天上の月影

勅命のほかに領解なし

親鸞聖人と浄土真宗(3)

2018年12月28日 | 勉強日誌
 問題は親鸞聖人がいわれる浄土真宗です。それには二つの意味がありました。一は浄土即真宗、二は浄土の真宗です。一の浄土即真宗というのは、法然聖人が開かれた浄土宗こそ真実の仏法であるということです。法然聖人の浄土宗は在世中から滅後にかけて、多くの念仏者、信奉者を得て広まりましたが、逆に諸宗、とくに比叡山や奈良の興福寺からさまざまに非難を受けました。極端には悪魔の教えとまでいわれたのです。有名なところでは貞慶(一一五五~一二一三)が起草したといわれる『興福寺奏状』や明恵(一一七三~一二三二)の『摧邪輪』および『摧邪輪荘厳記』が猛烈に批判しています。それらに対して親鸞聖人は法然聖人の浄土宗こそ真実の仏法であるということを顕彰しようとして浄土真宗という宗名を用いられたのです。それは外部からの批判に対する用い方です。そして二の浄土の真宗というのは、法然聖人の浄土宗は内部においてもさまざまな誤解がありました。法然門下が一念義といわれる人たちと多念義といわれる人たちに分かれて論争を繰り返したり、一念義のなかからは悪を造ってもかまわないという造悪無碍あるいは造悪無慚と呼ばれる人たちがあったのです。それも法然聖人の在世中から滅後にかけてです。親鸞聖人の晩年にも及びました。そこで親鸞聖人は法然聖人の浄土宗の真実義を開顕するという意味で浄土真宗という宗名を用いられたのです。それは内部の誤解に対する用い方です。親鸞聖人の浄土真宗にはそうした外部からの批判、内部の誤解が背景にありました。ただ浄土真宗あるいは真宗という言葉は親鸞聖人以外にも法然門下あるいはその門流においても使われる人がいますので、親鸞聖人の専売特許ではないのですが、親鸞聖人ほど深い意味をこめて用いられた方はありません。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
« 親鸞聖人と浄土真宗(2) | トップ | 親鸞聖人と浄土真宗(4) »

コメントを投稿

勉強日誌」カテゴリの最新記事