天上の月影

勅命のほかに領解なし

親鸞聖人と浄土真宗(2)

2018年12月27日 | 勉強日誌
 それにひきかえ法然聖人には浄土宗を開くという確かな意思がありました。『拾遺語灯録』巻上「浄土随聞記」に、

我れ浄土宗を立つる元意、凡夫の報土に往生することを顕示せんが為なり。(『真宗聖教全書』四・六九五頁)

といわれています。ほぼ同じ文言が醍醐本『法然上人伝記』にもあります(『法然上人伝全集』七七五頁)。そこに「報土」といった用語がありますが、それはひとまず置いて、「浄土宗を立つる」と明言されています。法然聖人以前にも浄土の教えはあったのですが、寓宗という位置づけでした。諸宗の仏道を補完するための手段、方法であったのです。具体的にいうと、諸宗はこの土で仏道を完成しようとするのですが、この土は悪縁が多く仏道を完成することは困難であるので、ひとまず悪縁のない浄土に生まれ、そこで諸宗それぞれの仏道を励み、さとりを開こうとするのです。諸宗に寄寓しているので寓宗というのです。それを天台宗、法相宗などと並ぶ一宗として独立されたのが法然聖人であったのです。その独立の宣言書といわれるのが『選択集』です。いま詳しいことは控えますが、そこに法然聖人が用いられた宗名は「浄土宗」でした。しかもそれを開くという意思がありました。したがって法然聖人が浄土宗を開いたという一般常識は決して間違いではありません。
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