ミャンマー・日本語学校ブログ

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ヤンゴン在住12年の作者がお届けします。

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サイクロン直撃(3)

2008年05月09日 | サイクロン関係
サイクロンがヤンゴン市を直撃して5日が経った。
倒れた大木が撤去され、バスが通行できるようになり一見、元のヤンゴンの姿に戻りつつある。
ダウンタウンの一部の地域では水道の水が出るようになり、また一部の高級ホテル、サービスアパートメントなどでは電気が来るようになった。
そして、昨日の夜9時から私たちが住んでいるマンションにも待望の電気が来て、水道から水が出るようになった。
停電が解消されるまで2ヶ月はかかると予想していたので、こんなに早く電気が来たことにびっくりしている。
しかし、素直に喜んではいられない。
まだ市内のほとんどの地域では停電中であり、生活用水にも困っている世帯がほとんどである。(職場の日本語学校も停電中である。)
物価の急騰も市民の生活に不安を与えている。
普段は100チャットの玉子が今は250チャット。
玉子すら買えない状況なのだ。
バスの運賃がまだ普段の4倍になっているので、学生たちは学校に行きたくても行けない状態なのだ。
しかし、ヤンゴン市内はまだまだマシなほうで、郊外や地方の町の悲惨な状況を聞くにつけ悲しくなってしまう。
家ごと吹き飛ばされ、全てを失った人たちが何万人といることだ。
ラプッタ、ガプードー、デダエー、クンジャンゴン....
正式に発表された訳ではないが、これらの町は壊滅的な被害になっていることを人づてに聞いている。
中には村ごと消滅したという所もあるそうだ。
これらの町はイラワジデルタの穀倉地帯で30年前頃に日本政府のODAによって大型の精米工場が建てられており、米の積み出し港がある活気のある町だった。
私もこれらの町を訪れたことがある。
あのときの工場長、機械技師たちはどうしているのだろう。
40KGもある米袋を肩に担いで船まで運んでいた可愛い少女たちは今は大人になっているだろうが、元気だろうか。
今は電気も水もある生活をしている自分が情けなくなってしまう。

追伸:
昨日、パテインから電話があり、妻の両親とも何も被害なく無事であることがわかりました。パテイン市はほとんど被害がなかったそうです。
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