天上の月影

勅命のほかに領解なし

続・寂光土義の論文(10)

2017年01月31日 | 法本房行空上人試考

                四

 行空の意図は二重に考えられる。第一重は最高の浄土に生まれるということである。行空は前稿でも述べたように伝道者としての性格が濃いと思われる。その理由を整理しておくと、第一に『三長記』に興福寺から名指しで訴えられている記述があるのは伝道の最前線にいた証拠である。第二に著述が遺っていないし、あったという形跡もない。第三にその教学は弁長の所伝によって知られるから、弁長が帰郷した元久元年(一二○四)七月以前か、もしくは建永二年(承元元年、一二○七)二月の法難以前であり、他の有力門弟が教学を形成して著作するより相当早い。第四に『金剛宝戒章』「秘決章」に行空の問いが五つあるが、いずれも伝道に関するものであるのは『金剛宝戒章』成立時に伝道者としてのイメージが強烈であったからであろう。

 これらによって行空の教学は伝道の場あるいは門弟間の法談のなかで語られたものであり、経論釈を駆使して緻密に構築されたというより、素朴なものであったと推測される。ただ伝道するかぎり法然教学をしっかりと身につけていたはずであり、そのうえ法然門下として名を馳せているということは、伝道者であると同時にすぐれた論客でもあったであろう。そうでなければ伝道の最前線には立てないと思われる。

 この伝道者という立場を踏まえると、行空は「名を称すれば、かならず生ずることを得。仏の本願によるがゆゑなり(1)」に帰結される法然の専修念仏を説き弘めるにあたって、「極悪最下の人のために極善最上の法を説くところなり(2)」という法然の言葉を信念としてもっていたのではなかろうか。専修念仏は極悪最下の人を救う極善最上の法である。だからこそ興福寺から名指しされるほど熱烈な伝道がおこなえたと思うのである。もっともそれは『選択集』の言葉であって、行空はその伝授を受けていない。ただ法然が文治六年(一一九○)東大寺で「浄土三部経」を講説した記録とされる『漢語灯録』「三部経釈」のなかの「観経釈」にまったく同じ文章がある(3)。そのほかにも「三部経釈」には『選択集』と完全に一致する文章がある。おそらく建久九年(一一九八)に『選択集』が成立したのちに加えられたものであろう。岸 一英氏は現行の「三部経釈」に新層の部分と古層の部分があることを指摘されている(4)。その新層の部分が『選択集』と一致する箇所である。問題は「三部経釈」に『選択集』の文章を加えるとき法然の監修のもとにおこなわれたかどうかである。長西(一一八四~一二二八)の『浄土依憑経論章疏目録』には法然の著作として「無量寿経釈一巻」「観無量寿経疏一巻」「阿弥陀経釈一巻」が挙げられ(5)、また大橋俊雄氏によれば『選択本願念仏集名体決』『念仏本願義』に「大経釈」の引用があり「長西自ら法然の真撰であることを納受したからであったろう」といわれている(6)。法然の意志を離れて門弟が『選択集』の文章を加えるような恣意的なことはないと思うが、なお慎重にいえば長西が法然の撰述と認める「三部経釈」に新層の部分があったか、さらに行空がそれを見ていたか、確実にいえるものではない。そこでいまの文章に類する古層の部分と思われるものを探してみると、「孝養等の麁行を廃して念仏に帰すべし〔云云〕。此れは是れ極悪に対して極善を表すの意なり」とある(7)。当初はこういう言い方であったのが、のちに「極悪最下の人のために極善最上の法を説くところなり」となったのであろう。そして法然は『選択集』にだけこの文章をいったとは思えない。『九巻伝』や『十巻伝』には天台宗の人の問いに対して法然は「弥陀因位の時、一切衆生に代りて、兆載永劫の間、六度万行、諸波羅蜜の一切の行を修して、其功徳を悉く六字の名号に納られたる間、万行万善諸波羅蜜、三世十方の諸仏の功徳の、六字にもれたるはなし。故に是を極善最上の法とも名く」等と答えている(8)。それがどこまで史実を伝えているのか明らかでないが、このような記述があるところをみると、法然はしばしば「極善最上の法」ということを語っていたのであろう。行空はその言葉を聞き、伝道の場で強調していったと思われる。「寂光土の往生」というのがそれである。すなわち、念仏が「極善最上の法」であるならば、果もまた極善最上でなければならない。「名を称すれば、かならず生ずることを得」という浄土は、単に九品平等というにとどまらず、最高の浄土であるということである。

 それは行空の創案ではない。もともと阿弥陀仏の浄土は『大経』「讃仏偈」に、

われ仏とならんに、国土をして第一ならしめん。その衆奇妙にして、道場超絶ならん。国泥のごとくして、しかも等しく双ぶものなからしめん(9)。

と誓われ、


清浄に荘厳して十方一切の世界に超踰せり。衆宝のなかの精なり(10)。

と成就されたのであった。善導も前に引いた『往生礼讃』に、

もろもろの仏刹に超えてもつとも精たり(11)。

と述べている。その浄土の超勝性を示すために、行空は天台でいえば常寂光土にあたるという意味で「寂光土の往生」と説いたのであろう。

(1)『選択集』後述(『浄土真宗聖典 七祖篇〈註釈版〉』一二八五頁)
(2)『選択集』讃歎念仏章(『浄土真宗聖典 七祖篇〈註釈版〉』一二五八頁)
(3)『漢語灯録』巻二「観経釈」(『真宗聖教全書』四・三四九頁)
(4)岸 一英氏「『逆修説法』と『三部経釈』」(『藤堂恭俊博士古稀記念  浄土宗典籍研究  研究篇』〈同朋社、一九八八年〉)
(5)『浄土依憑経論章疏目録』(『大日本仏教全書』一・五、七、八頁)
(6)大橋俊雄氏「法然上人撰述浄土三部経末疏の成立前後に就て」(『仏教史学』一八─一、一九五九年 のち『日本名僧論集第六巻 法然』〈吉川弘文館、一九八七年〉所収)。『選択本願念仏集名体決』(『浄土宗全書』八・四三八、四四○頁)、『念仏本願義』(『同』八・四五○、四五六、四五八頁)
(7)『漢語灯録』巻二「観経釈」(『真宗聖教全書』四・三五二頁)
(8)『法然上人伝記(九巻伝)』巻第三下(井川定慶氏集『法然上人伝全集』三七六頁)、『法然上人伝(十巻伝)』巻第六(『同』六九二頁)
(9)『大経』巻上「讃仏偈」(『浄土真宗聖典〈註釈版〉』一三頁)
(10)『大経』巻上(『浄土真宗聖典〈註釈版〉』二八頁)
(11)『往生礼讃』日中讃(『浄土真宗聖典 七祖篇〈註釈版〉』六九八頁)

コメント

続・寂光土義の論文(9)

2017年01月30日 | 法本房行空上人試考

ただ證空は『観経疏大意』に、

問ひて曰く。天台には、四土・三身を立てて、界内・界外を判ず。界内とは、同居の穢土には劣応身なり、同居の浄土には勝応身なり、若しは第三の身なり。界外と云ふは方便土なり。或は勝応身、或は報身なり。実報土には報身、寂光土には法身なり。故に、三身の土は各別にして、其の義、分明なり。然るに今家には、三身を立つると雖も、四土を立てず。今、天台所立の如く意得べきか。亦、其の義相に異なり有るか。如何。
答へて曰く。今家の意は、三身を釈する事、分明なり。但し、土に於ては、穢土・浄土と云ふなり。全く四土を分別せず。若し、天台の四土を今の意にて対判せば、報身と云ふは自受用身なり、土と云ふは実報土・寂光土等の分斉に当るなり(1)。

といっている。ここに「自受用身」「寂光土」という語が出ていることに注意されるが、「土に於ては、穢土・浄土と云ふなり。全く四土を分別せず」といっているから、問いに即して、あえて四土に対判したにすぎないのであろう。『玄他筆鈔』に四土の説明をしているが、そのなかで「四に寂光土、唯仏与仏のみ居する処也(2)」といっている。行空のように常寂光土に往生するとは見ていないようである。證空の著述のなかで「寂光土」の語はこの二ヶ所しかないからである。

 親鸞は「真仏土文類」に、

    つつしんで真仏土を案ずれば、(中略)土はまたこれ無量光明土なり(3)。

といい、「正信偈」にも、
 

   かならず無量光明土に至れば(4)、

といっている。「無量光明土」はもと、『大経』の異訳である『平等覚経』に、

    速やかに疾く超えて便ち安楽国の世界に到るべし。無量の光明土に至りて、無数の仏を供養す(5)。

と説かれている。本来は諸仏の国土のことであるが、それを転用したのである。親鸞は後述するように往生即成仏と示すから、その「無量光明土」は常寂光土に相当するといわれている(6)。しかし親鸞は決して「常寂光土」とはいわなかった。それは天台の用語であって借り物であるから、自前の『平等覚経』によったのであろう。そして親鸞は宝治二年(一二四八)七十六歳の『浄土和讃』「大経讃」に「弥陀成仏のこのかたは、いまに十劫とときたれど、塵点久遠劫よりも、ひさしき仏とみえたまふ」と詠い、「諸経讃」に「久遠実成阿弥陀仏、五濁の凡愚をあはれみて、釈迦牟尼仏としめしてぞ、迦耶城には応現する」と詠って久遠実成の阿弥陀仏という仏身論を示し、八十歳前後から『唯信鈔文意』や『一念多念文意』に「この一如よりかたちをあらはして、方便法身と申す御すがたをしめして」等といって曇鸞の『論註』による二種法身説の仏身論を示すが、『教行証文類』で中心にされていた報身・報土説を晩年まで変えることはなかったのである(7)。

 この報身・報土説を前提にするならば、隆寛や幸西のように実報無障礙土に往生するというのが穏当であろう。法身の所居と規定されている常寂光土と報身・報土説は成立しない。親鸞と内実は同じとしても、行空はどうして「寂光土の往生」といったのであろうか。

(1)『観経疏大意』(森英純氏編『西山上人短篇鈔物集』二九~三○頁)
(2)『観経玄義分他筆鈔』巻中(『西山全書』四・三一四頁)
(3)『教行証文類』「真仏土文類」(『浄土真宗聖典〈註釈版〉』三三七頁)
(4)『教行証文類』「行文類」「正信偈」(『浄土真宗聖典〈註釈版〉』二○六頁)
(5)『平等覚経』巻二(『真宗聖教全書』二・一○○頁)
(6)梯 實圓氏『親鸞教学の特色と展開』所収「自然の法義について─『獲得名号自然法爾御書』の考察(その3)─」(法蔵館、二○一六年)七○頁、天岸浄圓氏「親鸞聖人の証果論の特色」(『行信学報』一七、二○○四年)参照。
(7)梯 實圓氏『浄土教学の諸問題』上・所収「親鸞聖人の阿弥陀仏観の一考察」(永田文昌堂、一九九八年)参照。『浄土和讃』「大経讃」(『浄土真宗聖典〈註釈版〉』五六六頁)、『浄土和讃』「諸経讃」(『同』五七二頁)、『唯信鈔文意』(『同』七一○頁)、『一念多念文意』(『同』六九○~六九一頁)

コメント

続・寂光土義の論文(8)

2017年01月29日 | 法本房行空上人試考

そうすると行空のように「寂光土の往生」とはいいえないことになる。「往生」というなら、善導は阿弥陀仏とその浄土を報身・報土と判じ、法然は凡夫が報土に入ることを顕示するために浄土宗を開いたのであるから、四土のなかでは実報無障礙土といわねばならないであろう。報身の所居であるからである。『維摩経文疏』には、

    三に果報無障礙土の来生を明さば、(中略)別教の初地、円教の初住、皆な往生を得。乃至十地也(1)。

と述べている。別教の初地、円教の初住以上の往生する土が実報無障礙土なのである。

 そこで隆寛は『極楽浄土宗義』に、

    第一に国土の相を結すとは、此の中に二有り。一には報土、二には辺地なり。報土の中に就て又た其の二有り。一には自受用の土、唯仏与仏、自受法楽なり。金剛心位も見るを得ること能はず。二には他受用の土、広大にして辺際無し。能化者は八万四千の相好光明を具し、所化者は住・行・向・地・等の諸大菩薩也(2)。

といって、自受用報土でなく初住以上が感得する他受用報土と見ている。また『極楽浄土宗義』には、

    問ふ、凡夫の本願に乗じて報土に往く時、何なる位をか証得するや。
    答ふ、無生法忍を得て初住の位に登る(3)。

ともいっている。往生後の階位を初住とするのである。ただしそれは円教の所談で、別教では初地である。『散善義問答』に良源(九一二~九八五)の『九品往生義』を引いて、そこに「初地」とあるのを「初地とは歓喜地也。別教義に望めて是くの如く判ず。若し円教に望めば初住と云ふべし(4)」といっている。円教で語るのが隆寛の一つの特徴といえよう。

 幸西は前に取り上げた『玄義分抄』に、

    純一に化生して即ち初地に入る(5)。

といい、

    当知乗願は不退、往生は安楽、証彼無為之法楽は初地(6)、

といって初地としている。『浄土法門源流章』所引の『称仏記』にも、

    念仏往生すれば初地に入り万行円備して道場に坐す(7)。

とある。また『浄土法門源流章』の幸西の段にも、

    浄土の教門は唯だ凡夫に被らしむ。諸もろの凡夫をして浄土に往生せしめて頓に初地に登り無生忍を証せしむ。(中略)具縛の凡夫、仏の本願に乗じて報仏の土に生じ、頓に初地に入る。是れを凡頓と名け、頓に聖に登るが故に。(中略)大師釈迦、無勝の土を捨てゝ驚きて娑婆穢土の火宅に入り浄土教を説き、諸もろの凡夫をして頓に報土に生じ、頓に初地を証せしむ。(中略)凡夫、至心に仏の名号を称し、頓に娑婆を超へ初地の位に入る(8)。

とある。このように幸西が往生後を初地とするのは別教の所談であることはいうまでもない。幸西は隆寛と違って別教で語るのである。

 それは円教と別教の相違であって行位そのものは変わらない。そして実報無障礙土の行位とも同じである。つまり隆寛も幸西も実報無障礙土に往生すると見ているのである(9)。阿弥陀仏の浄土が報土なのであるから、むしろ当然であろう。

(1)『維摩経文疏』巻第一(『大日本続蔵経』一八・四六八頁下)
(2)『極楽浄土宗義』巻下(平井正戒氏『隆寛律師の浄土教』遺文集・三○頁)
(3)『極楽浄土宗義』巻中(平井正戒氏『隆寛律師の浄土教』遺文集・二三頁)
(4)『散善義問答』第六(平井正戒氏『隆寛律師の浄土教』遺文集・六六頁)
(5)『玄義分抄』(梯 實圓氏『玄義分抄講述』付録・四六七頁)
(6)『玄義分抄』(梯 實圓氏『玄義分抄講述』付録・四六二頁)
(7)『浄土法門源流章』(『浄土宗全書』一五・五九三頁)
(8)『浄土法門源流章』(『浄土宗全書』一五・五九二頁)
(9)梯 實圓氏『一念多念文意講讃』(永田文昌堂、一九九八年)六五、九三頁。同氏『玄義分抄講述─幸西大徳の浄土教─』(永田文昌堂、一九九四年)六六、三八五頁参照。

コメント

続・寂光土義の論文(7)

2017年01月28日 | 法本房行空上人試考

 その四土のなかで常寂光土については次のように述べている。

四に常寂光土を明さば、妙覚極智の照らす所の如如法界の理、之を名けて国と為す。但し大乗の法性は即ち是れ真寂の智の性にして、二乗の断空偏真の理に同じからず。故に涅槃経に云く、第一義空を名けて智慧と為すと。此の経に云く、若し無明の性即ち是れ明なりと知らばと。此の如きは皆な是れ常寂光土の義を明す。不思議妙覚の極智の居する所、故に常寂光土と云ふ也。法身の居する所なれば亦た法性土と名く。但し真如仏性は身に非ず土に非ず。而も身を説き土を説き、土を離れて身無く而も土を説けば一法の二義也。金剛般若論に云く、智集まり唯だ識のみ通ず、是の如く浄土を取るに形に非ず、第一体は荘厳に非ずして荘厳すと(1)。

すなわち、常寂光土は妙覚仏の究極の智慧が照らす真理を国と名づけたにすぎない。国といっても真理である。その真理は究極の智慧が照らすものであるから智慧の世界でもあり、理智不二である。そこで『涅槃経』『維摩経』を引いたのち、智慧の側をもって「不思議妙覚の極智の居する所」を常寂光土とするのである。次に「法身の居する所なれば」といって、法身の居する所とし、「亦た法性土と名く」という。法身という仏身と法性土という仏土を示すのである。つづいて「但し真如仏性は」というのは、究極の智慧によって照らされた真理と見ていいであろう。それは身でもなく土でもないが、あえて身と説き土と説く。そのとき土を離れた身はないから、身土不二であり、土を説けば身と土の二義がある。つまり法性土(常寂光土)を説けばおのずと法身の居する所ということになる。それはそのまま真如法性の真理でもある。ゆえに『金剛般若論』を引用し、「荘厳に非ずして荘厳す」といって、真理の世界(常寂光土)は凡夫が見るような形(荘厳)を絶していながら、智慧の目をもって見れば、色相荘厳された世界が広がっているというのである。

 『観無量寿仏経疏』を見ても次のように述べている。

常寂光とは、常は法身、寂は解脱、光は般若なり。是の三点、縦横に並列せざるを秘密蔵と名づく。諸仏如来の遊居せらるる処、真常究竟極めて浄土と為す(2)。

すなわち「常寂光」の三字を法身・解脱・般若という仏の三徳に配し、その三徳が縦横に並列せず円融するさまを秘密蔵と名づける。凡夫の有漏智をもってははかり知れない三徳であるということであろう。そしてその仏が遊行したり留まり居する処は真実・常住・究竟の極まった浄土であるというのである。

 つまり常寂光土とは、妙覚仏、法身の居する所であり、仏の自境界である 。そこで『維摩経文疏』には、

二に別して四土に約して往生を明さば即ち四と為す。(中略)四に常寂光土を明さば若し究竟の常寂は即ち不生不生なり。豈に往生来生有るを得んや(3)。

と述べて、往生・来生を論じない絶対浄土であることを示すのである。

(1)『維摩経文疏』巻第一(『大日本続蔵経』一八・四六七頁上)
(2)『観無量寿仏経疏』(『大正新脩大蔵経』三七・一八八頁下)
(3)『維摩経文疏』巻第一(『大日本続蔵経』一八・四六八頁上~下)

コメント

続・寂光土義の論文(6)

2017年01月27日 | 法本房行空上人試考

               三

 行空の特徴はその真実報土を「寂光土」といったところにあるといえよう。弁長の所伝に「寂光土の往生」等というのがそれである。妙瑞の『鎮西名目問答奮迅鈔』には「其の体の浄土は是れ寂光土なり(1)」とあり、体の浄土を寂光土としている。それは常寂光土の略で、『法華経』の結経とされる『観普賢菩薩行法経』に、
 

   釈迦牟尼仏をば毘盧遮那遍一切処と名けたてまつる。其の仏の住処を常寂光と名く(2)。

と説かれているのが出拠である。

 そして智顗(五三八~五九七)はその常寂光土を究極の仏土として四土説を立てた。大野栄人氏は『法華文句』→『観音玄義』→『仁王護国般若経疏』→『観音義疏』→『法華玄義』→『摩訶止観』→『三観義』の順によって思想的に展開し、最終的に『維摩経文疏』において体系組織化されたと推察されている(3)。ゆえに四土説は『維摩経文疏』が重要である(4)。ほかに『観無量寿仏経疏』にも示されているが、智顗に仮託された偽書と考えられている(5)。ただ古来より四土説の典拠として尊重されてきたし、とくに四土の名目はこれによるのが一般的なようである(6)。すなわち凡聖同居土・方便有余土・実報無障礙土・常寂光土である(7)。それでも智顗の思想は智顗の真撰によるのが順当であろう(8)。そこでいまは『維摩経文疏』により、ときに応じて『観無量寿仏経疏』を見ることにする(9)。

 まず『維摩経文疏』は四土について、

    第二に仏国を明さば、(中略)今略して四種の分別を作す。一には染浄国、即ち凡聖共に居する也。二には有余国、即ち方便行人の住する所也。三には果報国、純ら法身の大士の居する所、即ち因陀羅網無障礙土也。四には常寂光土、即ち究竟妙覚の居する所也。此の四つの国は、前の二国は並びに是れ応応仏の居する也。第三の土は亦応亦報の報仏の居する所なり。最後の一土は但だ是れ真浄にして応に非ず報に非ず、是れ法身仏の居する所也(10)。

と述べている。ここでは四土を染浄国・有余国・果報国・常寂光土と呼んでいる。そして仏の三身に配して、前二国は応身仏、果報国は報身仏、常寂光土は法身仏の居する所と規定している。

(1)『鎮西名目問答奮迅鈔』巻第四(『浄土宗全書』一○・五三九頁)。ただしその前に「其の相の浄土は是れ報化土なり」とあって、相の浄土を報土と化土とし、その報土と別に体の浄土(寂光土)を立てているが、それは本覚思想との混同と考えられるので次稿に譲る。
(2)『観普賢菩薩行法経』(『大正新脩大蔵経』九・三九二頁下)
(3)大野栄人氏「天台智顗における国土観─四土説の形成過程─」(日本仏教学会編『仏教における国土観』〈平楽寺書店、一九九三年〉)
(4)佐藤哲英氏『天台大師の研究』(百華苑、一九六一年)四四○、四四八頁に『維摩経文疏』は智顗晩年の思想教学を研究するにあたって価値高い資料といわれている。
(5)佐藤哲英氏『天台大師の研究』(百華苑、一九六一年)五六七~六○一頁に詳しい。ただ福島光哉氏『宋代天台浄土教の研究』(文栄堂、一九九五年)一四頁に「本書(=観無量寿仏経疏)の構成は、名・体・宗・用・教の五重玄義を論ずる前半部分と、経文を序・正・流通にしたがって解釈する後半部分とから成っている。五重玄義とは智顗がしばしば用いる経典解釈法の一つで経題を解釈することであるが、ここにはその経典の本質的な哲理を論述することが多い。本書においては、此の部分で天台色豊かな『観経』解釈が見られ、智顗の撰述ではないしても天台の独自性が充分に発揮されているので、最も注目すべき箇処である」ともいわれている。
(6)たとえば河村孝照氏『天台学辞典』(国書刊行会、一九九○年)「四土」の項など。
(7)『観無量寿仏経疏』(『大正新脩大蔵経』三七・一八八頁中)
(8)なお『維摩経文疏』は二十八巻あり(前二十五巻は智顗、後三巻は潅頂の補遺)、のちに湛然(七一一~七八二)が『維摩経略疏』十巻の略抄本を著し、それが広く用いられるようになった。たとえば近年においても神子上恵龍氏『弥陀身土思想の展開』(永田文昌堂、一九五○年)三一八頁には「天台の弥陀浄土観を述ぶるものとしては、『維摩経略疏』巻一を挙げねばならぬ」として引用されている。しかし大久保良峻氏『台密教学の研究』所収「『維摩経文疏』の教学─仏についての理解を中心に─」(法蔵館、二○○四年)一○七頁には「『略疏』の説はほぼそのまま『文疏』に見られるのであるから、もとを辿って『文疏』の教説として取り扱うことに問題はないであろう」といわれている。
(9)なお智顗の四土説と浄影寺慧遠(五二三~五九二)の『大乗義章』巻第十九における三土説(『大正新脩大蔵経』四四・八三四頁上~八三五頁下)の関連が先学のあいだで問題になっている。まず図示すれば次のようである。
   〔慧遠〕           〔智顗〕
     事浄土……………………凡聖同居土
   相浄土……………………方便有余土
   真浄土…離妄真…………実報無障碍土
         …純浄真…………常寂光土
これについて望月信亨氏『中国浄土教理史』(法蔵館、一九四二年)一一一頁には「四土説は恐らく慧遠の説を承け、之に多少の改修を加へたものであらうと思はれる」といわれ、安藤俊雄氏『天台思想史』(法蔵館、一九五九年)三九九~四○六頁には「(それは表面に関する限りのことであつて、)内容的には種々の相違がある」として詳述し「智顗は慧遠の名目を駆使しつゝ、実は新しい天台浄土論を展開したといふ事実を知らねばならない」と反論されている。その後、たとえば西郊良光氏「天台大師の仏土観」(『天台学報』二○、一九七八年)は「仏土の捉え方について、慧遠の説を解釈して仏土観を確立したと言えるのではなかろうか」といわれ、小林順彦氏「天台の四土説について」(『天台学報』三八、一九九六年)は「両師の浄土観は形は似ているが内容は全く別のものである」といわれている。
(10)『維摩経文疏』巻第一(『大日本続蔵経』一八・四六五頁下~四六六頁上)


 

コメント

続・寂光土義の論文(5)

2017年01月26日 | 法本房行空上人試考

 こうして隆寛・幸西・證空・親鸞は阿弥陀仏の浄土に九品の差別はないとする。それは曇鸞の『論註』に淵源があるが、直接的には法然の「十一箇条問答」の法語に基づく理解であろう。ただ證空が先の『散他筆鈔』に「先師上人の云く。九品の階位は別願報土の顕れる銘也と仰せられけるなり」というのは法然が起行門の立場から九品の差別を認める法語をいったものであり、それを「然るに差別は釈迦抑止門〔正行差別〕也」というのは法然の「釈尊の巧言なり」を承けたものであろう。そこで證空もやはり「十一箇条問答」によっていると考えられる。
 

 このように九品の差別を否定していくのは阿弥陀仏が本願において選択された念仏一行を正定業とするからである。曇鸞の『論註』には、

    同一に念仏して別の道なきがゆゑなり(1)。

とある。隆寛も『散善義問答』に「同一念仏して異途無きが故なり(2)」といい、親鸞はその『論註』の文を諸処に引用している(3)。とくに『入出二門偈』には先の「諸機はもとすなはち三三の品なれども、いまは一二の殊異なし」の次に「同一に念仏して別の道なければなり」と連続している(4)。因が一つであるから果もまた一つとなるのである。すなわち九品平等である。それに対して果に差別が立つのは因が千差であるからである。隆寛は『散善義問答』に「品位の不同は余行に約すと見へたり(5)」といい、親鸞は「真仏土文類」に「まことに仮の仏土の業因千差なれば、土もまた千差なるべし(6)」といっている。千差なる自力諸行を因とするから果にそれぞれの差別が生じるのである。そうした土を幸西を化土と見ている(7)。親鸞もまた同様である(8)。それは善導によって阿弥陀仏の浄土が報土と判じられたから、真実報土ではないということである。真実報土は本願の念仏一行による平等一味の果である。その所顕は諸行往生を許さないことにあるといえよう。行空は過激な廃立を用いたと考えられるから(9)、諸行を廃し念仏一行を勧めたはずである。その浄土は九品差別のない平等一味でなければならない。それが相の浄土に対する体の浄土と考えられる。化土に対する真実報土である。

(1)『往生論註』巻下(『浄土真宗聖典 七祖篇〈註釈版〉』一二○頁)
(2)『散善義問答』第二(平井正戒氏『隆寛律師の浄土教』遺文集・四四頁)
(3)『教行証文類』「行文類」(『浄土真宗聖典〈註釈版〉一八六頁)、「証文類」(『同』三一○頁)、「真仏土文類」(『同』三七二頁)など。
(4)『入出二門偈』(『浄土真宗聖典〈註釈版〉』五四五~五四六頁)
(5)『散善義問答』第二(平井正戒氏『隆寛律師の浄土教』遺文集・四四頁)
(6)『教行証文類』「真仏土文類」(『浄土真宗聖典〈註釈版〉』三七二頁)
(7)『玄義分抄』(梯 實圓氏『玄義分抄講述』付録・四六六頁)
(8)『教行証文類』「化身土文類」(『浄土真宗聖典〈註釈版〉』三七五頁)。ただしそこには「土は『観経』の浄土これなり」とだけあって九品の語はないが、「『観経』の浄土」というかぎり有相有量の浄土とともに九品の浄土が含まれることはいうまでもない。他に『三経往生文類』にも観経往生として「九品往生をすすめたまへり」と示されている(『同』六三一頁)。
(9)拙稿「法本房行空上人の教学試考─邪義の評価と『三長記』に見られる教学の基本─」(『行信学報』二八、二○一五年)

コメント

続・寂光土義の論文(4)

2017年01月25日 | 法本房行空上人試考

 證空(一一七七~一二四七)は『散観門義』に、

観門の解、既に起りて、三心具しぬれば、弘願に相応して、具縛の凡夫、報仏の土に生ずること、更に差別無し(1)。

といい、『般舟讃観門義』にも、

凡夫の浄土に往生しぬれば、横に九品の意、一切差別無く、無生忍を証する意也(2)。

といって九品の差別を否定している。ただ『散他筆鈔』には「此義就抑止門解竟等と云ふ事」として問答があり、

今云く。此の義は弥陀摂取門〔正因平等〕也。但し彼の土に於て、華開早晩、得益の遅疾の無しとは云ふべからず。然るに差別は釈迦抑止門〔正行差別〕也。故に正因に依れば、九品皆一の無生の身也。此を以て人天雑類等の殊無しと釈せり〔此の義、上の勢至観、度苦衆生の文に会すべし〕。又た正行に就て、九品各各の別位也。此の故に、華開早晩、得益遅疾の有ることを説く。先師上人の云く。九品の階位は別願報土の顕れる銘也と仰せられけるなり(3)。

といっている。これについて杉 紫朗氏は、浄土に正因門(平等)と正行門(差別)の二面があり、正行門は釈迦抑止の施設と見ているが、「施設でも其差別の相状は宛然として存在して居るとするのである」「平等差別の二面が巧みに談られてあるものと思ふ」といわれている(4)。ちなみに『浄土法門源流章』の證空の段には、
 

九品の説相は唯だ是れ釈迦、娑婆の機に随つて其の階降を説く。浄土の中に実に九品有るに非ず。唯だ是れ教文施設の安立なり。(中略)鸞師の註往生論下に云く。願往生の者は本は則ち三三の品あれども今は一二の殊なり無し〔已上〕。述して曰く、三三品とは娑婆の発足に九品有るが故に、無一二殊と言ふは既に往生し已れば唯だ是れ一味の極楽清浄海会の大衆にして三輩九品の差別有ること無し。但し娑婆の機に随ひ華開の初益に斯の差降有り、教文施設して分斉を顕示するを遮すべからず(5)。

とある。證空は弥陀摂取門として九品平等を示すが、釈迦抑止門としては九品の階位を認めているのである。ただしそれは観門の立場で、観門の施設といわれている(6)。

 親鸞は『教行証文類』「信文類」に、

大願清浄の報土には品位階次をいはず(7)、

といい、『高僧和讃』「曇鸞讃」に、

如来清浄本願の 無生の生なりければ
本則三三の品なれど 一二もかはることぞなき(8)

といい、『入出二門偈』にも、

諸機はもとすなはち三三の品なれども、いまは一二の殊異なし(9)。

といって、『論註』を出拠とし、明確に九品の差別を否定している。

(1)『観経散善要義釈観門義鈔』巻第四(『西山全書』三・三七五頁)
(2)『般舟讃要義釈観門義鈔』巻第三(『西山全書』四・六二三頁)
(3)『観経散善義他筆鈔』巻下(『西山全書』五・三七○頁)。なおこの文の直前に「一義に云く」として述べる最後に『論註』の文が引かれている。また良忠の『浄土宗要集』巻第五(『浄土宗全書』一一・一○四頁)に批判がある。
(4)杉 紫朗氏『西鎮教義概論』(百華苑、一九二四年)二八九頁。
(5)『浄土法門源流章』(『浄土宗全書』一五・五九六~五九七頁)
(6)廣川堯敏氏「法然門下の浄土観─とくに弁長・証空を中心として─」(藤井正雄氏編『浄土宗の諸問題』〈雄山閣出版、一九七八年〉)参照。
(7)『教行証文類』「信文類」末(『浄土真宗聖典〈註釈版〉』二五四頁)
(8)『高僧和讃』「曇鸞讃」(『浄土真宗聖典〈註釈版〉』五八六頁)
(9)『入出二門偈』(『浄土真宗聖典〈註釈版〉』五四五頁)

コメント

続・寂光土義の論文(3)

2017年01月24日 | 法本房行空上人試考

 ここで法然門下を見てみると、隆寛(一一四八~一二二七)は『散善義問答』に、
 

   本(もと)念仏の行者に於ては全く九品の不同有るべからず。

といい、のちに先ほどの『論註』の文を引いている(1)。また『弥陀本願義』にも『論註』の文を引いたあと、

    明らかに知んぬ。九品は是れ一往の分別なり。無量の品有るべし。是れ即ち衆生の根縁無量なるが故也。(中略)然りと雖も正しく彼の国に生じて後、三輩の不同無く九品の差降無し(2)。

といっている。『極楽浄土宗義』には、

    問。三輩の行人、彼の土に生じて後、猶を上中下の不同有りや。
    答。差降有るべからず。同じく三心を発して共に本願土に入るが故也(3)。

といい、
    善人悪人同じく報土に生ず(4)。

といって、いっさいの差別なく同じく浄土に生ずることを示している。

 幸西(一一六三~一二四七)は現存する著述に『論註』の文の引用はないようであるが、『玄義分抄』に、

    無漏無生の国に入る生因無二なるか故に果の不同なし。無漏の善といは第九の受法。是仏法不思議の力、五乗の浅深九品の善悪をえらはす、純一に化生して即初地に入る(5)、

と述べ(最後の「初地」については後述する)、凝然(一二四○~一三二一)の『浄土法門源流章』所引の『略料簡』にも、

    一乗海と言ふは、(中略)海とは衆流の海に入るが如し。一切善悪凡夫、皆な彼の智願海に帰し生ずることを得る也(6)。

とあって九品の差別を否定し、一切善悪凡夫が純一に浄土に生ずることを示している。

(1)『散善義問答』第二(平井正戒氏『隆寛律師の浄土教』遺文集・四四頁)、また『散善義問答』第五(『同』遺文集・五八頁)にも『論註』の文を示している。
(2)『弥陀本願義』巻第四(平井正戒氏『隆寛律師の浄土教』遺文集・一二五頁)
(3)『極楽浄土宗義』巻中(平井正戒氏『隆寛律師の浄土教』遺文集・二二頁)
(4)『極楽浄土宗義』巻下(平井正戒氏『隆寛律師の浄土教』遺文集・三○頁)
(5)『玄義分抄』(梯 實圓氏『玄義分抄講述』付録・四六七頁)
(6)『浄土法門源流章』(『浄土宗全書』一五・五九一頁)

コメント

続・寂光土義の論文(2)

2017年01月23日 | 法本房行空上人試考

                二

 右の図によれば、体の浄土は相の浄土に対する。その相の浄土が九品差別のある浄土であるなら、体の浄土は九品平等の浄土ということになる。それは前稿にも示した『西方指南抄』「十一箇条問答」に、

極楽の九品は弥陀の本願にあらず。四十八願の中になし、これは釈尊の巧言なり。善人・悪人一処にむまるといはば、悪業のものども、慢心をおこすべきがゆへに、品位差別をあらせて、善人は上品にすすみ、悪人は下品にくだるなりと、ときたまふなり。いそぎまいりてみるべし(1)。

という法然(一一三三~一二一二)の法語によると考えられる。すなわち、『観経』に九品の階位が説かれているのは「釈尊の巧言」である。阿弥陀仏の浄土そのものに九品の差別はない。なぜなら四十八願のなかに九品をもうけるとは誓われていないからであるというのである。最後の「いそぎまいりてみるべし」とは法然の自信をあらわしているといえよう(2)。

 ただ九品の階位は『観経』に明瞭に説かれているところである。それを否定するのは無謀のようであるが、法然はその根拠を四十八願に求めている。釈尊の「経」より阿弥陀仏の「願」という姿勢は注意すべきであろう。そこで天親(四○○~四八○頃)の『浄土論』観察門下を見ると浄土における三厳二十九種の荘厳功徳を説いた次に、

また向(さき)に荘厳仏土功徳成就と荘厳仏功徳成就と荘厳菩薩功徳成就とを観察することを説けり。この三種の成就は、願心をもつて荘厳せり。知るべし(3)。

といって願心荘厳なることを述べている。また曇鸞(四七六~五四二)は『論註』の巻上に一々の荘厳功徳に対して、「仏本(もと)なんがゆゑぞこの荘厳功徳を起したまへる」といった言い方でその理由を解明し、巻下には、

「知るべし」とは、この三種の荘厳成就は、本(もと)四十八願等の清浄願心の荘厳したまへるところなるによりて、因浄なるがゆゑに果浄なり。無因と他因の有にはあらざるを知るべしとなり(4)。

といって因が清浄願心であるから果もまた清浄に荘厳された土であることを示している。また善導(六一三~六八一)も『往生礼讃』に、

四十八願より荘厳起りて、もろもろの仏刹に超えてもつとも精たり(5)。

といって四十八願より荘厳され諸仏の浄土に超過して最勝なることを述べている。そして何より善導は阿弥陀仏の浄土を報土と判じるとき(是報非化)、『大乗同性経』『大経』『観経』をもって論証するなかで、『大経』に説かれた四十八願を第十八願に集約してその取意の文を挙げ、「いますでに成仏したまへり。すなはちこれ酬因の身なり」といっている(6)。すなわち伝統的に阿弥陀仏の浄土は願心荘厳と説かれてきたし、とくに善導によれば阿弥陀仏は本願酬報の報身であり、その浄土は本願成就の報土と示されているのである。ところが本願には九品をもうけるとは誓われていない。ゆえに九品は否定されねばならなかったのである。それは遡れば曇鸞の『論註』に、

しかるに往生を願ずるもの、本(もと)は三三の品なれども、今は一二の殊なりなし(7)。

とあるものに一致する。

(1)『西方指南抄』巻下本「十一箇条問答」(『真宗聖教全書』四・二一四頁)
(2)なお法然には九品の差別を認める法語も随処に見られる。それについて梯 實圓氏『法然教学の研究』(永田文昌堂、一九八六年)三一七頁には安心門ではなく起行門の所談といわれている。また那須一雄氏「法然上人における『観無量寿経』九品段の解釈」(『龍谷教学』三三、一九九八年)は、九品の差別を否定する「十一箇条問答」の法語は禅勝房に示されたもので、禅勝房が法然に帰依したのは建仁元年(一二○二)であるからそれ以降と考えられ、「以前の述作からの展開を見て取ることができないだろうか」といわれている。
(3)『浄土論』(『浄土真宗聖典 七祖篇〈註釈版〉』三八頁)
(4)『往生論註』巻下(『浄土真宗聖典 七祖篇〈註釈版〉』一三九頁)
(5)『往生礼讃』日中讃(『浄土真宗聖典 七祖篇〈註釈版〉』六九八頁)
(6)『観経疏』「玄義分」(『浄土真宗聖典 七祖篇〈註釈版〉』三二六頁)
(7)『往生論註』巻下(『浄土真宗聖典 七祖篇〈註釈版〉』一二一頁)

コメント

続・寂光土義の論文(1)

2017年01月22日 | 法本房行空上人試考

        一

 本稿は前稿(1)に引き続き法本房行空(生没年不詳)の所立とされる寂光土義を検討する。それは弁長(一一六二~一二三八)の『末代念仏授手印』裏書に、「近代人人の義」として三人の義を挙げるなかの第三義として、

或る人の云く、寂光土の往生、尤も是れ殊勝也。称名往生は是れ初心の人の往生也。寂光土往生は尤も深き也(2)。

とあるものである。『念仏三心要集』も同様であるが(3)、『念仏名義集』は少し文が違って、

或る人は寂光土の往生を立つる。此の学文を我に随てせよ。若し此の心を知らずして念仏申さん者は往生すべからずと申す(4)。

となっている。そして弁長の曾孫弟子にあたる良心(?~一三一四)は『授手印決答巻下受決鈔』に、

或人云等は極楽世界に於て体相同じからず。称名をば相の土に属して浅と為す。寂光土を欣ふは理解、因と為すべし。何ぞ称名の事行を要と為すや(5)。

と釈し、それに基づいて江戸時代の鎮西派の学匠・妙瑞(?~一七七八)は『鎮西名目問答奮迅鈔』に、

極楽に於て体相二種の浄土を立て、念仏に於て称念理念の二種を立て、称念称名は浅近の故に相の浄土に生ず。理念理解は深遠の故に体の浄土に生ず(6)。

と釈している。図示すれば次のようになるであろう。

     体の浄土……深遠……理念理解
    
    極楽                      念仏

     相の浄土……浅近……称念称名

寂光土義の構造としてはいちおうこれでいいと思う。しかし、前稿において念仏に「理念理解」と「称念称名」を立てるのは実際のところ信具の称名(他力の念仏)と不信の称名(自力の念仏)のことであり、その不信の称名に対応する相の浄土は辺胎の土、とくに九品差別のある浄土のことであると考えた。そこで今回は残った体の浄土について試考し、寂光土義の全容を明らかにしたい。なお良心や妙瑞が信具の称名を「理解」「理念理解」と釈しているのは天台本覚思想との混同と考えられ、紙面の都合もあり、次稿に譲ることにする。

(1)拙稿「法本房行空上人の教学試考─とくに寂光土義をめぐって(その一)─」(『行信学報』二九、二○一六年)
(2)『末代念仏授手印』(『浄土宗全書』一○・十一頁)
(3)『念仏三心要集』(『浄土宗全書』一○・三九一頁)
(4)『念仏名義集』巻下(『浄土宗全書』一○・三八二頁)
(5)『授手印決答巻下受決鈔』(『浄土宗全書』一○・一二二頁)
(6)『鎮西名目問答奮迅鈔』巻第一(『浄土宗全書』一○・四三三頁)。なお『同』巻第四の割註に「行空の一義は諸文在るも少なきが故に其の義、髣髴として知り難し。僅かに持阿(=良心)の受決鈔を得て以て諸文の綱要と為す。且く之を以て先駆と為して諸文の義を察すべき也」(『同』一○・五三九頁)とあるから、妙瑞は良心の『授手印決答受決鈔』の釈に基づいていることが知られる。

コメント

聖聚荘厳(8)

2017年01月21日 | 浄土和讃を読む

 ■本文
顔容端正たぐひなし
精微妙躯非人天
虚無之身無極体
平等力を帰命せよ

 ■講讃
 今讃は、浄土の聖衆は、身体精妙であって、すなわち無上涅槃をさとれる、弥陀同体の果報であることを述べられたものです。

 出拠は、『讃阿弥陀仏偈』に、

顔容端正にして比ぶべき無し。精微妙躯にして人天に非ず。虚無の身無極の体なり。是の故に平等力を頂礼したてまつる。

とあるものです。

 「顔容端正」顔容とは顔かたち。端正とは、正しくととのえる、ゆがまず直ぐなること。浄土の菩薩の顔かたちが端正で円満なことで、相好円満のことをいいます。
「精微妙躯非人天」精微とは精はすぐれてよきこと。微は微細(みさい)といい、きめこまかいこと。妙躯はことにすぐれてうつくしきたえなるからだ。非人天は人間に非ずと読む言葉で、人間及び天人の体の比べでないということ。人間・天上界のもののように煩悩汚染の有漏業所感の身でないことです。『平等覚経』には、菩薩のからだのすぐれたことを説いて、「其の身体はまた世間人の身体にあらず、また天上人間の身体にあらず」と説かれています。左訓にも「たへなるみなり」とあります。

 「虚無之身無極体」虚無も無極も涅槃の別名で、虚無というのは生死を滅した涅槃の徳をいい、無極とはきわまりつくることのない涅槃の理をいいます。身と体とはともにさとりの身のことで、聖衆のからだは涅槃を証得した身であるということです。左訓にも「ほふしんによらいなり」とあります。

 「平等力」とは、阿弥陀仏は一切諸法の平等であるという真理をさとり、衆生を平等に救い、その浄土に往生するものに平等に涅槃を得せしめられるので、これを平等力というのです。

 すなわち今讃は、浄土の聖衆は、その顔かたちがととのって円満なことは、他に比べるものがないほど美しい。またそのからだの立派なことはいうにいわれぬほどで、それは人間や天人などとちがって、まことに涅槃のさとりをきわめつくされたからだである。ゆえに平等の涅槃をあたえてくださる、この阿弥陀如来を帰命せずにいられないといわれているのです。

コメント

聖聚荘厳(7)

2017年01月20日 | 浄土和讃を読む

 ■本文
安楽声聞・菩薩衆
人・天智慧ほがらかに
身相荘厳みなおなじ
他方に順じて名をつらぬ

 ■講讃
 今讃は、浄土の聖衆は、声聞の菩薩等の名が分かれているが、その内証の智慧も、外相の身形も、平等であって異なることのないことを讃嘆されたものです。

 出拠は、『讃阿弥陀仏偈』に、

    安楽の声聞・菩薩衆・人天、智恵咸く洞達せり。
    身相の荘厳殊異無し。但他方に順ずるが故に名を列ぬ。
    顔容端正にして比ぶべき無し。精微妙躯にして人天に非ず。
    虚無の身無極の体なり。是の故に平等力を頂礼したてまつる。

とあるものです。その淵源は『大経』に、

そのもろもろの声聞・菩薩・天・人は、智慧高明にして神通洞達せり。ことごとく同じく一類にして、形に異状なし。ただ余方に因順するがゆゑに、天人の名あり。(『註釈版』三七頁)

と説かれているものです。

 「声聞」とは梵語シュラーヴァカの漢訳で、声を聞く者の意。仏の説法の声を聞いてさとる者をいいます。もとは仏在世の頃の弟子を指しましたが、二乗・三乗の一に数える場合は、仏の教説にしたがって修行するが、自己の解脱のみを目的とする小乗の聖者のこととされます。

 「人・天」人は人間、天は天人です。「智慧ほがらかに」とは、浄土にある人間と天人の智慧がさわりなくゆきわたり、さとりをきわめつくしていることです。

 「身相」は聖衆のからだすがた、相好であり、「荘厳」はかざりです。浄土の聖衆はみなことごとく金色であって、三十二相八十種好をそなえ、うるわしい容姿をととのえられ、頭には宝冠をいただき、身には応法の妙服を着し、さまざまのかざりをせられているということです。

 「みなおなじ」とは、上に「智慧ほがらかに」とあるのは内徳であり、いま「身相荘厳」とあるのは外徳です。浄土の聖衆はこの内外の徳が平等であって同一なることをいいます。

 「他方」は『大経』に「余方」とあります。浄土からこの娑婆世界を指して他方というのです。「順」は因順で、なぞらえること。「名をつらぬ」は人・天・声聞・菩薩の名をつけることです。浄土の聖衆のさとりは一味平等であるから、声聞とか菩薩とか、また人間、天人とかの区別はないが、しばらく娑婆世界にしたがってこのような名前をつけるということです。

 この浄土に別名のある所以は、曇鸞大師の『論註』によれば、聖衆のもとを知らしめんための故であり、善導大師の『法事讃』の意によれば、他方凡聖の類を救い、五乗斉しく往生せしめんための故であるとされています。

 こうして今讃は、安楽浄土の声聞や菩薩たち、さては人間・天人など、その智慧はあきらかにしてさとりをきわめつくしている。そのからだかたちや荘厳のすぐれていることはみな同じで、阿弥陀如来とすこしもかわるところがない。なぜ声聞・菩薩・人間・天人など、このように名がわかれているかといえば、それは浄土以外の世界であるこの娑婆世界になぞらえてつけられたからであるといわれているのです。

コメント

聖聚荘厳(6)

2017年01月19日 | 浄土和讃を読む

 ■本文
神力自在なることは
測量すべきことぞなき
不思議の徳をあつめたり
無上尊を帰命せよ

 ■講讃
 今讃は、浄土の聖衆は、十方世界に遊んで諸仏を供養すること自在なることを讃嘆されたものです。

 出拠は、『讃阿弥陀仏偈』に、

安楽の菩薩は仏の神を承けて、一念の頃に十方に詣る。算数すべからざる仏世界にして、諸の如来を恭敬し供養したてまつる。
花・香・伎楽、念に従ひて現じ、宝蓋・幢幡意に随ひて出づ。珍奇なること世に絶れて能く名づくること無し。散花して殊勝の宝を供養したてまつれば、化して花蓋と成り、光晃耀し、香気普く薫じて周からざるは莫し。花蓋の小なる者も四百里なり。乃ち遍く一仏界を覆ふこと有り。
其の前後に随ひて次ぎて化し去る。是の諸の菩薩僉欣悦す。虚空の中に於て天楽を奏し、徳を雅讃し、仏恵を頌揚す。経法を聴受して供養し已りて、未だ食せざる前に虚に騰りて還る。
神力自在にして測るべからず。故に我無上道を頂礼したてまつる。

とあるものです。

 「神力自在」神は不測で、はかりがたい不思議の力を神といいます。この力が心にまかせて少しも不自由でないことを神力自在というのです。浄土の聖衆が諸仏を供養されることの自由自在であることです。

 「不思議の徳」この句はもと『讃阿弥陀仏偈』にはありません。親鸞聖人が加えられたもので、その意味は正しくは浄土の聖衆が諸仏を供養される徳のことですが、また自ら上の下化衆生の徳にも通じ、聖衆が自利利他の徳を集められることです。それがつねに不行而行の行であって、分別・測量を超えた行であるから不思議というのです。

 「無上尊」とは、この上もない尊いお方ということで、この名は諸仏に通ずる名ではありますが、今は阿弥陀仏のことをいう。阿弥陀仏は諸仏中の王であるからであり、聖衆が不思議の徳を積集されることは全く阿弥陀仏の積功果徳のほかないから、本に帰して「無上尊に帰命せよ」といわれたのです。

 こうして今讃は、浄土の菩薩が諸仏を供養するはたらきの自在であることは、ともにはかり知ることのできるものではない。このように菩薩が不思議な力を発揮されることは、この上もなく尊い阿弥陀如来のおかげということができる。ゆえにわたくしたちは、このような力をあたえて下さる阿弥陀仏を帰命せずにいられないといわれているのです。

コメント

聖聚荘厳(5)

2017年01月18日 | 浄土和讃を読む

 ■本文
安楽浄土にいたるひと
五濁悪世にかへりては
釈迦牟尼仏のごとくにて
利益衆生はきはもなし

 ■講讃
 今讃は、穢国に還来する聖衆の、衆生を教化利益してきわまりのないことは、あたかも釈迦牟尼仏のごとくなることを讃嘆されたものです。

 出拠は、『讃阿弥陀仏偈』に、

其衆生有りて安楽に生ずれば、悉く三十有二相を具す。智恵満足して深法に入る。道要を究暢して障礙無し。根の利鈍に随ひて忍を成就す。三忍乃至不可説なり。宿命五通常に自在にして、仏に至るまで雑悪趣に更らず。他方の五濁の世に生じて、示現して同じく大牟尼のごとくなるを除く。
安楽国に生じて大利を成ず。是の故に心を至して頭面をもて礼したてまつる。

とあるものです。

 「安楽」とは浄土のこと。『大経』には、「法蔵菩薩、いますでに成仏して、現に西方にまします。ここを去ること十万億刹なり。その仏の世界をば名づけて安楽といふ」(『註釈版』二八頁)と説かれています。極楽といわず、「安楽」あるいは「安養」といわれているのです。

 「五濁」とは、世が末になって清い水が濁るように、五つの汚れがあらわれることで、これを「悪世」といいます。五つの汚れとは、『小経』にいうところの、劫濁・見濁・煩悩濁・衆生濁・命濁です。劫濁とは時代の汚れということで、飢饉や疫病、戦争などの社会悪が増大すること。見濁とは邪見がさかんにおこって思想が乱れること。煩悩濁とは貪・瞋・痴等の煩悩がさかんにおこって衆生の心を悩ますこと。衆生濁とは衆生の資質が低下し、十悪をほしいままにすること。命濁とは衆生の寿命が次第に短くなることです。

 「釈迦牟尼仏のごとくにて」この世に還来して衆生を済度することの自由自在なることを釈迦にたとえていったものです。

 「利益衆生はきはもなし」衆生済度の自在にして窮まりなきことをいいます。

 すなわち今讃は、安楽浄土に往生した菩薩たちは、罪悪に濁った娑婆世界にかえってきて、衆生を済度することの自由自在であることは、ちょうど釈迦如来の教化のようではてしがないといわれているのです。

コメント

聖聚荘厳(4)

2017年01月17日 | 浄土和讃を読む

 ■本文
観音・勢至もろともに
慈光世界を照曜し
有縁を度してしばらくも
休息あることなかりけり

 ■講讃
 今讃は、観音・勢至の二大士は、衆生済度にひまのないことを述べられたものです。

 出拠は、『讃阿弥陀仏偈』に、

    又観世音・大勢至は、諸の聖衆に於て最第一なり。慈光大千界を照曜し、仏の左右に侍して神儀を顕す。諸の有縁を度して暫くも息まざること、大海の潮の時を失せざるがごとし。
    是くのごとき大悲・大勢至を、一心に稽首し頭面をもて礼したてまつる。

とあるものです。

 「観音」は梵語アヴァローキテーシュヴァラの漢訳にして、詳しくは観世音といい、略して観音というのです。苦悩する世間の人が観音の名を称えるのを聞き知って、自在に救うという意です。新訳では観自在と漢訳されます。阿弥陀仏の左の脇士で、阿弥陀仏の慈悲の徳をあらわす菩薩です。

 「勢至」は梵語マハー・スターマ・フラープタの漢訳にして、詳しくは大勢至といい、略して勢至というのです。また大精進・得大勢とも漢訳されています。智慧の勢いがあらゆるところに至るという意です。阿弥陀仏の右の脇士で、阿弥陀仏の智慧の徳をあらわす菩薩です。この観音・勢至、ともに安楽浄土の聖衆の上首です。

 「世界」総じては生物の住する国土をいいます。世は遷流の義で、過去・現在・未来の三世に遷り流れて止まざること。界は分界の義で、十方におのおの境を分ちて混雑しないこと。また、世は隔歴の義、界は種族の義であって、自他互いに異なり種類各別なることをいいます。

 「有縁を度して」縁のあるものを済度することで、二菩薩が阿弥陀仏をたすけて衆生を化益することをいいます。「度」は済度のことです。

 こうして今讃は、観音と勢至の二菩薩は、つねに仏の左右にいて、その慈悲の光明は十方世界にかがやいている。弥陀に因縁のある衆生を済度するために、しばらくも休むひまさえもないということをいわれているのです。

コメント