり、新しい異なる病、アンバランスの組み合わせが次々と出てきます。

 

体験、チャレンジは続くことになります。

「あ~あ!」 とため息が出てきますね。

「それじゃ、いつまでも病気になる可能性と一緒に生きるの? イヤだわ…。」と思われますね…。

 

それは当然のことです。
誰でに病気になりたいとは思っていませんし、なってもすぐ治したい…そしてもう二度と病気にはなりたくない…と思います。

そうなのです。

その心がとても大切なのです。

その願いこそ、私のあなたに体験していただきたい思いなのです。

その思いで、あなたの純化が図られるのです。

 

あなたがその身体の中で、如何に様々なことを体験し、そして…脱ぎ…そしてエネルギー体として立ち戻った時…そのエネルギー体の変化…上昇…純化が見て取れるのです。

しかし、これまで何度も申したように、その病のみが純化の方法ではありません。

 

病は病のない…痛みは痛みのない世界を知るためのものです。

病をと通して病のない生き方、つまり身体の使い方を学ぶためであり…

その特質を知り、うまく対応するノウハウを得るためであり、

それらを通してあなたが多くの知識、体験を得て、

生きることのそもそもの本来の目的…愛を体験…愛を会得…愛とは何か、愛を深め、広げ、高める…

それを目指しているのです。

 

「やはり抽象論だ…」と思われますね…。

でも、このことをしっかりお知りになることが大切です。

 

次回からはご希望ならその他のこと…つまり、一つ一つの病について述べることに致しましょう。

 

 

 

 

 

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136.大切なのは…お互い…人々が美しい心を育て合うことなのです

2016-01-17 12:12:54 | スピリチャル チャネリングメッセージ

 

今日もようこそいらっしゃいました。ありがとうございます。

さて、最近は朝にメッセージを受け取ることがほとんどです。毎回、今日のトピックは何かしら、と思いながら、頭ををできるだけ空っぽにして、正確に受け取れるよう心がけております。今回もそうでした。

そして、今回は「美しい心」についての言及であると伝えられてきました。
その途端、正直申し上げて、私はちょっとがっかりしました。読者が特別望んでおられそうもないし、地球上に生きている今の生活感情に、「美しい心」と耳にしましても、う~ん…と、うなっちゃいます。イラクの紛争、難民の苦悩、消費税の引き上げ、などなどですし、ペンが一気に重く感じられました。

でも、そこは我慢!私情をいれてはいけません。
とりあえず、我慢して書かせていただきましょう…と思い直し、降ってくる概念を言葉にしていきました。
「美しい心の説明をお聞きしてもなぁ~、私には無理かも…」密かに思いつつ。

ところが、実際書き初めてから、エッ?と思い始めてまいりました。少しやる気が出てまいりました。そして…ちょっと申し訳ない気持ちになり、そのうち私も是非美しい心を持てるよう精進したいものだ…と思うようになりました。

果たして、その微妙な気持ちの変化のプロセスをわかっていただけるでしょうか?

是非、今回もごゆっくり、言葉をかみしめるようにお読みいただけますように。
エネルギー体としての人と全体との関係など、少しずつ理解度を必要とする内容になってきておりますので、何度かしっかりお読みになるとよろしいかと思います。

今日もお出でいただきまして、ありがとうございました。

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それでは始めましょう。

美しい朝にふさわしいトピックを申し上げましょう。

「美しい心」とは…どういうことを指すのか…どういう心を私たちは美しいと称するのか…について申し上げましょう。

美しいとは、ある快いもの、気分、気持ちを想起するようなエネルギーです。

そして、それは人に依って多少の幅、隔たり、違いが生じてきます。
美しいと感じる対象が多少異なったり、ずれたり、評価が違ってくるのはこのためです。

 

もう少し詳しくご説明いたしましょう。

 

人は種々の気持ち…つまり、エネルギー体の中には広い波動領域に繋がった、各波動の先端のようなものがどなたにもあり、その感性はその領域に繋がっています。

つまり、各々のエネルギー体は、背後に大きな広がりと結びついていて、その背後のエネルギーの性格によって、あるいは波動の組成によって微妙に感性が異なってくるために…各々のエネルギー体の個々の感性も異なってくるのです。

つまり、各々のエネルギー体は、もっと広く大きな分野のエネルギーの一部となって活動をしているとも言えます。

大きなコンピューターがあり、そこから繋がった多くのディスプレイが個々のエネルギー体とも申せます。従って、その各々の感性は、実は純粋な個のものでなく、大きな、もっとつながりを広く持つ、集合体の片割れである個々になるのであり、そこからの個性、特徴、特質、特性を持っているのです。

 

さて、このことがしっかりお分かりになったので、次のご説明をさせてください。

個は、もっと大きな集合に常に繋がっており、そこから更に大きな繋がりへとは進みますが、そこは次の機会に言及を待つとしまして、今はこの個についてご説明しましょう。


の個々の存在は、その大きな集合からの特質を持ちつつ、この体験を積み重ねながら、その個特有の感性や価値観のような判断基準を発展させていきます。


その中で…美への感度、感性をも個特有のものが育まれるわけです。
そしてその特質は…種々の体験の中から、複雑な相互、あるいは複層的な組み合わせによって微妙な細かなエネルギー反応を起こしながら…作り上げられていきます。

ある時は非常に単純な形を美しいと感じ、また違う時には込み入ったぐちゃぐちゃになったようなものを、美しいと感じたりもします。

それらの多くの組み合わせの中から、徐々に多くの刺激やエネルギーを獲得した領域、部分、組み合わせが力を持っていき…おおよその組み合わせの中から…「美しい」と感じる物差しのような判断基準、感性規範が少しずつ作られていきます。

 

さて、そこで、その美しいと感じる基準のエネルギーの組成が徐々に作られていくとき…それは心というのか…あるいはエネルギーの組み合わせの反応と言うのか…

果たして、心とは一体何なのか…にも少しく言及いたしましょう。

 

人はエネルギー体で出来ています。
人の本質はエネルギーで、その波動の揺れや変化や組成の組み合わせで個性が創られ、
そして、それが変化しながら、進化発展し、愛や美への感性や物差しのようなものが形作られていきます。

従って、人の心と言った場合、心は身体以外のもの…物理次元での顕現材料、顕現手段以外のものを指し、それらの総合したものを心と言っております。

しかし、その心は瞬間瞬間…お互いからの影響や波動の働きかけに依って変化し合ってもいます。

従って、これらは固定したものではなく、常に変化し続ける中で、ある一定の幅を保持しているのが普通です。

それが今、「心」と言われるようなもののあり様なのです。エネルギーが、常に変化しつつ、感性と共に、さらに外からのものを取り入れながら、進化しているのです。

 

さて、その心が美しいと感じるということはどういうことか、にまいりましょう。

 

「美しい」とは先ほど申しましたように、ある種の気持ちよさ、感動を呼び起こします。それは…その人に依っても多少異なり、また、その時その時によっても多少の変化をすることを申しました。

それなら、美しいというのは…変化しつつあるもので、捉えられないものか…という印象を与えるかもしれませんが、決してそうではありません。

ある幅を保持しながら、人の心と同様…一定の領域の中で、エネルギーの揺れも保ちながら反応しています。


その揺れはどこから生じるのか…はお互いの発するエネルギーであります。

お互いの発するエネルギーを受け取り、反応して…それがある感性の領域に反応を起こさせると…そこで美しいという認識になります。


そして、そのエネルギーは何度も何度もその刺激を受けることで、更にその領域を広く、強いものにしていきます。


従って、美しいものを見たり、感じたりすることは、更に、もっと美しきものを感じ与えることを可能にするわけです。

大切なのは、お互いに感じさせるようなものを与え合うことで、更に美しいと感じる領域が、広く強く育っていくのです。



おわかりでしょうか。



大切なのは…お互い…人々が美しい心を育て合うことなのです。


一人が与えたら、受け取り、またその人が次の人に与える…といった循環を通し、すべての人

にそのエネルギーが波及し、いつか…全体に及んでいくのです。

 

是非、実行されてください。


少しずつ、この世の中の醜悪の部分が美しいものへと変化していくでしょう…心の持つ力によって、すべてが変化していきます。

 

それに気づいた人、それを知った人から、是非始められますよう…

私たちは切に願っております。

 

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135.愛はすべての生命、存在の大元で、実は少しずつ揺れているのです、ゆらいでもいるのです。

2016-01-04 17:46:15 | スピリチャル チャネリングメッセージ

今日もようこそ、お出でくださいました。ありがとうございます。

今回の愛の側面についての言及も、白紙の心、先入観から一時、ご自由になった心でお読みいただけると良いかと思います。

この地球上での範囲、常識や当たり前の見識をいったん肩から下ろし、両手にお持ちのものを手放し、自由に軽くされますと、今回の愛についての説明を理解する素地が出来るかもしれません。

今は以前と比べますと、地球の情報も随分知れ渡り、どこにどんな場所があり、どんな人が住んでおり、文明はどんなものか、等々なんとなく頭に入っております。
情報が得られなかった時代には、他の人種や文化の理解も今ほど容易いことではなかったのかもしれません。交流も密にされることもなかったでしょう。

他の国々と一緒にするのもなんですが、この空間に、非物質界が存在し、そこにも住民がおり、文明のようなものがある…のも、いつかは皆が理解できる時がやってくるのかもしれません。

今日の内容の一部を先にご紹介させてください。

「…そこの地球は、そのごくごく一部の、またその一部の地方で存在しています。

 あなたは今、そこにおられ、様々な経験を楽しまれておりますが、それも…また、移り変わり…他の多種多様な存在形態を経ることになるでしょう。」


愛についても、あるいは同じことで、地球外とまでは言わずとも、この世界でもさらに人々の意識が進化し、愛の理解や実践が進むと、いつか現在の理解を超えた、更に高い、広い領域を皆が知り、理解し、実践へと進む時がくるのでしょうか。

今日の内容はそんなことを考えさせる内容です。
さっとお読みになるだけですと、なんかよく分からないかもしれません。何度か読み返していただきますと、また理解度が違って来るかと思います。

今回も、ごゆっくりどうぞ。
ありがとうございました。
 

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それでは、今日のレッスンを始めましょう。今日のレッスンは、またもやもう一つの側面…
愛についての側面をお話しましょう。

愛のもう一つの側面は…私達(注:地球上の人たち…地球の人たちとそうでない存在との区別をつけていない場合が多いので、同じように「私達」とすることもよくある)には知られざる…知ることが大変難しい一つの特徴を申しましょう。

私達(注:地球上でないところの存在たち)にとっては、ごく当り前のことでも、そちらでは顕現不能のことも少なくありません。
そういった一つのことです。

それは、すべてが…振動するということです。
それは、そちらの機器で振れる範囲のものは除いての話です。

そちらでの機器も大変なご努力の結果輩出されたものですが、残念にもその範囲はごくごく一部の、また一部、そのまたごく極少の一分野のみに可能なものであり…今、私の述べるところはその範疇を超えた、もっと広い、深い範囲に言及してのことです。

 

さて、それで、私たちの、今話す一側面が振動であり、それはごくごく小、微細なこと故、人という身体、物という物理現象、そして感覚という限られた中、限定された感度の中では認識不能ですが、厳然と存在するものです。


振動は…振れて動くものとは限りません…振れもせず、動きもせず、感性にも訴えず…それを、今、ここでは知ることの出来ない人にとっては知るのは不可能であると称して、しかし振動という言葉を敢えて使用しているのです。

その振れ、横や縦の無い…世界での微細なそよぎ…ゆれ…動きがあり、そこに…多くの、莫大な愛の元のような愛が詰まっていることについてご説明しましょう。


愛はすべての根源と申しました。
すべての生命、存在の大元であります。

その大元は、実は少しずつ揺れているのです。
ゆらいでもいるのです。
少しだけ、生命のゆらぎというような愛の存在形態をとる部分があり、それはすべての形態や事象、* * *(注:言葉が見つからない、わからない)の元であり、そこから私の、今言う…振動が始まり、すべての愛の…形、種類、などを生み出すのです。

しかし、そればかりではありません。
ここで、私は他のものも混ぜ合します。

それは…情というようなものに将来分化していくような、個別な変化形態の種、可能性、元を創りこんだのです。

それは、多くの多様化の枝へと分化する種です。

それはそれは…後に美しい様々な…存在の…感性や受容のための理解、尺度、価値…容量、容積…のような付随的現象も創りだします。

これは後々、細かい枝分かれとなって種々な宇宙形態に沿うように…実現化、顕現化していきます。

…そこの地球は、そのごくごく一部の、またその一部の地方で存在しています。

 

あなたは今、そこにおられ、様々な経験を楽しまれておりますが、それも…また、移り変わり…他の多種多様な存在形態を経ることになるでしょう。

音や色…感性、感情、思考…までもが、このゆれ、ゆらぎによって生み出されるのです。

これも愛のためです。

 

この愛という根源のエネルギーを体験し、成長するために他なりません。

この様々な体験をとおして…あなたはより美しく、より細かく…より深く…より高い…すべてを付加していくのです。

そして、いつかは私のところに戻って…このところに…また…一緒に静となる…すべてを包含した、幸せな状態に…私と一緒に…戻るのです。


おわかりでしょうか。


やがて、いつか、おわかりになる時が来るでしょう。

久遠の旅は素晴らしい体験と冒険で満ちています。

心躍る…すべてが、あなたの、これからの道に待っています。

 


そこでの滞在があなたのすべてのように感じられるかもしれませんが…

これはほんの一時にすぎません。

それだからこそ、よく味わい、楽しまれ、学ぶべくは得られるのを、私は望んでおります。

前に洋々と広がり続く…未来を…期待しながら、

今の滞在を味わい楽しまれることを望みます。

 

(後略)

 

 

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134.すべてはあなた次第であり、あなたがすべての結果の因を創り出すのです

2016-01-02 20:23:08 | スピリチャル チャネリングメッセージ

今日もようこそいらっしゃいました。感謝申し上げます。これからも皆様と共に、少しでも地球が争いがなくなり、愛と共に安心して生きられる場所にするためにご一緒に学べたらと思います。

どうぞ、よろしくお願い致します。

今日はまずイエスの父からの愛に関するメッセージをご紹介したいところですが、お約束しましたように、引き続き、チャネラーであるケビン・ライアーソン氏の来日のセミナー参加の時に感じた、あるお話しをしてみたいと思います。

普段は、地球でないところ、おそらく「あちらの世」に存在する意識体が、地球上で顕現するための道具である身体をライアーソン氏から一時的に借り受け、午前中と午後の数時間授業をする、というセミナーに参加した、というお話を読んでいただきました。その続きで、ある発見のことです。

実は、このセミナーにはもう一つ、楽しみなことがありました。
ライアーソン氏の個人セッションがついていたからです。

ほかの人は、確か、そのセミナーの間に箱根でされたようですが、人数の加減かなにかで、私の個人セッションは東京のホテルの一室で、セミナーの終了後に行われました。その時のことをお話しさせていただきましょう。

 

個人セッションにはそれ程大きくない部屋が用意され、ソファと一脚の椅子がまず目に入りました。ソファの真ん中にライアーソン氏が腰を沈めておられ、面した数メートル先の椅子に私が腰かけました。

ライアーソン氏ご自身の挨拶の後、彼は目隠しをし、しばらくすると、あちらからの人物が身体に入りました。するとそれまでの太い声が、一転、軽い響きとなり、耳慣れないアクセントの強い英語が口から流れ始めました。英語の言語の歴史で学んだ興味深い言葉を初めて耳に出来て、嬉しくもどこか懐かしいような気持ちで、民衆の古めかしい会話用語に耳を傾けました。

「なんでも質問をどうぞ…」

ということだったと思います。

いくつかの質問の後、自分の健康について訊いてみたくなりました。
その頃、初めて入った人間ドックで甲状腺に問題ありと言われ、精密検査を受け、様子を見ましょうと言われたところでしたので、「健康的には大丈夫でしょうか?」と質問してみたのでした。

彼は私に言いました。「OK…それでは、立ってみてください…見てみましょう」

私は目隠しした彼を前に、椅子から立ち上がりました。
「それでは、今度は後ろ向きになってみてください。」
私は、体をくるっと回して彼に背中を見せました。

「甲状腺が腫れています。が、大丈夫でしょう。大したことはありません。」

驚くより、やっぱり!という思いでした。

ああ、当たってる…やっぱり…分かるんだ…。

セミナーの質問時間にした私の質問「目隠ししてどうして見えるのですか?…」に、彼の答えは「自分は光で人を認識する…」でしたから、私の身体も、おそらく人の目には通常見えない不可視の光の体、エネルギー体がしっかり見えている…したがって、病気やバランスのくずれや異常を光の中に見出しているのに違いない…のでした。

言葉は脳も使って出てくるのでしょうし、口も使用、身体も使用され、それで目だけは使用しない…のは、何故か。光はそれぞれの人のすべてを顕わしており、その光は目を通して認識しているのではないのだろう、おそらく光の体同士、エネルギー体全体で情報をやり取りしているのでしょう。

そして、その光には人の心や体の病はどう映っているのか?
エネルギーの変化とは? 時間との関係は?
そして、病気が治る、癒される…とは一体なにか…どういうプロセスで生じるのか?

あれから長く光の体、エネルギー体のことを勉強してまいりました。
幸いにも実践の機会も与えられてきました。それでも、分かればわかるほど、また次に分からないことが出てくる…そして命の意味の深さが少しずつ…見えてくる…そして、また疑問がわいてきます。

そして、もう一つ、付記したいその時に感じたことがありました。

なんという吸引力なのでしょう!

その意識存在が「大丈夫でしょう」という言葉を口にした時、私はぐいっと引き寄せられるものを感じました…。
いえ、駆け寄って抱き着きたくなるような衝動を、私が勝手に感じたのです!
ただ、ただ、純粋な愛、子供が母に飛びつきたくなる感覚が、私の中から突然、湧き出てきました。

そんな衝動が自分にあるのが驚きでした。あの後にも、先にもそういう衝動は感じたことがございません。
私は当時30代の女性。しっかり抑えて、申し上げました。

「Thank you for your time.とても楽しい、有意義なお時間をありがとうございました」と。

大変長くなりました。

それでは、イエスの父からのメッセージをお届けいたします。
ごゆっくりおよみいただけますよう願っております。

次回もお目にかかれますように。 

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それでは始めましょう。

今日のトピックはやはり愛についてです。

愛については語り尽きせぬほどの説明や解説ができます。それほど深く、広い内容を包含しているからです。
しかしこれからも、これまで通り、ゆっくり、丁寧にその一つ一つを詳しくご説明を試みてみましょう。

さて、愛について、皆様は漠然とした、形のない雲のような抽象的な気持ちのあり様…気持ちの状態、気持ちの中身という風な捉え方をされているでしょう。

が、しかし、愛とはそれだけではありません。
もっともっと広く、深く、根源的な創造の力であります。

創造の源のエネルギーとして、愛はすべてを創りだします。
このことがどういうことかをなるべくこの地上での例や比喩を使ってご説明しましょう。

創造とは…何かをない状態、0の存在から、プラスに何かの形や状態を創りだすことだとご理解いただいているでしょう。

しかし、本当のところは、そればかりではありません。その創りだしたものを働かせ、本来の意図に沿って機能することも含め、その後のすべての働きやすべての結果も含めて…私は創り出しています。

言い換えると…創ったらそれで終わりではなく、その後の動きやその後の働きまで創り出しているのです。

私はそのように…すべてのありとあらゆる見えるもの、見えざるもの…ものではないあり様の有り方、存在をも含めて、すべてが私の元から発生しています。

 


それでは、私というものは何なのか…、

それなら、私を創り出したものはあるのか、

それなら、私はどこから来たのか、

についてもお話する必要がありましょう。
どう説明するべきか…言葉や概念に限りがある以上、これは非常に至難の業です。ほとんど不可能と言いましょう。

しかし、敢えて、その限定された中でご説明するとしたら、こうです。

 


私は…空間、空いたもの…透いたところ…何もないように思われるが、何か在るような位置…特なる一定のところから発生しました。決して「無」と言われるようなあり様からではありません。

そこを無と言ったら…すべての元はなかった…と私は理解するところです。

そこには、ある可能性や potentiality(潜在力のある、可能性を持つ)possibility(実現性、可能性ーComprehensive Dictionary 旺文社から),  や、すべての芽が詰まっていて、しかも見えない、まだ形としては表出されていないだけでした。

私は、しかし…

そこに在り…

すべてを知る…

すべての時を超えた…

広がり…

を見ていました。

 


それは今も過去も未来も含み、

しかしその違いや差はなく…

ただ、すべてがそこに未来を持ち、

過去を持ち、

現在を持つ…というようなあり方です。




さて、そのような在り方から…徐々に…変化という言葉では真実は言いえていない変わりのプロセスを経て、少しずつ表出したものが多岐に、多様に…その多様な成長を成しつつあるのです。

 

そこに、あなたは、今含まれているのです。

そうです、含まれて…その回転のようなゆっくりとした動きの中で、自らという認識を持って…動きや内包を複雑化し、細分化し…能力、広がり、高みを広げつつあるのです。

 

おわかりでしょうか。

なかなか説明も…また、ご理解も限られてきますね。

 

さて、そのような今のあり方を…あなたに楽しんでいただきたい…それが私の願いです。

すべては…楽しみ…そして喜ぶ…そのための愛であります。



愛はすべての望ましいものを含み、あなたと共に成長していきます。

すべてはあなたに依ります。
すべてはあなたご自身次第…なのが、また素晴らしいところなのです。


あなたの包容力が深まればそれだけ愛も包含され…意味も深まり、楽しみも…美しさも増すというわけです。

すべてはあなたご自身次第です。

 


私は常にあなたを見守り、その愛をいかに楽しまれ…私の意図通り…進まれていくのを…安心して見守っています。

本当はすべてが安心して良いのです。

すべては…あなた次第であり、あなたがすべての結果の因を創り出すのです。


そこをよくご理解の上…この地上での毎日を味わい…楽しまれんことを望んでいます。

 

 

それでは、今日は少し難しくなりましたが、本当はとても簡単でシンプルなことです。

私と共に楽しみましょう・・・

すべてを・・・。

では、私からの愛を…受け取って安心されて進まれますように。

(後略)

 

 

 

 

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