風塵社的業務日誌

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ある革命家の思い出(01)

2013年02月08日 | 出版
元・女性革命兵士から、往事を記した手紙が届いた。(腹巻)

 「覚悟してろよ。私より先に死ぬ奴は悪口を言いまくるからね。言われたくなかったら、生き続けることだね」。96年、M同志(男性)が初めて「危篤」から生還した直後に、私はこう宣言した。
 にも関わらず、こんなに早く逝ってしまった。覚悟はできていたはずだ。私が「言ったことはやる」をモットーにしているつもりであることも承知なはずだから、今となっては宣言どおり悪口を言うしかない。
 何が気に入らないと言って、あのオセッカイ。ちまちまと至れり尽くせりの余計な心配り。わけても自称フェミニストだかなんだか知らないが――これは私の持論だが、自立しているつもりの女にとって、「自称フェミニスト」なんて、裏返せばただの女蔑視だからね――加えて、「欧州じこみのジェントルマン」気取り。しばしば、「ナンダ、コノオッサンワ!」(初めて会ったころはまだ「兄ちゃん」だったけど)と思わされることは少なくなかった。
 80年代(Mも私も花の30台だった)、私は、欧州A国でたった一人の駐在地下任務に就いていた。私が私であることの唯一の生命線は、週一回の本部との電話連絡と、月一回の手紙による報告だけという、言葉も通じない、一人の知人もいない街での地下生活は、まさに「人を見たら敵かスパイと思え」と言わんばかりの孤独と緊張に満ちた日々だった。
 私には当時「有閑外国人」を装う金はなかったから、おのずと私のテリトリーは下町、所属する世界は第三世界からの経済難民や留学生くずれ、そしてA国の流動的下層労働者の社会ということになる。そんな世界には、言葉もできない、素性も不明な流れ者外国人にもそれなりの居場所はできるものなのだ。
 ある日のこと、Mから「誕生日プレゼントを送ります」という手紙が届いた。本当によく気の付くありがたい奴だ。小包はおフランス・パリースから届いている。好物のチョコレートかマロングラッセでも送ってくれたのだろうか。私は、うれしさで舞い続けたい思いだった。
 大家は「小包は自分で取りに行かなければなりません」と言う。しかし、英語の通じない大家の話では、どこへ行けば受け取れるのかわからない。外国人の友人たちに訊ねても誰も知らない。どうやら、外国の小包は、税関のチェックを受けるために、郊外にある税関事務所に出頭して、その場で開封してチェックを受けなければならないらしい。
 車を持っているA国人の友人が同宿の外国人三人と共に同行してくれることになった。一行五人(女三人・男二人)。私たち外国人組にとっては初めての郊外へのドライブでもあって、道中は誰もが、自分へのプレゼントを受け取りに行くかのようにはしゃいでいた。
 税関事務所の大机を囲んで、ワクワクドキドキ、同行一同と数人の税関職員の見守る中で、私はおもむろにガムテープをはがした。パリの有名デパートの包み紙にはリボンさえもかけられていた。そして、出てきたのは……見たこともなく美しいシルクのスリップ二枚とペチコート二枚(いずれも私サイズらしい)だった。
 私は、まちがいなく赤くなったはずだ。机を囲んだ全員の目が宙に浮くのを感じた。帰りの車の中が妙に静かで、道は渋滞しているとしか思えなかった。
 「ナンナンダ!」。たかが小包の受け取りに、男を含む友人を同行する私もアホで恥知らずには違いないが、恋人でもないオッサンが、国境を越えて、おシルクの肌着を送って寄こす!? アイツもアイツだ! むしょうに腹がたった。Mとしては、貧乏暮らしをしている私に、自分では決して買わないだろうちょっと高級でおしゃれな肌着を持たせてやろうという同志愛なのだが、私は恩知らずだ。以来、友人たちの間で私は、「パリにちょっと変態な思いの男がいる貧しい独身女」ということになってしまった。
 それから十数ヵ月後に、Mはレポとして私の住む街にやって来た。私にはすでに、それなりの人脈もでき、ボチボチ仕事もやれるようになっていた。言葉も、街を歩ける程度には通じる、通りには行きつけの店も顔見知りもいた。
 大国日本人紳士のMは、首都中心部の中流ホテルに宿を取った。貧乏暮らしの私から見れば、バカバカしい無駄遣いとしか思えないので、早々に安宿に移るように勧めた。安宿というのは普通、出入自由だったりする。女(男)を連れ込むなんて日常茶飯事。部屋で持ち込みの飲み食いをするのは当たり前。何よりもそれが魅力なのだし、秘密会議をするには、最適じゃあないか。私は、足繁く宿を訪ねた。弁当さえ作って持ち込んだ。
 ところがMは、私のいる間中、部屋のドアを開けっ放しにする。人に聞かせるようなどうでもいい話ばかりを英語でして、待望の秘密会議も何もできなやしない。
 「何故!?」「いや、女性を連れ込んだと思われると……」とM。思われたらなんなんだ! と私は思うのだが、ちがうだろうか! で、高級レストランに入って「秘密会議」をやろうとする。こっちの方がよっぽどヤバイだろうぜ!
 そして夜、街にはまだ夜遊びの人々が行き交っている。前記したとおり、私はすでにこの街に通じ、ここいらは私の準テリトリーだ。私はまず、彼を宿に送って、徒歩七分くらいの私の下宿にもどろうとすると、Mは「送っていく」と言い出した。「えっ?」
 私は毎日のようにこの時間帯、このエリアを歩き回っているのだ。下宿界隈には行きつけも知り合いも少なくない。そんなエリアを男連れで歩いていたりしたら、それこそ「恋人登場」ということになって、せっかく固めつつある身分ストーリー(まあ、ニセパスポートに合わせて偽称している根も葉もない身の上話――当時は確か、「パリに恋人」ではなく、夫に棄てられて国に居づらくなって流れてきた気の毒なバツイチ女とかなんとか)が破れてしまうじゃないか!
(続く?)

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