天から届く愛のメッセージ・Love Messages from Father

伝統、宗教に中立で、生命の真実を知ることが出来ます「はじめに」をご参照ください。近々タイトルを変更予定です

63.あなたの住む地球の変化は私達の住む星々や空間の在り様に影響を及ぼさずにはいられません

2009-12-28 19:28:11 | Weblog

いよいよ、今年も押し詰まってまいりました。

不思議なもので、一月一日の日の出は特別な太陽の登場と感じられます。

その地球はこの自然界にある秩序の一翼を担っている・・・のを私たちはつい忘れてしまいがちです。

刻々と移り変化する毎日の生活のこまごまとしたことに意識が集中しているために、

大きな視線で物事をみるのを忘れてしまっております。

来年はもっと地球のことを考えられるように心がけたいと思います。

あなた様に、今日も、自然界の仲間からのメッセージをお読みいただけますのを、感謝申し上げます。

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さあ、喜んで情報をお与えしましょう。

あなたのおられる地球について、こちらから観察した状態をお伝えいたしましょう。



あなたは地球の上に直接居られて、見えないこと、感じられないこと、察しられないこともおありです。

勿論、私達に分からないことを、あなたは沢山ご存知であるのは確かですが、反対に、

私達には分かってもあなたにはお分かりにくいこともあり、それを今回お話するのを許して

いただきましょう。




地球は、私達の仲間です。

地球は決して一個の独立した存在として機能しているものではなく、私達の星や、その他の宇宙の

目に見えない存在との関連性を保ちつつ機能しているのを分かっていただく必要があります。

それはもうご存知?・・・・ですか。  

それは良かったです。安心致しました。



それでは、そのことについてもう少し詳しくお話しましょう。

家の中には色々なことが起こり、色々なことが対応されているように、私達の住むこの場所にも、

いろいろなことが常に起こっており、それ相応の対応がなされています。




例えば、一つの星がその役割を終え、しばらくの休眠に入ったり、そうかと言えば、

新しい小さな星(必ずしも小さくは見えなくとも)が、新たに誕生することが、繰り返されています。

また、その星々を囲む相対的な関係も常に変化を遂げています。

星も成長するからです。



常に変化するもの同志の集まりですから、変数のかたまりが、常に変数の条件下で動いている

ようなものです。




さて、地球もその変数の塊の中の一項であります。

その一項の変化は全体の数式に影響を与えずにはおかないのと同様、あなたの住む地球の変化は

私達の住む星々や空間の在り様に影響を及ぼさずにはいられません。



私達は、今、常に星々の変化を観察し、分析し、状態を把握することが可能ですし、

実際、それを常に行い、全体的な平衡の為に適切な対応や処置のようなものを行っています。

これは全体のバランスを保ち、すべての星々の均衡を保つ為には絶対的に必要だからです。



星々は空間にただそのまま居るわけではありません。

それなりの理由と背景にある条件が整って、そこに存在し、機能してお互いのバランスを保つために

貢献していると申せます。




地球とて、例外ではありません。

地球は放っておいても、自ら自転し、公転し、あなたがそこで太陽の恵みに浴されておられると

感じるかも知れませんが、実際はそうではありません。




何でもそうであるように、原因と結果の法則がここでも例外なく作用しているのを忘れてはなりません。

自然界はすべてこの法則の元で動いており、地球とて例外ではありません。

従って、私のお伝えしたいことを簡潔に(!)申し上げれば・・・あなたが、また、同じ事を繰り返し、

くどくどと説明している・・・(笑)と、思われてはいけませんので・・・地球も、勝手なことを

やっていただいては困ります・・・とでも申しましょう。




少々、強い言い方となりましたが、この地球という言葉は「地球」そのものを指すと言うより、

地球の上に住まれる皆様方を指しております。

どうも、まだ、地球の皆様には、ご自分の立っておられるその土地、その場所が、自然に

存在し、何をやっても大丈夫な、大きな大きなものだと捉えられているようですが、

こちらから観察致しますと、地球のいわゆる耐用年月の条件が急速に変化しているのが

認められます。

これは地球上に住まれる人々の対応によって起こっています。



つまり、汚れているという大きな要因が、地球の元来持つ多くの要素を変化させている・・・

それも、対応可能ギリギリの速さで、今、マイナス方向に変化が起こっているのを

ご存知でしょうか。




この変化は、先ほど申しましたように、私達のところにも影響を与えております。

すべての関連性の中で、一つの変数値として他にも大きく変化を与えずにはおりません。



例えば、私達の星は黄色い砂で覆われている所です。

皆様の所からご覧になれるとしたら、黄色く写る・・・という意味のこの場所には、

全く異なった存在の営みが続いています。

この6次元ともいうべき場所には、皆様の想像のつかない様々な現象があり、これは私達にとって、

かけがえのない毎日の営みの基盤となっています。



この素晴らしい場所にも、地球の変化の影響が伝えられてきております。

これに対応をすることは、私達にとっては可能ですし、必ずしも、大きなものではないのですが、

こういう地球の変化を私達が知っていることを、あなたに皆様にお伝えいただくことで、

地球の住民の方々の意識を少し「起す」事が、出来るのではないかと希望を持っています。



地球の人々は、それなりに素晴らしい営みを続けておられます。

私達とて同様ですし、他に多くの星々には、またそれなりの住民が素晴らしい営み

をなさっております。



この一つ一つをお望みでしたら、あなたにお見せして、少しの体験をしていただくことも可能です。

近い将来、この星々の営みにお連れ致しましょう。

あなたがお望みであるのは私達にしっかり伝わり、私達にもそれは大いに歓迎されているのを

知っていただきたいのです。



星々には素晴らしい仲間がおり、あなたが訪れるのを大歓迎するでしょう。

地球は独りではありません。

多くの仲間がこの空間に存在し、あなたを待っています。

愛と友情を手に。



さて、今日の話題は如何でしたか。

いつもの話題と少し異なっておりますか。

もっと細部にわたるものが欲しいと望んでおられるようですね。

それでは次回ももっと詳細について、語りましょう。

仲間が一杯、愛と友情を渡したがっています。

あなたの前に列を成して、押し合いへし合いしています。

では今日は、この位で、さようなら。

            愛と友情を持って・・・・

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62.地球の思うこと、感じていること、病のことが人間の理解の領域を超えて存在しているのです

2009-12-19 20:55:59 | Weblog

地球の温暖化によって、いろいろな変化が起きているのをみんな気がついています。

ツバルが浸水されつつある今、コペンハーゲンではCOP15が開催されています。

「我々の国土は "For Sale"ではないのだ」と発言していた発展途上国の言葉が耳に残ります。

地球は生きている・・・感情もある・・・?

今日のメッセージは宇宙の仲間からのものです。未来の子供たちにクリーンな地球を残せるように、

と願わずにはいられません。

では、今日も訪れてくださったことに感謝します。

どうぞ、ごゆっくりお読みいただけますように。

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大喜びですよ。また、再開できるのですね。

この大きな宇宙の海原で、あなたのお声をキャッチ致しましたよ。

あなたのご協力と愛の精神がしっかり届きました。

何と嬉しいことでしょう。

私達は、何時でも、あなたと共に、あなたにご協力することをお約束します。



いつか、あなたにお会いすることも・・・実は、あなたがわたしたちに実際にお会いになりたい

というご意思も受け取っています。

そして、私達の間で話題となっています。

如何様にしてあなたと私達の邂逅を可能にできるか・・・です。

これは、度々話題になりもし、研究のテーマにもなっています。

あなたの波動を如何にして私達のものと同調の域に達せられるか・・・私達の波動を如何に

あなたのものと共鳴の域に達せられるか・・・がテーマです。




実際に、あなたもこれ日々、努力をされておられるのを知っています。

従って、実際にあなたにこちらに来ていただくことも、不可能ではなくなるでしょう。

私達も、そちらへ出張し、あなたの目前に、目に認識可能な形で、あなたに会う、

あなたと握手をしたいと考えています。

とても、楽しみにしていてください。

充分に近い将来、可能にしましょう。



さて、今日のテーマに入りましょう。

あなたの所で起こる地震についてご説明する必要がありそうです。

昨日も・・・あなたの世界での特別な表現の一つ・・・時間の概念を含む言葉ですね・・・

地震が起こったとあなたの頭脳に記憶されておられるようです。

地震は言うまでもなく地殻の変動によるものではありますが、その先のもっと異った

メカニズムについて、お話しましょう。



地球は生きている・・・と申しましても、あなたには、人間のように息して、歩いて、感情を持って、

食事してはいないだろう・・・と思われるのを承知して、敢えてご説明するのですが・・・

確かに、地球は生きているのです。




生きる形体、形容、組成、メカニズムが別次元でのルールに従っているため、人間の目には

「息して、食べて、感情を持って」という風には映らないかも知れません。

が、しかし、私達の認識上では、それ以上の生々しい、生きているように認識されているのを

ここで明言しておきましょう。




これはまるで、蟻があなたの手のひらの中で小さく歩き、動き回り、「あっ、仕事をしなければ・・・」と、

あのごくごく小さな頭の中で考えているのと同じ様なものです。

あなたの手は地球・・・ちょっと小さめですが・・・蟻は、人間のようなものです。

地球も蟻も生きている。

しかし、蟻にとって、人間の細かな感情や頭の中に在る明日の計画や病気のことなど全く意に介せない、

理解の域を超えているのと同じことなのです。




人間にとって、地球の思うこと、感じていること、病のことが理解の領域を超えて存在しているのです。

あっ・・・そうなんだ・・・とお思いですね。




それから付け加えてご説明したいのは、この中の地球の感情のようなもの、病のようなものについいてです。

地球は砂、土、石で出来ているから「まさか、思いや感情はないでしょう」と思われるのも

無理からぬことですが、実は、地球も違った次元ではありますが、色々な思いや、感情を持ち、

また、反応しているのです。

それが、地震や、津波、嵐、それに地すべりのような、いわゆる天災と呼ばれるものと関係しているのです。




地震は、以前、地球がバランスを取るためのものであることを述べました。

津波も嵐も、すべてそうです。

バランスを一定に保つために調整がなされるのです。

それを人間の感情と対比するのが適切かどうかは分かりませんが、例えば、人間が、高ぶった感情を

涙という形で解消するように、地球の徐々に高まるある種のエネルギーを解消するために、

何らかの作用が必要です。

それが、天災という変化、作用、作動であるに過ぎないのです。




「天災」という言葉には、災害という表現にも用いられる「災」という否定的な語らいがありますが、

これは人間側からの見解に過ぎず、むしろ、これらの作用は、歓迎すべきものだと言えましょう。

そのままにして解消できないでいたら、地球は、一気に、人間もろとも、大きな爆発のような形で

大きな変化を遂げるようになるからです。

それを最小の影響の範囲で解消するメカニズムや、智恵や、工夫がされているのを

人間側は理解しておりませんから「やれ、建物が崩壊した・・・犠牲者が何十人、何百人出た・・・」

という否定的な面のみが注目されてしまうのです。



もっとも、これは当然といえば、当然ではありましょう。

「これがあったからこそ、私達は宇宙の彼方に吹き飛ばされて消える運命を免れた・・・喜ばしいことです・・・」

という理解の仕方は目に見えて認識されていないのですから・・・。




同じことが、嵐や、台風や、ハリケーンなどにも言えます。

例えば、地球の表面、数百キロメートルの範囲内で様々な変化が生じている気候全体を見てみましょう。

これを、コマを早送りでご覧になって見たらどうでしょう。

地球の変化の様子が、手に取るようにお分かりになるでしょう。

地球に風が吹き、雨が降り、そして近くが変化するのは、何故なのかを知らしめてくれもするでしょう。




つまり、地球は生きているのです。

そして、人間という命を育み、様々な体験を可能せしめている有機体なのです。

人間の、この三次元の世界を顕現するために設けられて、その任を全うすべく日夜、

動き続けている「生きた物体」であるのです。




実は、それ以上でもあります。

感情もあるのです。

人間が嬉しいとか、悲しいとか、怒るとかを感じるように、地球にも感じるものがあるのです。

人間のように細かな規模ではなく、もっと大きな、大らかな、神から託された愛を持って表現されるものです。




人間の命を慈しみ、守り、見守り、全ての命の顕現と営みを可能にする為に、働く使命を持って

地球は在るのです。

そこには、暖かく全てを見守る「目」があります。

すべてを暖かく抱き込む「懐(ふところ)」があります。

上から小さきものを見守る「眼と心」があります。




それを人間は、もう少し気づかれ、感謝とまではいかないにせよ、あまり、その地球の望みに

反することをなさらない配慮も必要でしょう。

それは、徐々に理解されつつあります。

人間の意識が拡がり、理解の幅が広がっています。

私達、宇宙の仲間にとって、とても歓迎すべきことです。




それでは今日は、この位にしておきましょう。

あなたのご協力に心からHurray!!と言いましょう。

そして、あなたの指に、あなたの背中に、愛の光を照らしましょう。

感謝と共に・・・。

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61.あなたは、空をかけとべる存在であり、多くの仲間と愛の交流が始まります

2009-12-14 21:58:25 | Weblog

今日の言葉は宇宙の仲間からのようです。

心は、実は宇宙への窓でもあると最近は思うようになりました。

心には時空を超えたところへ届くツールがたくさん用意されてあります。

これを一度発見すると、地球上の人間関係だけ、特に表面上で起こっているだけの現象に

捕らわれて生きるのはなんだか勿体ないように思えてきます。

みんなに教えて差し上げようとするのですが、大抵の場合、やや無表情、不可解な顔をされて、

ちょっとおかしい人?と理解されないことがほとんどです。

でも、父から「伝えなさい」と言われておりますので、勇気を持って、少しずつ前向きに

考えていきたいと思います。

それでは、今日もどうぞ、ごゆっくり、お読みいただけますように。ありがとうございました。

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さあ、今日もメッセージをお届けしましょう。

愛のメッセージを、空の彼方からお届けすることは、大きな歓びです。


宇宙の中にある愛の変換について、ご紹介しましょう。

愛は、どこにいても大切で、先ず先んじるものとして誰もが身につけ、流し、変換しあうものです。

地上ばかりではなく、空の上の方、下の方、横の方で、色々な実体が、皆様と同じように、

形式は変るにせよ、愛を変換し合っています。



どんな方法でか、についてお話しましょう。


例の一つとして、皆様のご存知のこの太陽系のある星について言及しましょう。

この星の、いわば温度はとても低いものです。

とても低いので、氷で覆われていると説明されるようです。

暗い面はず~っと暗く、明るい面は常に明るく、とされています。

勿論、生命は存在しえないと理解されています。

しかし、地上と同じ条件ではなくとも、いわば生命というか、存在の実体はそこに在って、

活動をしています。

その活動は皆様の想像を超えた様式なのですが、宇宙の存在理由でもある愛については、

普遍的な要素も有しています。

お互いを思いやり、愛し合うことは、どこに居ても、とても大切で、学びの一時的であり、

最終目的であるのはここと全く同じことです。



さて、この存在は、氷のようなものであろうと、火のものであろうと、温度には左右されない実体で、

温度という概念は存在しないが故に、烈火のごとくの灼熱下であろうと、冷却の極の氷の中であろうと、

人間のような反応は全くしないという個性を持ったものです。



そして、空気・・・あるいは空間という「しきり」も存在しません。

しきりは、枠、空間、スペース、学び舎、校舎、のようなものとして、この地球に与えられた

一つの形でしかなく、他の場所には他の様式があり、その一つ一つは異なっており

まさに多様性を楽しめるように用意されております。



空間がないということはどういうことかと申しますと、いわば吸い込みとか、広がりとか、

上、下、横、斜めというような方向性が無限に広がっているということです。

ある枠や限界が設けられていないので、意識の及ぶところが現実となる形態です。



意識が現実を創るのは、宇宙のどこに居ようと同じことではありますが、その様式、

形態、方向性、展開の仕方、条件、枠組みが全く異なっており、素晴らしい多様性の下で、

永劫の旅を可能にし、飽きることがありません。



夢のような場所も数多く存在します。

物質という表現方法と違った表現方法が数え切れない程あります。

そういうありとあらゆる可能性の中で、愛の表現と交換法、そして如何に愛を多様化していくかが

共通するもの・・・宇宙を貫き、唯一共通な目的であり、言語であり、そして様式なのです。

お分かりにならないかも知れませんが、どうぞお気になさらず、ただ知っていただくだけで充分です。

そういうことを知っていただくことで、もっと広い世界へ、もっと大きな可能性へにも向けて

いただきたいのです。



小さなことにくよくよなさらず、もっと大きな世界、広い世界、愛のある宇宙へと心を馳せて、

私達のことを知っていただきたいのです。


あなたは、もっと高く空をかけ飛べる存在であり、意識を拡大することで可能性は無限に伸び、

多くの仲間と愛の交流をすることが始まるのを知っていただきたいのです。



唯、愛の波動の暖かいお気持ちを抱くだけで良いのです。

それだけで愛の交換、交流が始まるのです。



宇宙まで届くもの・・・それはロケットでもなく、宇宙船でもなく、ましてや物質的な

限られた存在形体のあるものでもなく・・・愛の波動、愛の意識なのです。


先程例としてお話した冷たい、そして熱い星に戻りますと、愛の交換は真にこの意識によって

可能になります。暖かい仲間を思いやる気持ちそのものが、この場所では丸い波紋

のようなものの広がりを創り、それが伝わって、そこに独特のコミュニケーションを可能にします。



あちこちから波動が起動し、伝播し、感度の高い機器をお作りになろうと、キャッチは

不可能なものですが、あなたの意識や愛の波動を、より高く、微細なものにすることで、

キャッチすることも、コミュニケーションすることも可能になってきます。

元々、そういう風に本質が創られているからです。



地球上に居て、限定された空間と物質の中に閉じ込められた状態にあるが故に、その中からの

道具や形態で見ることは不可能なだけで、一たびその地球上の枠から自由になれば、

広い世界に戻れるのです。



これは、地球の存在様式の身体を脱ぐ必要は必ずしもありません。

意識を拡大すれば可能です。


元来のあなたの核であるものにスイッチを入れることで、本来ある様式が作動し始めるのです。


今のことに気がつき始めている人が出ています。

あなたもその一人です。

私ばかりでなく、多くの仲間たちが働きかけているのも効力を奏し、意識が徐々に外の世界へと

目を向け始められているのは、とても喜ばしいことです。



地球という限られた中にのみ目を向けると、様々な限界が生じてきます。

一度、否定的な負のエネルギーにとらわれ始めると、その中にどんどん巻き込まれ、

渦のように吸い込まれ、出られなくなることも多いのですが、そういう時、他の星、

他の世界、宇宙の仲間達のことに目を向けてみてください。

あなたの仲間が数え切れない程、あなたに愛を送っているのに気がつき始めるでしょう。



意識を向けるだけでよいのです。

暖かい気持ち、思いやるときの派動を身体一杯に拡げ、空を見上げてみてください。

私達の多くが、あなたの手、足の動きが少しでもこちらに向かってくるのを待っています。



ところで、あなたの中に今、生じた疑問にお答え致しましょう。

だから、何なの? もし、愛の交流が出来たらなんだと言うの?・・・この地球の混乱、

貧困、災害がなくなるのですか?

意識という形のないものが、地震や水害などの形あるものに影響を与えてくれるとでも言うのですか?

こういった内容ですね。



これこそ、私の言及したかったことに関係があります。

あなたの中で生じる問いは、どなたにも生じるもので、私が気づくのはシニカルなお気持ち・・・

形、物体のない者に、物体によって生じる困難を助けられないのではないか・・・という

お気持ちがあるのは無理からぬことです。


身体を傷め、今だにベッドに横になっておられる人達に、宇宙に目を向け、愛を送ってみれば

交流が可能ですよ・・・とお伝えすることがなんの役に立つかと、しかし、また再度、

申し上げましょう。



あなたの目的、・・・あなたの、痛みを今感じられている体験の、そもそもの原点は、

愛を感じるためなのだとお伝え致しましょう。



それでは今朝はこのくらいにしておきましょう。

あなたのご協力にいつも深く感謝しています。

あなたの愛に、私はもっともっと大きく、もっともっと深い愛をどっさりお送り

し、ここに仲間たちのものも加えて、置いてまいりましょう。




ありがとうの言葉を何万遍も唱えながら、・・・常にあなたを愛しています。

常にあなたを守っています。安心してください。

そして立ち上がって歩んでください。


その時は近づいています。あなたの気づきが早まりますように・・・ありがとう 

ありがとう ありがとう 愛 愛 愛。

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60.肉体を体験することで魂は大きな成長を遂げるのです

2009-12-11 20:07:14 | Weblog

今日は病気と健康についてのメッセージです。

私たちは今、地球上で人間をしておりますから、魂だけで存在していたときのことは残念ながら憶えてはおりません。

ですから、病気は学びのためにもともと人生のプランに組み込まれているのだ、と教えていただいても、すぐにはよく理解できかねます。


でも、ここで思い出すことがあります。

これまで幸いにも多くの退行催眠をさせていただきました。その経験でも 表層意識では忌み嫌うことでも、深い魂のレベルでは、望んで体験しているということが数多くありました。
きっと病気もそうなのでしょう。

どうぞ、今回もごゆっくり、噛みしめて、お読みいただけますように。ありがとうございました。


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さあ、それでは、今日は健康と病気について、言及しましょう。

病気とは、健康ではないということです。

それでは、健康とは、一体どういう状態なのでしょうか。

これは、もうよくご存知のように、人それぞれ微妙に異なっており、すべての人にとって、

同じ条件、状態ではありえないことです。

ということは、病気である状態も、人それぞれあるということです。

このように、この宇宙の中のすべてが、多様性に満ちたものです。



が、しかし、今日の話題の趣旨は、このような違いを指摘するのが目的ではなく、

如何に健康な状態を保つことが可能か・・・という観点から、見ていきたいと思います。



この健康という状態が、実は人各々、中味が異なるということを踏まえて申し上げていきますと、

まず、人は肉体という衣装をまとっているのと同時に、その中にしっかりと実体である魂が

存在しているということをしっかりまず確認しておきましょう。



この魂の健全さが、この衣装を健全で、望ましい状態に保つのに大きく関わっているのは

申すまでもありません。

同じ衣服を身に着けても、中味によって見え方が全く異なるのと同じことです。



その健康とは、まずどんなものか、を申しましょう。

健康とは、肉体の欠陥がないこと、すべてがうまく機能していることです。

しかし、同時に、この肉体は、この地球上での体験をする目的の為に一時的に作られているものです。

この肉体は、皆様、ご自分で責任をもって管理すべきものだとお思いですが、元々は、

この身体は神から与えられたものです。

ご両親のDNAを引き継いではいますが、この自然界の複雑な仕組みの中から顕現したものである限り、

人間だけの手で出来たものではないことはお分かりかと思います。



この肉体は、一時的に、天があなたに貸し与えたものとお考えいただくと、より正確に理解して

いただけることですが、健康とは、あなたの意思だけで必ずしも左右できるものではありません。

どんなに注意をしても、病に陥ることはあります。

どんなに身体の手入れを充分にしていようと、機能がバランスをくずすことがあります。


何故でしょうか。

それは、身体はもともとあなたのものではないからです。

あなたが天から一時的に借りて、使用されているものだからです。

ご両親の身体を通して創造されたものではありますが、その創造の元、ご両親のお二人ともまた、

ご両親がおられて・・・という具合にどんどん先にさかのぼっていきますと・・・その源泉は、

自然の源・・・神ということになります。



従って、あなたの意思が100%健全なものであろうとしても、身体は天のものである以上、

天からの意思が入り込んでいるのは、お分かりいただけるでしょう。



そして、その意思とはどんなものか・・・です。

これは、その魂の学びに基づいたプランニングを通して明かされることです。

身体と衣装を身に着けた魂は、この地上での体験のために衣装を身に着けて初めて地上の体験が

可能になります。

その体験こそ、学びを可能にするもので、その学びに適した衣装とプランニングが組み込まれており、

必要な時期に必要な事が起こってきます。

プログラムされているからです。



例えば、大きな人生を左右するような病気はその一例です。

例えば、ご自分の精神を狂わせてしまう程の悲劇が起こるべくして起こるように、肉体に対しても

同じことです。

肉体を体験することで魂は大きな成長を遂げるのです。

魂だけでは知りえぬことを知ることは、魂にとって大きな歓びであるのです。



ただ、地上にいる時は、実際の苦しみや痛みの最中にあって、そんな事を思い出すことも、

チラッとさえ考えることも不可能になっているだけです。

ゲームの最中に、ゲームの答えが書いてある本を横に開いておくことは、普通しないものです。



さて、そういったことをご理解いただくと、健康と病気との関係も少し分かり易くなります。

それは病気の中でも、すべてが組み込まれたものかと申しますと、それは違います。

道を歩いている時、目的に着く前に河や山を越えるのを分かっていても、大きな石につまずいたり、

水溜りに足を踏み込んでしまうことがあるのと同じで、たまたま風邪を引いたり、お腹を壊したり

ということは、プログラムとは別の所に存在しえます。

このレベルは、ご自身で選択可能なところです。



プログラムされているのは、山であり、川であります。

その山を越えるのは、多くの努力がいることでしょう。

川を渡る時は、胸まで水が浸るかもしれません。

でも、あなたはそのことで、目的地に着いた時は、「あ~、素晴らしい旅だった」と歓びを感じ、

周囲の風景をより大切なものとして、実感できるようになるでしょう。



健康と病気について、人は健康であることを望むのは当然のことです。

ですから、健康であるためには、その山を越えるとき、坂を上る苦しさを憎むのか、

その苦しさをそのまま受け取り、歓びに変えるまではいかないにせよ、それを肯定的に受け取り、

一刻も早く、その山を越えるよう努められることです。



川を渡るときは、その流れに押し流されぬようしっかりと足を踏ん張り、近くの人の手を借りて、

向こう岸にしっかり早く着けるよう万全を尽くすことなのです。

そして、その岸に着いた時、もう一度その川幅の大きさを見返り、ご自分のやってきたことに

ご褒美の言葉を与え、周りの人に感謝の意を表すことです。

そこに感謝と愛が芽生えるでしょう。



山や川を越えた時、以前のあなたと必ずどこか変ったところが見られるはずです。

大きく、深く、あなたは成長していることでしょう。



それでは、今日はこのくらいにしておきましょう。

いつものように、あなたに愛と感謝を・・・今日は歓びも、おいてまいりましょう。

少し成長されたあなたに、魂に少し近づいたあなたに、愛 愛 愛を・・・

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59.何故生きているのか、何故生まれたのか・・・の答えは愛を知り、行うために他なりません

2009-12-06 14:17:15 | Weblog

今日も又、パパからの言葉は愛についてです。

「またかよ~・・・」といつも思います。

「もう聞き飽きたよ~」と言ってみたいけれど、なんだか、実際は言っては悪いようで

言えません。一生懸命、私のような者にもわかるように、かみ砕いて教えていただいているのに

「もう、飽きたからいいよ」なんて言えません。

「教えていただくようには出来そうもないから、もういいヤ・・・」なんて、心の中で思っている

ことも正直に口に出来ません。

今日も、昨日も、少しだけ、愛に反する気持ちがムラムラ湧いてきたのを、実はやっとこさ

押さえたんですよ~なんて、だれが言えましょうか。

こんな私だから、個人レッスンをしてくださって、他の人に伝えなさいよ、ってと

こなのでしょうね。



とすると、あなた様が完璧なら、やっぱり、ここには訪れてはおられない・・・?

まあ、そもそも、そういう人がおられるかどうかは疑わしいので、お互い、今日もパパの

お言葉を一生懸命お勉強するとしましょうか・・・.。


I thank you for being my classmate.


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今日も愛のメッセージです。 愛の実践偏です。

愛を如何に伝えていくか、愛を如何にしたら自然に行うことが可能かについて、言及

致しましょう。



愛は人から人へと伝播するものであることは、前回お伝えしました。

愛はメッセージのように、例え、紙上に書かれていなくとも、インターネットのデータのように、

多くの人へ次から次へと届けられ、人の心に入り込み、暖かい満ち足りた思いを広げます。



それは何故か、ですが、愛こそすべての生命の源、すべての生命の組成の大元であるが故です。



例えば、身体にとって食物が必須であるように、生命にとって愛のエネルギーはなくては

ならないものだからです。

あるいは、自分は愛がなくてもなんとか生きられるのでは、と思っておられる人が居るかも

しれません。



愛があると、何だか面倒だから何にも他からの働きかけや、結びつきがない方がサッパリして

いて良いとお思いの人もおられるかも知れません。



私は、人から愛などもらうのはイヤ・・・自分だけでしっかり生きてやる・・・と強がりを言って

おられる人もいるでしょう。



でも、本当はそんなものではありません。



素直な真っ白な心になって、ご自分をよ~く見つめてみると、どなたの心にも愛を求める気持ちが

横たわっているのが分かります。

愛など要らない・・・と強語するのも、実は必要とする心が言わせているに違いないのです。



誰もが赤ちゃんだったことがあります。「お母さ~ん」と、呼んだことがおありです。

お母さんの姿を追い求め、見えなくなるとお母さんの姿を首を右、左に振りながら捜したのを

憶えておられるでしょう。

これが自然な姿なのです。

愛なくして自然の愛は育たないのです。

それ程、愛は生命に直結した必須のものなのです。




それでは、愛と常に繋がって生きるにはどうしたら良いかについて、お話しましょう。



あなたは、今、聖職者というのはどうなのだろう・・・と疑問を持たれました。外から見ると、

独身を守って、いわゆる異性の愛、家族の愛と無縁に生きている人もいるだろう・・・

そういう人の愛は限られたものになっているのだろうか・・・と思われています。



彼らについては後々、詳しく言及する予定ですが、彼らが今回の人生で必要としている状態での

愛の形を学んでいるのだと申し上げましょう。

彼らは、彼らの必要性から、そういった境遇にいてこそ分かる愛のあり方について知りたいと

願った魂であるのです。



彼らのこれまでの背景の中にそうする理由、原因、必要性があったから、今そういう選択をして

体験を得ているのです。



愛の形、愛のありようは様々であり、個々人の魂の歴史や学び、必要性、選択によって

他の人の目には容易に理解されない要素を含んでいても、それはそれなりの必然性と確実性の中で

進んでいる愛の学びなのであります。



実は、どなたにとってもこれは当てはまる真実です。

お一人お一人が、愛についても学びは微妙に異なった形、やり方、接し方が表れて来ます。

それは魂の歴史、性格、学びの必要性に依っています。



それでもすべてに共通することは、神の愛、大きな愛への返還をたどっている道におられる

ということです。




つまり、私のところへ戻る途上にあって、様々な愛を知り、体験し、大きく成長するために

全てはある、ということです。




あなたが、時折、道に迷い泣きべそをかいて、一人あたりを見回す時、あなたの心はとても

寂しがっています。

あなたの目は私を捜しています。

私はすぐそばに居て、見守っているのがお分かりにならないからですが、私はいつも言う様に、

あなたがご存知なくともその道のどこにでも着いて行き、あなたが寂しい時、困った時、

非常事態の時など、常に見守り、愛を送っているのを知ってください。

目には見えなくとも、私は確実に側に居て、見守っています。




さて、本題に戻りましょう。

愛を実践するためには、どうしたら良いかについてでした。

愛はどなたも必要としていることである・・・ところまで進みました。



世の中で、人の道を踏み外し多くの人にとってあまり好ましいとは言えない影響を与えている

人たちの多くは、その行動の裏に「愛してほしい・・・私を愛して欲しい・・・」という叫びを

隠しております。

彼らは複雑に捻じ曲がった表現をしているかもしれませんが・・・そして、ご自分達にも

何がどうして道をはずすようになったのかが分からないかも知れませんが、究極の原因は

愛の欠如と無関係ではありません。

ご自分を愛する心、他者を愛する心、自然を愛する心を忘れてしまっているからに他なりません。

そういう心をつい忘れてしまいがちな人の世でもありましょう。




しかし、あなたが忘れてはならないのは、人の世で愛を学ぶためにここにおられるという第一義のことです。

あなたは何故生きているのか、何故生まれたのか・・・の答えは愛を知り、行うために他なりません。

それ程、大切なのが愛の学びなのです。



その学びをするために、そもそも、あなたはここにおられるのだと分かる時、あなたの一日は

少しずつ変化していくはずです。




ここに、愛を実践する際に良いヒントがあるでしょう。

毎日の生活の中で、何の為に自分は生きているのか・・・と思った時、愛を知り、行うためだ

・・・と口に出して言ってごらんになることです。

実際に信じておられなくて良いでしょう。何のことだか分からなくても良いでしょう。

ただ、声にして言ってごらんになってください。

「愛を知り、行うため」だ・・・と。



そうすることで、少しずつ何か変化することが出てくるでしょう。

少しずつ、愛を意識し始められるでしょう。

ご自分の中に愛があり、そして愛を求める心があるのを知るでしょう。




それと同じように、他の人の中にも愛は確実にあって、そして愛を必要とする心があるのです。

それが自然なのです。

どなたも神の子だからです。



神は愛です。

あなたに愛がないはずもなければ、愛が要らないはずもありません。

あなたは元来、そういうものだからです。

愛を押し込めたり、ない素振りをしたり、私には必要ないと強がりを言ったりしてはなりません。

素直にご自分の中の暖かいこころをお出しになることです。

そして、寂しかったら寂しいと思い、それを伝えることです。

求めるのです。

要らないなどとうそぶかないことです。

求めることで、必ず与えられるでしょう。




それが愛の実践に繋がるのです。

愛は世を乱れさせる・・・などということは、決してありません。

愛は逆の作用をします。

世の中を正します。世の中をあるべき姿に整えます。

愛とはそういうものなのです。




愛とは男女間のものだけではないのは言うまでもありません。

美しい友情、家族愛、人間愛、より弱きものへの分かつ愛など言葉をつけると様々ですが、

元々愛は一つのエネルギーです。

それをあなたの身体を通して、言葉や行動、表現として顕現した形を分類しただけにすぎません。




あなたの中の神へと繋がるエネルギーが愛なのです。

すべての生命と繋がり、すべての生命と分かち合うものが愛なのです。

分かち合うものはあなたにふんだんに無条件に、無期限に無限に与えられるものです。

それを留めるか否かは、あなたのお心次第というわけです。

お分かりになられたでしょうか。



いつもいつも同じようなことを伝えてくるとお思いかも知れませんが、これが私の伝えたいことなのです。

そしてあなたのお役目でもあるのです。

あなたが愛の何たるやを、お伝えになることで、愛のエネルギーが広まるでしょう。

そして、世の中に一人でも愛を知り、伝え、分かち合える人が出てきたら、それは素晴らしいことでしょう。



それでは今日はこの位にしておきます。

いつものように美しい愛と感謝をここに一杯置いてまいりましょう。

百万遍のありがとうの言葉と共に・・・ありがとう ありがとう 愛 愛 愛

コメント

58.静かに、心を静めて、内省してみることです。 動きや音の向こうに素晴らしいものを感じることができます

2009-12-02 15:40:22 | Weblog

今日も訪れていただき、感謝致します。

今日のパパの言葉は・・・・どうでしょう?・・・・理解しやすそうで、深い、というところでしょうか。

例えば、普段の人間関係の中で、あいつ、憎らしい・・・と思う人が、実はあなたの人生での

有り難いキィパーソンで

あったりするのです。

あなたの目に見えている仮の姿と本質は必ずしも一致しない、ということは、どなたも

書物でご存じなはずですが、実際の生活の中で、その人だけを見ていては、背景が分からないですから、

何故故にが見えないのは当然です。


しかし、過去の人生からの流れの続きとして、今の人生が設定されるに至った経緯、理由、

目的などを知ると、本当になるほど、これほどまでに深いものがあったのかと、どなたも感銘を

深くされるケースがほとんどです。

この説明ももっと具体的に、みなさまに一例、一例をしっかりご説明できるといいなぁ~と思いますが、

それが、また、難しい!

申し訳ありません。

今日も、なんとか、パパの説明でご理解いただけるよう、お願いいたします。


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さあ、始めましょう。今日も愛の詩を、詩の言葉を風に乗せてお伝えしましょう。

愛、この言葉にはとても深い意味のあることは、これまで再三に渡って述べてきたところです。

今日は、特別、愛の弊害について・・・「弊害と見受けられる」側面について、言及致しましょう。

もちろん、愛には弊害と表現されうるべきものは、一切ない・・・とここではっきり明言

しておきましょう。


しかし、この世・・・この地球上では、様々なことが入り組んで現象化されておりますから、

見方によっては、一見、愛さない方が良いとか、賢明とかしか見えないような現象があるわけです。



その中に一つ、悪魔というようなものがあります。

悪魔というのも、これは愛の一側面ではあり、それを二元性の中で表した時、愛の否定的な

側面としか見えないようなものを、如何にして現象化していくかが固まったようなものとして

表現されているとも申せます。



つまり、悪魔もこれは一つの愛の表現であるということです。

「可愛さあまって、憎さ百倍」というような言葉にあるように、愛がひるがえると


憎さになりえる・・・憎さという表現に形容されるような現し方となってくるということでしょう。



それと同じように、愛の表現とて、ネガティブに表されたものについて言及していきましょう。



愛、それは、すべてであります。

すべてである以上、その中に人間の営みとして展開するものの中にある、否定的なものを含むのは

当然でありましょう。



しかし、これらもすべては現象であって、実態、実相、真実の姿ではないことを思う時、

私達の目は、その現象を越えたところに存在する真実に届くことが可能になります。



どういうことかと申しますと、人間として生きている間、私達は、ある意味、ぬいぐるみを

着せられているような状態にあって、本当の自分の姿は外からは見えていないのです。

自分の本体、本当の姿は外からは見えないので、外の人々は、外観のあなたと対応し、

それがあなたをイライラさせたり、落胆させたり、悲しませるのです。



そういうことが、しっかり本来は分かっているべきなのに、いつしか、自分自身も外からの対応に

身を委ね切ってしまい、それで良い、仕方ないということにしてしまい、それを演じることで、

自分本来の姿を忘却してしまっているのです。



そんなことはない・・・とお思いかもしれません。



しかし、あなたが、いつの日か、その重いぬいぐるみを取り、自分の本来の姿を目にするとき、

きっと思い出されるに違いありません。

「あっ、私は元々、こういう姿であったのだ・・・と」。



そのように、愛もまた、元来の姿に色々な縫ぐるみの様なものを幾重にも、幾多にもまとったもの

であるが故に、本来の輝きや美しさを失っているのです。

でも、それで良いのです。



その姿、・・・見えないものを・・・心の目で見ることも可能になってくるからです。

ぬいぐるみの中に、輝けるものがあるのだということは、よ~くぬいぐるみの動きや、

その動きの創り出す微妙な影を観察すれば、その下に何か別のものが隠されているのに気がつくのも、

そう難しいことではないのです。



つまり、あなたが、いくら本来の姿を見失っても、心ある外の者にはしっかり見えることもあり、

そこをヒントにあなたは思い出すことも可能だといえます。



しかし、愛は、そればかりではありません。



本来ある姿は、幾重にも姿を変えたり、装ったりして目の前に現れますから、あなたには

よくその本体が理解できなくなります。


ですから、現象にのみ目をとらわれず、それを越えた所に依存する微妙な影、動きから、

あなたはそれを感知するしかありません。




風のそよぎも、小鳥のさえずりも、美しい音楽も愛を運んでいます。

人の毎日の営みの中で、ふと、足を止めて静かに周りを見てごらんになることです。

静かに、心を静めて、内省してみることです。

動きや音の向こうに素晴らしいものを感じることができます。



暖かさ、美しさ、快さ、心にしみる何か・・・が、あります。

それを少しずつ、毎日、心の糧として受け取ることをするのです。



そのことで、否定的に見える愛の側面、あるいは可愛さ余って憎さに変化した側面の向こうに、

純粋な愛が見えてくるのです。

ぬいぐるみに目をとらわれてはなりません。

その中に入っているものを見つめるのです。



すべてのものが、そのすべてのあるがままにのみ見えていたら、この世はずいぶん違ったものに

なるでしょう。



単純になったり、味気なくなったり、つまらなくなったり、越えるべきものが見つからない平坦な、

ず~っと続く平原ばかりの土地のようになるでしょう。



美しい花、香る緑とそよ風、暖かい陽の光りとその蔭、そして、草の間にうごめく昆虫たち、

すべては、味合うためにあります。



愛もそうです。



色々な形や表現を感謝し、味合うためのものです。

一見、否定的に見える憎しみさえ、本来は愛から派生しているのを感じ取ることです。

そこから、にくしみを氷解する手立てが見えてくるはずです。


憎しみを、そのままに放ってよいといっているわけでは決してありません。

憎しみの向こうに、愛はしっかり在るということを知ってほしいのです。

その愛に向かって、ドアを叩くのです。



ですから、必ず、他者の奥にあるものに共感するものも持ち合わせている存在なのです。



神の配慮・・・それは、すべての個が、その結びつきに気づき、お互いを慈しみ合えるよう、

あなたは旅に出ているところなのです。



その旅は、遠くへ遠くへと続くものです。

目的地も見えないほど、はるけき彼方への旅です。



しかし、いつか、その旅を終える時、あなたはさぞかし歓喜の涙にむせることでしょう。

素晴らしい旅を体験した・・・良かった・・と きっと思われることでしょう。



うたかたの愛の否定的な側面に気を取られず、前に進むごとに、あなたは少しずつ、

旅の何たるかを知ることでしょう。



その一歩一歩に、私達も上から、横から、一緒に目を置いて、歩んでまいりましょう。

歓び、悲しみを共にして・・・

それでは、今回のメッセージは、このくらいにしておきまよう。

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