森の中のティータイム

離婚を経験し子供達も独立 
暮らしの小さな発見をノートに。

「太陽の子」というタイトルの意味

2020-08-16 | 映画ドラマ
NHKで放送されたドラマ「太陽の子」を観た。
まだ見終えていない方がいてはと思い、すでに紹介されていた大まかな設定のみ、少しだけ。

太平洋戦争末期、京都帝国大学の物理学研究室で原子の核分裂について研究している石村修(柳楽優弥)は、
海軍から命じられた核エネルギーを使った新型爆弾開発のための実験メンバーの一人だったが、開発の実験が
なかなか進まないなか、研究室のメンバーは研究を続けていく事に疑問を持ち始める。

 
(実際の写真)


事実を基にしたフィクションではあったけれど、入水自殺を図った弟裕之(三浦春馬)が兄に助けられた後に
幼馴染の世津から「戦争が終わった後になにをしたいか」という夢を聴かされ、自身に言い聞かすように呟く
こちらのシーン。  
「そやな・・いっぱい未来の話しよう」という言葉に、これから特攻志願する若者の哀しみと、春馬さん自身
の葛藤のようなものが漂う。

弟が再び戦地へ赴く朝のこのシーン。
 
春馬君の表情もさることながら、田中裕子さんの演技がやはりひと際光っている。
実際の彼女は子供さんを持つことがなかったというけれど、この演技は子を持つ母そのものであり、涙がこみ
上げる。

けれどこのドラマは、私が想像した単なる「戦争の悲劇」だけを取り上げるものではなかった。
原爆投下後のアメリカ軍の声明によると、
「日本は真珠湾の空爆によって、戦争を始めた。日本はその代償を数倍にして払ったが、まだ終わっていない。
これは原子爆弾である。宇宙の基本的エネルギーを利用したものだ。太陽のエネルギーが、戦争をもたらした
者たちに向かって放たれた」

広島に原子爆弾が落とされたという知らせが届き、研究者たちは広島に向かい、そこで焼け野原になった広島
の姿を目撃した。修はその悲惨な現実を目の当たりにして「これが、僕たちが作ろうとしていたものの正体な
んですね」と呟いた・・。
恐らく、彼らが先に開発に成功していれば、被爆国ではなく、加害国だったということを思い知る。そして
この戦争がどういう目的で始まったものだろうと、「原爆投下」を正当化することは決してできないのだと。

1939年から、各国がこぞって研究開発に力を入れ始めたという「原子力」は、本来、武力としての核開発な
どに用いられるべきものではなかったとしても、あらぬ方向に向かう恐ろしさをはらんでいたのだと、私た
ちはもっともっと記憶の深いところに刻まなければいけないのだと思う。

この「太陽の子」というタイトルの下には「GIFT OF FIRE」とあり、本来の「GIFT」の意味を考えるなら
私たち人間がそれを誤って使ったことの証明を「原子爆弾」は、やって見せたのだと思う。

ラストでの、今(未来)の私たちへの問いかけに、私は答えられない。

※途中、何度か文章が消えて重複したままアップしました。
 読んでくださった方にはご迷惑をおかけしました;

 



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