研究生活の覚書

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穏健派奴隷制反対論者の親子(3・完)

2007-06-16 20:12:36 | Weblog
1798年、アダムズは「外国人・治安諸法(Alien and Sedition Acts)」にサインした。それは次の四つの立法である。

Naturalization Act:外国人移民の市民権獲得条件を滞在資格を5年から14年に引き上げる
Alien Friends Act:不穏な外国人の追放権を大統領が持つ
Alien Enemies Act:戦時の敵性外国人の追放権を大統領が持つ
Act for Punishment of Certain Crimes:反政府陰謀・言論の処罰規定

これらはアメリカ史最初の治安維持法といわれている。もちろんこれはフランスとの戦時立法である。ここでいう「不穏な外国人」というフランス人であり、反政府陰謀というのはそのフランス人に内通する人々の行為を指す。ところが、アダムズ自身の対仏和平により、この法律の必要性が消滅した。そして悪名が残った。

1800年には、おおよそ20~30の日刊紙があり、週刊の新聞を含めると200を超えていたと言う。その一つ、リパブリカンズ系新聞の『オウロラ』というのを見ると、早くも選挙における党派活動が展開されていたのが分かる。曰く「フェデラリスツは反革命的であり、過去指向型であるのに対して、リパブリカンズは未来志向型であり、外国人・治安法を廃止します」と。ワシントンの時代には考えられなかった「罵詈雑言」がアダムズに加えられている。ジェファソンはアメリカ革命の精神を復活させるのだと書いてある。人間の平等を守るのはジェファソンだと。アメリカ革命はジェファソンによって完遂するのだと。

1800年11月の選挙の結果を見てみよう。
                 得票数    自由州    奴隷州
 ジョン・アダムズ(F)      65票    53票    12票
 トマス・ジェファソン(R)    73票    20票    53票

これを4年前の1796年選挙と比較してみると面白い。
                 獲得票数   自由州   奴隷州
ジョン・アダムズ(F)      71票    59票    12票
トマス・ジェファソン(R)    68票    14表    54票

アダムズの敗因は自由州、具体的にはニュー・ヨーク州の票がジェファソンに流れたことにある。すなわち、アダムズの米仏和平により、切られたハミルトン派の票が消えたわけである。逆に言えばそれだけが敗因だったのは興味深いのではないだろうか。つまり、アダムズは当時においてもけっこう支持されていたのである。ジョン・アダムズとは「陰険な貴族主義者」、「鼻持ちならないアングロフィル」、「時代錯誤の王制主義者」とされてきたのだが、得票数だけを見ると、要するにフェデラリスツの分裂のみがジェファソン勝利の決め手であるのはどうしたわけだろう。

大統領となったジェファソンは、サン=ドマングからアメリカ艦隊を引き上げさせ、それと引き換えにルイジアナを購入する。アメリカに捨てられたトゥサン=ルベルテュールの運命は一挙に暗転し、その後ハイチは貧困と苦難の日々を過ごすことになる。

選挙後、二通の匿名の文書が新聞に投稿された。一通はある自由黒人のもの。もう一通は「不明」とされている。前者には、「もし黒人に選挙権があればアダムズ氏が勝利したでしょうに」という悲嘆的な文言が書かれている。その「ある自由黒人」氏は、アダムズ氏には「インテグリティ」があると言う。「インテグリティ」。同時代の印象としては驚異的な感じがする。もう一通には、「ジェファソン氏は、地域の利益感情を独立宣言の精神より優先した」と書かれている。実は、これはジョン・クインジー・アダムズの投稿であった。まもなくアダムズとジェファソンは絶交状態になるが、理由はこの文書であったとされている。

J・Q・アダムズの告発文は非常に面白い。彼はこの中で、「ジェファソン氏は、ワシントン大統領の中立の精神を逸脱した」と述べている。これはジェファソンがサン=ドマングを見捨ててナポレオンに「返還」し、その見返りにルイジアナを購入したことを指す。通説では、ワシントンが「告別の辞」の中で孤立主義を提唱し、ジェファソンがルイジアナ購入による大陸国家建設を行うことで、それを実現したとされている。しかし、J・Q・アダムズはそうではないという。旧世界の皇帝(ナポレオン)と取引をし、自国の領土を「賜った」行為は、革命の精神にもワシントンの遺言にも反するのだという。そして、その取引条件がトゥサンを皇帝に差し出すことだというのは、ジェファソンがプランターの利益を、アメリカ独立の原理よりも優先した何よりの証拠なのだという。サン=ドマングの黒人共和国の独立は、南部の黒人奴隷を刺激する可能性がある。それをジェファソンは何よりも恐れたのだとJ・Q・アダムズは踏み込んでいう。

実はJ・Q・アダムズのこの告発文書は、当時非常に問題となった。アボリッショニストの「キリスト教徒」としての批判とは根本的に次元が異なる、根源的なジェファソン否定である。この深刻すぎる告発文はその後、完全にタブーとなった。西部への膨張と大陸国家建設は、「アメリカ人」の手のみによって成し遂げられなければならなかった。しかるに、J・Q・アダムズによれば、その始まりがナポレオンの恩寵と言うことになってしまう。その動機が、南部の地域利益ということになってしまう。それは政治的批判というにはあまりに不吉なものであった。この建国初期の最初の矛盾は、内戦(南北戦争)によってしか清算できないことを示していた。

アダムズ親子は沈黙せざるを得なかっただろう。若いJ・Q・アダムズなればこそ言えたことだが、肉体的若さを失うにつれて、彼もまた父親同様に黙り込むようになる。彼らの見通しでは、内戦の勃発は明らかであった。悲惨な戦争の情景はありありと目に浮かぶ。すでにアダムズ親子には内戦は既定の事実だったのかもしれない。

こうして同時代のインテリ自由黒人たちのアダムズへの崇敬のみがぽっかりと、よく分からない四年間として冷凍保存されることとなった。
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2 コメント

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Alien and Sedition Acts (Mari)
2007-06-19 18:59:48
今日、授業で習いました!
でも、あまり意味がわからないところがあった(英語での授業なので・・・)のですが、こちらのブログの説明を読んでよーくわかりました。
(ちなみに「Quasi-war」も!)
このブログもっと早く見つければよかったです!
アメリカンヒストリーのクラスをとる前は、「アメリカの独立期の歴史なんて ごちゃごちゃしてわかりにくい!」というイメージでしたが、学期の終わりに近づき、興味が出てきました。
一見バラバラに見える事柄が、全てつながっていて、そしてそれにかかわる偉人たちも、今の私たちと同じ人間臭さが漂う普通の人なんだなぁ、と思えてとっても、親しみがわきます。
もうすぐ、この授業は終わりますが、こちらのブログは、これからも、読み続けさせていただきたいと思います。
Unknown (オッカム)
2007-06-22 00:25:45
とても嬉しいです。
あまり研究仲間の多い分野じゃないので、
そういっていただけると励まされます。

アメリカ革命史ってのは、ルネッサンス以来の西洋の知的伝統が新大陸という実践の舞台でスパークする感じがするんですよね。参加した人たちの教養が面白さの源泉のように思います。

気に入った人物とか、興味ある事例を集中的に勉強しますと、そこが幹になってあとの複雑な歴史的経緯が、するすると整理されましたね。私の場合。

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