天から届く愛のメッセージ・Love Messages from Father

伝統、宗教に中立で、生命の真実を知ることが出来ます「はじめに」をご参照ください。近々タイトルを変更予定です

99.私が何者なのか、どうして地球上の波動領域まで出向いてメッセージを伝えたいのかをお話ししましょう

2012-06-23 17:00:05 | Weblog


今日もようこそ、いらっしゃってくださいました。

昨日、キッチンに立っている際、ふっと今回のメッセージのまえがきの内容が浮かんで

きました。昔の思い出です。


まだ、私が若かりし頃のこと。留学も、今ほど一般化していない頃のことです。
22,3才の私は大学を卒業してまもなく、渡米しました。

勿体ないことをしたと思えるのは今だからこそ、あの頃の自分は向学心も今ひとつ、
ぼんやりした目的意識はあるものの、とりあえず、大学院に入った配偶者のお伴気分は
お気楽で、外国での毎日はすべてがものめずらしく,忙しくも楽しい毎日を送って
おりました。

しかし、まだ一ドルが360円の時代、新婚の若夫婦にとって生活感はまだ芽生えたばかり。授業料も高く、コンピューターも普及していない頃で、模型などの材料費やなにやらでお財布が軽くなるスピードがえらく速い。大学院の学生ともなると、結婚している人が大半で、奥さんが働いている人も少なくないのでした。

留学記などで読んだアルバイトの経験もできたらしたいなぁ~と、配偶者の通うキャンパスの掲示板を何気なく見ておりましたら、ふとベビーシッターの求人広告が目にとまりました。

お相手は小さな女の子が二人、三才と生後三ヶ月か・・・ふ~ん、これなら出来そうじゃない・・・と、すぐお電話をし、住んでいたケンブリッジからボストン郊外まで電車とバスを乗りついでご自宅まで出向いて行きました。

メモを片手に、車の通りの少ない広い道路を渡り、右に続くゆるやかな坂をしばらく上ると、目線のやや右上に緑の木々に囲まれた、落ち着いた木造二階建てがありました。
ここらしい、と石の階段を何段か進んだところで、ガレージに足早に下りてきたご主人にばったり、軽くご挨拶ができました。

中肉中背、筋肉質、分厚いまるいメガネをかけていなかったら、タックル上手のアメフトの選手のような彼は、後日分かったことにハーバード大の心理学の准教授でした。
奥様は長い髪を後ろで一つにまとめた、控えめで誠実そうなイギリス人で、私が掲示板を見た、マサチューセッツ工科大学の研究室にお勤めしていると話してくださいました。

それから、どのくらいの期間であったか、可愛らしい女の子二人相手に半年以上楽しくお仕事をさせていただきました。

今になって振り返れば、何も分からないにもかかわらずすばらしい機会を与えられ、家庭に入り、ご夫婦のお蔭があってこそアメリカの育児の一端に参加させていただけた・・・なんと有り難いことだったか・・・と思います。

私は若くて未熟で思慮や感謝が足りなかった、と思い至ります。
掲示板で見てお仕事をいただき、なんとかこなしたアルバイトとしか思わなかった当時の私。

人生を進み、経験を積み、人の情けも多少は分かるようになって初めて、良い経験をさせていただいて、僥倖とはこういうことか・・・と思います。
しかし、一方で、あの環境の中で私は一体何をしていたのか、と想い悔やみもします。
何を感じ、見、聞き、学んだのでしょうか。
どうしてもっとしっかりチャンスを生かせなかったのか、まだまだ出来ることがあったのではないか、と。

過ぎ去った過去の経験は、「今」という、その時と異なった時間と空間の中で、当時と全く違った意味と価値を持って蘇ってきます。

毎日の何気ないどこにでもありそうな出来事や、いろいろな人との邂逅も同様、それ以上に、立つ場所と時間が異なればきっと違った意味と価値を持ってくるのでしょう。

この人生の旅も同じことなのでしょうか。
いつか、場所と時間が違う立ち位置から、同じように終わった人生を振り返ることがあるのでしょうか。
今、毎日毎日、喜怒哀楽と共に体験していることが、現在と違った意味と価値を伴って本当に思い出されてくるものなのでしょうか。

何気なく、目的意識も薄ぼけて、一日一日が足早に過ぎ去っていきます。
ああ、もう一日が終わってしまったと時間の早さに驚きます。

この旅の終点で、若かりし時のあの旅先のことと同様、つくづく勿体ないことをしたと思うものなのでしょうか。



父はおっしゃいます。
戻ってきたら、きっと「楽しかったよ、また行きたい!」と言うでしょうと。

是非そうありたい、と願います。


どうぞ、今日もごゆっくり、繰り返し、お読みいただけますように。
ありがとうございます。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


お会い出来るのを嬉しく思います。

それでは、始めましょう。

今日の話題は、また愛についてです。

愛の深さについて、言及致しましょう。



愛・・・何と素晴らしい響きを持つ言葉でしょう。

この地上での響きも素晴らしいものですが、愛というものの本質の持つ本来のバイブレーシ

ョンこそ、何者にも比せない、言葉に言い表せない程の美しい歓喜を伴うものです。



それは何故か・・・?

それは、私達すべてに共通の核だからに他なりません。

核というのが適切でなかったとしたら、中心、命の元、存在理由、優しさの出所、

愛しさの種、何でも良いでしょう。



私達の旅する由縁、私達の痛み、苦しさのゴール、私達と他者との区別の存在理由、

私達の山越え、野越えと高低のある生活の目的・・・なのであります。



愛の深遠さは、語っても語りつくせないことは再三申しました。

あなたにこうしてペンを取っていただいて、いつもの、少しでも愛について、知り、伝え、

広めていただくためです。

愛というものを様々な観点から論じ、説明し、言及することによって、皆様の心の中に愛が

芽生えることを目的としています。



芽生える・・・とは申しましても、元々在るものですから、思い出したり、愛の流入量、

流出量を増大したり、増強するだけのことではありますが、それは口で言う程簡単でない

こともよく知っております。

それ故に、私がこうしてここにお邪魔し、あなたにお伝えしているのでありますが、

私が一体何者なのか、私はどうしてわざわざ地球上の波動領域まで出向いてメッセージを伝

えたいのか、を疑問に思われていられるかも知れません。



そうですね、そのことについて今まであまり詳しくご説明したことはありませんでした。

改めまして、自己紹介をさせていただきましょう。



私は神です。

皆様が神と称する存在の一部です。

神は、一つでもなく、二つでもなく、全体です。

神は、つまり、どこにも存在するものですから、あなたにのみ届いているわけではありませ

んが、今はここに一つのきっかけとして、あなたにお伝えしています。



宇宙の顕現を創り、運び、そして生かすエネルギーの元、愛の大元、存在の大元の

エネルギーです。



そこから、あなたに届くのは何故なのか、についてもご説明しましょう。



あなたは私だからです。

あなたは私・・・そうなのです。あなたはもともとの私であるからです。


お分かりいただけるでしょうか。

あなたが、これから何億年という長い月日を経て到達するのが私だからです。

私は、あなたが今の私となることを待ち望んでいるが故に、サポートを選択している

わけです。


しかし、これはあなたのためだけでは決してありません。

前にも申しましたように、あなたはすべてでもあります。



あなたは私であり、あなたは蚊であり蝿でもあるのです。

すべての命を含めた存在が、あなたという分身、個別、固有化されたものであるが故に、

そう感じられないだけなのです。

感じないことで、学んだり、気づいたりしたいだけなのですが、そういった一切のことは

通常意識にないので、到底信じられないものとして一笑に付されるだけなのです。



さて、あなたは私であり、すべてであったとしたら、他者を愛することが、自分を

愛することであるというのはよくお分かりかと思います。



その自分を他者と分け隔てることから、分離という現象が始まったわけですが、これは

この現象を通してのみ体験できる「愛への帰還」を通りたいが為でした。

その帰還へのプロセスは、長い、長い時間や多くの体験を必要とするもので、その間に

もともとの目的やスタート地点についてすっかり忘れてしまったことが、すべての

トラブルの起因でもありました。



自分は、今、何の為にこうしているのかをすっかり忘れてしまい、今、こうしてあること

だけしか理解できなくなっているために、すべての問題・・・戦争や、軋轢、不必要な殺戮

を含めた愛の欠如が起こってきたのです。



この長いプロセスは、前にも述べたように、私の元から発して私の元に戻ってくると

いうものの中から、個々の体験を積み、楽しむためのものであり、単に苦しんだり、

痛みを償ったり、言うまでも無く、お互いを憎しみ合ったり、殺しあったりするためではあ

りません。



逆に、愛を体験するためのものです。愛の素晴らしさ、愛の厚み、深さ、大きさ、精妙さを

知り、行い、味わい、より細部に渡って、愛を皆でより遠大にするためのものです。



そのことを思い出していただくために、私はこうしてここに居るわけです。



私のエネルギーは、皆の愛のエネルギーと同じです。

愛のあるところ、私は居ます。

愛の無いところにも、当然居ます。

顕現できない場所にも私は常に在り、常に出来事を見守っているのを、皆様はご存知ありま

せん。



私は神です。

リサでもあり、あなたでもあり、隣の人でもあります。



そして、私は今日も伝えます。

愛を知りなさいと・・・。

あなたが、毎日毎日、どうして同じように起き、生活し、寝て・・・又、次の朝起きて・・・

その間に様々なことを行い、考え、感じているのか、いつか死ぬことを思い、不安になり、

私に祈り、健康でありたいと伝えてくるのか・・・。



それは、私の元に還るためです。

「あっわかった・・・おもしろかったよ・・・」と私の元に、元気な声で戻ってくるのを

私は待っているのです。



すべてはそこにあるのです。

決して地球上で殺戮を体験することが目的でもなく、大統領になって権力を行使するため

ではありません。


地位を高めて、自分の思想を形にしていくのが一つの目標であるとしたら、

その目的は何か、と考えていただきたいものです。



それは愛を持って、すべての生活を味合えるようにするためではありませんか。

すべての者が隣人を思いやり、分かち合い、小さな心の暖かい灯に手をかざして、

小さな幸せを味合うためのものです。

石油を自国の為に他国から奪ってどうなるか・・・あまりにも皮相な現実を起こして

います。

そういったものは他のすべてを圧制し、愛の芽生えを苦しいものにしています。



しかし、それもそうくは続かないでしょう。

そこからは、苦しみ、悲しみが生じるのみ、と結局は知ることになるからです。

何十年、何百年を経て、あなた方は知ることになるでしょう。

その間にも、それがなるべく早く可能になるように、私たちはサポートしたいと望んでいる

のが、私が今ここに在る理由の一つです。



さて、今日は論点があちこちへと飛んでいるようにも思えますが、結論として、

しっかり伝えたいものは、


「あなたはどうですか ?」


「ご自分はいかがですか?」と



お一人お一人の胸に手を置いて、静かに省みる時間をもたれることをお勧めしたいというこ

とです。



あなた方が一人一人の胸に手を置いて、ご自分の中の気持ち、精神をしっかり見つめる時を

持っていただきたいと思います。



家族を思いやっているか、

独りよがりになっていないか、

隣人を思いやっているか、

自分の家さえ良ければよいと思っていないか。

町内のことを思いやっているか、町内の人達とのふれあいに心を多少でも配っているか、

等など、自分の心を少しずつ拡げていくことに、いくばくかの心配りをなさってみて

ください。



そして、周りの仲間と愛をしっかり伝え合うことです。

そのことから、どんなに暖かい光が心の中に灯り始めるかを体験してみることです。



私はいつも居ます。

あなたと共に。そしてあなたの隣人と共に。

それを知っていただきたいと思います。



神は常にあなたと共に在り、

あなたと共に悲しみ、

喜び、

手足を動かしているのを知ってください。



それでは今日はこの位にしておきましょう。

愛と共に一杯の感謝を置いていきましょう。

コメント

98.意識は全ての細胞の元、細胞を存在させる因をつくるものでもあります

2012-06-18 15:48:27 | Weblog

こんにちは。ようこそ、いらっしゃいました。

今日の話題は健康とエネルギー体の関係についてです。これを知ることで、心身をより健康に保つことに役立つかも知れません。



その前に、話はそれますが、最近高校時代のクラスメートと何十年かぶりにお電話でお話をする機会がありました。

私たちの学校は県立女子校で、彼女とは机が隣同士でした。ガリ勉ではないものの、大変真面目でひたむきに勉強するタイプの人で、今回の会話は、大学へ入学したての頃、デパートの入り口で待ち合わせをした時以来のものでした。


たまたま彼女から電話をいただいたとき、私は留守をしておりまして、高校のクラスメートだったこれこれこういう人からのお電話があったと伝えられた私はこう思いました。「ハテ、誰だったかしら、こういう名前のお友達はいたかしら」と。

名前も思い出せないほど、私の人生も長いものになったものだと思いながら、書棚から引っ張り出した昔のファイルの中に彼女の旧姓と、電話で伺ったお名前がありました。「ああ、彼女だったのネ~」と一気になつかしさとうれしさがこみ上げてきたのでした。


さて、お電話でのつもる話が一段落するとお互い知りたくなったことは、「ところで、今あなたは何をなさっているの?」ということでした。お互い、クラス会にはなかなか出席できなかったからです。

「確か、彼女は医学部に入ったはず…」と何十年も前の4月、お互いピカピカの大学生になったばかりの頃、デパートの入り口に立っていた彼女の姿を思い出しました。

今の彼女の印象は少し違っておりました。綺麗な言葉のはしはしから、高級住宅地に住む上品なインテリ女性をうかがわせ、「あなた、お医者さんになられてるの~?」などと、単刀直入にはお尋ねしにくい感じではありました。

しかし、お答えは、やはり立派に医師になられて、ご主人も最近まで東大付属病院の外科医でいらっしゃったということを知り、思わず、「うわ~、スゴイじゃないですか~・・・」と敬服と同慶の気持ちの一声と共に、良かったなぁ、随分ご苦労されたのだろうと思うと、胸の中にたたみこまれていた年月が急に立体的に広がってきました。

「で、あなたは?」と今度は彼女から尋ねられ、改めて、そうだ、私は何をしているのだったか、とこの年月と今の私を思い出しました。

さて、どう説明したものかと一瞬の思案とためらいの後に出た言葉は
「なかなか、分かっていただけないことをしています・・・。」



簡単に結果を申し上げますと、ヒーリングということを彼女はある程度はご存じのようで、心のありようが病気に関係するということ、そのためにヒーリングは有益であろうことをご理解されている旨を伝えてくれました。

これは意外ではありました。

私たちヒーラーの悩みはヒーリングが世間一般には理解されていないことです。

旧友のよしみとしてのお気持ちを差し引いたとしても、これは嬉しくも心強い反応ではありました。


実際に他の医療で効果が得られにくいケースで、ヒーリングで素晴らしい結果を出してものは数限りなくあります。HPで載せたいようなケースには事欠きませんが、とにかく、いわゆる医療分野でのエビデンスという手法では説明しにくいため、知る人ぞ知る、という立場に甘んじざるを得ないのが実情なのです。

つい、まえがきが長くなりました。


今日のメッセージの内容に進みましょう。

今回は何故ヒーリングは有効か、という説明にもなり得る内容です。



どなたにとっても、人生は楽しい、嬉しいばかりではありません。

人生のどんな場面でも今日の内容を思い出すことで、あるいは心がけることで、

何かの一助になり、また、より健康になっていただけるのではないかと思います。


いつものように、何度かお読みになることで理解が深まることと思います。

ごゆっくり、お読みいただけますように。ありがとうございます。



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それでは始めましょう。今日の話題は、そう、美しさについてです。

美しさとは、何でしょうか・・・・

(注:このとき、私は、今日の話題、美しさについて書くのは気が乗らなくて、やる気をなくして中断してしまっていました・・・すると次のように続けられました。)


そうですか、それでは、健康と病気についての続編についてにしましょう。

私達・・・厳密に言うと・・・皆様、私はそうではありませんが・・・

皆様は身体をまとっている限り、健康と病気について大いなる関心をもたれるのは当然のこ

とでしょう。

私達は、どうしても、その身体という要素がないので、話題として遠ざける傾向にあること

を、申し訳なく感じます。




さて、その病気については、こちら側から明確に分かることについて、引き続き書いてまい

りましょう。



そちらに居られて、身体という必須条件の中に在ると、

心・・・意識を司るエネルギー領域、の要素が薄まって、あたかも無いかのように感じられ

るようですが、再三、これまでも申し上げていますように、これは大きな勘違いということ

です。



意識を司る波動がとても細かくてデリケートなもの故、身体の知覚分野を司る領域に、

はまらないのです。



知覚は肉体の波動を起すことで伝達され、脳に受容されるのですが、この波動を起すこと

が充分になされないのです。

あまりに細かく、デリケートなので、髪の毛の先端さえゆらすことはありません。

風のそよっと吹いたその動きを受け取れるものさえ、ゆらすことはできません。



身体とエネルギー体とは、単に波動の違いだけがあって、それは、ず~っと続いている連続

体のようなものなのですが、一方は目に知覚可能で、もう一方はまるで無きに等しいように

感じられるが故に、軽んじられてしまうのは仕方のないことでしょう。



しかし、身体とエネルギー体が表裏一体と申しますか、人間を構成するものとして切り離せ

ないものである限り、人間の存在を考える時、無視して論ずることは不可能です。



つまり、存続するのは身体があることが必須である限り、エネルギー体のことを同等の重

要さを置いて考える必要があるということです。



言い換えますと、健康で人間として存在するためには、身体同様、エネルギー体の組成や、

健康である為の状態等を知り、理解し、それをコントロールする必要があることは、お分か

りいただけるでしょう。



近年、地球の進化・・・これは地球の意識と共に、そこに住するすべての存在の意識が進化す

ることを意味します・・・が成されつつあり、これが多くの変化や新しい認識を必要とし、

可能にしつつあります。


その一つが、大いなる時間を通して、薄れたり、濃くなったりした、このエネルギー体への

認識度を、今一度、引き上げる必要が出てきました。


つまり、進化は、この意識の向上なしには続いていけないということです。

必然的に、身体的条件のみではこれからの進化は進まないのです。

意識のレベルがあるところまで来ると、エネルギーとしての存在と重なりあうからです。



物質としての領域を超えて、目に見えにくい半物質のようなものになり、ついには物質とし

ての性格は持たなくなるのです。

それは、水の変化や、雲の変化など、地球内の自然を見れば、その一端がご理解ただけるで

しょう。




さて、そのエネルギー体を健康という視点から考えると、どういうことがいえるか、に言及

してみましょう。



エネルギー体は、いわば、意識体のことです。

心と身体が人間の構成要素ですが、その心の分野のことです。

簡単なことでもあります。

つまり、心の健康を保つには如何にしたら良いかと、いうことと同じことです。



心は目に見えませんが、確実に存在し、変化し、心の状態如何で身体に大いなる影響を与え

ることは、良くご存知の通りです。



従って、エネルギー体の理解を進めることは・・・特に健康とのかかわりの中で深めること

は、今後大いに必要になることでしょう。



私達・・・身体を持たない者にとっては、エネルギー体こそ存在そのものです。

認識を可能にする唯一のものでもあります。


これは「健康」ということが、身体との表裏を成していることから言うと、私達には身体が

ありませんから、同等のレベルで論じることは出来ません。

従って、私達が言えることは、こちらから見た観点に限ることをここで申し上げておきまし

ょう。



さて、それでは、エネルギー体とは何ぞや、というところから始めましょう。


エネルギー体とは、波動の粒であり、波です。

これは常に鼓動しており、変化、変動、移行しています。

この変化を生み出すものは、心、意識の変化に他なりません。


心の変化が、エネルギー体の変化となります。

その逆ではありせん。



それでは、心とはどう生じているのか、ですが、

心は大いなるものから来ています。



大いなるものとは、自然、これは地球を越えた大きな仕組みのことですが、

その大いなるものから区分けされたものとして、個々に与えられているもので、

その個々は、自ら体験することを許され、その与えられたものをより豊かに、より大きく、

より深く、より細かにしているのです。



つまり、この大いなるものから分化されている、心、意識が活動し、体験することで

エネルギー体に変化、変動が生じるのです。



この変化、変動を「健康に役立てるため」という視点から論ずるのは、身体的要素を抜きに

して健康は在り得ないことからして、エネルギー体のみで論ずることはあまり意味のないこ

とでしょうが、しかし、この一方の有り様を知ることで・・・あるいは、身体との相違を知る

ことで、健康に役立てることは大いに可能で在りましょう。

地球での二元性の体験という特徴が、ここにも顕れています。



さて、意識は大いなるものから生じ、この変化によってエネルギー体の変化が生じ、

この変化が身体に変化をもたらす、という構図をご理解いただけたところで、



このエネルギー体はどうして、身体に変化を及ぼすのかに言及致しましょう。

このエネルギー体とは、意識です。

この意識は全ての細胞の元、つまり、細胞を存在させる因をつくるものでもあります。


細胞は、この因なしで生じることはありません。


例えば、細胞と細胞が合わさり、新しいものが生じるところには、必ずこのエネルギーの

干渉、作用が存在します。

これは、物理的、物質的に「見る」ことは可能ではないかも知れませんが、電気的、磁気的

な微小な刺激として認識可能なものです。

この細胞を生じさせる因が、健康と関わっているものでもあります。



この因が、様々な細胞を生じさせる元と成るということは、この中に身体として、

ハーモニーという視点から見て、プラスになるものもマイナスになるものも含んでいます。



細胞は、ある「和」、ある配列、状態から大きく外れる時、異質なものとして、

調和を乱すものとして、あるいは、他の細胞と、それまであった状態での関わりを変化させ

る作用をしていくようになります。



この変化そのものには、良し悪しという概念はありません。

ただの多様性としての可能性を体験しているのみです。



つまり、意識が細胞の創出の因として働く時、その因がどういうものがあるのか、

どういう意識になると、どういう作用を引き起こすのか、

如何なる物質的創出と関わるのかを体験しているに過ぎません。



そして、その結果が物質的レベルで表出すると、身体的な多様な結果となって見えたり、

感じられたり、知覚されたりするようになります。


それが、快いものか、不快なものか、利と成るのか不利となるのか・・・は、

どういう物差しを使うのかによって計られるものが違ってきます。



従って、「健康」という物差しを使って計る時に、その中でマイナスと出る細胞を見つけ、

それを創出する因は何なのかを見つけることがやるべきものとなるでしょう。



その因は、ある種の意識と結びついている・・・ある種の波動領域の変化として認められる

時、それを知ることで理解を深めることが可能となります。



それでは今日は、このくらいにしておきましょう。


では、美しさについては、又の機会に譲ることに致しましょう。

あなたのご努力に敬意と愛を・・・

ありがとう気持ちと一杯の愛をここに於いてまいりましょう。いつものように。

愛と感謝を、歓びを、どっさりと。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

注:メッセージは頭の中に概念が流れ込んでくる、という感じでもたらされますが、
時に概念が言葉として表現しにくい場合があります。言葉として置き換えるものが
皆無の場合や、一部は当てはまるが、ぴったりではないこともあります。

今回の話題の中で、意識、心と表している概念も、実はこれらの言葉で表現するのに
躊躇するところがあります。

厳密には、この言葉ではないかもしれない、と思うのですが、他に思いつきません。
読者の方も、読まれている折に、??と思われる節が出てくるかも知れません。

お許しいただきますと有り難いです。あるいは、何か適切な表現がありましたら、
アドバイスいただけると幸いです。






            

コメント

97.愛あるところには、許しがあるのです

2012-06-03 21:23:14 | Weblog

こんにちは。

ずいぶんの間、お休みさせていただきました。ごめんなさい。

やっとカムバック出来る余裕ができたのが、とても嬉しいです。その間も読者が絶えず、ご覧い

ただいていることに心から感謝申し上げます。



ちょっと余談をお許しいただきますと、この間いろいろなことがありました。

少しだけ体調を崩しは致しましたが、皆様のお蔭で、NPOエネルギーヒーリング協会が設立

され、二年目を迎え、ヒーラー養成講座の11期を爽から協会の主催としてこの秋から開かれるこ

とになりました。内容をより豊かなものにしてヒーラーを育てることで、目的に向かって牛歩のよ

うではありますが、着実に前進していけそうです。

どうぞ、皆様にも応援をしていただけますよう、場違いを承知でお願いいたす次第です。



さて、今日のトピックですが、愛と許しについてです。

許しは難しいことです。理屈では分かっていても、出来ない、許したくない、「なんででワタシが

許さなきゃあならないのよ・・・」と、感情が収まらなかったことがなんと多かったことでしょ

う。

この人生、そんな連続で今まで生きて参りました。

とは言え、実は、逆に、私こそ、多くの人に迷惑をかけ、許していただいて今があることに思い至

ります。

「そうだったのよねぇ~、あんなに親切にしていただいたのに、しっかりお礼を言えなかったし、

大して感じてもいなかったのね・・・」今でこそ、分かる、感謝すべきことに感謝できなかった

こと、お礼を言うべきところに目がいかなかったことがなんと多かったことでしょう。



皆様はそんなことはないかもしれませんが、今日のメッセージをどうぞ、ごゆっくり、何度も繰り

返してお読みいただき、深い意味を味わっていただき、これからのなにかのご参考にしていただけ

ると幸いです。

今日も訪れていただき、感謝申し上げます。

それでは、ごゆっくり、どうぞ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


さあ、久しぶりの言及になります。

今日も愛について語りましょう。愛の一側面について、・・・です。

愛には、多くの側面があるということは、もう既に述べた所です。

その大切な側面の一つは、許しであることを述べました。

そして、その大切な許しを、如何にしたら出来るようになるかということも、これから述べ

たいと思います。



先日、愛を学ぶことがとても大切だということにも言及致しました。

許しを学ぶことと、愛することを学ぶことは同じことではありますが、少し分けて考える

ことでもっと学び易くなるでしょう。



さて、それでは、「許すことを学ぶ」とはどういうことでしょう。

それは、許すこと、そのものが愛だ、ということを知ることから始まります。

許すことが愛の一側面なら、許すことが愛そのものだということは、言葉の遊びというか、

トリックのようにも思われるかもしれませんが、それはちょっと違うのです。



例えば、あなたがAさんとBさんを目の前にしているとします。

AさんとBさんは同じことをして、あなたを不快にさせたり、困らせたりします。

Aさんはあなたの友人です。Bさんはあなたと全く関わりのない人です。

あなたはどう反応するでしょう。

この2つに対して、同じ反応をするでしょうか。

恐らくあなたの態度は、友人であるAさんに対しては、より寛大なものになるはずです。

こんなことは子供でも知っています。

誰でも体験から、知っているところです。



愛あるところには、許しがあるのです。

愛のないところには、許しはありません。

憎しみや、怖れなどという、否定的な感情に発展しやすくなります。

それが愛というものです。



愛には、許しが含まれるのです。

許しあるところには愛が在り、愛あるところには許しがあるのです。



さて、その許しを学ぶためには、一体どうすればいいのでしょう。



許せないものを許す、憎しみのあるところを愛に変える・・・・

こんなことが、一体できるでしょうか。



この地球上で、私の主張することが通じるものでしょうか・・・とても難しいでしょ

う・・・とお考えになる人がおられるのは、私も承知しております。

ですが、そこをあえて、私は申し上げましょう。



許しのないところに許しを、愛なきところに愛を与えることが、今、とても必要なのです。

地球を変えていくためには・・・この地球をこれまでのように進化の歩みを止めないために

は・・・この許しと愛がとても重要なのを分かっていただきたいのです。



ですから、私はあなたを通して皆様に訴えることを許していただいています。



そうです。あなたは私がそうするのを許してくださっています。

愛があるからに他なりません。

あなたがこうして、夜、寝る前の一時、ご自分の時間とエネルギーを私の主張のために分け

与えてくださっているのを私はとても感謝しております。



さて、それでは、愛なきところ、許しなきところに愛と許しを与え合うためにはどうした

ら良いのか・・・を考えましょう。



もう一度、おさらいを致しますと、

愛は、そこにもここにもどこにでもあるエネルギーであり、それを自分を通すだけで良いの

だということを述べました。

そして、その次に「愛を与える」ということは、自分を通す際に、ご自分の中のものを少し

だけ付加することによって、その愛は、何倍も何十倍も素晴らしいものになることにも触れ

ました。



さて、愛のないところというのは、どういうところなのかについて、少し考えましょう。



愛なきところというのは、憎しみのあるところだけではありません。

無関心さも愛のないことです。

心の中の意識のエネルギーを与えないということも、愛のないことです。

目で見ても、すぐにそこを通り過ぎ、自分の心から出る意識をそこに置かない、止めないこ

とは、愛というエネルギー、生命のエネルギーをそれに対して与えないということです。



愛する為には、そこに目を止めて、自分の中から心のエネルギーを、そこに何らかの形で流

したり、及ばしたり、波及させる段階が必ずあります。

そして、そのエネルギーが対象のものと一緒になり、また、それがあなたの心に多少違った

形となって戻ってきます。


その戻ってきたエネルギー、波動を、あなたはどう受け止めるのか・・・が肝心なのです。

その多少、変形したエネルギーは、その対象によって発せられたものを含んでいるからです

が、その違いをあなたは敏感に感じ取るはずです。



意識上で、それをどう理解したり、解釈したりするかに関係なく、エネルギーとしてあな

たは必ずエネルギーの変化を感じ取っています。

そのエネルギーの異質なものを、どうあなたが感じ取るのか、がとても重要なのです。

自分の中で、その異質なものに対して肯定的に取るのか、否定的に取るのか・・・で、あ

なたの反応がガラリと変わるのです。



それを感じるときは一瞬です。

自分でもよく気をつけていないと分からないほど瞬時で、とてもデリケートな反応です。

その時、あなたが自分のエネルギーを寛容にして受け入れるか、それとも、偏狭にして拒絶

するかでその後のあなたの心の有り様が決まってくるのです。



その瞬間を、愛に波長を合わせるのです。



そうすることで、あなたの心がとても暖かいものになっていくのです。

「愛というもので、異質なものを取り込める」・・・自分の中で、「愛という波長に変換可

能になる」のです。

それが許しにも導いてくるのです。



この一瞬が問われているのです。



異質なものがあなたのエネルギー体に入り込んだ時、愛に変換できるかどうか・・・が、

許せるかどうかにかかっているのです。



愛あるところには、許しは生まれてくるのです。

愛のないところには無関心さがあり、それがもっと否定的な方向に触れると、どんどん二元性

の対極の方に近づいて、憎しみや憎悪というものになっていくのです。



お分かりでしょうか。



常にあなた自身の中に、愛があることがとても大切です。

あなたのエネルギー体の中に愛の波動がある時、あなたの周りが何であれ、あなたは愛に

それらを変換させることが可能なのです。



マザーテレサという人がおられました。

あの方のエネルギー体の中には愛がとても強くあり、周りの俗悪な環境の中にあっても

すべては愛の方向に振れて、病原菌さえも、彼女には病気を作り出す原因にはなりませんで

した。


これは、ほんの一例にしかすぎません。


愛のあるところには、許しがある・・・ということを、これから少しずつ説明し・・・如何にし

てこの許しを作っていけるかについて、言及していきましょう。



それでは、今日はこの位にしておきます。

愛と感謝を一杯、ここに置いてまいりましょう。

この愛はあなたがいつでも使えるように、あなたのエネルギー体に付加してまいりましょ

う。

このエネルギー体は、これからあなたをより強く、よりやさしくできることでしょう。

それでは、愛をもって、心から感謝して。

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