けあバカ日誌

けあバカ(介護バカ)です。重度の障害を持っている方々の支援をしています。そんな「にじむすび」の仲間を大募集しています!!

ひどい悲しみとうつ病の狭間に何があるのか?

2012年07月12日 | 日記
こんにちは。

岐阜はすごい天気です。

雨が大量に降ったかと思えば、急にやみ、風が吹いたかと思えば急にやみ・・・。

うちの裏山も頂上がまったく見えません。



長良川はすごい水量で、流れも速く、近づくことに危険を感じるぐらいです。

何事もおきませんように。

さて、昨日、とある方から、

「変わった視点のあるケアマネさんですね」

といわれました。

私もそれ以上聞くこともしなかったので、どこら辺が、どのようになのかはよく分からず、ほめ言葉なのか、変わっていることを指摘していただいたのか分からず・・・。


聞かなかったにも理由があるんです。

ある程度ですが、変わっていると自分でも思うからです・・・。


性格的にも、信じれないぐらい楽観的なところと、信じれないぐらい細かいところ、さらに、信じれないくらい頑固なところがあるのも自覚しています。

だから、協調性がありそうで、協調性がなく、良い部下になりそうで、実は一番に上司の考え方に異論を笑いながら言っちゃう。

変に正義感が強いところがあるんですね。

(中学、高校では反社会的なことはたくさんしたんですけど・・・。)


それで、ここ数年はますます自分でも


大丈夫かな?

って思うぐらい変わった行動をしています。


そのきっかけになった事件がありました。


それは、自分の部下がうつ病になってしまったこと、

さらに、大切な同級生をうつ病で亡くしたこと。

そんな経験により、人生で何が一番大切なのかということを中心に行動をとるようになりました。


うつ病になってしまった部下は、私よりも年下の女性でした。きれいな女性で、とても活発。ヘルパーの仕事をまるで天職のようにがんばってやっていました。

同じ事業所にいて、一緒に苦難を乗り越えてきた仲でした。


そんな中、彼女がだんだん痩せていきました。

自分の目の前のデスクだったので、日々、心配はしていましたが、彼女のつくる笑顔で勝手に大丈夫だと、何とか立ち直れると思っていました。

しかし、彼女から私への報告は、

「心療内科へ通院した結果、うつ病と言われ、仕事を早期に辞めるよう言われました」


という報告でした。


ビックリしました。


私の知っている彼女はうつ病と正反対にいる子でした。


原因は彼女の部下と私の上司の間になぜか彼女が挟まってしまい、悩んでしまったこと。

私の部下が直接彼女と話をしていることに気づけなかったので、彼女への気配りが遅れてしまいました。


私はすごく自分を責めました。

してあげられることは、一日も早く辞めさせてあげること。

結局彼女は退職。


ありがたいことに、その当時彼女とお付き合いをしていた彼氏がとてもすばらしい方で、彼女のことを守ってくれ、その後、無事に結婚しました。


私は救われたような気分になりました。



次は私の同級生。

高校の同級生です。彼とは高校の一年生からの親友で、すごくきびしい高校生活(全寮制の厳しい学校でした)を共に乗り越えた仲でした。

高校卒業後もまめな奴で、毎年、お返しもしていないのに、年賀状を送ってくるという奴でした。

それが、今年の年賀状が届きませんでした。

なんとなく、忙しさにかまけて、ほとんど気にすることなく過ごしていました。


2月に入り、彼が自ら命を絶ったという連絡が入ったとき、また自分を責めました。


なぜ気づけなかったのか?


彼はとある会社の社長をしており、業務にも忙しくしていたそうですが、会社は順調。
仕事というよりも親類との軋轢がうつ病のきっかけと聞きました。


その前の年の年賀状には

「同窓会がしたいね」

そんなことが書いてあったので、昨年から同窓会が始まりました。


この二つの経験より私は

仕事よりもお金よりも、もしかすると命よりも大切なことがあるような気がしてきました。

その一つが、どれだけ人の役に立てるかということです。


そんな思いで毎日のように(時々お休みもしますが)ブログを書いています。


さて、前フリはここまで。

表題の件です。


大学の先生からこの本の一部を読むように宿題を出していただきました。





フロイトの著作集です。


ご存知かと思いますが、一応説明しますと、





ジークムント・フロイト(ドイツ:Sigmund Freud、1856年5月6日 - 1939年9月23日)は、オーストリアの精神分析学者、精神科医。オーストリアの白人系ユダヤ教徒アシュケナジムの家庭に生まれた。神経病理学者を経て精神科医となり、神経症研究、心的外傷論研究(PTSD研究)、自由連想法、無意識研究、精神分析の創始を行い、さらに精神力動論を展開した。

とウィキペディアにあります。


さて、この人の著書を訳してあるのですが、難解すぎてなかなか理解ができません。


その中で、一つ本日、すっきりとしたことがありましたので、御紹介します。


著書

「悲哀とメランコリー」より

悲哀とは・・・

愛する者を失ったり、祖国、自由、理想などのような抽象物の喪失により行われる反応。

簡単に言いますと、ひどい悲しみ、落ち込みです。


メランコリーとは・・・

おなじ影響の下にあって、病的な素質の疑われる人たちでは、悲哀の代わりにメランコリーが現れる。

つまり、病気としてのひどい悲しみ、落ち込み。つまりうつ病です。

憂鬱とも訳されますが、ここではあえて病気という概念を持ってうつ病として捉えます。


さて、悲哀からどうするとメランコリーに移行するのか。


うつ病になったことがない私は本当にわからない分野です。


フロイトいわく、メランコリーと悲哀の違いは、メランコリーには自我感情の障害があり、悲哀にはないところです。

自我感情の障害についての説明は

あらゆる行動の制止自責自嘲の形をとる自我感情の低下と表されています。


つまり、悲哀の状態で行動がとれなくなり、自分を責めたり、卑下したりすることが続くとメランコリー(うつ病)の状態になるというのです。


私はばあちゃんを亡くしたとき、この介護でよかったのか?とか、本当にばあちゃんは喜んでいるんだろうか?と自責や自嘲の状況があったことを覚えています。


それが、約一週間程度でばあちゃんが今まで自分にしてくれたこと、ばあちゃんの願いを一つでも介護ということでかなえてあげれたことで自責、自嘲の念が感謝に変わりました。

ここがうつ病にならなかったターニングポイントだと思います。

ちょっと長くなったので今日はここまで。










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