天から届く愛のメッセージ・Love Messages from Father

伝統、宗教に中立で、生命の真実を知ることが出来ます「はじめに」をご参照ください。近々タイトルを変更予定です

91.愛だけでは食べていけない・・・への答えは?

2011-04-17 19:44:26 | Weblog



震災と愛

今日も訪れてくださり、ありがとうございます。
今回はヒーリングについてアップしようと予定しておりましたが、その前に、
ある知人からのご質問の一つをとりあげ、その方に代わって父にお訊きした答えをご紹介させていただくことにしました。

「愛、愛といくら言われても、愛では食べていけない、気持ちだけでは、被災地に行けないでしょう・・・」とおっしゃられました。
私も、そうです、まったくその通りですね、と思います。

「もっと、現実的に、今、なにをすべきか、なにをして差し上げるとどういう風になるのか、を訊いてほしい・・・」ともおっしゃられて、そうだ、そういう風に父に質問してみよう、と思っておりましたが、果たしてこういう風に実際に質問したか、はあまり自信がありません。

今回の内容をお読みになると、その方も、他の多くの読者が、やっぱり納得がいかないと思われるかも知れません。

一回お読みになるのではなく、何回も、何回もお読みになると、あるいは理解度が深まるかもしれません。

心の深いところで、学びのために敢えて苦しいことも選んでいることもあるのだ、という説明は承伏することは出来ないにせよ、あり得るとは思います。苦しみや悲しみの原因と解決策を探すために、これまで多くのセッションをさせていただいた体験からそう思います。

でも、ねぇ・・・う~ん・・・どうでしょう・・・?
と私のこころは迷います。
読者はどう思われるでしょうか。

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それではあなたのご質問に、お答えしましょう。

あなた方は普通の生活、普段のやり方にあまりにも慣れ親しんでおられます。
何が本当なのか、真実とはどこにどう隠されているのか、知る由もありません。
人間の本当の姿、人間の心が、かくあるべき姿など、本当のことには目がいきません。

ただあるのは、こうありたい、こうあってほしい、こう望みたい・・・という希望や欲や、そしてあってほしい姿や在り様だけです。

でも、本当の人間はそれらを追い求めておられるだけでしょうか。

いいえ、違います。
あなた方が本当に求めておられるのは・・・そうです、そういう表面に浮かんでいるものではありません。本当に深いところで、魂が望んでおられるのは、魂の進歩と進化です。
それはどういうことかと申しますと、人間の真の姿が表から見えるものとは異なるように、求めるものは、表面に浮かんでくる望みとは異なるものです。

従って、この震災で家を失い、家族を失い、町を失った人々は、果たして本当は何を望んでおられるのか・・・を、深いところで知る必要があります。

彼らは本当に物質的なものだけを望んでおられるのか、本当に必要としておられるのは家や物や食物だけなのであろうか、を考えることも大切です。
確かに、飢えや寒さを避けることは、命の為には必須でしょう。しかし、一番大切な物は、必ずしも食べ物や飢えをしのぐこと、寒さを避ける屋根ではありません。

くどいようですが、人間の本当の心を伺い知るためには、それなりの努力や、それなりの状態にならなければ解りません。
ですから、こうして私が説明しても、そんなの嘘だ・・・そんなことありえない・・・信じられない・・・と、おっしゃるわけです。

それでは、彼らが望んでおられるものは、何なのか、を申し上げましょう。
前にも申したように、彼らは、あなた同様、地球に降りたのは、愛を知ることで、魂の進化をはかるためです。

確かに、愛を口にしたところで、お腹の足しにならないでしょう。
確かに、私たちはあなた方を愛していますよ・・・とお伝えしたところで、屋根が作られ、暖かい食事に変わるわけではありません。
しかし、彼らの深いところでは、とても喜んでおられるのです。彼らの心の深みで欲するのは、愛を与え、受取ることなのです。

まさか・・・なんな状態で・・・と思われるのも無理からぬことでしょう。
愛に形はなく、愛でお腹の足しになるわけでもなく、愛で屋根が出来るわけでもなく、愛でお金になるわけもありません。

しかし、すべての命の元、根源が愛のエネルギーである限り、命が真に求めるものは・・・そこ・・・愛のエネルギーなのです。

愛は、実は何にも変換可能なのです。
食べられもせず、お金のように使えないものが、何に変換できるのか・・・ですが、
こうお答え致しましょう。

あなたがたくさんお金を持っておられるとしましょう。
あなたはそのお金をどう使われるでしょうか。ご自分のためにすべてを使われるか、それとも、一部を他の人のために役立てるか・・・それはあなたのお心次第です。
そこに愛があれば、使い方は愛の無い場合と自ら変わってくるのは、どなたもご承知のことです。

こうも申しましょう。
あなたが、多くの人に接する職業についておられるとしましょう。
多くの人に愛をもて、その職業を果たしているかどうかは、あなたの職の果たす質を大いに変化させます。
何事も愛をもて行うかどうかで成功度が違ってきます。人の心に訴えるも、人の本当の満足を与えるものは、愛なしには出来得ないのです。
確かに、その瞬間に、お腹の足しになりえるものを運ばないかもしれませんが、本当にあなたを満たすものは、愛なしにはかなえられないのです。

そうはいっても・・・というお心がまだ消えておられません。

それではこうも申しましょう。
あなたは愛を失うことを恐れてはいませんか。
あなたが一番愛しているものを失うことと、食物を抜かざるを得ないことと、どちらを怖れるでしょう。
確かに食べものがなければ、命も永らえません。お腹が空いて、死ぬか生きるかになった時、愛している人にあなたは食べさせるか、ご自分が召し上がるか選択をなさる時、果たしてどちらをお選びになるでしょう。

私は自分の腹を満たす方を選びます。そしてエネルギーを得てから、愛する人の為に食物を探します・・・でも良いでしょう。
理屈は合っています
いいえ、私はいいでしょう。私は愛する者に先に食べてもらいましょう。私はもう少し待ちましょう・・・とお思いになったら、それもそれでご立派でしょう。

世の中・・・人間の生きる仕組み・・・なぜあなたは生きるのですか・・・という問いにもう一度、立ち返ってみて下さい。
あなたの生きる目的は、なにも百歳まで生きて、空虚さを知ることでも、百二十歳まで生きて立派な家を作り上げることでもありません。
瞬間、瞬間に、ご自分の最上の生き方をすることこそ・・・あなたの深みで望むことなのです。

ですから、もう一度申し上げましょう。

あなたの望むものは何ですか。
生きることから見出そうとなさっておられるのは、物質的な幸せ、満足度なのですか、
それともご自身を含めたみんなの幸せなのです、あなただけでなく・・・あなたも私も・・・と、隣の方を含めた幸福でしょうか。

そんなこと、おっしゃらないで下さい。そんな幼稚園生でも今、知っていること、つまり、答えられる選択を提示しないで下さい・・・とあなたの心はおっしゃっておられます。
でも、こういうものなのです。

それでは、津波で愛するものを失った人たちはどういうことになるのか・・・について、お答え致しましょう。

愛が一番大切なら、愛する人を失った人は、一番不幸ではないですか・・・どうすればよいのでしょう?・・・にお答えしましょう。

彼らの心は、確かに悲痛な叫びで一杯です。どこにもやれない悲しみと・・・時々自然に対する怒りや憤りで固まっておられます。
それでも私は申しましょう。
その悲しみ、憤りからもたらされるもの、それを彼らは体験することを望んだと。

そんな訳ないでしょう、と、お思いになるのが人の常です。

しかし、人の心の常の裏には、もっと深い部分があるのをあなたは少しだけ知っておられます。
そういう悲しみや、辛さを通してのみ、ある部分進化が果たせるのをあなたはご存知でしょうか。
痛みを通して、健康のありがたさを痛感可能なように、痛烈な悲しみを通してのみ体得可能な心のキビ、深み、深淵のものがあるのです。
悲しみは、人が避けられないものです。
大きな悲しみ、小さなもの、中くらいなもの、いろいろでしょう。原因も様々でしょう。
その様々さをあなたは体得することで、それ特有の様々な人の深みや広さを獲得していけるのです。

お疲れのようです。この続きはまたに致しましょう。
あなたのご努力に心から、愛と感謝をお伝えして、ここでいったん終わりとします。
ありがとうの言葉と共に、ここに愛を一杯おいてまいりましょう。
愛、愛、愛、~~~~~~

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2 コメント

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Unknown (野立彦)
2011-04-18 01:27:39
今回のメッセージは前回4月8日のメッセージと合わせて読むと、漠然とですが魂の在り方を理解できるように思えます。
(メッセージが相互に補完されているように感じられます)

魂それぞれが意図している経験と、肉体を持った人間が認識している状況との乖離幅があまりにも大きいため、納得しかねるということなのかも知れません。

「もっと、現実的に、今、なにをすべきか、なにをして差し上げるとどういう風になるのか...」というご質問に対しては、自らがお出来になられる範囲で、(前回のメッセージを元に表現するとすれば)
「そのお手伝いをするのです。その傷の癒えるお手伝い・・・やさしく気遣い、被災者の必要な時に、必要な支えを与えるのです。そうです、惜しみなく・・・です」
ということをして差し上げることで良いのではないかと自分は感じました。
お金でも行動でも祈りでも手段を限定することなく、もちろん、結果や成果を意識せずにです。

ありがとうございます。 (Worthapenny)
2011-04-18 18:34:35
ありがとうございます。
素晴らしいコメントを感謝いたします。

魂それぞれが意図している経験と、肉体を持った人間が認識している状況との乖離幅があまりに大きいため・・・というご説明で、ぼやっとした認識が、しっかり、はっきり、明確になり、理解可能にしてくれました。

自らが出来ることを出来る範囲で、結果や成果を意識せず、して差し上げることが良い・・・
。まったくその通りだと思います。

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