ホワイトステージのハウスクリーニング

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70~80

2017-05-08 21:59:14 | ハウスクリーニング
 むか~しむかし、4つ上のバイトの先輩と「戦後の日本」?のようなイベント?に行きました。

そこには麻袋とこんな内容の看板がありました。「戦後直後のお母さんが私財(着物や宝石等)を売ってお金をつくり、農家の方に70~80㌔の米?と交換し担いで満員の汽車に乗って家路についた」とありました。またこれぐらいの重さのものを戦後直後のお母さん方は担いで汽車に乗ることが少なからずあること?とありました。  はるか昔の事なのでうる覚えでしたがこんな感じのことが書いてありました。

なぜそんな重いものを1度に運ぶかはすぐにわかりました。 理由は汽車賃を浮かすためでしょう。(あくまで私個人の予想。)

その看板の横にこのようなことが書いてありました。「この麻袋をみなさんは持てますか?」
当時私はスポーツジムで筋トレをしていました。 当時私、身長175センチ体重70㌔でした。 先輩は180センチを超えていました。
お互い腕っぷしの強さには自信がありました。

まずは私がこの麻袋を担ごうとしました。 ほぼ持ち上がりません。どこをもって持ち上げたらいいのかさえわかりません。
続いて先輩・・・なんとか持ち上がりましたが、担ぐことはできません・・・・

突然ですがみなさん、お米を買う時なんキロかいますか?5キロ?10キロ?その他? 
10キロのお米を買う時当然持ち上げると思いますが重いですよね?
想像してくださいその7倍から8倍のものを持てますか? しかも持ちにくいときてます。

この麻袋を当時のお母さん方は運んでいたんですね。
たぶん当時のお母さん方は現代の女性より小柄だったと思います。 戦後直後で十分に食べ物もなかったと思います。
子供たちにごはんを食べさせるために必死で働き朝早くから晩遅くまで家事や育児をしていたと思います。

洗濯機ありません。乾燥機ありません。冷蔵庫もきっとないでしょう。 今より不便なのは想像できます。
お父さんも戦地から帰ってくるのか来ないのか?
将来どうなるのか?明日どうなるのか? 精神的不安そして体力も限界があるでしょう。
そんな中で「今を生きぬく」という生き物の本能で生きていたのではと思います。(個人の感想)

麻袋に入った米を農家の人から買い、担いで駅に行き汽車の中ではさすがに足元に置いたと思いますが・・・ひょっとして大事に持ってたら・・・
駅についてから家まで70~80㌔の麻袋を担いで帰るんですね。 今みたいに舗装されていない道を歩いて。

家に帰れば家事に育児。 その他もろもろ。

たぶん足が痛い腰が痛い歯が痛い目がチクチクする。 そんな時もあったでしょう。そんな時は自力で治していたんでしょうか? 
だとしたら「医者いらずですね。」 ってのんきに言ってる場合じゃないですよね。ほんとに。

「今を生きぬく」 これが生き物にとって最高のパワーの源かもしれませんね。(個人の意見)

私は毎日、「今を全力で生きる猫に、噛まれ、ひっかかれ、寝ている無防備なお腹を猛スピードで踏まれ」て何気に生きてます。

「今」を全力で生きぬく猫のこたろう氏。


ちょっと甘やかし過ぎかな・・・悪さばかりしてますね。 たぶん確信犯で。


 

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