けあバカ日誌

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ALSとの出会い①

2020年01月12日 | 日記
私の人生、ある意味珍しい人生を送っているのではないかと思っています。

なぜ、全国で1万人を下回る数のALS患者さんが私の目の前にたくさん現れて

きてくれるのか。

少しそのあたりをひも解くために、今での体験談をお伝えしていきたいと思います。

私は仙台大学体育学部体育学科に入学しました。

当時の私は体育の教員を目指していました。体育の教員を目指し始めたのは高校の時です。

その高校の体育教員にかわいがられ、あこがれたこと、身体を鍛えることが人より苦痛では

なかったこと、人よりも運動が努力もしないでできたことなどが理由としてありました。

体育大学に一年浪人をして入学をしたのですが、その学生生活は想像を上回るものでした。

自分のことが運動ができると思っていたことはまったくもって私のうぬぼれということを気づかされ

ました。上には上がいる。とんでもないやつばかりの集団でした。

高校時代、厳しい高校で生活をしておりましたので、先輩が怖いということはないだろうと

思っていましたが、いやいや、体育科の先輩は結構怖かったです。

さて、いよいよ4年生になった4月、私はおおきな決断をしました。

それは「体育教師の道」をやめることでした。

当時はバブルがはじけてすぐのころ。銀行がつぶれるという当時ではびっくりするような話題が

でてくる時期でした。そのため、当然就職難でしたので、公務員、教員など、景気で左右されない

職業には多くの人が殺到していました。一年浪人して入学していたわたしは就職浪人をしてでも

教師を目指すという決定はできませんでした。

今まで一目散に教員を目指していた私でしたので、就職を決めるに、何を目指せばいいのかがピンと

きませんでした。消防を何か所も受けました。ことごとくダメ。幼児教育研究所という幼稚園にいって

体操のお兄さんをやるという仕事もありました。こちらも東京にでなければならないということで

正直あきらめました。そんな時、大学の就職課で見つけたのが、とある病院の「介護リハビリ係」という

仕事でした。当時、あまり病院のことやリハビリのことなどをしらなかった私は、「リハビリが

仕事になるなら体育大学を卒業する意味はありそうだな」と思ってその病院に就職を決めました。



長くなりましたので続きは明日お送りします


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