天上の月影

勅命のほかに領解なし

本願力回向の宗義(1)

2019年01月05日 | 勉強日誌
 前に親鸞聖人の主著『教行証文類』は立教開宗の根本聖典というので「本典」とも呼ばれるといいました。立教開宗の立教とは独自の教義体系を樹立することです。開宗とは新しい一宗を開くということです。親鸞聖人は何度もいいますように、みずからは法然聖人の浄土宗の外に浄土真宗という新たな一宗を開くという意思を持っていませんでしたが、『教行証文類』において独自の教義体系を樹立されたため、後の人から浄土真宗の宗祖とも開祖とも御開山とも仰がれ、『教行証文類』を立教開宗の根本聖典と呼ぶわけです。その『教行証文類』の第一「教文類」のはじめに、浄土真宗という教えの大綱が示されています。すなわち、

つつしんで浄土真宗を案ずるに、二種の回向あり。一つには往相、二つには還相なり。往相の回向について真実の教行信証あり。(『註釈版』一三五頁)

というものです。これを詳しく述べていくのが『教行証文類』ですから、難しい言葉の意味は横に置いて、いま注意していただきたいのは、浄土真宗に二種の回向があり、それは一に往相、二に還相であるといわれている点です。浄土真宗から往相・還相を開いています。ところが『教行証文類』六巻を一巻に要約した『浄土文類聚鈔』では、

しかるに本願力の回向に二種の相あり。一つには往相、二つには還相なり。(『註釈版』四七八頁)

といわれています。ここでは本願力の回向に二種の相があり、一は往相、二は還相であるといって、本願力の回向から往相・還相を開いています。そうすると、往相・還相は共通していますから、『教行証文類』の「浄土真宗」と『浄土文類聚鈔』の「本願力の回向」は同じことであるということが知られます。つまり宗名からいえば「浄土真宗」であり、宗義からいえば「本願力の回向」なのです。それをいま漢文で「本願力回向」といっておきましょう。浄土真宗とは本願力回向の教えということになります。この「本願力回向」が親鸞聖人の教えのキーワードです。法然聖人の教えは「選択」がキーワードです。良忠上人(一一九九~一二八七)という人の『浄土宗要集聴書』には師の弁長上人(一一六二~一二三八)から聞いた法然聖人の言葉として、

先師(=弁長上人)の云く、故上人(=法然聖人)の云く、諸師、文を作るに必ず本意一つ有り。慧心(=源信僧都)は因明・直弁の義を立て、善導は本願念仏の一義を釈す。予は選択の一義を立てゝ選択集を造る也。(『浄土宗全書』一○・二六二頁)

と伝えています。ここに「予は選択の一義を立てゝ」とあることによって明らかでしょう。それを聞いた弁長上人というのは親鸞聖人の兄弟子です。その系統を鎮西派と呼ぶのですが、ともあれ、法然聖人が「選択」であるのに対し、親鸞聖人は「本願力回向」がキーワードなのです。真宗の教えの特徴として信心正因とか現生正定聚とか悪人正機とか、いろいろ挙げることができますが、それらはすべてこの「本願力回向」から導かれる特徴です。そこでまず親鸞聖人の教えは「本願力回向」がキーワードであるとおさえていただきたいと思います。
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