「熱闘」のあとでひといき

「闘い」に明け暮れているような毎日ですが、面白いスポーツや楽しい音楽の話題でひといき入れてみませんか?

「気まぐれ飛行船」に乗ってひときわ高く舞い上がった夜/第二夜「オール・ブルースは永遠に」

2014-08-24 23:03:55 | 地球おんがく一期一会


素晴らしいジャズに出逢うのは深夜と決まっている。かどうかは人それぞれだが、私の場合は深夜にジャズを流してくれるラジオ番組がなかったら、その魅力を知るのにもっと時間がかかったに違いない。

以前のブログにも書いたとおり、深夜放送(近畿放送-KBS京都-の「ミュージック・オン・ステージ」)から流れてきたMJQ(モダン・ジャズ・カルテット)の演奏が、真綿が水を吸い込むように自然に心の中に染みこんでいったことでジャズの素晴らしさがわかったからそう言いたくなる。ジャズの面白さをたっぷり教えてくれた油井正一さんの『アスペクト・イン・ジャズ』も毎週火曜日の深夜1時からの放送だった。

でも、なぜ深夜なのだろうか? ラジオのスイッチを付けたままでベッドに入り、明かりを消すと部屋の中には空気と音しか存在しないような状態になる。夜の静寂の中、音に集中できる環境ができあがったところに、幸運にも耳に中に飛び込んでくる音が琴線に触れるものだったら最高だ。聴き手に過度な緊張感を強いることのないリラクセーションミュージックでもあるジャズだからこそ深夜がよいのかも知れないと思ったりもする。

さて、「気まぐれ飛行船」から流れてきた音楽でも、ひときわ強く印象に残っているのはマイルス・デイヴィスの「オール・ブルース」。ジャズの不朽の名盤のひとつに数えられる『カインド・オブ・ブルー』のB面最初(CDでは4つ目)に収められた曲だ。ビル・エヴァンス(ピアノ)とジミー・コブ(ドラム)が刻むゆったりした6/8のリズムをバックに、シンプルなテーマの提示のあとマイルス(トランペット)、キャノンボール・アダレイ(アルト・サックス)、ジョン・コルトレーン(テナー・サックス)、エヴァンスの順でアドリブが展開される11分30秒のブルース。

片岡義男さんに「今夜はまずマイルス・デイヴィスのオール・ブルースをかけます。」と言われても、それがマイルスの代表的な名盤の中の1曲だとは知らないからピンとこない。しかし、曲が始まり、マイルス、キャノンボール、コルトレーンとソリストが変わって行くにつれて、不思議な感情が沸き起こってきた。「このまま飛行船にずっと乗っていたい(どうか演奏が終わらないで欲しい)。」といった祈りにも似た願望。それくらい気持ちがよくて神経が昂ぶり、結局眠れない夜になってしまった。この夜に聴いた「オール・ブルース」は、今でも鮮明にそのときのことを思い出すことができるくらいに特別の存在だったのだ。「気まぐれ飛行船」に乗ってもっとも高く舞い上がったのは、この夜をおいて他にない。



♪『ビッグファン』で初めて知ったマイルス

マイルス・デイヴィスが亡くなって四半世紀が経とうとしている。過去(の大きな栄光といくばくかの挫折)を振り返ることなく、ジャズの枠組みをも超えた自己の音楽を追究してきたマイルス。そんな偉大なイノベーターが残した多くの作品の中で、音楽ファンが最初に耳にするのはおそらく1950年代後半のオリジナル・クインテットの作品群になるのではないだろうか。中でもモダンジャズ黄金期に金字塔を打ち立てた「マラソンセッション」として名高い4部作(『ワーキン』『スティーミン』『リラクシン』『クッキン』)は外せないと思う。

ここで、マイルスとコルトレーンの魅力を知り、あとはさらに遡ってパーカーと共演し『クールの誕生』などのセッションが行われた1940年代後半頃までをディグする。あるいは、逆に『マイルストーンズ』から『カインド・オブ・ブルー』へと進み、ハービー・ハンコック(ピアノ)やウェイン・ショーター(テナー・サックス)らが加わった第2期黄金クインテットを聴いて抽象派的な魅力を満喫するのもよい。いきなり、『カインド・オブ・ブルー』でもいいわけだが、そのお膳立ての部分をある程度知っていた方が「不朽の名盤」の価値がより鮮明になると思う。

しかし、1970年代前半にジャズに開眼した私の場合は、ちょっと事情が違っていた。最初に耳にしたマイルスの音楽は当時発売された『ビッグ・ファン』と名付けられた2枚組アルバムからの1曲。ソースは民放FMで夜の11時から放送されていたケン田島さんがDJを務めた「ミュージック・スコープ」という番組。オープニングにはデイブ・ブルーベックの7拍子の曲「ミュージック・スクエア」が使われていて、CBSソニー(コロンビアレーベル)の新譜を紹介する番組だった。看板スターのマイルス・デイヴィスの久々のレコードということで、「グレイト・エクスペクテイションズ」がセレクトされてオンエアされたのだ。

『ビッグ・ファン』は『イン・ア・サイレント・ウェイ』を皮切りにジャズファンを震撼させた『ビッチズ・ブリュー』でエレクトリック・ジャズ路線を邁進していたマイルスの待望のアルバムだったことが注目を集めた大きな理由だったと思う。LPの4面に1曲ずつという長尺の作品が収められたレコードだったが、なぜか他の番組でも紹介されたのは「グレイト・エクスペクテイションズ」ばかりだったように思う。

油井正一さんが唯一評価されていた「ロンリー・ファイア」は放送するにはちょっと捉え所がない感じだし、マクラフリンのギターと中間部でのマイルスのバラード演奏が魅力的な「ゴー・アヘッド・ジョン」や躍動的な「イフェ」にしても長すぎて放送では流し辛い。この作品の実体は、『ビッチズ・ブリュー』や『オン・ザ・コーナー』から選に漏れたセッションの寄せ集めだったという点はさておいても、電波に乗せる上での苦渋の選択が変わり映えのした「グレイト・エクスペクテイションズ」になってしまったであろうことは想像に難くない。

でも、何故かこの曲は初めて聴いた時から強く印象に残るものとなった。小泉文夫さんの『世界の民俗音楽』でラヴィ・シャンカールの音楽に興味を抱いた当時の私にとって、インド音楽の楽器(シタール、タブラ、タンブーラ)を使ったサウンドが耳を惹いたのだと思う。しかし、『ビッグ・ファン』を含め、当時のマイルスの作品はダブル・アルバム(2枚組)で4000円なので常に予算オーバー。『ビッチズ・ブリュー』を横目に結果的に手にしたのは『イン・ア・サイレント・ウェイ』だったのだが、この作品には針を下ろした瞬間に鳥肌が立つという希有の体験のオマケが付いた。



以上が、私のマイルス初体験。だから、残り物を寄せ集めた駄作と酷評されてはいても『ビッグ・ファン』は忘れ得ぬ作品と言うことになる。それはさておき、『イン・ア・サイレント・ウェイ』に付いていた解説の紙の裏にCBSソニーから発売されているマイルスのレコードがリストアップされていた。そこで目を留まった『ルグラン・ジャズ、マイルス・ミーツ・コルトレーン』という作品。ちなみに、コルトレーンはサンタナ&マクラフリンの『魂の兄弟達』経由で知っていて、『至上の愛』のLPも持っていた。

「へぇ-、マイルスってコルトレーンと一緒にやっていたのか。」と呟いたのだが、場所が自宅の中で本当によかった。もしレコード店のジャズのコーナーでこんなことを言おうものなら、中に居た人の全員の視線は一瞬にしてその声の主の方向に向かっただろうし、何人かは卒倒したかも。そして、もうそのレコード店には恥ずかしくて行きづらくなったはず。でも、1970年代の始め頃にジャズを聴き始めた少年にとっては、インド音楽も混じっている電化されたマイルスと『至上の愛』のサックス奏者がかつて一緒に演奏してなんて想像の範囲を超えていた。

だからこそ、予備知識ゼロの不意打ちのような状態で出逢った「オール・ブルース」の世界に素直に入り込めたのだと思う。もともとラヴェルのボレロが大好きだったこともあり、どこかその音楽に通じる世界(同じパターンの繰り返しの中に器楽演奏の変化が色を添える)があることに惹かれたのかも知れない。気まぐれ飛行船での初体験のあと、タイミングよく『アスペクト・イン・ジャズ』で何夜かに渡ってマイルス・デイヴィスの特集が組まれた。そこで聴いた『マイルス・アヘッド』も強く心を捉えた作品。ということで、『イン・ア・サイレント・ウェイ』と『カインド・オブ・ブルー』に『マイルス・アヘッド』を加えた3作品が私的マイルスのベストスリーでずっとあり続けている。



♪改めて『カインド・オブ・ブルー』の魅力について

モード・ジャズを語る上で必ず引き合いに出されるのが、この『カインド・オブ・ブルー』とジョン・コルトレーンの『ジャイアント・ステップス』で、録音されたのも同じ1959年。そんな歴史的な背景は抜きにしても、私的ジャズベスト10アルバムには必ずこの2つが入る。後者の魅力についてはすでに過去のブログに書いたとおりで、オープニングからエンジン全開となって駆け抜けるようなコルトレーンのソロがすべてといった作品に仕上がっている。

それに比べると『カインド・オブ・ブルー』は至って穏やかな雰囲気で全編が貫かれていて対照的だ。そして、「ソー・ホワット」の演奏が始まった瞬間からラストの「フラメンコ・スケッチ」が終わるまで、異常とも言える緊張感に包まれた完成度の極めて高い作品に仕上がっている。「無駄な音は一つもない」という表現でもまだ物足りない。「一音たりとも削れる音がない」と言いきってしまいたいくらい。さらなる驚きは、レコードのA面3曲はすべて「テイク1」がそのままマスターとなり、B面の2曲も2回しか録音が行われていないという。

しかし、『ジャイアント・ステップス』はタイトル曲にしても(ダメテイクに近いものも含めて)ボツテイクが3つあり、決定打が出るまでにかなりの時間を要している。同じ頃に生まれた不朽の名盤2枚がまったく違ったプロセスでレコードになったことはとても興味深い。マイルスだったら「ジャイアント・ステップス」は一発で決めたかも知れないと思いつつも、そもそもマイルスはこんなに忙しい素材は選ばないだろうとも思う。また、「オール・ブルース」は本来は4拍子だったが、マイルスはスタジオに入ったときに「閃き」で6/8に変えたそうだ。それがほぼ1発で曲に仕上がってしまうのがマイルスだし、素材自体がシンプルだからこそ可能とも言える。

だからマイルスはコルトレーンよりエライとは単純に言えないところがジャズの面白い所だとおもう。なぜなら、出てきた結果はどちらも等しく感動的な仕上がりになっているから。『カインド・オブ・ブルー』でマイルスの(共演者の能力を最大限に引き出す)天賦の才能を知り、『ジャイアント・ステップス』で努力の人だったコルトレーンがたっぷり汗をかいたことを知る。

さて、『カインド・オブ・ブルー』でのマイルスを除くMVPはピアニストのビル・エヴァンスをおいていない。とくに顕著なのは「オール・ブルース」で、3人のソロイストのバックでニュアンスに富んだ味付けを試みているプレーは聴けば聴くほど味わい深くなっていく。最後のソロが控えめに感じられるのも、3人のバッキングにエネルギーを集中させることで言いたいことは言い尽くし、あとはどう収めるかと言うことになったのではなかったのだろうか。

このセッションが行われたとき、既にエヴァンスはマイルスのバンドを退団し、ピアニストはウィントン・ケリーに替わっていた。でも、ミュージシャンシップで素晴らしい作品が出来上がってしまうところに面白さを感じる。エリック・ドルフィーは「音楽は終わると消えてしまい、二度と取り戻すことはできない。」と言ったけど、40年くらい前にラジオで聴いた音が今も確かに頭の中に残っている。同じはずの音に対して、変わらないもの、新たに気がついたことといろいろと想いをめぐらすことは音楽を聴く大きな楽しみのひとつだ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする