今治 あれや、これ
気の向くままに・・・
 



JR福知山線脱線事故の死者が106名になったと伝えられている。予讃線列車転覆事件の殉職碑の裏面には次のように刻まれていた。
「故一色好高 津吉悦人 徳田昌二ノ三名ハ元松山
機関区ニ機関助手トシテ奉職シ昭和二十四年
五月九日準急第一列車ニ乗務中不幸ニシテ列
車妨害ニ因り脱線転覆シ此ノ地ニ於イテ殉職
茲ニ第十三回忌ヲ迎エルニ当ッテ松山機関区
々友会ノ合議ニ依リ四国ノ運輸関係者多数ノ
協賛ヲ得テ本碑ヲ建立スル
昭和三十六年五月九日松山氣動車区長 日野貞應」
とあり、表面の「殉難之碑」の文字は石津 昇書とある。
この事件が昨日のことのように思えてならない。
近くの方から御遺体収容時の様子などを聞くことが出来た。
数年前にはこの事件を担当された県警の刑事さんも来られていたそうである。


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予讃線列車転覆事件は、松川事件の起きるほぼ3力月前の1949年(昭和24)5月9日午前4時23分ごろに起きた。JR福知山線脱線事故は実に痛ましいことである。今朝のニュースでは、死者91名と報じている。かつて私が住んでいた所では「列車転覆事件」があった。犯人が判っていないが、松川事件にひどく似ている事件である。四国の予讃線高松桟橋駅を出た宇和島行下り準急第一列車が、浅海駅付近の愛娘県難波村大浦部落(現在松山市北条)の切通しカーブに差しかかったところ、列車が転覆。現場検証によると、継ぎ目板3枚、ポルト8本、犬釘7本が抜き取られていた、証拠品として押取されたバール、スパナにローマ宇の刻印があり、国鉄で使っていたものではないことなどが判った。
そのころ、転覆した機関車を父と二人で自転車に乗り見に行ったことを思い出す。先日来の脱線事故であの時のことを思い出し、今朝、現場にいってみた。現場には乗務員の13回忌に建立された「殉職碑」があり今もお参りされる人があった。世相が混沌とした時代であったがこの時亡くなられた一色好高さん、津吉悦人さん、徳田昌二さんのご冥福をお祈りします。
「賢者は歴史に学び愚者は経験に学ぶ」と言われますがどちらにも学ばない世情は悲しいものがある。


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この地方では「れんげそう(蓮華草)」と言う人が多いと思うが、げんげやげんげんとも言う。最近は家畜の餌にもあまり使われることも無いので、このまま田植えの前にはトラクターで鋤き込まれて肥料にされているようである。私が小さい時はウサギ・羊・馬・ヤギ・等々の餌にするため田圃によく刈り取りに出かけていた。友達と、この中に入り寝転がって遊んだこともある。大人に見つかるとよく叱られた。
俳句では「春」の季語である。中国原産の越年草であるが渡来の時期は明らかではない。
星野立子の句に「風に揺るゝ げんげの花の 畦(あぜ)づたひ」がある。
江戸時代、播磨国(兵庫県)の滝野瓢水(ひょうすい)という俳人が、遊女を身請けしようとする友人を諫めた句に「手に取るな やはり野に置け 蓮華草」は有名である。蓮華草は野原に咲いているからこそ美しい。自然のままの状態におくことの大切さをいう。転じて、人もその人に合った環境の中でこそ、魅力があり、幸福がつかめるということのたとえなのかな。

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●今朝、歩いていると道路の傍らに「いたどり」を見かける。この辺りの方言では「はいた」とも言う。山の砂礫地に多く見られる。「痛取」と書かれることがある。若葉をもんで擦り傷などにすり込むと出血が止まり痛みも取れるということが言われているからだ。生薬名や俳句の季語としては「虎杖」と書いて、いたどりと読ませる。表皮から糸状のものを採るので「いとどり(糸)」と呼ばれ、しだいに「いたどり」になった。漢字の「虎杖」は漢名で、「杖」は茎で、 「虎」は若い芽にある紅紫色の紅斑点が虎のまだら模様の皮に似ているところから付けられているようだ。 大阪での呼び名は「スカンポ」です。
≪薬効≫
根は漢方薬として用いられます。根または果実を天日乾燥させて用います。11月~12月に採集します。利尿、便秘:根を煎じて飲みます。1日量15~20g消化不良、胃弱5gの根を煎じて飲みます。せき:5gの根を煎じて煎じて飲みます「コジョウコン(虎杖根)」
≪料理法≫
保存の時と同様に皮をむき、短冊切りにして酢の物、マヨネーズ和え、煮浸しなどで食べます。
先端の新芽はゆでてしばらく水にさらし、三杯酢で食べます。等と書かれているが、我が家でも昨年は何度か食卓に上った。でも私の好みではない。
吉田 晃の句に「いたどりの三寸ばかりへ風軽し」とある。


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先日の梨の花もすっかり終り若葉が美しい、やがて梨も「袋かけ」の時期がやってくる。近くに見える山が旧朝倉村の笠松山(327.7m)である。その後ろに霞んで見えているのが四国山脈石鎚山(1982m)や瓶ケ森(1896.5m)である。
笠松山には、河野四郎為世の隠居城「笠松城」があったといわれる。そして、篠塚伊賀守がこの城に拠ったという。
笠松山観音堂は、篠塚伊賀守が笠松城から落ちのびる際、兜の内側に秘めていた一寸八分の黄金観音像を安置したものだという。
笠松山付近では南朝方の脇屋義助(新田義貞の弟)が征西将軍として大館氏等と、北朝足利尊氏方の大将細川頼春の大軍と合戦をおこなった場所でもあり、戦国末期には土佐の長宗我部元親や安芸の小早川隆景による伊予侵攻を受けた歴史があります。
夏目漱石の句「若葉して 手のひらほどの 山の寺」がある。

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爽やかさ一杯の季節です。松尾芭蕉の句集(奥の細道)に「笈も太刀も 五月にかざれ 紙幟」がある。
近くを散歩していても菖蒲の花が咲き、五月幟が見られるようになってきた。みどりの日、憲法記念日、子供の日と間もなくゴールデンウイークの始まりである。国民夫々が楽しみにしている季節の到来である。メーデー、母の日、愛鳥週間、この他戦前には海軍記念日(5/27)もあった。
勤めていた頃は、とにかく行事の多い月であったように思う。五月になれば菖蒲湯にでもつかり健康な一年を望みたいと思う。

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 第8回いまばり市民のまつり「おんまく」が今年も予定されている。8月6日(土)8月7日(日)の二日間である。1998年が第一回である。春にも「今治地方春祭り」が旧市内で行われている。毎年5月上旬である。夏祭り「おんまく」は今治地方の方言で「めちゃくちゃ」、「思いっきり」、「いっぱい」「力を一杯入れる」、「とっても・すごく・めっちゃ・超」などの意味があり、 目抜き通り広小路を埋め尽くす踊りコンテストや今治地方伝統の継ぎ獅子や太鼓の演奏など多彩なイベントが繰り広げられる。最終日には花火と音楽のコラボレーション「夢花火」が夏の夜空を彩り”おんまく”楽しめます。


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古墳  


 散歩の途中で見かける古墳がある。旧朝倉村なのだが、入ってみたことは無い。でも気にはかかっている。所在地は今治市古谷甲1194である。名称は「牛神古墳公園」旧朝倉村には古墳や山城遺跡の多い地区である。
この古墳は直径13m 墳丘高4mと推定されているらしい。墳丘内に二つの石室(埋葬施設)がある。6世紀後半の築造とされている。横穴式石室で全長6m 天井高2.5mの両袖式石室で副葬品も沢山あるようです。
歩いている時はまだ開いておらず、いつも外見のみで通過しているが、いつか足を踏み込んで見たいと思っている。早くしなければ自分方が、否が応でも入らなければならないのかもしれないのだが?
毎日見ている笠松山の山麓にも古墳は沢山あるようで高校の時の遠足で行ってからは訪れたことが無い。

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[愛媛新聞」 地 軸 2005.04.19(火)より
「お母さんは出産でお母さんになる。じゃあお父さんは? そんな疑問から話が進むのは、今治出身の絵本作家・長野ヒデ子さんの「おとうさんがおとうさんになった日」(童心社)だ 三番目の子の誕生を、今か今かと待つ場面。思い浮かべる答えの一つが初めての入浴だ。「もみじみたいな ちいさなてで、しっかりと しがみついてきたんだ…まもってやらなくちゃ、とおもったよ」。父親はこう語り、「おとうさんになった日って、なんだかふしぎなちからがわいてくるんだ」とかみしめる世の父親にはうなずきたくなる描写だろう。首がすわり、湯船のなかで話しかければニーッと笑顔を返してくれるようになって…。おなかを痛めることも授乳することもない分、入浴は絆(きずな)を実感できるかけがえのない時間だ。 きのう開かれた奈良市の女児誘拐殺人事件の初公判。検察の調書を通じ、女児の父親も「お風呂に入るのが長女と触れ合い、成長を確かめる大切な時間だった」と述べた。被告はまさにその風呂で女児の命を奪い、大切な時間も無残に断ち切った そんな被害者や遺族をどこまで踏みにじるのか。供述調書で被告は「望むことをやれたので満足している」と理不尽な言い分を並べ「更生の自信はない」と言い切った。性犯罪者の再犯防止に右往左往する社会をあざ笑うかのように 事件は子どもたちの日常をむしばんだ。身近な安全を脅かすのをこれ以上許してはいけない。社会は犯罪者の心の奥底にある澱(よど)みに迫らねばならない。」 新聞のコラムに目が留まったので私の反省のうえにこの文を借用しました。 

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 新谷は今治市の東南部に位置する農村地帯である。旧朝倉村や旧玉川町と境を接していたところである。この地域には多くの植木屋さんがありこの仕事に従事されている人も沢山居るようである。散歩の途中見ていても面白く見飽きることが無い。剪定を見ていてもなかなか興味をそそられるものである。四季夫々に花を見ることができ、手入れの苦労などもよく理解できる。
なかでも犬を散歩させている人のマナーはそれぞれで、迷惑となっている人も多く目につく。
折角飼っているぼだから、きちんと躾けるようにすれば良いのにと余計な心を丸出しにしてしまう。
村越化石(俳誌 濱)の句に「剪定の 腰手拭や 一日晴」がある。剪定は春の季語、解説には、放任しておくと枝や葉が重なり、不都合なことが起こりやすいので、枝の一部を切り取って形を整える。この作業を剪定と言う。とある。

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