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コメント
 
 
 
泉ですね! (乃阿一葦)
2009-11-02 11:19:25
新しい泉が湧きいずる。ネット世界から・・ミステリアスな小説が・・
 
 
 
再び (satoko)
2009-11-02 12:46:10
小説家として作品を書き終えた今が一番充実しているのではないでしょうか。
そして、直ぐに又、新しい物語が浮かんでくる。苦しみの中から、新しい命が。
素人の私は、書けども書けども、書けども・・・つまんないことに、絶望するだけ。すみません、愚痴りました。スルーしてください。

甘苦上海、1冊の本となって、きっと、再び脚光をあびるのような気がします。現代の社会のひとつの縮図です。
お金儲けだけでは、人生は虚しい。
でも、お金が無いと、もう暮らしてゆくのは、難しい現代。

 
 
 
マイマイ新子で一杯です (浜田英季)
2009-11-02 12:55:16
長い連載お疲れ様でした。最近のブログの内容を読んでいると、先生がある著作で書かれている「小説を書くということは水の壁に向かってノミをふるうようなもの。自分を疑った途端に水没してしまう」という一節を思い出します。作家とは因果な仕事なんですね。お地蔵さんの前を通る度に、私も「まんまんちゃ」と両手を合わす癖がついてしまいました。今、田舎は「マイマイ新子」が一杯です。
 
 
 
「味覚」と「嗅覚」という記事のコメント欄で、 (Unknown)
2009-11-02 13:43:40

「よし」さんという方が、こういうコメントをしていらっしゃいます。

「朝日新聞のインタビューを拝読。連載中の小説について「実験」と。破たんするかもしれないけど、それも実験…。これまでの手法に飽きちゃった、とも。」

先生のしていた「実験」は、成功/失敗 どちらだったのでしょうか?
失敗した場合のリスクは、ちゃんとお考えだったのでしょうか?

「甘苦上海」が「今まで手法に飽きた結果」から生まれたのだとしたら、今の先生は、「甘苦上海」に「飽きちゃった」状態なのでしょうか?
 
 
 
コップの中身 (明日Eko)
2009-11-02 18:34:45
連載お疲れ様でした。紅子さんと一緒に楽しませてもらった一年でした。

終わり方は予想を越えたもので、読者の想像と希望的予測に任せているあたりが、素敵な余韻を残してくれました。

それぞれのコップの大きさに、それぞれの好みのものを入れながら人生を積み重ねていくのでしょうね。

自分のコップの大きさも忘れて次々と注いでは溢れそうになっている私です。常に自戒せねばと思っていますが・・・。

自分のコップとその中身をみんなに見てほしく、また、人の中身も覗いてみたい、ネット社会のブログはそんな風にも広がっているように思います。

自分の中身を批判されると腹が立ち、人の中身が気に入らないとイライラし、なんだか厄介です。

まあ、人間そのものが元来厄介な生き物ですからね。
自分の中の厄介とどう折り合いをつけていくか、日々修行です。
 
 
 
命再び (satoko)
2009-11-02 21:25:36
どれほど、命をすり減らして書いているか、理解しているつもりなのに、単純なことばかりコメントしてすみません。

単細胞なので、難しいことが苦手で、困ります。

考えることをやめてしまうと楽ですし。

ええ、私、甘苦上海、買うことにします。
もう一度通して読みたい。

終わってしまった今、上海が恋しい。

 
 
 
伸び伸びしてますね? ()
2009-11-02 22:19:35
一年余りの連載ご苦労さまでした。

継続して読んだわけではないのですが、一応、分散型の物語構成にはなっていたと思います。
分散型の発想はどんな分野でも、創造される過程でエネルギーが要ります。

そう云えばM82翁も終盤には曹洞宗のお寺が、舞台になっていたので少しご機嫌でした。
連載当初は「俺のはもう棒なんかにはならないぞ!」等と、とても自己投入は出来なかったようです。

コップの中の大海を泳ぐ、のイメージは僕には捉えきれませんが、解った気にもなれる言葉ですね。

はて、10才位からの僕の中のイメージは、どんな表現ができるか、思い付くままに探してみたら、中々これが見付かりませんね。

器のイメージを外すと見付かりまました、海流に委ねる筏(イカダ)かマンボウですね。
つまりこれは、明日は明日の風が吹く、でした。

建築関連も絵画の仕事も同じイメージです。
丘に登って瀬戸内海を眺めていたからか・・どちらも仕事内容が経済状況と密接に繋がりがあるからか・・。

構想は小さな小さなメモ用紙に、スケッチする癖が有ります。

久々にブログ記事の文章が伸び伸びしていました。




 
 
 
甘辛上海の終わり方どうなんでしょう (鎌倉 よし子)
2009-11-02 22:57:29
唐突な終わり方に少々がっかりです。 Ninboのホテルに京さんが来る。  部屋で本音を語り合い、自分は周敏とその子供を育てる。 紅子さんと一緒に生きては行けないが、本当に愛したのは紅子さんだった、と告白。 紅子さんと最後の抱きあい。

そして翌朝、京は天一閣へ。  紅子さんは上海へ帰る。
帰りながら自分はこんな生き方しかできない。 でも自信を持って生きる、生きてみせる。   と思いながら、希望に満ちて終焉、、、、 としてほしかったです。
 
 
 
鎌倉よし子さんのコメントに・・・ (miriam)
2009-11-02 23:16:06
もの凄く共鳴しました。

そういう展開で良いのではないでしょうか。

そういう風景を私たちに想像させてくれた!ということなのでしょう。

「男を買う!」などの意見もありますが、
人が誰かを好きになる時には理屈もなにもありませんよね。

きっと、
京さんは紅子さんを見た瞬間に「藍子」さんの幻影を見ていたのでしょう~
幻影がいつかしら現実になってしまった紅子さんなのでしょう。

男女の出会いに決まりも法則もありませんよ。

「愛」の言葉を使うから、
一部の人たちの反感を買うのでしょうが、
「恋」というのは、

「落ちるもの」だと思っております。

自分では「落ちる」つもりがなくても「落ちてしまう」のが・・・
「恋」なのだと思いますね。

それは・・・
世間一般で認められる感情ではありませんが・・・

そういう感情を持ち合わせている人間も世の中には沢山いる!ということですよ。

あ~~~

また、反論されそうですが・・・

あえてコメントさせていただきました。
 
 
 
Unknown (Unknown)
2009-11-02 23:32:34
きれいなコップにはきれいな水が溜まり、汚い心持ちの主のコップには悪意がたまる。

ブログのコメント欄にはブログ主の心の内や性格が反映される。面白いほどに。

小説の世界では許されることも現実の世界では許されないかも。
 
 
 
コップの中 (夢の中へ)
2009-11-03 00:02:22
「コップの中」で思い出しましたが、
「小説家は、グラスの中に物語を描ける。」というサントリーウィスキーのコピーを思い出しました。
映像は、私も大好きなヘミングウェイの「キリマンジャロの雪」。
アフリカのサバンナで、ハリーがテントの前でいすに座ってグラスを傾けながら思索しているシーン。(死の直前の回想シーンですね)
グラスの中で氷がカラッと崩れる音声まで耳に残っています。(その音にシンミリ)
小説家は、コップの中でさえ、無限大の「大宇宙」に出来るのでしょう。

少し遅くなりましたが、一年間、小説の連載、お疲れ様でした。
日経新聞で、第1話から全て拝読いたしました。(感想は少し寝かせてからにします)

早速新しい物語が浮かんでこられたとのこと。
「胸の傷から芽がでてくる」と先生がおっしゃるように、傷があればそれを直そうとする「恒常性」(ホメオスタシス)が人間には備わっていますが、苦しみや傷の深さに応じた生命体としての働きがもう始まっておられるのですね。若さの証明ですね。

きっと創造性あふれる斬新的な物語と、心待ちにいたしております。
木枯らしの頃、くれぐれもご自愛の上、頑張ってください。
 
 
 
コップの中の大海 (九寨溝)
2009-11-03 00:10:49
今日のブログの表記に勇気をもらいました。

「本気で格闘することで、大海を泳ぐつもりで頑張れば、得るものがある。
きっとブログだってそうなんです。所詮、と思ったら駄目なんです。


私は「マイマイ新子」のころから、紅子さんを経て63歳の今まで、ずっとコップの中を大海のつもりで泳いでいたような気がします。」

だから先生の今があるんですね。

私はどれだけ多くの場合、コップの中の大海をはてなく広い不可解な場所と思い尻込みしたり、何もしなかったりしていることだろう、と思いました。これからちょっと視点を変えてみようと思いました。

同時に中学の時の先生が言っていた言葉を思い出しました。

私はどうしようもなくなると夜空を見る。無数に広がる星を見ると自分の存在の小ささを感じて、悩みもちっぽけに感じる。

理科のさっぱりして素敵な先生でした。

ブログのコメントを読んでいて興味深いのは、人間力、というような物こそネットという顔の見えない不特定多数の人間が関わる場所には必要なのかもしれない、と思ったことです。

誰にでも書ける、何でも書けるからこそ、それを取捨選択して、判断して、自分の物として吸収したり、スルーしたり、書き込んだり、書き込まなかったり。小さい頃、しっかり人間としてかわいがられた、もしくは自分でどうにかして踏みとどまって人間らしさを築いたことのある人間でないと、この言葉の洪水や暴力ともなり得る流れにのみこまれ、さらわれてしまうのかもしれません。ここに人間らしさと、間らしさの対極と深い関わりの交差点がある気がしました。子供に接することがある時は人間らしさを大げさなぐらい押しつけるぐらいに接したいと改めて思いました。
 
 
 
素敵なコメントありがとう! (いちい)
2009-11-03 00:46:02
四川省九寨溝の写真をネット上で見て信州の自然を思い出しました!
 
 
 
「甘苦上海」楽しかったです。 (夢二)
2009-11-03 01:59:18
甘苦しい日々を、ありがとうございました。
僕は素敵な終わり方だったと思います。
きっとチャイムの音に応える事は無かったと思います。
周敏が京の子を身ごもった事を知った時点で紅子の甘く苦しい
日々は終わっていたのだと思います。

自尊心が強く、基本的にはそっけない態度の主人公が実は情熱的で、嫉妬心や寂しさから逃れる為に、他の男と寝たり仕事に没頭する姿は愛おしささえ覚えました。

恋愛には尊敬が必要と聞きました。
紅子は京の何処に尊敬を抱いたのでしょうか。
書誌学に精通してるところでしょうか・・・
松本との違いを考えるとき女性は、尊敬とは別に悪(わる)や影といった要素も惹かれる条件としてあるのではと思いました。

次回作を心待ちにしております。

 
 
 
我もかくありたし! (クッカバラ)
2009-11-03 07:52:37
井の中の蛙、大海を知らず。
でも、ああ、大海と思えども、実はコップの中。。。
それでも、本気で格闘!清々しくて力強く頼もしく、我もかくありたし!
 
 
 
蛙は我なり (クッカバラ)
2009-11-03 08:08:12
いつも自分のことを、井の中の蛙と思っているので、つい、勢い良く先程コメントを書いてしまいました。ですから、蛙とは私のことです。ちょっと書き方が不味かったと、慌てています。どうぞ、誤解なさらずに、、、舌足らずでした。宜しくお願い致します。。。
 
 
 
又しても、お目汚しですが (satoko)
2009-11-03 11:36:54
私の場合は、
京が、もう自分から連絡を取らない、という方に賭けます。
(何だ、賭けるのか、と叱られそうですね)

というか、京は、もう理解しているのです。
どうしようもないこともあるということを。

あの時、紅子を振り切った時点で京は自分の人生を見つけたと思いたい。紅子もそれが分かっている。分かっているからホテルも教えたのです。

二人はこれから、逢う事もあるかもしれませんが、友人として付き合えるのではないでしょうか。

クッカバラさん、まったく気になりませんでした。
タイトルが、我もかくありたし!

人はそうそう、変わらないと思うのは不遜でしょうか。
どんな人でも。



 
 
 
交差点・・ (高樹のぶ子)
2009-11-03 12:37:22
皆様それぞれにお返事したいけれど、ごめんなさい・・

書き終わった物語の続きを想像してもらえるのは、作者冥利に尽きます。たったいま、東京から戻ってきたところです。
昨夜はある文学賞選考でしたが、東京は寒かった!

ここに人間らしさと、間らしさの対極と深い関わりの交差点・・(九寨溝さんの言葉)・・この交差点という一言がズシンと来ますね。
 
 
 
ブログ (夢の中へ)
2009-11-03 13:54:04
「ブログって何」というお問いかけがあり、考えさせられました。

「ブログ」においては、年齢、性別、体力、経済力、地位、権力そして、住んでいる地域も関係なく、「言葉」のみ、キーボードを打つ行為のみで、まさに「丸腰・素手」で、自分の意思を表現、伝達し、他者の意思を推察、理解します。

囲碁のごとく、飛車も金もなく、一石、一石、言葉を紡いでいって、ふくらみを形成し、ひとつの世界を築き上げ、提示していく。(小説もそのひとつと思います。)
その広がりが、新たな文化の芽を生み出し、多くの人に磨かれて、ひとつの文化へと成長し、文化全体の多様性を高めていくように思います。

また、「民主主義」という観点からも、その維持、発展のためには、一人ひとりのコミュニーケーションの能力(対話能力)の向上が不可欠であると言われています。

そういう意味では、「ブログ」は、コミュニケーション能力の鍛錬の場、民主主義の孵卵器としての役割を果たしているのかなと思います。
ただし、参加者の意識が高く、ブログが正常に機能しておればということと共に、ポピュリズム(大衆迎合主義)に陥らないような、少数意見に対する尊重ということも注意を向けなければならないと思います。
「ブログ」は、まさに、「古代ギリシャのアゴラ」のバーチャルな現代版の感がいたします。(不適切コメントの陶片追放《オストラシズム》は、無理かもしれませんが)

私も、この場(ブログ)で、「言葉」のみを手段として、皆様とコミュニケーションを図らせていただいており、私にとって、国民として民主主義を支えていく意識と能力のトレーニングの場になっていることを改めて認識させられるとともに、提供いただいた「場」とコメントを投じられる皆様に感謝いたします。

心がけ、取り組み姿勢によれば、このような小さなところからでも、民主主義の発展への小さな歩み、貢献はできるのだろうと、そして、この国をして、アジアをはじめ世界と諸民族の平和と発展に貢献していけばと、期待に夢が膨らみます。

でも、一人ひとりは「小宇宙」。相互のコミュニケーションや理解は、容易く出来るものではありません。
「他者を感じる力」や「人間愛」、そして「心の余裕」と「忍耐力」をもって、自然体で正面から向き合っていきたいものです。


昨日の朝日新聞朝刊(百年の予言も拝読しました)の文化欄を見れば、
このような世界観を授けてくださいました平田オリザ先生の記事掲載があり、内閣官房参与にご就任、文化行政に知識や経験を傾注されるとのこと。
また、私の職場でも、首相の所信表明演説が評判(切抜きやコピーなど)になっておりましたが、オリザ先生が作成に関わられたとのことで、やはりと納得。
芸術立国(SIAもその一環ですね)、若者の対話能力向上など、将来に向けての国全体の文化行政の推進に弾みがつきそうで、心強く思います。
 
 
 
ゆかりの・・ (のあ いちい)
2009-11-03 13:55:42
上記で触れましたが、四川省の「九寨溝」に縁の方かなあ、なんて、HNから想像されて、味わいありです。
昨夜、今日と寒いです。冬の訪れですね。暖冬の声も聞きますが。
高樹さん、こちらにいらっしゃったんですね。東奔西走、エネルギッシュで、すばらしいですね。(*^_^*)
 
 
 
Unknown (元気)
2009-11-03 14:54:43
11月のスタートですね♪
今月もお互い
がんばりましょう(^-^)
 
 
 
夢の中さん (Unknown)
2009-11-03 16:17:08
こちらのブログはあくまで個人ブログであって、SIAの広報ブログではなく、ましてや九大とは関係ないと九大の方がおっしゃっていました。
 
 
 
ええええええ!? (衝撃的)
2009-11-03 16:28:59
個人ブログ!?
SIAの広報ブログではない!?

それなのに、タイトルは「高樹のぶ子のSIAブログ」!?

衝撃的です…
 
 
 
夢の中さんへ ()
2009-11-03 17:30:17
また嘘っぱちなスパムを?

センターのHPを検索するとこちらは、
「九州大学アジア総合政策センター」のアジア総合政策プロジェクトの一環として、作家高樹のぶ子特任教授が開設されたブログです。
SIA広報専用ブログではないが、公式にSIAの一環に組み込まれているようです。

「九州大学アジア総合政策センター」を検索。

九州大学関係者にもいろいろいるのだろう。

夢の中さん、今回の貴方のコメントは解り易く好い内容でした。
アジアについてのいろんな分野の方々のコメントを期待しています。



 
 
 
Unknown (Unknown)
2009-11-03 18:15:43
九大箱崎キャンパス代表番号経由で国際企画課に電話をして聞いてみて下さい。九大とこのブログは関係ない。あくまで個人ブログであってSIAの広報ブログとも捉えていない。九大、SIAというキーワードでここに入れることで誤解が生じることこそに問題がある、という回答が返ってきます。


 
 
 
HPを優先して判断。 ()
2009-11-03 18:44:10
公式サイトで表示されてるのだから、そちらを優先して判断するのが常識だが?

その国際企画の担当者の名前を、此処に公表して下さいね?

確かに最近かな、こちらのブログのサブコピーから、アジア総合政策プロジェクトの名前は消えているがね。
そしてリードも大人しくなっているよ。




 
 
 
初コメします (読者)
2009-11-03 18:49:23
最終回を読み、まだまだ余韻に浸っています。
低水準な批判もありますが、受け手の感性!ですね。
最近は、匿名をタテに荒らす方もいて残念ですね。
悪口ばかり書く方もいますが、高樹さん、頑張ってください!!
 
 
 
貧困 (miriam)
2009-11-03 19:12:25
いろいろ皆さんのコメントを読ませていただいて、
この度の「甘苦上海」と「SIA」の関係とか、
日本と中国の関係とかを考えていました。

私は「社会」が超苦手な人間ですので・・・・
政治も経済も地理も歴史もまったくダメ人間なのですが、、(一応・・前置きしておいて。。)

今、中国では貧困層が計り知れなく多いと聞きますし、
お金の沢山ある上流の生活をしている人も日本以上に多いと聞いています。

中国の田舎では、
「貧困」の意味を感じる間もなく、
毎日の生活で(生きていくだけで)いっぱいいっぱいなのでしょう。

それに比べて日本人の「貧困意識」はかなり高いようですね。

いっときは国民皆中流の社会だった筈なのですが、
今では多くの人が「貧困意識」を持っているようです。

日本は情報が豊富、
良くも悪くも色々な情報が入ってくるので、
逆に日本人は不幸かもしれませんね。

この度の「甘苦上海」の人間関係が、
このご時世をよく表していたような気もします。

紅子さんと京さんの関係もそうですが、
松本さんとの関係にしてもです。
バブルの時代の感覚とは大きく違うのでしょうが、
やはり日本人は中国では「羽を伸ばせる」気持ちが強いのかもしれませんね。
ある意味、異国の地での開放感なのでしょうか。

紅子さんのように生き方がリッチな人と、
人生に於いて壊れかけた日本人の京さんは、
どだい不釣合いではありますね。

逆に、
貧困層の人間ではない周敏さんとの子供にも恵まれて、
「恋」は捨てなければなりませんが、
京さんには、これから幸せな生活が待っているのかもしれません。

そんな風にも読めます。

この小説はそれぞれの立場の人が、
それぞれの解釈が出来るようになっているような気がします。

とても良い結末だったと思います。

私の解釈の仕方も日々移ろいますけどね。

私は、いつかきっと紅子さんと京さんは逢えると思っています。
逢ってその時に思いを遂げて・・・
「完」!

これは・・・私の願望かもしれませんね(苦笑)



「交差点」この言葉・・
私もとても心に残りました。

交差点は渋滞することもあれば、するりと通り抜けることもできますね。

私は先日「交差点」で自転車をこいでいた少女が車に飛ばされる瞬間を見てしまいました。

あれ以来、運転がとても怖くなってしまいました。

交差点は・・・
色々な意味で注意をしながら通り過ぎないとなりません。
 
 
 
「夢の中へ」??? (夢の中へ)
2009-11-03 19:41:24
崖様

丁重なお言葉、ありがとうございます。全く同感で、いいコメントに出合えたいですね。
いろいろあろうかと思いますが、サイトもブログも、まず実態ですね。
いずれにしても、参加者の意識と姿勢次第で、その性格がどんどん変わっていってしましますからねぇ。


ところで、
どなたかに「変なHM」と言われていましたね。笑われたかなぁ・・・
ええ、確かに変なHMだと思いますが・・・
すぐに反論するのも恥ずかしいし、由来の説明なんて無粋ですので、そのままにしておりました。

皆様そのようにお感じのことと思いますので、本日が「文化の日」でもあり、ちょっと披瀝してみます。

小説の中の着メロとお思いの方もあるでしょうね。
実は、井上陽水という方の歌はほとんど聴いたことがないのです。(その年齢の頃は、ショパン、ベートーベン、リスト、ラフマニノフなどでした。)
カラオケで友人たちがよく歌っているのを聴いて歌詞が面白いのと、皆あまりに歌が下手(高音が出ていない)だったので、代わってあげたら、私の方がうまかった。
その後、私が先にその歌を歌うと誰も歌わなくなった。(結構意地悪でしょう。)
だから、イジワルで女性には嫌われています。「キラ~イ! イジワルなんだからぁ~」って。

着想のひとつではあるのですが、選定した理由は、全く違います。

命名は、「古今集」に求めました。(ちょっと浮かんだに過ぎませんが)

「世の中は 夢かうつつか うつつとも 夢とも知らず ありてなければ」

キーボードに向かう現(うつつ)の自分と、ディスプレイに現れる「バーチャルなブログ」=「夢」?

「投稿」キーを、クリックする瞬間が、「現」から「夢」への転換点=「夢の中へ」です。
夢には手が届きませんので、クリックの瞬間に思わず深呼吸してしまいます。

ブログと私の関係を象徴するものです。(でも、やっぱり変かもね)
 
 
 
失礼ですが・・・ (Miller)
2009-11-03 20:17:43
あのぉ~

「夢の中へ」さんは・・・
男性ですか?

私は、
ずーーーーっと女性だと思って文章を読ませていただいておりましたが。。(大汗)
 
 
 
回答 (夢の中へ)
2009-11-03 20:21:44
はい、真性の関西風味のおっちゃんです。
 
 
 
わちゃ~~~~! (miriam)
2009-11-03 20:33:42
きゃ~~~~っ!

びっくり!です。

失礼しました~(爆)
 
 
 
HNを間違えてしまいました~ (miriam)
2009-11-03 20:37:21
ごめんなさい。。

Millerはmiriamの「おばちゃんバージョン」でございます。

大変失礼いたしました。
 
 
 
うわあ~ (satoko)
2009-11-03 20:45:01
私も夢の中さんは、てっきり女性とばかり思っていました。
うわ~私洞察力無いんだなあ。

失礼しました。皆さま。
 
 
 
冷え込んできました・・・。 (九寨溝)
2009-11-03 21:08:47
コメント欄でのやりとり楽しいですね。

そしてやはり作家の先生にコメントしていただけるというのが大きな魅力ですね。先生は新しいことに果敢に挑戦なさって、謙遜に学ばれてとても魅力的だと思います。

これから寒くなります。お忙しい中、どうぞお身体ご自愛なさってください。

コメントを書き込むときは、言葉尻を捉えられないか、攻撃されないか、ばかにされないか、間違ったことを言っていないか非常に怖いです。ですのでサポートしてくださるコメントにはほっといたします。ありがとうございます。

九寨溝は澄んだ水が美しい場所ですね。行ったことはありませんが、いつも憧れの目で見ています。「甘苦上海」をお読みして、書いた先生の心が深く澄んだ青い水のようだなと感じることがありました。それを思った時に九寨溝を思い出し、物語りは上海だし、これでいこうっとハンドルネームにしてしまいました。掘り返すわけではありませんが、みずうみさんが「九さん」て読んで下さった時、わ、私っ!?って思って驚くと同時に、楽しく思ったのを覚えています。誰だって間違えます。誰だって色々な道を通ります。「あなた方の中で罪のない者がこの女に石を投げなさい」というキリストの言葉を思い出します。怖い発言や流れは書き込む人を尻込みさせるので肩を持つわけではありませんが、みずうみさんの傷がいえるよう願っています。
 
 
 
返歌といきたいが・・ ()
2009-11-03 21:11:58
「世の中は
夢かうつつか

うつつとも
夢とも知らず
ありてなければ」

読み人知らず。

夢の中さん、こちらからイメージでしたか。

貴方のコメントからは井上陽水の歌は連想できませんから、
「夢の中へ」のワードイメージは掴み処がなかったですね。笑

生憎、嗜みがなく返歌はできませんが・・。
まあ、一杯どうぞ?!〓

それぞれ皆さんにもHNには由来があるのでしょうね?

平田オリザさんは阪大のお若い先生ですね。
とすると夢の中さんはかなりお若い方でしょう?
クラッシックにも造詣が深いので、もう少し年令のいった方かなと思っていました。

僕も若い頃はコンサート、カラオケ全盛期は、ジュークボックス派のバーやクラブで飲んでました。
ジュークボックスで何十回と好きな曲を聴いていたので、近年歌うと意外や上手いと言われますよ。
プロの指揮者Dに好い声だと言われ、1ステージ50万でいいよ!と・・・笑

初めはこちらのブログで交流は難しいと考えていましたが、僕は九月にこちらに参加して二年も経ち、去るかどうするか、そして皆さんが交流できる方向を模索し始めてはいました。

九月中旬からの旅の前後でしたが、大阪府民さんの告白メールを読み気になり、旅から帰国して先月の初めにメール交流。
そうしたら少し問題な状況も解り、今は信頼で成り立つ横の繋がりができています。

生来、徒党を組むのは好みでは有りませんが、
ブロ友でも触れ合い感覚は残りますから、
文字の交流も捨てたもんでもないようですよ。

何れ皆さんでお会いすることも、可能になるとも思えます。

これはこちらのブログ主の高樹のぶ子さんと、大阪府民さんのお陰でも有りました。

皆さんも、今後とも宜しくお願い致します。



 
 
 
Unknown (夢の中へ)
2009-11-03 21:36:17
オリザ先生よりも年上です。

荻窪「いちべい」で飲んでいそうなごく普通のおっちゃんです。
 
 
 
成就しない恋愛 (JOY)
2009-11-03 21:38:48
チャイムが鳴る。なった気がする。
今のはチャイムか・・・空耳か・・・
薄く目を開け、耳を澄ます。

思わず、まだ「連載」は続くのか?と思ってしまいました。

二人とも別れると決心したものの未練を断ち切れず・・・。

この二人なぜ別れなければいけないのか?確かに周敏とその子供の存在がありますが・・・。でも二人が互いに別れることを決心したのは周敏とその子供の事が明らかになる以前の杭州でのことですよね・・・。紅子は未練を断ち切る「理由づけ」の為に周敏とその子供の存在を京に知らせたのではないか?と考えるようになりました。

ふっと思いました。「愛して、愛して、愛しすぎていつも互いに傷つけあって、一緒にいて苦しいだけ、だからもう一緒にはいられない・・・」そういう「恋」もあるんだなと。

E・ブロンテの「嵐が丘」のキャサリンとヒースクリフがそうでした。これはあまりにも激しい恋であるがために「現世」では恋が成就できず「死後」の世界において初めて成就する「壮絶」な愛の物語でした。

紅子と京はおだやかな「愛」を育む関係ではなく、いつも激しく傷つけあい、そしてその後のお互いの「傷」をなめ合うような、切なく、張り詰めた関係。「嵐が丘」の激しい恋にもにているような・・・。

「きらきらと煌めくような恋」だけが「恋愛」ではないということでしょうか?

独力で事業を立ち上げ守り抜き、自分勝手な「妻子持ち」の男性(松本君ではなく以前の男性です)から「都合の良い女」として若さと美しさを貪られ、それでも孤独に耐えながら健気に生きてきた紅子さん・・・。異国での事業に夢中になって、ふと「老い」の入り口の51歳になって「最後の恋」に賭けた紅子さん・・・。自分を傷つけるだけの男性に狂い、安らぎを与えてくれる男性には「恋」することができなかった紅子さん・・・。自分が恋敵に仕掛けた「罠」が恋する男性と恋敵に「新しい生命」という決定的な「絆」を与えてしまった、紅子さん・・・。

「恋」はかくも過酷な運命を「おんな」に与えるもの・・・。


紅子さん、慰めかもしれませんが、

「成就しない恋愛だけがロマンチック・・・。」
(「それでも恋するバルセロナ」より)
 
 
 
失礼、いちべい? ()
2009-11-03 21:44:40
ちょっと失礼致します。

いちべいさんの女将とは15年前後前に長くカフェ友でしたね。
サムエぽい服装の。
お店は北口のカメヤビルでしたね。



 
 
 
そう銘酒がたくさん (夢の中へ)
2009-11-03 21:54:50
そう2階か3階でしたね。
本当の銘酒(匂わず、べとつかず)がそろっていました。
米・麹の純米大吟醸。
友人の行きつけで何かサービスいただいたような。
又来るからねで、それっきりです。
 
 
 
読み終えて (sae)
2009-11-03 21:58:05
樹先生、長期間の連載、お疲れさまでした。
毎日のように、これはわかる、あれは違うと考え込みましたが、そんな日々も遠くになりそうです。

私は樹作品の大ファンです。だから、甘苦上海をできるだけ多くの人に読んでもらいたい、樹作品のすばらしさをたくさんの人と共有したい、と思ってきました。そんな思いが強すぎるあまりに、ずいぶん辛口な読み方になったと思います。

成功した実業家の皆さんが口をそろえるように、紅子も「世の女性を美しくしたという強い思いからエステを選んだ」と考えてほしいと思うばかりに、不倫関係を解消した男性から得たお金を糧とし、これから注目されるだろうというヒントをもとにフランスにエステの勉強に行き起業した(不正確だったらすみません)…と読むなり、ガッカリしたり。日常のビジネスの描写に不満を感じたり。はたまた、成功した女性が年下の男性との関係をお金がらみでスタートするプロットを、20年以上前の別の小説家の複数の作品で読んでいて(しかも舞台は日本だけでなく、東南アジアなどだったりしました)、既視感から離れられなかったり。(バブル期の日本と今の上海が似ているのかしら?) そもそも紅子がいなくても、京と周敏のストーリーは変わらなかったのでは…なんて、つまらなく考えたり。

もっとおおらかな気持ちで楽しめばよかった…と、こちらに寄せられるコメントを見るにつけ後悔です。
新聞連載は次のストーリーまでにどうしても1日以上の間があくので、単行本よりもたくさん考える時間があります。すると、あらさがしみたいになって…ホント、自分でも嫌な読者でした(笑)。

紙上に次の連載の告知が出たタイミングで、残り回数を数えて、ラストは私たちに投げかけられそうだな…と。これだけは当たりました。私の中の嫌な読者モードが落ち着いたら、じっくり素早く読み返してみたいと思っています。

今回、たいへん興味深かったのは、執筆の過程で先生がどんなことに関心を持っていらっしゃるのか、その一端がブログで覗けたことです。一方で、先生は意外にざっくばらんに言葉を操るんだなぁとヒヤヒヤもしました。作品や文学賞の評として寄せられる文章などのイメージと大きなギャップがありましたが、それも先生のスタイルなのですね。
あまりのお忙しさを心配したりもします。文壇に占められるお立場から仕方のないことかもしれませんが、じっくりとひとつの作品だけに向かい合われると、また違うものが生まれるのかなぁ…とも。身勝手なファンのこれまた勝手な願望ですが。

書いていると、止まらなくなってきます。駄文を皆様にお目にかけるのも迷惑ですから、とりあえずこの辺で。
 
 
 
サイアと九州大学 (高樹のぶ子)
2009-11-03 22:13:16
ご心配くださる方は、上記の「SIAとは」をご覧ください。サイアの発信は「テレビ」「新潮」「文藝春秋」「西日本新聞」「ウエブ(当サイト)」などを通じて行っていて、そのすべては私の責任下にあります。「新潮」「文芸春秋」に載ったものに関して九大が責任を負うことが無いように、このサイトに関しても、私がすべて責任を負っています。そうした発信システムは私が作りました。
九州大学アジア総合政策センターの特任教授として、SIAのすべての運営は私にゆだねられています。

このブログ自体の性格も、私が決めますし、九州大学は一切の責任を負いません。「文藝春秋」に載ったフォトデッセイに間違いがあっても、それは私の責任であり九大の責任ではないのと、同様です。

九州大学の教職員だけで15000人もいらっしゃいます。正確にはわかりませんが、教授だけで700人以上の大所帯です。
学内では膨大な数のプロジェクトが行われていて、どのプロジェクトであれ推進者もあれば反対する人もいます。

「夢の中へ」さんは、最初から男性だと思っていましたよ・・ふふ・・
 
 
 
SIA (Unknown)
2009-11-03 23:17:15
なるほどそういうことだったんですね。よくわかりました。では、以前、おっしゃっていたこのブログの管理チーム、というのにも九大は関与していないわけですね。まるで関与しているかのような書き方に思えましたけど。


SIAの企画の発案者は、てっきり、アジア総合政策センターでNGOの研究をしていらっしゃる女性の准教授なのかと思っていましたが、全責任を高樹氏が負っておられるのですか。

しかし、公立の大学のプロジェクトで、それがたとえこのブログで起こったことであるとしても、全責任を特任教授が負うとは考え難い面もあります。特任の教員には大きな権限を与えないのが常識ですから。


saeさんの御意見、納得しました。九さんてやさしい方ですね。あっぱれ(^o^)



 
 
 
名乗らない方へ (sae)
2009-11-03 23:22:07
ご賛同はありがたいですが、名乗られない方からおっしゃられても戸惑うばかりです。一連の糾弾(?)コメントにはうんざりしていますし…。
 
 
 
自分のコメントに追記 (sae)
2009-11-03 23:28:58
先ほど書いた「読み終えて」、読み返してみると作品批判と読まれかねないことに気付きました。私は、私自身の感じ方を後悔したことを書きたかったのですが。。。それに、気取らない先生のブログへの姿勢、私は好きです。
いったん文字になると解釈は読み手にゆだねられますね。気をつけているつもりでも、自分では思ってもみなかった結果を招くようです。書きましたように、私は樹作品の大ファンです。虫のいいお願いですが、そういうバイアスで読んでいただけるとありがたいです。
 
 
 
saeさん (高樹のぶ子)
2009-11-04 00:31:10
saeさん

ご心配には及びませんよ!
作品の感想、嬉しく読みました。ありがとうございます。

名乗らない方への返事は原則いたしませんが、あえてお答えしておきます。

当ブログの管理チームは、NTTレゾナント(goo)のネット専門家による複数人の編成です。「文藝春秋サイア」を遂行してくださるのは、文藝春秋の編集者であると同じです。

センター内の先生方は、サイアをサポートしてくださいます。特異なプロジェクトを、良くがんばって応援くださっています。

閲覧者の方々、遠慮なく、様々な思いをお書きください。
甘苦上海、マイマイ新子、恋愛、どんなものからでもお入りください。
そしてこれをご縁に、上記バーにあるサイアの発信に興味を持っていただき、アジアを覗いていただけたらと願っています。
 
 
 
saeさん (Mいとこ)
2009-11-04 02:19:28
すいません。先程のコメントHNつけ忘れました。
 
 
 
アジアの定義 (木蓮)
2009-11-04 09:28:41
高樹先生、SIAについてのご丁寧な説明をありがとうございます。
あまりに初歩的な質問で恐縮なのですが、SIAにおけるアジアの定義を示して下さるとありがたいです。
私や子ども達は、アジアをヨーロッパ以外のユーラシア大陸と捉えているのですが、日本では、もう少し狭い範囲を指しているようにも感じます。
先の講演草稿や、こちらに寄せられる色々な方のコメントも、前提となるアジアの範囲が広狭していて、その都度想像力を働かせて読むのも楽しいのですが、辛く感じる事もあります。
学問的にも様々に定義されているようですが、高樹先生はどのように捉えていらっしゃるのでしょうか。ただSIAの理解を深めたい思いでの質問です。先生の定義に従って、SIAに共振したいと思っています。

SIAにおけるアジアの定義を探したのですが、見当たらず、安易に質問する不躾をお許しください。
 
 
 
日経の読者として疑問に思ったこと (UN)
2009-11-04 09:48:22
「甘苦上海」は、SIAというプロジェクトの派生物ですよね。

その派生物の発表場所として、日経新聞を選ばれたのは、何故なのでしょうか。

高樹先生は、朝日新聞で、この小説を「実験」だとおっしゃったそうですが、それは本来は日経新聞の読者に伝えるべきことのはず。なぜ、朝日新聞の読者に伝えたのでしょうか。

お金を払って新聞を取っている身にとっては、実験に付き合わされるのは不本意です。

先生の実験が成功したのか失敗したのかは読者側には判断できませんが、もし失敗したのであれば、その原因を追究しなければ実験の意味がありません。

実験に付き合わせた以上、先生には、日経新聞の読者に実験の結果(失敗したのであればその原因も)を伝える義務があるのではないでしょうか。
 
 
 
アジアの定義 (高樹のぶ子)
2009-11-04 09:48:59
サイア予算がふんだんにあれば、中東からトルコ、オーストラリアまで広げたいのですが(笑)そうも行きません。
アジアをどの範囲とするかは、予算さえあれば、イスラムを含む広範囲にしたいですね。「アジアとはここだ」という発想から動いていませんで、とりあえず「サイアで扱えるアジア」は「東はインド、北はモンゴル」ということになります。

木蓮さんのいらっしゃる場所は地理的にはアジアに入りませんが、でも、その大都会にも、「小さなサイアのテーマ」はあるのかもしれませんね・・

ニューヨークはもう、かなり寒いのでしょ?
 
 
 
地下水脈 (夾竹桃)
2009-11-04 12:27:39
『甘苦上海』の連載が終わって
しばらく鋭気を養われる日々かと
思っていましたが
もう高樹さんの地下水脈には
水が湧き出してきているのですね。
ファンとしてこれほど頼もしく
嬉しいことはございません。
何かの書評で池澤夏樹さんが
ヘミングウェイの晩年の作品を読むと
彼の中の創作の泉が枯れていくのが
よく分かったというようなことを述べられていて
同じ創作をする者同士に
感じあえる感慨かと
訝しく思ったことがあります。
次の高樹さんの作品が
どんなものになるのか
いつ頃に読めるのかと
気ばかり急くような読者の貪欲さですが
ひとまずは『甘苦上海』の
最終巻を心待ちにして
通して読んで感じられる
新しい『甘苦上海』を発見したいと思います。

ほんの二、三日書き込みできなかっただけで
ここに流れる空気が
ずい分変わったような気がします。
渦を巻くように四方から
ランダムに吹いていた風が
一つの方向に静かに吹き始めたような
そんな感じでしょうか。
高樹さんのこのブログに対する思いを
このブログを愛する訪問者が
同調し始めた。。。
そんな風に感じています。
わたしもこの流れの一部になれたら
とても幸せな思いを抱けそうです。

夢の中へさんは男性でしたか!
わたしも女性と思って
コメントさせていただいておりました。
文字での交流の面白さですね。
 
 
 
請追加予算 (木蓮)
2009-11-04 14:47:30
先生、早速のお返事ありがとうございます。SIA予算、どうしたら増やせるものでしょうか。。。
黄金燃赤に輝いていた樹々もそれぞれに葉を舞い落とし、芝生を彩り覆います。生気奪われ、みるみる日も縮まり、闇(死)が支配してしまうのではないかいう恐れが、祈りを託すハロウィンになるのだと身に深く感じ入ります。(今年はヒラリーを装いました)
アジア各地からも人集まるNY。上海、チベット、韓国、インド、、先生の物語に、それぞれの友人を重ねて読みます。離れているからこそ思いも深まり、息子も何かのプロジェクトには、アジアを取り上げています。
私を木蓮と知る人達とは、インド哲学系体感型(?)のとある会。次回インド編も楽しみにしています。

話題の夢の中へさん、登場間もなく男性と語っていらっしゃいます。私もその時びっくりしました。
 
 
 
ある、逸話 (satoko)
2009-11-04 19:56:40
ひとつの恋が終わる時、
諦めきれない者は、自分を傷つけるか、相手を傷つけるか、、、というような場面に出くわしたことがあります。
私ではなくて、申し訳ないのですが。

荒れ狂う心は、誰かを傷つけないと静まらないのかもしれません。
ある女性は、男の車を釘で傷つけたこともあると、言っていました。情けないくらい幼稚な行為ですね。
とことん、相手に嫌われる、ことで諦めが付くということもあるかもしれません。

そんなんでは小説にもなりません。ところが哀しいかな、そういう恋も多いのです。次元の低い話で申し訳ありません。

やっぱり恋はお互いに求め合うところが美しい。

私にとっては、甘苦上海は美しい終わり方だったように思いました。(いつまでもしつこいですね(汗))

私は
中近東が、アジアの国というイメージはなかなかなれなかったのです。アラビアはあまりにも遠く謎に満ちていました。

ヨーロッパ人と話をしたとき、
その方が、中近東をアジアと言ったのでアジアなんだと実感したくらいです。アジアは歴史的にもあまりにも重く哀しい歴史をはらんでいますね。

次はインドと小説ということで楽しみにしています。
インドといえば、詩人でノーベル文学賞を受賞した方がいましたね?。今思い出しませんが。




 
 
 
ハロウイン (高樹のぶ子)
2009-11-04 20:42:14
satokoさん・・「とことん、相手に嫌われる、ことで諦めが付くということもあるかもしれません」・・というコメントは、確かに真理ですね。そしてとことん自分をいやになって、頭をかきむしって眠り、それでも生きている・・何か食べれば美味しい・・苦しんだ末の神の恩寵でしょうか。

鎌倉よし子さん・・なるほどね・・寧波で京と紅子が最後に性を交わす・・でもこれは翌日が相当苦しいですよ・・でも、アリですね・・

浜田さん・・わたしの代わりに、マンマンチャ、アを、よろしく!

皆様へのお返事が出来なくて、ごめんなさい。
 
 
 
ハロウイン2 (高樹のぶ子)
2009-11-04 20:44:20
上のコメント、タイトルが浮いてしまった・・

木蓮さん・・ハロウインて、アメリカ人はなぜカボチャなんでしょう、ご存じだったら教えてください。お化けの象徴?
 
 
 
インドの詩人 (JOY)
2009-11-04 21:33:43
Satokoさん、

この方ではないでしょうか? 詩聖と呼ばれた方です。


ラビンドラナート・タゴール

1913年、アジア人として初のノーベル賞となるノーベル文学賞を受賞。翌1914年、イギリス政府からナイトに叙される。

インド国歌及びバングラデシュ国歌の作詞・作曲者で、タゴール国際大学の設立者でもある。




 
 
 
感謝 (satoko)
2009-11-04 21:55:12
JOYさん、そうでした。タゴール。確かアジア初だったのですか?
最近、名前が出てこなくて、困ります。

インドというと、
マハトマ・ガンジー、仏陀を連想します。
学生の頃、インド人と文通していたことがあります。
ターバンを巻いた立派な学生さんで、当時既に電子系の勉強をしていました。文通は自然消滅しましたが、驚くなかれ、私はまだ、手紙を箱に取っています。

名前も、覚えています。当時ボンベイに住んでいました。出身はニューデリー。

思い出しました。

先生、小説になりましょうか。

何度も登場してすみません、皆さま。
 
 
 
恨(ハン) (ゆう)
2009-11-04 23:16:44
第八話:恨をバネに恨を超える

色々と考えさせられる内容でした。

お婆ちゃんから孫へと隔世的に伝えられた覚悟・・
男女差別の封建時代の長さを感じました。

未婚を選択すする女性の話を聞きながら、思想に成熟という
ゴールはあるのだろうかと思いました。


恨・・猫のコンを思い出してしましました^^;
 
 
 
なぜ南瓜? (木蓮)
2009-11-04 23:43:34
アメリカ人も色々に説明するので、以下は、東海岸に住む、薄学無知な私の、一捉え方として。

由緒ある祝い方とはいえない米国ハロウィンですが、古代ケルトの「収穫祭」の側面を感じます。 ピルグリムファーザーズにちなむThanksgivingは11月後半ですが、ともに、厳しい冬を迎える前の収穫に、深い感謝。保存でき、栄養にも優れる南瓜は、ひと際思いを託せる作物だったのでは。。。(と、冬至の南瓜を欠かさない私は思ってしまう)
Thanksgivingまでまだ当分、ジャックオーランタンではない南瓜が、農夫の人形と一緒に、各家庭の戸口に飾られます。収穫の象徴なのでしょうか。

商業主義に乗って全米に広がった楽しいイベントにも、色々に感じ入ります。

正しくご存じの方がいらっしゃれば、教えていただきたいです。
 
 
 
追伸 (木蓮)
2009-11-04 23:57:24
ケルトのサウィン祭では、祭司たちが、火をつけ、作物と動物の犠牲を捧げた、とあります。収穫物であり、火をともせ、ジャックオーランタンの伝説をも兼ね合わせられるから、南瓜なのかなと思います。
 
 
 
なんだかんだといっても........ (ゆらゆら)
2009-11-05 00:18:33
 何だかんだと言っても、高樹のぶ子パワーはすごい!敬服。
 
 長丁場の新聞連載の傍ら、このブログでは「作家先生のお部 屋訪問、どうぞ、どうぞまぁ一杯....」ともいえる試みで、
 リアルタイムで盛り上がる........。

 ちょっと「因幡の白兎」的にヒリヒリ感もあったけれど、
 それはそれで次作の芽となる......。

 なんというパワフルさ....、同世代の私はは乾杯ならぬ完  敗.....。今までにない多方面活躍型女流作家の誕生です  ね。『筆が荒れる』なんて心配したけれど、SIA『筆は飛んでいく』。


 この4月以来、日経を持って出社する息子の帰宅を心待ちに し、帰宅するや駆け寄ってカバンの中から取り出して読んだ
 『甘苦上海』。
 それが終わって、今は息子がいつ帰宅しようが関係なくなって、
 「おかえり....」の一言。体は動かない。
 この『うつろさ』はなんでしょうね(苦笑)。

 ナナメ読みしても、ひっくり返って読んでみても、高樹のぶ子
 ワールドにどっぷり浸かっていたのです。

 saeさん、わたしも同じ気持ちです。
 残り回数を数えて......、思わず笑ってしまいました。まったく同じなんですもの.....。
 私一人ではなかった.....、ちょっと、うれしいな。

  
 
 
 
ヘミングウェイ (夢の中へ)
2009-11-05 01:35:37
私が、皆様から女性と見られていたことに驚きました。
どのようなところで、そのようにお感じになられたのでしょうかね。
「をとこもすなるブログといふものを、おんなもしてみむとてするなり。・・・」でしょうか。
タイの男性たちとは随分違いますよ。
雑食系(草食系の様でもあり、肉食系の様でもあり)の普通のオスです。

夾竹桃様からご紹介いただいた
「ヘミングウェイの晩年の作品を読むと彼の中の創作の泉が枯れていくのがよく分かった」とは、どのようなところから感じられたのでしょうか?

彼の飲酒歴から何となく想像できますが。
アルコールは、脳の新しい細胞を壊してしまいますから、脳の老化、劣化が早くなる事は想像できますね。
脳が健康であれば、老化により一部の衰えが、サヴァン症候群のように、他の隠れた才能の開花に繋がるかもしれない楽しみもあるのですがね。
皆様も健康にご留意ください。

ヘミングウェイといえば、「キリマンジャロの雪(万年雪)」が、地球温暖化の影響で、2022年~2033年には消失する可能性があるという研究結果が発表されていましたね。
どうしようもないとすれば、早めに見ておくべきでしょうか。
この作品は、高樹先生が最も影響を受けられた小説のひとつでしたね。
キリマンジャロに、雪がなくなると、ちょっと悲しいですね。
お気持ちは、やはり、「とても雪ない」疼苦!疼苦!疼苦!でしょうか。
でも、温暖化が、地球の大きなリズム(何万年~何十万年)の流れに沿った現象であれば、環境保全に努めた上で、むしろ自然なこととして容認しなければいけないのかもしれませんね。
 
 
 
ハロウィンのカボチャ (崖転岩)
2009-11-05 01:50:25
元来ハロウィンのカボチャの提灯は魂の象徴です。
僕の独断的解釈では、お化けか妖怪の象徴も兼ねているように思われます。

物語を簡略化すると。

アイルランドのジャックはケチで粗暴な男。
悪魔を騙し取引に持ち込み生きた延びたが、しかし死んでも行くべき地獄には、入口で悪魔に断られ地獄にさえも行けず、悪魔に貰ったカブに火を入れた提灯を持ち、ジャックは生の世界と地獄の間を、さ迷うことになった愚かな男のストーリー。

そしてカブの提灯はその後に形から魂の象徴となった。

しかしアメリカ大陸ではカブは馴染みが薄く、カボチャを使い始めたそうです。

僕は物語からもお化けか妖怪の象徴も兼ねてる気もしました。

詳しくは携帯からなので以下のアドレスをコピー&ベーストして閲覧下さい。
タイトル:
生活 - ハロウィーン4 カボチャのお化けの由来 なぜカボチャのお化けなの? [子供のための英語]【All About(オールアバウト)】
URL:
http://m.allabout.co.jp/a/children/kidsenglish/cu/CU20011019A/




 
 
 
崖さん、ありがとうございます (木蓮)
2009-11-05 02:42:19
なるほど、今も由緒あるハロウィンを祝うアイルランドの伝説から語ればよかったのですね。アメリカでは、何故カブではなく南瓜なのか、に焦点を当てて考え過ぎていました。

ジャックオーランタン伝説にも、様々な語られ方、読み方があります。お化けの象徴、そうかもしれません。ただ、「生の世界と地獄の間」というよりも、「天国にも地獄にも行けず」さまよう哀れな魂という解釈の方が、宗教的に、しっくりくるような気がします。重箱の隅つつきみたいで、すみません。

上記のストーリーにも、色々な脚色があります。一つにとらわれず、どうぞ、広がりと奥行きをお楽しみくださいませ。
 
 
 
ごめんなさい (木蓮)
2009-11-05 02:45:48
崖さん一流のキーワードっだったのですね。失礼しました。
 
 
 
ハロウィーン (GENE)
2009-11-05 09:20:21
「コップの中の大海」という、この日記のタイトルは、先日の私のコメントからうまれたのかしら、と思いました。
「コップの中の嵐」と書きましたが、「所詮」という気持ちは全く無く、他の世界では、他の世界での嵐が吹き荒れている、と言う気持ちでした。
「コップの中」であっても「嵐」は「嵐」。
その中にいる人たちには、大海のようであり、翻弄されるということは同感です。
たまに、ふっと肩の力を抜いて、外の世界にも思いを馳せるのも、いいのでは、と私は思います。

ネットはまるで無限大の宇宙のようです。銀河系が宇宙にたくさんあるように、高樹のぶ子先生を中心にある銀河系と、別の作家さんと中心とする銀河系もある、文学というジャンル以外の、音楽のジャンルにも、またいくつもの銀河がある・・・そんな思いです。

さて、ハロウィーンについて、遅まきながら、書かせていただきます。
ジャック・オー・ランタンについては、もう木蓮さん、崖さんが丁寧に教えてくださっていますが、荒俣宏さんがイギリスを訪れる「ハリー・ポッターのふるさとを訪ねる旅」のようなタイトルで番組を見た時、私も知りました。

ハロウィーン(万聖節の前夜)に、スコットランド、アイルランドでは、ジャック・オー・ランタンを、カブ(ルタバガ)をくりぬいて作ったそうです。
それが移民として移住した人たちによってアメリカに伝えられたのですが、アメリカで手に入りやすいかぼちゃを使ったそうです。
アイルランドでは今でもカブだそうです。

ジャック・オー・ランタンの由来は、ハロウィーンにジャックと言う男が悪魔と魂を渡す契約をしたが、ずる賢いジャックは悪魔を騙して魂を渡さなかった。死んだジャックに天国に入れない。かといって、悪魔を騙すような恐ろしい男を地獄も受け入れない。ジャックはあの世とこの世の真っ暗な世界をカブのちょうちん(ランタン)を持ってさまよう事になった「という伝説から生まれたのだそうです。
「さまよえるオランダ人」を連想させるお話ですね。

カトリックでは、それぞれの聖人の日が決まっているのですが、聖人が多くなりすぎて、日が足らなくなり、全ての聖人の日として、11月1日を万聖節としました。その前夜祭のハロウィーンには、死者がこの世に帰ってくると考えられているので、日本のお盆のようなものでしょうか。プロテスタントの教会では、11月の第一聖日に、永眠者記念礼拝を行なう教会が多いです。

悪いお化けに、悪さをされないように仮装するという発想は、京都の花街の節分の厄除けの「お化け」に似ているように思います。

ところで、マイケル・ジャクソンの「This Is It」を見ました。ネタバレになるので、多くは語りませんが、素晴らしい映画でした。
その映画の、新しい映像の「スリラー」が正にハロウィーンのイメージだなぁと思いました。

 
 
 
木蓮さん崖さん他・・ (高樹のぶ子)
2009-11-05 09:22:27
ハロウインとカボチャの関係、ありがとうございます!
蕪の灯火を持って、あの世とこの世をウロウロする魂は、妙にヴィジュアルですね。悲しみの美しさがある。
 
 
 
時には気負わず泳いでいきたい。 (しづ)
2009-11-06 18:29:06
コップの中の大海。

自分に正直に、一生懸命泳いでいきたい。
時には波風もたつでしょう。嵐も吹くでしょう。
そんな時も自分にできる限りの努力をして乗り越えていきたい。

嵐が来るぞ!前もってそう言われたら備えることもできるでしょう。
でも、そうとは知らずに嵐の中に入ってしまっても、前を向いて少しずつでも進んで行こう。ペースはゆっくりでも、そして、嵐をくぐり抜けた後で、振り返ってみて、さっきのは嵐だったんだ…って思えるくらい、時には気負わず、気楽に、おおらかな気持ちで泳いでいきたい。
いつも一生懸命だと、しんどいから。時にはゆっくりと、でも正直に。。。
 
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