イエスの父からの愛のメッセージ

真夜中に「書きなさい」の声で届けられたメッセージ。無宗教の者に届けられる、愛とはなにか、を多方面から知ることが出来ます。

41.自分を幸せにするためには、自分を忘れることも時には必要なことなのです

2009-07-16 20:06:00 | Weblog


今日は昨日の続きから始めましょう。

講演会のお二人目の体験者はご自分の今の仕事と、過去世の人生との関連性を話されました。

彼女はアメリカ南部に住む大農場の息子として生まれます。周りには黒人の奴隷が理不尽な使われ方をして

いるのを毎日目にします。虐待は日常茶飯事で、苦しむ声を聞きながら育ちます。

そして、十代になると、そこから逃げるようにカナダの全寮制の学校に入学、後々もそこで学究生活を送る中、

事故で命を落とします。今回の人生は、アフリカの貧困を農業関係から支援する仕事についています。

人の人生はそれぞれ、素晴らしい意図と価値をもっているのを知る一例でした。


さて、今日の父の言葉もとても参考になります。

是非、お読みいただけることを願っております。


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さあ、今日は愛の実践についてです。

それでは、愛の心を実際に見えるものにする・・・感じるものにする・・・如何に

他の人へと手渡すか、について言及致しましょう。



私達は常に自分というものを自覚する存在です。

自分はどう、感じているか・・・自分は今、何をしようとしているのか・・・などなど、

自分というものに意識が置かれているのが常です。



しかし、幸せになるための大きなキィ、秘訣はこれを如何にはずしていくかに関わっているのを

ご存知でしょうか。

自分を忘れていく・・・忘我・・・が、とても大きな幸せへの要素となるのです。



自分を幸せにするには、自分を忘れていくこと・・・

自分をなくしていくことがキィとなるとは、とても逆説的な感じがいたします。

しかし、これは本当なのです。



例えば、あなたが飛行機に乗っていたと致しましょう。

あなたは、目的地にいつ着くか、いつ着くかと楽しみに思いながらも、いつしか隣に座った知らない人と

話し始め、会話にはずみがついて、しばらくそれに没頭してしまいます。

そして、気がつけば飛行機は大分距離をすでに飛んでしまっていたことになります。

それを、例えば、一秒一秒、まだか、まだかとばかりに意識を時間に集中させておくと、逆に時間の流れが

遅く感じられてしまう・・・そんなことと同じです。



自分を幸せにするためには、自分を忘れることも時には必要なことなのです。

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40.苦しさの中から美しきものを見つける見識眼や認識力、感謝する心を育むためなのです

2009-07-15 21:15:17 | Weblog

ご無沙汰しておりました。申し訳ございません。

いろいろ行事が重なっておりました。まず、本が出版されました。文芸社から「苦しみからの解放」

(副題)神様のプライベートレッスン として皆様のお手元に届くように用意させていただきました。

薄めの本で、バックにでもお入れいただき、心が萎えた時にごらんいただくと良いと思います。

私はそうでした。つまらなくなったり、心が重くなって、何にもやる気がなくなったりしたとき、

パラッと開けたところを読みました。すると、大抵、自分に必要な言葉が用意されていて、

心が癒され、「そうだ、もう少し、がんばってみよう・・・・。」という気になります。

この一冊目が多くの人に買っていただけると、二冊目を出版できると思います。

皆様、よろしくお願いいたします。


それから、講演会を宇都宮で開催いたしました。約百名ほどの部屋が一杯になって、久しぶりに、

皆様に過去30余年間で得た知識や体験をお話しさせていただきました。それより

素晴らしかったのは、体験者の講演でした。お若くて、美しい一人目の女性は三歳からアトピーで苦しんでこられました。

ありとあらゆる療法を試した末、前世療法とエネルギーヒーリングで素晴らしい癒しが起こりました。

実際、彼女が私の目の前にいらした時、彼女は動くのもつらそうでもう何日も寝ていない、寝られても二時間、という

状態でした。それがどうしてこの半年の間に癒されていったか、を話されました。

この件は、申し訳ございませんが、HPをご覧いただけるようお願いいたします。



それでは、今日の父の言葉をご紹介いたしましょう。

しっかり、ゆっくり、意味をかみしめながら、お読みいただけることを願っております。


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この美しきものの多様化は宇宙の存在目的の一つです。

愛と共に美しきものは、最も高い領域にあって、大きな喜びを与えずにはおきません。

その美しきもの、美しいと認めた時、喜びを得、自然に感謝の念と共にまた、大きな美しきものを生み出す土壌となって、

大きく、つぎからつぎへと広がってくのです。



「それがどうした?」でしょうか。

そんなことを言ってるほど、陽気な地球上ではないのだ・・・とお感じでしょうか。

誠にその通りかもしれません。



しかし、・・・しかしです。

あなたが、ここに在り、何故。そういった否定的なものも含めて、様々は体験をしておられるか、

という大元の目的を思い出されることです。



否定的なものを持帰ったり、悲しみや憎しみなどをそのまま持ってくるためではないのです。

その中から、何か別のものとして昇華させるためにその体験をしているのです。



一つ一つの体験は苦々しい思いを与えるかもしれません。

一日一日のおしまいに、悲しい思いや、疲労がどっしり肩に残って床につくかもしれません。

しかし、それはそれらの体験を通して、別の何かを考え、その苦しさの中から美しきものを見つける見識眼や、

認識力、感謝する心を育むために他ならないのです。

苦しきものを体験し、より苦しきものを得たり、痛みをもっと痛みとして分かる為ではなく、

その対極にあるものを、より良く見据えるためのものなのです。



これはある種、触媒のような働きをしているのです。

それをそれとして、しっかり見るための触媒、手段なのです。



お分かりでしょうか。

悲しきもの、苦しきもの、痛みを伴うものを乗り越えるためのものです。

その向こうに何を見るか・・・です。



その向こうにたどりついた時、あなたははっきり見るでしょう。

美しきものとは何か。

感謝というものはどういうことなのか。

愛というのはどういうものを運んでくるのか。

そのためにあなたは、ここに在るのです。




決して、苦しむためではありません。

苦しみを早く乗り越えることです。



それでは、今朝も愛と感謝の心を一杯ここにおいていきましょう。

あなたを守り、勇気付け、愛を沢山おいていきます。

ありがとう ありがとうのことばとともに。-

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